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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)949号 判決 1997年6月17日

上告人

旧商号吉崎建材株式会社

徳山通商株式会社

右代表者代表取締役

栗野正美

右訴訟代理人弁護士

浅井通泰

安倉孝弘

被上告人

日本生命保険相互会社

右代表者代表取締役

伊藤助成

右訴訟代理人弁護士

入江正信

坂本秀文

山下孝之

長谷川宅司

千森秀郎

織田貴昭

今富滋

櫻田典子

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする

理由

上告代理人浅井通泰、同安倉孝弘の上告理由について

一  本件は、有限会社森幸商店が被上告人に対して有する生命保険金二五〇〇万円の支払請求権について債権差押え及び転付命令を取得した上告人が、被上告人に対し右保険金の支払を求め、被上告人は告知義務違反を理由に生命保険契約が解除されたと主張してこれを争う事案であるところ、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  森幸商店と被上告人は、昭和六三年一二月八日、被保険者を小森信行とし、保険金受取人を森幸商店とする生命保険契約を締結した。本件契約に適用される約款には、被上告人が解除の原因を知った日からその日を含めて一箇月を経過したときには契約を解除することができない旨の定めがある。

2  小森信行は、森幸商店の唯一の取締役であった。

3  小森信行は、昭和五五年までに解離性大動脈瘤である旨の診断を受け、同五九年ないし同六〇年ころには解離性大動脈瘤により二箇月間の入院加療を受けたことがあったが、本件契約締結の際には、被上告人に対し、過去五年間において病気で七日以上の治療を受けたことや休養したことがなく、持病もなく、現在病気で治療を受けていないなどと回答した。

4  小森信行は、平成二年一〇月二三日、解離性大動脈瘤破裂による急性心不全により死亡した。同人の死亡により森幸商店は取締役を欠く状態になったが、後任の取締役は選任されなかった。

5  横浜地方裁判所川崎支部は、上告人の申立てにより、森幸商店の特別代理人として春田昭弁護士を選任した上、平成三年一月二三日、上告人を債権者、森幸商店を債務者、被上告人を第三債務者とする本件契約に基づく生命保険金二五〇〇万円の支払請求権についての債権差押え及び転付命令を発した。右命令は、同月二八日に被上告人に、同年二月一日に森幸商店の特別代理人春田弁護士にそれぞれ送達され、同年二月八日確定した。

6  被上告人は、平成三年四月一日、本件契約の被保険者である小森信行に右3記載の告知義務違反があることを知り、森幸商店特別代理人春田弁護士を名あて人とし、本件契約を解除する旨を記載した通知書を同社の住所地にあてて郵便で発送し、右通知書は、同月四日、同社の住所地に配達された。

7  被上告人は、平成五年一月八日、森幸商店を被告とし、本件生命保険金二五〇〇万円の支払請求権についての債務不存在確認を求める訴えを提起した。右事件の受訴裁判所は、同月一九日、井上進弁護士を森幸商店の特別代理人に選任した。右事件の訴状には本件契約を解除する旨が記載されており、右訴状は、同月二一日、井上弁護士に送達された。

二  右事実関係に基づいて検討する。

1  被上告人が森幸商店特別代理人春田弁護士あての解除通知をした平成三年四月四日の時点においては、同弁護士の前記債権差押え及び転付命令申立事件についての特別代理人としての任務は終了しており、当時、同社は意思表示を受領する権限を有する者を欠く状態にあったというほかないから、同社に対する右解除通知は効力を生じないものというべきである。

2  それでは、本件における解除の意思表示の相手方は誰か、また右意思表示はいつまでにするべきかについて検討する。

(一) 有限会社を保険契約者兼保険金受取人とする生命保険契約における被保険者が死亡し、かつ、右有限会社が意思表示を受領する権限を有する者を欠く状態にある場合において、転付命令により保険金受取人の保険会社に対する生命保険金支払請求権を取得した者があるときには、保険会社は、右転付債権者に対しても告知義務違反を理由とする生命保険契約の解除の意思表示をすることができるものと解するのが相当である。

ただし、被保険者死亡後の生命保険契約における主要な未履行の債権債務は生命保険金に関する債権債務だけであるのが通常であって、この時点においては、右生命保険金債権について転付命令を取得した転付債権者が右契約の帰すうにつき強い利害関係を有するものである反面、保険契約者兼保険金受取人である有限会社は、右契約の帰すうにつきほとんど利害関係を有していないものである上、法人の基本的な責務ともいうべき取締役の選任等を怠っているのであるから、解除の意思表示を受領する機会を失ってもやむを得ないといえるからである。また、保険契約者以外の者が保険金受取人と定められている場合について、通常の保険約款及び簡易生命保険法四一条一項は、保険契約者の所在を知ることができないときなどには保険金受取人に対しても解除の意思表示をすることができる旨を定めるが、転付債権者も右保険金受取人に準じた地位にあるということができるからである。

(二) 有限会社を保険契約者とする生命保険契約について、保険会社が告知義務違反による解除の原因を知った時点において解除の意思表示の受領権限を有する者がいないときには、本件約款の定める解除権の消滅についての右一1記載の一箇月の期間は、保険会社が右受領権限を有する者が現れたことを知り、又は知り得べき時から進行するものと解すべきである。

けだし、解除の意思表示の受領権限を有する者がいないという事態は保険契約者である有限会社が後任取締役を選任しないなど有限会社側の責めに帰すべき事由によって発生するのが通常であるから、保険会社が解除の意思表示を相手方に到達させることができないにもかかわらず、その解除権が解除原因を知った時から一箇月の経過により消滅するとすることは、保険会社に著しく酷な結果をもたらすものであり、また、その後に後任の取締役等を選任した有限会社がこのことを保険会社に通知しない場合において、保険会社が速やかに右選任の事実を知ることは困難であるからである。

(三)  本件についてこれをみるのに、保険会社である被上告人が告知義務違反による解除の原因を知った平成三年四月一日の時点において、保険契約者である森幸商店は意思表示の受領権限を有する者を欠く状態にあったが、上告人は既に転付命令により本件生命保険金支払請求権を取得していたから、被上告人としては転付債権者である上告人に対して解除の意思表示をすることができたのであり、したがって、解除権の消滅についての一箇月の期間は同日から起算すべきものと解さざるを得ないところ、被上告人は同日から起算して一箇月以内に上告人に対し有効な解除の意思表示をしていない。

3  しかしながら、被上告人は、転付債権者に対する解除の意思表示をすることには思い至らなかったものの、告知義務違反による解除の原因を知った直後に森幸商店の住所地にあてて解除通知を発送し、平成五年一月には、森幸商店を被告とする訴訟を提起した上、同社の特別代理人に送達されるべき訴状に本件契約を解除する旨を記載するなど、解除の意思表示をするために採るべき方法について非常に苦慮しながらもそれなりの努力を尽くしてきたものであることは前記事実関係から明らかである。他方、森幸商店は法人の基本的な責務ともいうべき取締役の選任を怠るなど専ら被上告人の解除の意思表示の到達を妨害するに帰する行為に終始した結果となっている。以上によれば、森幸商店が取締役を欠く状態にあったことを原因の一端とする解除権の消滅による不利益を一方的に被上告人に帰せしめることは、著しく不当な結果をもたらすものというべきであって、本件の事実経過は、信義則に照らし、被上告人の解除の意思表示が解除権が消滅する以前に上告人に到達した場合と同視することができ、被上告人は、告知義務違反による解除の効果を転付債権者である上告人に主張することができるものというべきである。そうすると、本件契約が告知義務違反により有効に解除されたものとした原審の判断は、その結論において正当である。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法を主張するものであって、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官山口繁)

上告代理人浅井通泰、同安倉孝弘の上告理由

(法令の解釈・適用の誤り)

一 原審が確定した事実

原審が確定した事実の要旨は、次のとおりである。

1 有限会社森幸商店は、昭和六三年一二月八日、被上告人との間で、被保険者を小森信行、保険金受取人を森幸商店、保険金額を二五〇〇万円とする生命保険契約(以下「本件生命保険契約」という。)を締結した。

2 本件生命保険契約における被保険者であり、森幸商店の唯一の取締役で代表者であった小森は、平成二年一〇月二三日に死亡した。

3 上告人は、平成三年一月二三日、横浜地方裁判所川崎支部において、森幸商店に対する確定判決(東京地方裁判所平成二年(ワ)第一五〇二九号売掛代金請求事件)を債務名義として、小森の死亡により森幸商店が被上告人に対して取得した二五〇〇万円の生命保険金債権(以下「本件生命保険金」という。)につき債権差押・転付命令を得た(横浜地方裁判所川崎支部平成三年(ル)第九号、同年(ヲ)第一一号事件。以下「本件差押・転付命令事件」といい、その命令を「本件差押・転付命令」という。)。本件差押・転付命令は、平成三年二月一日、森幸商店に、同年一月二八日、第三債務者である上告人にそれぞれ送達され、同年二月八日の経過とともに確定した。

右の手続は、森幸商店に代表者が存在しなかったため、弁護士春田昭を森幸商店の特別代理人に選任して行われた。

4 上告人は、平成三年三月四日、被上告人に対して本件生命保険金の支払を請求した。

5 本件生命保険契約に関する普通保険約款には、① 保険者又は被保険者が、会社又は会社の指定する医師からの質問に対する回答の際、故意又は重大な過失により事実を告げなかったか又は事実でないことを告げた場合には、会社は将来に向かって保険契約を解除することができる(同約款三〇条一項)、② 保険契約の解除は、保険契約者に対する通知により行う(同条四項)、③ 会社は、解除の原因を知った日からその日を含めて一か月を経過したときは、保険契約を解除することができない(三一条二号)、等の規定がある。

6 被上告人は、平成三年三月六日、小森の死亡診断書を、次いで同年四月一日、小森の診療証明書(診断書)をそれぞれ入手した。右診療証明書には、小森が解離性大動脈瘤、高血圧症、慢性肝炎等により昭和五五年五月二日から平成二年一〇月六日まで降圧剤投与等の通院治療を受けた旨の記載があり、被上告人は、これを入手した右四月一日に本件生命保険契約の解除の原因を確知した。

7 被上告人は、平成三年四月三日、宛て先を森幸商店の住所地とし、各宛人を「有限会社森幸商店 特別代理人春田昭」とする内容証明郵便で、告知義務違反を理由に本件生命保険契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除通知①」という。)をし、同書面は同月四日、森幸商店の住所地に配達された。

8 被上告人は、平成五年一月八日、森幸商店を被告とする本件生命保険金支払債務不存在確認請求の訴えを提起し(大阪地方裁判所平成五年(ワ)第一一四号事件。以下「別件訴訟」という。)、その訴状をもって、告知義務違反を理由に本件生命保険契約を解除する旨の意思表示(以下「本件解除通知②」という。)をし、右訴状は、同月二一日、森幸商店の特別代理人に選任された弁護士井上進に送達された。

9 小森は、昭和五五年五月二日、医療法人財団淡路医院で解離性大動脈瘤、高血圧症との診断を受け、その後平成二年一〇月六日まで、同医院に通院して薬剤投与の治療を受けるとともに、この間の昭和五九年ないし昭和六〇年ころには、同じく解離性大動脈瘤により川崎市立病院で二か月間の入院治療を受けた。

ところが、小森は、昭和六三年一一月一九日、本件生命保険契約の締結に当たり、被上告人に対し、過去五年間に病気で七日以上の治療を受けたことや休養したことがない、持病はない、現在、体にぐあいの悪いところはなく、病気で診察・検査・治療を受けていることもない、などと告知した。

小森は、平成二年一〇月二三日、解離性大動脈瘤による急性心不全により死亡した。

二 原審の判断

原審は、以上に確定した事実に基づき、要旨次のとおり判示して、本件生命保険金の支払を求める上告人の請求を認容した第一審判決を取り消したうえ、上告人の請求を棄却する旨の原判決をした。

1 被上告人が本件生命保険契約の解除の原因、すなわち、小森の告知義務違反の事実を知ったのは平成三年四月一日であるから、本件約款三一条二号による解除権の除斥期間の終期は、その日を含めて一か月を経過した同月三〇日である。

2 特別代理人春田は、本件差押・転付命令事件で森幸商店のために選任された同事件限りの臨時の法定代理人であるから、平成三年二月八日の経過とともに本件差押・転付命令が確定して同事件が終了したことにより、意思表示の受領権限を含む右特別代理人としての地位、権限を失った。したがって、その後の同年四月四日に森幸商店の住所地の同商店特別代理人春田あてに配達された本件解除通知①は、意思表示の到達の効力を生じない。

3 しかしながら、本件解除通知①が意思表示の到達の効力を生じないのは、森幸商店の代表者の不存在という被上告人の責めに帰さない事由によるものであるから、右通知の事実は、信義則上、被上告人が告知義務違反の事実を知った保険者としてすべきことをすべて履行したか否か、ひいては解除の除斥期間との関係で重要な意義を有する。

4 商法六七八条二項、六四四条二項、本件約款三一条二号の除斥期間に関する定めの趣旨は、保険者が解除の原因を知った後に保険契約者が長く不安定な地位に置かれるのを回避して、保険契約者の保護を図る点にあり、この保護の面では、保険者は、解除権を行使する意思を有することを保険契約者が了知できる状態を作り出せば足りる。

本件においては、本件解除通知①が森幸商店の住所地に配達されたことにより、森幸商店は、被上告人が告知義務違反を理由として本件生命保険契約を解除する意思を有していることを了知できる状態に置かれたから、被上告人は、除斥期間の定めとの関係で、すべきことを履行したといえる。

5 簡易生命保険法四一条二項には、三九条二項に規定する一か月の期間(告知義務違反による解除の制限期間)は、保険契約者若しくはその法定代理人を知ることができないとき又はこれらの者の所在を知ることができないときは、これらの者の所在が知れた時から起算する旨の規定がある。この規定は、民間の生命保険契約についても、保険者が告知義務違反で解除する意思であることを、解除の原因を知ったときから一か月以内に保険契約者が了知しうる状態を作り出したような場合には、類推適用できると解するのが相当である。

6 そうすると、本件においては、本件解除通知①が森幸商店の住所地に配達されたことで、信義則上及び簡易生命保険法四一条二項の類推適用により、本件約款三一条二号の除斥期間は、被上告人が森幸商店の代表者ないし法定代理人が選任されたことを知ったときから進行すると解すべきである。

7 したがって、本件の除斥期間は、別件訴訟における森幸商店の特別代理人井上にその選任命令が送達された平成五年一月二一日から進行し、同日に本件解除通知②が右特別代理人に送達されたことにより、被上告人による本件生命保険契約の解除の効果が発生したというべきである。

三 原審の判断の誤り

1 はじめに

原審による前項の判断のうち、1及び2の判断は概ね相当であり、上告人にも特に異論はない。

しかしながら、3ないし7の判断は、著しく不当であって、到底首肯することができない。以下、項を改めてその理由を説明する。

2 本件解除通知①の信義則上の意義(前記二の3及び4の判断)について

(一) 信義則の適用は、法令や契約の形式的な解釈適用の結果が社会通念上著しく不当と考えられる場合に、契約当事者の衡平の見地から妥当な結論を導くための概念操作であって、法的安定性という重要な要請を犠牲にするものであるから、当事者双方の諸事情を仔細に検討し、これを総合勘案したうえで慎重にされなければならない。

(二) ところで、原判決は、本件解除通知①が到達の効力を生じなかったのは、森幸商店の代表者の不存在という被上告人の責めに帰さない事由によるものであるとして、右通知の事実が信義則上重要な意義を有すると判示する。

確かに、森幸商店の代表者の不存在という事実自体は、被上告人の責めに帰さない事由といえなくもない。しかしながら、森幸商店は本件生命保険契約の締結当時から既に取締役が一人のみの会社であって、被上告人は、この点を認識したうえで本件生命保険契約の締結に応じたのであるから、森幸商店の唯一の取締役で被保険者でもある小森が死亡すれば、代表者が欠けた状態となり、容易には後任の代表者が補充されない可能性を十分に予測し得たはずである。加えて、被上告人は、平成三年一月二八日、本件差押・転付命令事件の第三債務者として、本件差押・転付命令(同命令には、森幸商店の特別代理人として春田が表示されている。)の送達を受け、これによって、保険契約者である森幸商店に代表者が存在しないことを知るとともに、何らかの法的措置を講じない限り、意思表示の受領権限を有する者が容易には補充されない可能性を具体的に予測し得る立場に置かれたのである。

他方、森幸商店には、被上告人による解除権の行使を妨げるような積極的行為があったわけではなく、単に代表者である小森の死亡後、本件解除通知①の配達時までに後任の代表者を補充しなかったという不作為があったにすぎない。この不作為は、小森が森幸商店の唯一の取締役であったことに照らせば、事の成行き上、やむを得ないところであって、これをことさらに契約当事者としての信義にもとる行為と評価すべきものではない。この点は、第一審判決が正当に指摘するとおりである。

これらの事情を対比勘案すれば、本件解除通知①が信義則上重要な意義を有するとする原審の判断は、まことに皮相的かつ一方的で不当な判断といわなければならない。

(三) 次に、原判決は、商法六七八条二項、六四四条二項、本件約款三二条一号の除斥期間に関する規定の趣旨からみて、保険者は、解除権行使の意思を有することを保険契約者が了知できる状態を作り出せば足りるとし、被上告人は、本件解除通知①によって右の状態を作り出し、すべきことを履行したといえると判示する。

しかしながら、本件解除通知①は、森幸商店の住所地の特別代理人春田あてに配達されたものの、本件差押・転付命令事件の終了に伴って春田の特別代理人としての地位・権限が消滅し、かつ、森幸商店に代表者が欠けた状態のままであったため、意思表示の到達の効力を生じなかったものであって、法律的には全く無効、無意味な行為なのである。当時、森幸商店の法人(有限会社)としての実体が残存していたにしても、何故、右のような行為によって、代表者を欠く森幸商店において、被上告人が告知義務違反により本件生命保険契約を解除する意思を有することを知り得る状態に置かれたとか、まして、被上告人が保険者としてすべきことを履行したなどといえるのであろうか。

この点に関する原審の判断は、法律論としてはもとより、経験則の適用に関する事実論としても、おおよそ理解し難く、到底首肯することができない。

ところで、上告人は、本件約款三一条二項に定める解除の制限期間内に被上告人が採り得た方法の一つとして、有限会社法三二条、商法二五八条二項に基づく仮取締役の選任手続があることを指摘した。

これに対して、原判決は、その補足的判示(第二項の原審の判断の要旨からは割愛した。)において、仮取締役の選任手続は、その制度の趣旨からみて、意思表示の受領のためだけにこの手続の利用が常に必要とは解されず、また、右手続の利用は利害関係人の権利ではあっても義務とはいえないとして、被上告人が右手続を利用しなかったことをその不利益に解釈することはできないと判示した。

しかしながら、原審の右判断も、辻褄合わせに終始したもので、にわかに承服することができない。

すなわち、本件約款所定の解除の制限期間内に被上告人が利用し得た方法として仮取締役の選任手続がある以上、被上告人がこの手続を利用したか否かの点は、信義則の適用の有無を判断するに当たって、当然に顧慮すべき重要な事情といわなければならない。ここで問題なのは、原判示のような仮取締役の選任手続の利用が権利か義務かなどという概念論的な議論ではなく、被上告人が法令又は契約・約款の規定に従って必要な手だてを尽くしたかどうかの点である。被上告人は、仮取締役の選任手続という現に利用可能な制度があるのに、これを利用しなかったのであるから、その結果として生じた不利益も自ら甘受すべきものであろう。

また、仮取締役の選任手続に関する原審の前記判断は、次の先例、すなわち、保険契約者に相続人がなく、相続財産管理人の選任を求めたうえ、これに対して契約解除の意思表示をすべき場合において、一か月間でこれらの手続を履践させることが保険者に不能を強いることにはならない旨を判示した判例(大審院昭和一四年三月一七日判決・民集一八巻一五六頁)と対比しても、全く異例の判断といわざるを得ない。

3 簡易生命保険法四一条二項の類推適用の有無(前記二の4及び5の判断)について

簡易生命保険法四一条二項には、三九条二項に規定する一か月の期間(告知義務違反による解除の制限期間)は、保険契約者若しくはその法定代理人を知ることができないとき又はこれらの者の所在を知ることができないときは、これらの者の所在が知れた時から起算する旨の規定がある。

そして、原判決は、民間の生命保険についても、保険者が解除の原因を知ったときから一か月以内に、解除の意思を有することを保険契約者が了知し得る状態を作り出した場合には、右法条を類推適用できるとしたうえ、本件では、本件解除通知①の配達で、信義則上及び右法条の類推適用により、本件約款三一条二号の除斥期間は、被上告人が森幸商店の代表者ないし法定代理人が選任されたことを知ったときから進行すると解すべきである旨判示する。

しかしながら、被上告人が、本件解除通知①の配達によって、自ら解除の意思を有することを森幸商店が了知できる状態を作り出したとの判断が不当、不合理であることは、先に説明したとおりであるから、原審の右判断は、その前提を誤るものといわなければならない。

のみならず、簡易生命保険法四一条二項の規定は、そもそも本件生命保険契約に類推適用される余地はないと解するのが相当であり、原審の前記判断は、この点においても誤りである。

すなわち、簡易生命保険法は、国民に、利用できる生命保険を、確実な経営により、なるべく安い保険料で提供し、もって国民の経済生活の安定を図ること等を目的とするものであり(同条一条)、同法の規定により国が行う簡易生命保険は、営利を目的としない事業であって、郵政大臣が管理するものとされている(同法二条)。このように、簡易生命保険法は、政府が管掌する非営利目的の生命保険を規律の対象とする特殊な法律であり、しかも、同法四一条二項の規定は、告知義務違反による解除の制限を実質的に緩和するという保険契約者(国民)に不利益な内容の規定である。このような性質・内容の規定につき、営利目的の企業である被上告人が営業行為としてしたことの明らかな本件生命保険契約への類推適用を肯定するのが相当であるとは到底考えられない。

加えて、簡易生命保険法四一条二項の規定は、その文言から明らかなように、意思表示の受領権限を有する者は存在するが、その者が判明しない場合又はその者の所在を知ることができない場合を規定しているのであって、本件のように意思表示の受領権限を有する者が存在しない場合まで想定しているわけではない。このことからも、前述の類推適用が不当であることは明白である。

この点に関する原審の法解釈は、解釈論の域を著しく逸脱したものといわざるを得ない。

4 本件解除通知②の効力(前記二の7の判断)について

原判決は、本件の除斥期間が別件訴訟における森幸商店の特別代理人井上にその選任命令が送達された平成五年一月二一日から進行するとし、同日に本件解除通知②が右特別代理人に送達されたことによって本件生命保険契約の解除の効果が発生したと判示する。

しかしながら、原審の右判断は、信義則の適用及び簡易生命保険法四一条二項の類推適用について、前述のような誤った判断をしたことに基づくものであるうえ、次の点においても不当である。

すなわち、別件訴訟は、被上告人が森幸商店に対して解除の意思表示を行うための便法として提起したものであるが、本件生命保険金債権については、本件差押・転付命令の確定によって、森幸商店から上告人への債権譲渡の効力が生じているから、被上告人からの解除の意思表示が有効であるかどうかにかかわらず、被上告人の森幸商店に対する本件生命保険金債務が存在しないことは、法律上既に確定しており、森幸商店においてこれを争う余地はなかったのである。したがって、別件訴訟における本件生命保険金債務の不存在の確認を求める被上告人の訴えは、確認の利益を欠くものとして不適法であることが明らかであり、このような訴訟を敢えて提起し、特別代理人の選任を求めたうえ、これに対して解除の意思表示をすることが許されるべきかどうか、また、このような特別代理人に本件解除通知②の受領権限が認められるべきかどうかは、甚だ疑問である。

また、仮に、右のような措置が許容されるとしても、被上告人としては、本件約款三一条二号の定める制限期間内(平成三年四月三〇日まで)に右のような措置をとるべきであったし、また、とることができたはずである。したがって、本件解除通知②は、右制限期間を徒過したものとして無効というべきである。

5 補足

本件は、告知義務違反の事実を知った被上告人が、本件約款所定の解除の制限期間内に森幸商店に対して解除の意思表示をするべく、仮取締役の選任の申立てをし又は別件訴訟を提起して特別代理人の選任の求めるなどの手だてを尽くしたものの、右制限期間を徒過したというのではなく、漫然、本件差押・転付命令事件における森幸商店の特別代理人あてに本件解除通知①を送付したことをもって事足れりとし、被上告人が告知義務違反の事実を知ってから一年八か月余を経た時点に至って、ようやく、本件解除通知②により改めて解除の意思表示をしたという事案である。このような経緯でされた本件解除通知②に契約解除の効果を肯認するのは、法律関係の早期確定を図ろうとする商法六七八条二項において準用する同法六四四条二項及び本件約款三一条二号の規定の趣旨を没却するものといわざるを得ないし、具体的事案の解決としても妥当とはいえない。

四 結論

以上のとおりであって、原審の判断には、信義則及び告知義務違反による解除の制限に関する法令の解釈適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。よって、原判決は速やかに破棄されるべきである。

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