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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)264号 判決 1998年7月14日

上告人

株式会社東京三菱銀行

右代表者代表取締役

岸曉

右訴訟代理人弁護士

露木脩二

右訴訟復代理人弁護士

鈴木達郎

被上告人

株式会社クリエイティブワールド破産管財人

村林昌二

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人露木脩二の上告理由について

一  本件は、銀行である上告人が株式会社クリエイティブワールドから手形割引の依頼を受けて預かっていた第一審判決別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)につき、同社が破産宣告を受けた後に破産管財人である被上告人が返還を求めたところ、上告人が、これを拒絶した上、本件手形を支払期日に取り立てて上告人のクリエイティブワールドに対する貸付金債権の弁済に充当したので、被上告人が、これを不法行為であると主張し、上告人に対し、本件手形金額に相当する九八万六二九〇円の損害賠償請求をした事案である。

二  原審の適法に確定した事実関係等は、次のとおりである。

1  クリエイティブワールドは、上告人との間で、平成三年三月二五日付けで銀行取引約定書(以下「本件約定書」という。)を差し入れて銀行取引約定を締結した。

2  本件約定書五条一項では、クリエイティブワールドが手形交換所の取引停止処分を受けたときには、上告人から通知催告等がなくても同社の上告人に対する一切の債務について当然に期限の利益を失う旨の記載があるほか、四条三項には、「担保は、かならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴行において取立または処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。」と、同条四項には、「貴行に対する債務を履行しなかった場合には、貴行の占有している私の動産、手形その他の有価証券は、貴行において取立または処分することができるものとし、この場合もすべて前項に準じて取り扱うことに同意します。」と記載されている。

3  上告人は、平成五年一月二五日、クリエイティブワールドに対し、返済期限を同年四月三〇日とする約定の下に四〇〇〇万円を貸し渡した。

4  クリエイティブワールドは、同年三月二四日、上告人に対し、本件手形(手形金額九八万六二九〇円)の割引を申し込み、上告人は、信用照会の結果を見てから本件手形の割引を実行することとして、本件手形を預かった。

5  上告人は、翌日である三月二五日、クリエイティブワールドが振り出した決済見込みのない手形が手形交換から回ってきたので、本件手形の割引を実行することを見送った。

6  クリエイティブワールドは、同日と翌二六日に手形を不渡りとし、同月三一日、銀行取引停止処分を受け、遅くともこの時点において、前記3の債務について期限の利益を喪失した。

7  クリエイティブワールド(以下「破産会社」という。)は、同月三〇日、破産の申立てをし、同年四月一五日午前一〇時に破産宣告を受け、被上告人が破産管財人に就任した。

8  被上告人は、同年五月一二日ころ、上告人に対し、本件手形の返還を求めたところ、上告人は、これを拒絶した。

9  上告人は、本件手形の支払期日である同年六月一〇日に手形交換によって本件手形を取り立て、破産会社に対する前記3の貸付金債権の弁済に充当した(当時の残債権額は、本件手形金額を上回るものであった。)。

三  原審は、右事実関係の下において、次のように判示して、被上告人の本訴請求を認容した。

1  上告人は、本件手形について商事留置権を取得した。

2  右商事留置権は、破産会社が破産宣告を受けたことにより、特別の先取特権とみなされるが、この場合、留置権としての効力は、失効したものと解するのが相当である。

3  本件約定書四条三項の「担保」には、約定担保権のみが含まれ、特別の先取特権のような法定担保権は含まれない。

4  同四条四項は、銀行が占有している動産、有価証券がある場合に、商事留置権の有無にかかわらず銀行においてそれを取り立てあるいは換価し、債権の回収に充てられるように銀行に取立て、処分権を与えたものであり、その根拠は債務者からの委託であって、債務者の破産により右権限は消滅すると解されるから、同条項を根拠に本件手形について破産法二〇四条一項にいう任意処分権があるとはいえない。

5  よって、上告人が被上告人による本件手形の返還請求を拒絶し、本件手形を法定の手続によらずに任意に取り立てて、破産会社に対する貸付金債権の弁済に充当したことは違法である。

6  右違法行為により、被上告人(破産財団)は、本件手形金相当額の損害を被った。

7  上告人の相殺の主張は、不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権とするもので、民法五〇九条により許されない。

四  しかしながら、原審の右2、4、5の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  原審の適法に確定した前記事実関係によれば、上告人は、本件手形の占有を適法に開始し、遅くとも破産会社が銀行取引停止処分を受けた平成五年三月三一日には本件手形に対して商事留置権を取得したものということができ、これと同旨の原審の右1の判断は、正当として是認することができる。そして、破産会社に対する同年四月一五日の破産宣告後は、破産法九三条一項によって、右商事留置権が破産財団に対して特別の先取特権とみなされることになる。

2  そこで、検討するに、破産財団に属する手形の上に存在する商事留置権を有する者は、破産宣告後においても、右手形を留置する権能を有し、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるものと解するのが相当である。けだし、破産法九三条一項前段は、「破産財団ニ属スル財産ノ上ニ存スル留置権ニシテ商法ニ依ルモノハ破産財団ニ対シテハ之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」と定めるが、「之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」という文言は、当然には商事留置権者の有していた留置権能を消滅させる意味であるとは解されず、他に破産宣告によって右留置権能を消滅させる旨の明文の規定は存在せず、破産法九三条一項前段が商事留置権を特別の先取特権とみなして優先弁済権を付与した趣旨に照らせば、同項後段に定める他の特別の先取特権者に対する関係はともかく、破産管財人に対する関係においては、商事留置権者が適法に有していた手形に対する留置権能を破産宣告によって消滅させ、これにより特別の先取特権の実行が困難となる事態に陥ることを法が予定しているものとは考えられないからである。そうすると、商事留置権を有する上告人は、破産会社に対する破産宣告後においても、被上告人による本件手形の返還請求を拒絶することができ、本件手形の占有を適法に継続し得るものというべきである。

3  次に、上告人が自ら本件手形を取り立てて債権の弁済に充当することができるか否かについてみる。

本件約定書四条四項は、銀行の占有する動産及び有価証券の処分等という観点から定められ、これらに商事留置権が成立すると否とを問わず適用される約定であると理解されてきたものである。しかし、右条項の定めは、抽象的、包括的であって、その文言に照らしても、取引先が破産宣告を受けて銀行の有する商事留置権が特別の先取特権とみなされた場合についてどのような効果をもたらす合意であるのか必ずしも明確ではない上、右特別の先取特権は、破産法九三条一項後段に定めた他の特別の先取特権に劣後するものであることにもかんがみれば、銀行が動産又は有価証券に対して特別の先取特権を有する場合において、一律に右条項を根拠として、直ちに法律に定めた方法によらずに右目的を処分することができるということはできない。

しかしながら、支払期日未到来の手形についてみた場合、その換価方法は、民事執行法によれば原則として執行官が支払期日に銀行を通じた手形交換によって取り立てるものであるところ(民事執行法一九二条、一三六条参照)、銀行による取立ても手形交換によってされることが予定され、いずれも手形交換制度という取立てをする者の裁量等の介在する余地のない適正妥当な方法によるものである点で変わりがないといえる。そうであれば、銀行が右のような手形について、適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有する場合には、銀行が自ら取り立てて弁済に充当し得るとの趣旨の約定をすることには合理性があり、本件約定書四条四項を右の趣旨の約定と解するとしても必ずしも約定当事者の意思に反するものとはいえないし、当該手形について、破産法九三条一項後段に定める他の特別の先取特権のない限り、銀行が右のような処分等をしても特段の弊害があるとも考え難い。そして、原審の適法に確定した事実関係等によれば、上告人は、手形交換によって本件手形を取り立てたもので、本件手形について適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有していたのであって、その被担保債権は、本件手形の取立てがされた日には既に履行期が到来し、その額は手形金額を超えており、本件手形について上告人に優先する他の特別の先取特権者が存在することをうかがわせる事情もないのである。

以上にかんがみれば、本件事実関係の下においては、上告人は、本件約定書四条四項による合意に基づき、本件手形を手形交換制度によって取り立てて破産会社に対する債権の弁済に充当することができるのであり、上告人の行為は、被上告人に対する不法行為となるものではない。

五  以上と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は、この趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、前記説示に徴すれば、不法行為に基づく損害賠償を求める被上告人の本訴請求は理由がなく、被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文)

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