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最高裁判所第三小法廷 平成7年(し)49号 決定 1998年10月27日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

弁護人上田國廣外六名及び申立人本人の各抗告趣意は、いずれも、憲法違反、判例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。

所論にかんがみ、職権をもって判断すると、所論引用の各証拠が同法四三五条六号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした原決定の判断は、これを是認することができる。その理由は、以下のとおりである。

一  本件再審請求の対象である第一審判決(以下「確定判決」ともいう。)が認定した強盗殺人、同未遂、現住建造物放火の罪となるべき事実の要旨は、次のとおりである。すなわち、申立人は、乙山太郎との間で、申立人の以前の稼働先である福岡市内のマルヨ無線株式会社川端店に押し入り宿直員を殺害して金品を強取し同店に放火して犯跡を隠蔽することを計画して、共謀の上、昭和四一年一二月五日午後一〇時ころ、同店営業部事務室において、宿直中の松本弘幸及び梅崎勇に対し、玩具のけん銃と登山用ナイフを突き付けるなどして金銭を要求し、これに従おうとしない両名を計画どおり殺害しようと決意して、松本の頭部を小型ハンマーで強打するなどし、その反抗を抑圧して現金合計二二万一〇〇〇円等を強取するとともに、梅崎の首を電熱器用コードで締め上げ、両名の頭部等を右小型ハンマーで殴打するなどの暴行を加えて両名に瀕死の重傷を負わせた。そして、かねてからの計画どおり、同店(木造瓦葺二階建店舗)に火を放って焼燬し、右宿直員両名を窒息死あるいは焼死させて犯跡を隠蔽しようと企て、乙山が同事務室内の棚に積み上げられていた多数の商品カタログ紙を取り出して同室内一面にまき散らし、申立人が侵入前から点火されていた同事務室内の石油ストーブを、火炎の部分を覆っていた金属製防護網を取り外した上で、反射鏡が上になり火炎の部分が下になるように足蹴にして横転させ、乙山に命じて右ストーブの火炎が同事務室内の机等に燃え移っていることを確認させた上で同人とともにその場から逃走し、よって、松本らが現在する同店を半焼させるなどして焼燬するとともに、松本を前記暴行による高度の脳挫傷及び一酸化炭素中毒によりその場で死亡させて殺害したが、梅崎に対しては加療約五箇月を要する陥没骨折を伴う前額部、右側頭部の各挫創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった。

二  申立人は、逮捕直後から右事実を全面的に認め、公判においてもこの自白を維持して、第一審において死刑の宣告を受けた。申立人は、この第一審判決を不服として控訴し、控訴審において、死刑制度の違憲性、心神耗弱、量刑不当等の主張に加え、放火の犯意についても争ったが、第一審判決挙示の証拠により十分これを認めることができるとして、その主張は排斥され、上告も棄却されて、第一審判決が確定した。

三  本件再審請求においても、申立人が強盗殺人、同未遂の犯行に及んだことには争いがなく、本件再審請求は、前記各犯罪事実のうち、現住建造物放火の点のみを否定し、火災の真の原因は事務室内で燃焼中の石油ストーブ(以下「本件ストーブ」という。)が直立したままの状態で異常燃焼したことによるものであるとして、この点について申立人を無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見したと主張するものである。右放火の罪は、確定判決において強盗殺人、同未遂の罪と一個の行為で三個の罪名に触れる観念的競合の関係にあるものとして処断されたものであるところ、このように確定判決において科刑上一罪と認定されたうちの一部の罪について無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見した場合は、その罪が最も重い罪ではないときであっても、主文において無罪の言渡しをすべき場合に準じて、刑訴法四三五条六号の再審事由に当たると解するのが相当である。

四  原決定は、確定判決が放火の方法に関し燃焼中の本件ストーブを足蹴にして横転させたと認定したことについて、原審における検証調書等によれば、本件ストーブを蹴り付けて横転させようとしても、ストーブは重心が低く設計されているため床面を前方に滑るだけで容易に転倒させることができず、また、所論引用の新たな証拠である大隅誠作成の「東芝KV202石油ストーブ実験結果のまとめ」と題する書面及び原原審における証人大隅誠の尋問調書等によれば、本件ストーブを横転させると裏蓋が開いて給油タンクがストーブ本体から外れてしまい、本件ストーブの発見時のように給油タンクが納まったままの状態で横転させることはできないことから、確定判決の右認定には合理的な疑いを生じたとしている。その上で、原決定は、放火の方法について更に検討を加え、申立人及び乙山の各自白を含む関係証拠、とりわけ確定判決を言い渡した裁判所に提出されていた福岡県警察技術吏員福山晴夫作成の鑑定書、再審請求後に検察官から提出された同技術吏員海藏寺明治作成の鑑定書二通等によれば、申立人が本件ストーブをその前面下部の扉部分が床面に接するように設置して火を放ったことを認定することができるとし、申立人が本件ストーブを故意に転倒させ、その火を机等に燃え移らせて放火の犯行に及んだことに変わりがないから、無罪を言い渡すべき場合に当たらないと判示し、本件再審請求を棄却している。

五  記録に徴すれば、原決定の右判断は、結論において正当として是認することができる。すなわち、申立人の自白のほか、共犯者乙山の供述、本件ストーブや防護網の発見状況、現場の焼燬状況等を総合すれば、原決定のように本件ストーブを前傾した状態に設置したとまで認定すべきか否かはともかくとしても、申立人及び乙山が、事務室内にあった燃焼中の本件ストーブを防護網を取り外して移動させ、その火力を利用して室内の机等に燃え移らせるようにして火を放ち、その場から逃走したことは、動かし難いところであるから、申立人に現住建造物放火罪が成立することは明らかである。

所論は、確定判決の判示した放火の具体的方法が実行可能であることについて合理的な疑いを生ずるに至ったのであるから、再審事由に該当すると主張している。しかし、放火の方法のような犯行の態様に関し、詳しく認定判示されたところの一部について新たな証拠等により事実誤認のあることが判明したとしても、そのことにより更に進んで罪となるべき事実の存在そのものに合理的な疑いを生じさせるに至らない限り、刑訴法四三五条六号の再審事由に該当するということはできないと解される。本件においては、確定判決が詳しく認定判示した放火の方法の一部に誤認があるとしても、そのことにより申立人の現住建造物放火の犯行について合理的な疑いを生じさせるものでないことは明らかであるから、所論は採用することができない。

六  前記福山晴夫作成の鑑定書は、確定判決を言い渡した裁判所の審理中に提出されたが、確定判決にはその標目が示されなかった証拠であり、また、原審における検証調書及び前記海藏寺明治作成の鑑定書は、本件再審請求の後に初めて得られた証拠である。所論は、確定判決に標目が挙示されなかった証拠や再審請求後に提出された証拠を考慮して再審請求を棄却することは許されないと主張する。しかし、刑訴法四三五条六号の再審事由の存否を判断するに際しては、大隅誠作成の前記書面等の新証拠とその立証命題に関連する他の全証拠とを総合的に評価し、新証拠が確定判決における事実認定について合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠(最高裁昭和四六年(し)第六七号同五〇年五月二〇日第一小法廷決定・刑集二九巻五号一七七頁、最高裁昭和四九年(し)第一一八号同五一年一〇月一二日第一小法廷決定・刑集三〇巻九号一六七三頁、最高裁平成五年(し)第四〇号同九年一月二八日第三小法廷決定・刑集五一巻一号一頁参照)であるか否かを判断すべきであり、その総合的評価をするに当たっては、再審請求時に添付された新証拠及び確定判決が挙示した証拠のほか、たとい確定判決が挙示しなかったとしても、その審理中に提出されていた証拠、更には再審請求後の審理において新たに得られた他の証拠をもその検討の対象にすることができるものと解するのが相当である。原決定は、これと同旨の見解の下に、刑訴法四三五条六号の再審事由の存否について判断したものであるから、正当である。

七  以上のとおり、所論引用の新証拠のほか、再審請求以降において新たに得られた証拠を含む他の全証拠を総合的に評価しても、申立人が放火の犯行に及んだことに合理的な疑いが生じていないことは明らかであるから、所論引用の新証拠が刑訴法四三五条六号にいう証拠の明白性を欠くとして本件再審請求を棄却すべきものとした原決定の判断は、正当であり、是認することができる。

よって、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 金谷利廣 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文)

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