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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)186号 判決 1997年10月28日

東京都中央区日本橋茅場町一丁目一一番二号

フジビル一六 五階

丸大証券株式会社日本橋支店内

上告人

荒木武

右訴訟代理人弁護士

山田二郎

土屋東一

岩崎淳司

佐藤貴夫

東京都中央区日本橋堀留町二丁目六番九号

被上告人

日本橋税務署長 山内喜久夫

右指定代理人

大竹聖一

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行コ)第一二五号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成八年四月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人山田二郎、同土屋東一、同岩崎淳司、同佐藤貴夫の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解せず、若しくは独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 山口繁)

(平成八年(行ツ)第一八六号 上告人 荒木武)

上告代理人山田二郎、同土屋東一、同岩崎淳司、同佐藤貴夫の上告理由

第一 原判決の事実認定が経験則ないし採証法則に違反している誤りについて

第二 所得税法三七条の適用の誤りについて

第三 更正処分取消訴訟における立証責任の分配について最高裁判決と相反する判断をしている誤りについて

第四 総括

第一 原判決の事実認定が経験則ないし採証法則に違反している誤りについて

一 本件の争点

本件は、大手でない証券会社に所属し、証券会社から受取る手数料報酬だけで生活をしている歩合制証券外務員である上告人にとって、右手数料報酬は事業所得(所得税法二七条。同法を以下「法」という。)の収入金額に区分されるが、顧客からの注文を増やすために顧客に株式の買付資金を世話しその借入金利息を負担している場合に、その借入金利息の負担が必要経費に該当するか否かということである。

二 本件の事実関係

原判決の認定によると、本件の事実関係は以下のとおりである。

1 上告人は、所属証券会社から自己の取扱いに係る株式取引の受取手数料の四〇%を報酬として受取っており、これが本件の係争年度である昭和六〇年分、昭和六一年分、昭和六二年分の事業所得金額の内容であり、その収入金額は証券外務員の中でもトップクラスにランクされているものである。

2 上告人は、証券金融機関である東京証券金融株式会社、大栄ファイナンス株式会社、株式会社平田商会、大松物産株式会社、株式会社都市ファイナンス(後日、アイフル株式会社に吸収合併となる。)、株式会社東洋ファクタリング及び株式会社興亜物産から、上告人名義で、株式を担保として株式取得資金の融資を申し込み、上告人が右融資を受けている。また、東京証券金融株式会社及び大松物産株式会社には大内利雄を借主名義人として、また株式会社都市ファイナンスには大内利雄、荒木八重子及び株式会社ディリー企画を借主名義人として、上告人が融資を受け、右借入金及び利息を一部返済している。

そして、上告人は、証券会社における株式取引口座として、橋本誠一、青木文雄、岡野和男、清水豊治、金子俊明及び栗原由紀夫の借名口座を利用して、顧客の遠藤清吉、張 端泰らから委託を受けて同人らの株式取引を行っていたものである。

三 原判決の認定と経験則違反

1 ところで、原判決(原判決の引用している一審判決。以下同じ。)は、上告人が証券金融機関から上告人名義で資金を借り入れたことを認めるものの、ディリー企画等の他人名義の借入金について上告人が実質的な借主であるか否かは必ずしも明らかではないと判示している。

上告人が右借入金について、いずれも利息を負担しその一部を返済している事実を、右証券金融機関からの「証明書」等を入手し明らかにしている以上(甲第六号証の一ないし一五四、甲第八号証の三ないし七、甲第九号証の三ないし五、甲第一〇号証の三、甲第二号証の三ないし六、四、甲第一二号証の三ないし五、甲第一三号証の三ないし七、甲第一四号証の三ないし一〇、甲第一五号証の三及び四)、これら一連の右借入金の実質的な借主はいずれも上告人であるというのが、経験則に従った事実認定である。単発なものではなくこのように一連のもので、証券金融機関による借主の与信によるこれらの借入金について、上告人が実質的な借主であるかどうかが明らかでないというのは明らかに経験則に違反している事実認定である。

2 次に、原判決は、上告人が右借入金を遠藤清吉、張 端泰等の大口の顧客の株式取引に貸付けたことについて、張らの株式取引であることは認められないと認定しているが、同じような顧客日野高治については、同人の協力をえて国税不服審判所に上申書(甲第二六号証)を提出できたので、日野関係だけは裁決で原処分の一部が取消されている。このことは、上告人の主張が虚偽でないことを裏づけているものである。上告人は原審で張、遠藤が実在の顧客であることについて証拠を補強したので、原審はこの点の一審判決の事実認定を変更しているが、その変更は、「張、遠藤名義で一成証券との間に現物取引があったことを確認できるに止まり、同人らの名義の信用取引口座が開設された事実がないことが認められる。」と、張、遠藤が実在すること、同人らの株式取引を認めながらも、同人らの信用取引をことさら否定しているものである。

上告人は、原審が張、遠藤が実在するかどうかについて疑問をもったので、張、遠藤が実在することを明らかにしたのに、同人らによる一連の大量の株式取引のうち現物取引だけを分けて肯定し、信用取引を否定しているのはこじつけの認定であり、経験則に違反している。

3 本件の事実認定で、もっとも経験則に違反しているのは次の認定である。

原審では、上告人が証券金融会社からの借入金の借主であり借入金利息を支払っていることをおおかた認めながら、上告人が借入金利息を負担するという証拠がないということで、上告人が借入金利息を負担したことを否定していることである。

上告人が借入金の借主であり、借入金利息を支払っているという事実が明らかであれば、上告人自身がその借入金利息を負担していると推認するのが経験則に従った事実認定である。それであるのに、借入金利息を上告人が負担するという約定(特約)が認められないということで、上告人が本件の借入金利息を負担している事実を否定しているのは、明らかに経験則に違反している認定である。

なお、本件は、「上告人が顧客から借入金に相当する額を受領している事実が認められる。」という理由で更正処分を受けたので、審査請求を行い右事実を強く否定したところ、審判所では、顧客から借入金利息を受領している事実はないと事実認定を変更したが、別に上告人に対し、借入金の内容と金額を明らかにする資料を要求し、上告人がこれを漸く揃えて明らかにすると、今度は、借入金について顧客ごとにどういう銘柄のどういう数量の取引に使用(無利息で転貸)したのかを明確にするようにと難しい要求を出し、次から次へとハードルを高くして上告人を苦しめたものであった。上告人は、顧客との取引内容を証券外務員の側から明らかにすることは顧客に対する信頼を裏切り顧客を失うことになるのでこれを躊躇したが、やむなく多くの時間と労力を使って「証券金融関係の説明資料(顧客別利子割引料の説明資料)」(甲第二ないし第四号証)を作成・提出し、さらに証券会社から無理をいって「顧客勘定元帳」(甲第七号証の一ないし一五四)の写しを入手して、借入金と顧客の株式取引との関連を明らかにしたものである。しかし、審判所では、右資料を苦労して提出したにも拘らず、最後にはさらにハードルを上げ、顧客に直接確認できないと認められないとして税務職員の調査件を駆使すれば容易に顧客に確認することができたのに、右資料を取り上げようとしなかったものである。原審は、本件のこのような特異な背景を考慮することなく、株式取引が張、遠藤の計算において行われ、上告人が右両名に借入金を貸付け、その借入金利息を上告人が負担した事実を窺せるに足りないと判断しているが、上告人が手張りをしていないことについて疑問を抱く余地が全くなく、一方で上告人が借入金利息を支払っていたことが明らかであるのに、上告人が借入金利息を負担していたとの事実が認められないというのは経験則に反する事実認定というほかない。

第二 所得税法三七条の適用の誤りについて

一 所得税法三七条一項と事業所得の必要経費の範囲

所得税法三七条一項は、「その年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は---これらの所得の総収入金額に係る売上原価とその他当該収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これら所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする。」と定め、必要経費の範囲について具体的に定めていないが、事業所得の必要経費は、原料代のように収入に直接対応する売上原価(個別対応)と給料・宣伝広告費・交際費のように収入に直接対応しない費用(期間対応)とに区分されている。借入金利息は後者の費用の中に含まれるもので、その年分に支出していることが明らかになれば、個別対応の有無を問わず、その支出した年分の必要経費に当然に計上されると解されている(注解所得税法研究会「最新版 注解所得税法」五四〇頁、金子 宏編「所得税の理論と課題」八一頁以下、特に八八頁(担当、山田二郎)ほか)。

二 本件借入金利息が必要経費に該当することについて

原判決(一審判決を引用)は、本件借入金利息が事業所得の必要経費に算入されるのは、事業収入(受取手数料報酬にかかる収入)と借入金利息との事業関連性(個別対応)の有無が問題となるとし、本件借入金利息が必要経費に算入できるには、次の四条件を充足することが必要であるとしている。

<1> 上告人が証券金融機関から資金を借り入れたこと、

<2> 上告人が張ら顧客に対し右借入金を貸付けたこと、

<3> 上告人と張ら顧客との間において、上告人が右借入金の利息を負担する旨の約定が存在したこと、

<4> 外務員である上告人を通じて株式を取得し、右借入金をその資金に充てたこと。

そして、原判決は、反証として上告人側で右事業関連性を積極的に主張、立証する必要があるとしている。

主張、立証責任の分配の問題は項を改めて検討を加えることにするが、原判決の立論は、明らかに事業所得の必要経費について法律解釈と適用を誤っているものである。

事業所得の必要経費は、前述したとおり、収入に直接対応する原価と収入と直接対応しない費用に区分され、原価ついては個別対応がテストされるが、借入金利息のような費用についてはいつ支出(債務の確定)されたかが問われるのであり、原判決のように事業関連性を事業所得の必要経費の必要要件としているのは明らかに法三七条の解釈・適用を誤っているものといえる。

もっとも、前述のとおり、本件では、上告人が証券金融会社から資金を借り入れていること(<1>の条件)、上告人が借入金を張らの顧客に転貸し、その株式取引の資金に充てていること(<2>と<4>の条件。上告人が手張りをしているような事実のないこと)、上告人が借入金利息を支払いこれを負担していること(<3>の条件)は、前述のとおり明らかな事実でありまた経験則上において容易に推認できる事実であるので、この点からいっても原判決は判断を誤っているものである。

第三 更正処分取消訴訟における立証責任の分配について最高裁判決と相反する判断をしている誤りについて

更正処分取消訴訟と立証責任の分配の原則

更正処分取消訴訟において、具体的な支出が必要経費に該当するか否かが争われている場合には、所得の存在について税務署長側に主張・立証責任がある以上、税務署長側に、収入金額のみならず必要経費についても、税務署長の主張額以上に必要経費が存在しないことについて立証責任があると解されている(最判昭和三八年三月三日訟月九・五・六六八など)。

原判決(一審判決を引用)は、右最判の見解を前提としながら、「更正時に存在しない、あるいは提出されなかった資料等に基づき、上告人が当該支出が必要経費に該当すると主張するときは、当該証拠との距離からも、上告人において経費該当性を合理的に推認させるに足りる程度の具体的な立証を行わない限り、当該支出が経費に該当しないとの事実上の推定が働くものというべきである。」と判示している。

事業所得のうち借入金利息のうような費用については、その年分に支出していることが明らかになれば、事業所得の必要経費に該当することが推認されるものである。原判決のいうように、借入金利息のような費用について事業関連性を上告人側で積極的に主張・立証する必要があるというのは、立証責任の分配を誤っているものである。借入金利息のような費用について、その年分に支出したことが明らかとなっているのにその経費該当性を争うときには、むしろ税務署長側で積極的に経費該当性を覆す主張・立証をする必要がある(例えば、借入金利子は家事費に支出されていることなど)と解すべきであり、このような立論が所得税法の規定に沿った立証責任の分配論であるといえる。

なお、原判決は、「更正時に存在しないあるいは提出されなかった資料等に基づき当該支出が必要経費に該当することを主張するときは、当該証拠との距離からみても、上告人において経費該当性を合理的に推認させるに足りる程度の具体的な立証を行わない限り、当該支出が経費に該当しないとの事実上の推定が働く。」と判示しているが、本件は、前述のとおり、更正処分では、税務署長は、「上告人は顧客から借入金利息に相当する額を受領している事実が認められる。」という理由で経費該当性を否認しながら、右受領の事実のないことが明らかになると、だんだんハードルを上げて、上告人に対して収入である受取手数料報酬と借入金利息との関連性を求めてきたものであり、原判決のいう「証拠との近い距離」の情況は存在せず、それに本件にこのような立論をすることは納税者の救済に障害を設け、救済手続を閉塞させてしまうものであるといえよう。

第四 総括

本件は、上告人が証券金融会社から借入れを行い借入金利息を支出している事実が明らかであるのに、原判決は、上告人が借入金利息を負担するという約定を認めるに足りる証拠がないとして、上告人が借入金利息を負担したことを否認している。約定がないときは(約定が認められないときは)、借入金の借主が借主利息を支払っていることが明らかである以上その借入金が借入金利息を負担していると推認するのが経験則による認定である。原判決の認定は、明らかに経験則に反するものであり、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

また、事業所得に必要経費のうち借入金利息のような費用は、家事費又は家事関連費として支出されたものでなく、その年分に支出されたことが明らかである以上、必要経費に該当するものである。原判決が、上告人の負担した借入金利息について、事業関連性が必要経費に該当するための要件であるとしているのは、明らかに所得税法三七条に定める必要経費の範囲について法律の解釈・適用を誤っているものである。

さらに、原判決は、本件借入金の経費該当性について納税者である上告人側に積極的に主張・立証責任を負担させているが、事業所得の必要経費の中で本件借入金のような費用については、その年分に支出したことが明らかになれば必要経費に該当すると推認が働くのであり、これを否定するのであればむしろ税務署長側で積極的に反証として主張・立証責任を負担するものと解すべきである。

以上のとおり、原判決の事実の誤認及び法律の解釈・適用の誤りは原判決に影響することが明らかなものであるので、すみやかに原判決を破棄し、上告人の請求を認容して頂くことを求める。

以上

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