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最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)270号 判決 1997年7月15日

東京都千代田区丸の内二丁目二番三号

上告人

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

北岡隆

右訴訟代理人弁護士

尾﨑英男

同弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第一四六号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年九月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人尾﨑英男、同竹中寄生の上告理由について

本願発明の当業者が本件引用例一記載の発明及び同二記載の考案により本願発明に容易に想到することができたことなど、本願発明の進歩性に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本願発明が進歩性を欠き特許査定されるべきではないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)

(平成八年(行ツ)第二七〇号 上告人 三菱電機株式会社)

上告代理人尾﨑英男、同竹中岑生の上告理由

目次

Ⅰ 上告理由の根拠条文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一

Ⅱ 事案の概要

一.本件上告に至る経緯・・・・・・・・・・・・・・・・・・一

二.二気筒形回転圧縮機・・・・・・・・・・・・・・・・・・三

三.本願発明の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九

四.本願発明の作用効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・一二

Ⅲ 本件の上告理由

一.原判決の法令違背・・・・・・・・・・・・・・・・・・・一七

二.原判決のクレーム解釈・・・・・・・・・・・・・・・・・一八

三.原判決のクレーム解釈の不当、違法性・・・・・・・・・・二〇

四.違法なクレーム解釈が明らかに原判決に影響を及ぼすものであること・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・二四

五.結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三二

上告理由

Ⅰ 上告理由の根拠条文

民事訴訟法三九四条 判決に影響を及ぼすことの明なる法令の違背

Ⅱ 事案の概要

一.本件上告に至る経緯

上告人は名称を「二気筒形回転圧縮機」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和五九年特許願第二四七七二五号)をした者であるが、特許庁において同出願に対し拒絶査定を受け、又拒絶査定に対する不服審判請求に対しても「本件審判の請求は、成り立たない」との審決を受けた。

この審決は昭和五八年特許出願公告第二三五三九号公報(以下、「引用例一」という。)と昭和五六年実用新案登録願第九五三三三号の願書に添付の明細書及び図面のマイクロフィルムの写(以下、「引用例二」という。)及び昭和五〇年実用新案登録願第一五二〇三六号の願書に添付の明細書及び図面のマイクロフィルムの写(以下、「引用例三」という。)の三つの公知文献を引用し、本願発明はこれらの引用例に記載された技術に基づいて容易に発明することができたと判断した。

上告人は前記審決の取消を求めて東京高等裁判所に出訴し、前記審決は本願発明と引用例一の構成上の相違によって奏される本願発明の顕著な作用効果を引用例一及び同二から予測可能なものであると誤認した結果本願発明を容易に想到しうると誤って判断したものである、との審決取消事由を主張した。(原判決九頁一五行-一〇頁四行)

これに対し、原判決は本願発明の作用効果を、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づいて、本願明細書に記載された作用効果とは異なる内容のものとして認定し、その上でそのような作用効果は引用例一及び同二から予測可能なものであるとの理由で、前記審決に原告主張の違法はないと判断した。(原判決二七-三七頁)

原判快のこの判断の過程には後にⅢで述べる上告理由があるので上告人は本件上告に及んだ次第である。

二.二気筒形回転圧縮機

本願発明は冷凍装置あるいはエアコンに用いられるコンプレッサ(圧縮機)に関するものであり、特に二気筒形回転圧縮機に関する発明であるので、まず一般的に回転圧縮機について説明し、次に二気筒形回転圧縮機について説明する。

(一)回転圧縮機の説明

回転圧縮機は左図のように断面が円形のシリンダの内面に対して円形のローリングピストンが軸のまわりに偏心して駆動回転され、シリンダとシリンダの内面に押しつけられたピストンで圧縮室を形成する構造になっていて、円形シリンダには低圧ガスを吸入するための吸入管、吸入通路とシリンダ内で圧縮された高温高圧となったガスを排出するための吐出弁が設けられている。又、ローリングピストンの周囲を常に押圧するベーンが設けられていて、ベーンはピストンと協働してシリンダ内を二つの室に区分する機能を有する。

<省略>

このように回転圧縮機ではシリンダ内にローリングピストンとベーンによって二つの室が形成され、一回転中に圧縮と吸入を同時に行い、吸入行程を終了した室が次の回転では圧縮室となる。回転圧縮機の一サイクルの動作を次の図に従って説明する。

Ⅰ.吐出と吸入終了

<省略>

Ⅱ.圧縮と吸入開始

<省略>

Ⅲ.吐出開始と共に吸入

<省略>

Ⅳ.吐出と吸入同時進行

<省略>

Ⅰ 偏心ローリングピストンがベーンの位置でシリンダ内壁に接している状態。この状態ではシリンダ内は一つの室を形成し、前サイクルの吸入行程が終了したことによってシリンダ内にガスが吸入されている(斜線部)。この状態は圧縮行程の開始の時でもあり、吐出弁が閉じられる。

Ⅱ 偏心ローリングピストンがベーンの位置から九〇度回転した状態。ガスはシリンダ内斜線部の室で圧縮される(圧縮行程)と同時に、非斜線部の室では吸入管からガスが吸入される。(吸入行程)

Ⅲ 偏心ローリングピストンがベーンの位置から一八〇度回転した状態。斜線部の室でガスはさらに圧縮された状態となると同時に、非斜線部の室ではガスは吸入され続ける。この時吐出弁が開き吐出行程が始まる。

Ⅳ 偏心ローリングピストンがベーンの位置から二七〇度回転した状態。斜線部の室ではガスが吐出弁から吐出される(吐出行程)と同時に、非斜線部の室では吸入管からガスが吸入される(吸入行程)。

(二)二気筒形回転圧縮機

本願発明の前提となっている二気筒形回転圧縮機は、右に図で示した回転圧縮機が中間仕切板を介して二つ並置されて二気筒からなる。各々の気筒の偏心ローリングピストンは同一の軸によって回転されるが、ピストンの偏心位置は相互に一八〇度の位相差が生じるように配置されている。

すなわち、一方の気筒が前記図Ⅰの状態にある時に他方の気筒はⅢの状態にあり、又一方がⅡの時は他方はⅣであるような関係を保って動作する。

二気筒形回転圧縮機の構造を本願明細書と第3、4図に記載されている従来技術について説明をする。第3図は二気筒形回転圧縮機を回転軸を含む断面でみた図で、第4図はシリンダの円形断面方向からみた図である。

第3図

<省略>

第4図

<省略>

第3図は二つの圧縮要素A、Bを備えた二気筒形回転圧縮機で、1は偏心部1a、1bを有する駆動軸、2a、2bはシリンダでそれぞれ内部に圧縮室3a、3bが形成されている。4a、4bは偏心部1a、1bで駆動されるローリングピストン、5a、5bはこれらのローリングピストンの外周面を常時押圧するベーンで、ベーンはスプリング6a、6bによってピストン外周面に押圧されている。7、8はその内側に圧縮室を形成する軸受板、9は中間仕切板、10は圧縮機を収納する密閉外被、13は低圧冷媒ガスの吸入管で、その先端は第4図に示されているように中間仕切板9に設けた吸入通路14、15を介して各圧縮室3a、3bに連通している。圧縮室には吐出弁も設けられているが第3、4図には示されていない。(甲第八号証本願出願公告公報二欄三-一九行)

三.本願発明の構成

本願発明の特許請求の範囲の記載を本願発明の実施例を示す第1図と対応させて記載すると次のとおりである。

第1図

<省略>

「中間仕切板9で仕切られ、吸入行程に位相ずれがある第1、第2の圧縮室3a、3bを形成する各シリンダ2a、2bに低圧冷媒ガスの吸入通路を穿設した2気筒形回転圧縮機において、シリンダ等を収納する密閉外被10外に位置させた冷媒ガスの共通吸入管16を共通のアキュームレータ17内の空間に突出させ、この空間に連通させた第1および第2の吸入管13a、13bの先端をそれぞれ上記密閉外被10を通して上記の対応各吸入通路14A、15B内に挿入させたことを特徴とする2気筒形回転圧縮機」

本願発明の構成と前記本願明細書に記述されている従来技術(第3図)の構成の違いは、従来技術においては二つのシリンダに低圧冷媒ガスを供給する吸入管13が一本で、二つのシリンダに連通するために中間仕切板9のところで吸入管13の先端が二つの吸入通路14、15に分れているのに対し、本願発明では二つのシリンダに低圧冷媒ガスを供給するために別々の吸入管13a、13bが、一方は吸入通路14A、15Bと、他方は二つ圧縮要素に共通のアキュームレータ17の間に、それぞれ設けられているところにある。

四.本願発明の作用効果

本願明細書には本願発明の構成によって実現される様々な作用効果が記載されているが、ここではそのうちの最も顕著な作用効果で、かつ本件上告理由に関係する一つの作用効果についてだけ説明する。

この作用効果に関して、本願明細書では次のように記述されている。

[発明が解決しようとする問題点]

「また、圧縮工程中吸入ガスを吸込む際、吸入通路内に脈動が生ずるので吸入通路の長さを最適にすることにより吸入効率を上げることができるが、二気筒形圧縮機の場合は各シリンダの吸入工程に180゜の位相ずれがあり、しかも第1、第2の吸入通路14、15が直接吸入管に接続されているので、各吸入通路長を独自に最適に設定することができず吸入効率を上げることができないという欠点もあった。」(本願公告公報三欄一七-二六行)

[作用]

「各吸入管を共通のアキュームレータを介して共通吸入管に接続させたので、第1、第2の吸入管がそれぞれ独自に最適長に設定され得、吸入効率を上昇させることができる。」(同公報三欄四〇-四四行)

[実施例]

「各吸入管13a、13bがアキュームレータ17を介して共通吸入管16に接続されているので、各吸入管13a、13bおよび吸入通路14A、14Bによる低圧冷媒ガス通路はアキュームレータ17によって分離され、各通路の長さをそれぞれ独自に最適長に設定することができ、吸入効率を上昇させることができる。」(同公報四欄三〇-三六行)

[発明の効果]

「各吸入管を共通のアキュームレータを介して共通吸入管に接続させているので、各吸入管をそれぞれ独自に最適長に設定することができ圧縮機の効率を向上できるものである。」(同公報六欄一-五行)

以上のとおり明細書中に記述されている本願発明のこの作用効果について説明すると、まず「発明を解決しようとする問題点」の項で述べられているように、回転圧縮機の一サイクルにおいて吸入室(シリンダ内の吸入行程にある室)のガスの圧力が変化して圧力脈動が生じる。それは回転圧縮機のローリングピストンが回転するにつれてシリンダ内の吸入室の容積が変化し、これと連通している吸入通路から吸入されるガスの圧力が変化するためである。

本書面の四、五頁で説明した単シリンダの回転圧縮機の一サイクル(Ι乃至Ⅳ)における吸入室の圧力を模式的にグラフで図示すると次のようになる。

<省略>

圧縮機の吸気効率(能力)を最大にするためには一サイクルのうちΙで示されている吸入行程の終了時(すなわち、圧縮行程の開始時)に吸入室内の圧力を最大とすればよい。そのためには、吸入管の長さや径等によって決まる吸入の抵抗を調節して最適な圧力脈動を生じさせればよい。

以上のことは、回転圧縮機一般について当業者が十分よく理解している原理的知識である。

なお、本願明細書の「発明が解決しようとする問題点」の記述の中の「圧縮行程中吸入ガスを吸込む際、吸入通路内に脈動が生ずるので吸入通路の長さを最適にすることにより吸入効率を上げることができる」(出願公告公報三欄一八-二〇行)の部分は、より正確には「吸入行程中吸入ガスを吸込む際に吸入室内に生ずる圧力脈動を、吸入通路や吸入管の長さを調節して、最適にすることにより吸入効率を上げることができる」と記述されるべきであろうが、この点は当業者がよく理解している回転圧縮機の一般原理に関連した記述であるから、この点で誤解が生じることはない。

このような単シリンダの回転圧縮機についての一般的な技術常識に対し、本願発明は二気筒形回転圧縮機において生じる特有の問題を解決したものである。二気筒形回転圧縮機では二つのシリンダの動作行程に一八〇度の位相差がある。しかも従来の二気筒形回転圧縮機では本願明細書第3図に示されているように二つのシリンダの各吸入通路14、15がすぐに吸入管13に連通しているため、一方のシリンダの吸入室圧力が高い時に他方のシリンダの吸入室圧力が低いという関係から二つのシリンダの吸入室の圧力が相殺しあって、圧力脈動が減殺されてしまい、各シリンダの吸入行程終了時(圧縮行程開始時)の吸入室の圧力が低下して、圧縮機の吸入効率が低下するという問題が生じる、というのが本願発明の技術課題である。

この問題を解決するために、本願発明では各シリンダに各別の吸入管13a、13bを設け、これをアキュームレータ17内の空間内で共通吸入管16に連通させるという構成をとっているのである。これによって、第1、第2の吸入管13a、13bが相互に他と干渉して圧力脈動が減殺されることなく、その最適値(長さ、径等)を定めることができ、それによって圧縮機の効率を向上できるのである。

以上に述べた本願発明の技術課題、作用効果は原判決理由第二「本願発明の概要について」で正しく認定されていると言える。(原判決二二-二五頁)

Ⅲ 本件の上告理由

一.原判決の法令違背

原判決の法令違背の要点は、原判決が本願発明の作用効果が引用例一や引用例二から容易に予測することが可能であったか否かを判断するにあたり、本願発明の特許請求の範囲の記載の解釈を違法に行い(言い換えれば、誤った解釈手法を適用してクレーム解釈を行い)、その誤った解釈結果に基づいて認定された本願発明の作用効果を対象として、引用例一や引用例二からの作用効果予測容易性を判断した、ということである。(なお、クレーム解釈において誤った解釈手法を適用したことが上告理由として認められたゲースとして最判平成三年三月八日、昭和六二年(行ツ)三号、民集四五巻三号一二三頁リパーゼ事件)

二.原判決のクレーム解釈

上告人が上告理由の対象としている、原判決の誤ったクレーム解釈手法は原判決中二七頁四行-二八頁一六行において述べられている。

この箇所で原判決はまず本願明細書に記載されている本願発明の作用効果について次のように認定している。

「そこで、検討するに、前出甲第五、第六号証、乙第四号証によると、本願明細書においては、本願発明の作用効果について、前記第二、四のとおり記載されていることが認められ、この記載からみるならば、本願発明における圧縮機の効率の向上は、各吸入管がアキュームレータにそれぞれ独自に接続され、かつ、それらをそれぞれ最適の長さとすることにより適正な圧力脈動を生じさせ、それによって達成されるものであることが明らかである。」(原判決二七頁四-一二行)

ここでは原判決は上記認定にかかる本願発明の作用効果が明細書の記載から「明らかである」と述べている。

次いで、原判決は本願発明の特許請求の範囲の記載について次のように認定している。

「一方、本願発明の特許請求の範囲においては、本願発明の各吸入管について、『この空間(アキュームレータ内の空間)に連通させた第1および第2の吸入管の先端をそれぞれ上記密閉外被を通して上記の対応各吸入通路(密閉外被に収納された各シリンダに通じる通路)内に挿入させた』と記載(請求の原因二)きれているのみであり、吸入管のそれぞれが、別個に、アキュームレータと各シリンダの吸入通路との間を連通する構成とされていることが認められるものの、各吸入管の長さについては、格別の限定が加えられているものではないことが認められる。」(原判決二七頁一三行-二八頁四行)

そして、原判決は上記の特許請求の範囲の記載についての認定に基づいて、本願発明の構成要件に基づいて認定されるべき作用効果について次のように判断している。

「そうすると、本願発明においては、各吸入管の最適な長さをもって、アキュームレータに接続させることを構成要件とするものではないというべきであるから、『圧縮機の効率を向上させる』との本願明細書記載の前記作用効果も、本願発明の構成要件に直接基づく効果ではなく、その作用効果は各吸入管を別々にアキュームレータに接続させるという本願発明の構成により、各吸入管の長さをそれぞれ最適なものに調整することができることとなり、それにより、圧縮室の吸入行程と相俟って、適正な圧力脈動を生じさせることができるという可能性を持たせるに至ったことをいうものと解される。」(原判決二八頁五-一六行)

三.原判決のクレーム解釈の不当、違法性

原判決は本願明細書には各吸入管がアキュームレータにそれぞれ独自に接続され、かつ、それらをそれぞれ最適の長さとすることにより適正な圧力脈動を生じさせることによって圧縮機の効率の向上が達成されることが明らかに記載されていることを認定している。(原判決二七頁八-一二行)

しかるに、原判決は本願発明の特許請求の範囲に各吸入管がアキユームレータにそれぞれ独自に接続されることは記載されているが、各吸入管の長さについて格別の限定が加えられていないから、それらをそれぞれ最適の長さとすることは本願発明の構成要件ではなく、従って、原判決が明細書に記載されていると認定した「圧縮機の効率の向上」の効果は本願発明の構成要件に基づく効果とは認められないと判断している。(原判決二七頁一九行-二八頁一〇行)

原判決のこのクレーム解釈、すなわち特許請求の範囲の記載に各吸入管の長さについての格別の限定がないことを理由に、本願発明は各吸入管の長さ等を最適に選択することによって実現できる作用効果を奏するものではないと解釈することは不当であり、法律的に誤りである。

本願発明では原判決も認定しているように「吸入管のそれぞれが、別個に、アキュームレータと各シリンダの吸入通路との間を連通する構成とされている」(原判決二七頁一九行-二八頁二行)のであり、この構成が存在すれば当業者は本願発明を実施するに当たって適宜各シリンダの圧縮効率が最適化するように各吸入管の長さ、径、形状等様々なファクターを選択することができるのである。それに対し、本願明細書第3、4図に示されているような従来技術の二気筒形回転圧縮機では中間仕切板の中に設けられた各シリンダの吸入通路が一本の吸入管13に連通する構成になっているため、各ジリンダの圧力脈動が相殺され、各シリンダ毎に圧力脈動を最適化することが不可能な構成なのである。

特許請求の範囲には、公知技術と区別することができ、かつ発明の作用効果を実現するために必要な構成が記載されていればよいのであって、実施において最適の効果を得るために必要な設計事項まで記載しなければ最適の効果を主張できないというものではない。もし、原判決のような解釈が正しいことになると、現実には圧縮効果を最大とするために最適化されるべきファクターは吸入管の長さだけではなく、径、形状等様々な要素があり、それらの要素を全て特許請求の範囲に記載しなければならないことになる。又、原判決は特に「各吸入管の長さ」について指摘しているが(二八頁二、三行)、最適の長さ条件は実施される個別の回転圧縮機毎に異なりうるものであり、個々の設計事項であるから一般的に最適な長さを規定することはできない。

要するに、本願発明においては各吸入管がアキュームレータにそれぞれ独り自に接続されるという構成が必須要件であって、この要件が満たされれば、各吸入管の長さ、径、形状を設計事項として最適化することが可能となるのである。効率の最適化のために必要な吸入管の限定された長さ、径、形状が本願発明の必須構成要件ではない。

従って、本願発明はその構成によって圧縮機の効率を向上させるものであり、原判決が認定した、本願明細書に記載されたとおりの作用効果が、本願発明の構成要件に基づく効果である。

四.違法なクレーム解釈が明らかに原判決に影響を及ぼすものであること

原判決はその誤ったクレーム解釈の結果に基づいて、引用例と比較されるべき本願発明の作用効果を次のように認定している。

「その作用効果は、各吸入管を別々にアキュームレータに接続させるという本願発明の構成により、各吸入管の長さをそれぞれ最適なものに調整することができることとなり、それにょり、圧縮室の吸入行程と相俟って適正な圧力脈動を生じさせることができるという可能性を持たせるに至ったことをいうものと解される。」(原判決二八頁一〇-一六行)

この認定の意味するところが明確であるとは言い難いが、この記述の前で本願明細書記載の作用効果が本願発明の構成要件に直接基づく効果ではない旨を明言しているので、原判決の前記認定は本願発明の構成の作用効果は「可能性を持たせるに至った」にすぎないものであることを強調しているものと考えられる。

しかし、本願発明の作用効果が引用例から予測容易であるか否かが問題となっている時に、作用効果が確実なものではなく「可能性を持たせるに至った」ものであるということは、結局意味のある作用効果の存在が否定されたのと等しい。従って、原判決の二八頁一七行-三八頁一行の判断は、誤ったクレーム解釈に基づく誤った作用効果の認定の上になされたものである。

以下、原判決二八頁一七行-三八頁一行の認定内容について、原判決が本願発明の作用効果の引用例からの予測容易性を判断するにあたって、本願明細書に記載された作用効果を実質的にも考慮していないことを指摘する。

(一)原判決は「引用例二記載の考案は、並列式の二気筒形ピストン圧縮機とアキュームレータを備えた冷凍装置であ」る(原判決二八頁一八行)と認定している。実際には引用例二は一気筒の圧縮機が二台別々に(相互の位相関係なく)冷凍装置の中に組み込まれているだけのものである。又、原判決末尾に添付された別紙図面(三)の第二図は引用例二には存在しない図であり、原審手続で当事者が提出したものでもないので、原審裁判所が引用例二の第二図は左右対称の構造の片側半分を省略した図であると誤解して作成したものと思われる。

いずれにしても、原判決も認定しているように、引用例二の圧縮機は回転圧縮機ではなく、ピストンが直線的に運動するピストン圧縮機である。

原判決二八頁一六行-二九頁八行において、引用例二の構成を圧縮機の種類のみを変更して引用例一の発明に適用することは当業者にとって格別困難な事項とはいえないと判断している。ここには特に理由が示されていないが、原判決がこの判断にあたって、本願発明の作用効果について、本願明細書に記載された内容を実質上考慮したことをうかがわせるものはない。

(二)原判決は引用例二においても各吸入管を最適の長さに調整すべきものとする記載があることを認定しているが、同時にその目的が二つの吸入管の圧力損失の差を利用して潤滑油の供給を行うことにあることも認定している。(原判決二九頁八行-三〇頁一四行、特に三〇頁八-一二行)

しかし、原判決は乙第一乃至三号証をとり上げて、これらに圧力脈動及び吸入管の長さについての記載があること、又本願明細書にも従来技術において圧力脈動及び吸入管の長さの最適化による吸入効率化の記載があることを認定し(三〇頁一五行-三四頁一五行)、次のように判断している。

「以上のような各記載内容、技術事項等を勘案するなちば、圧縮機において、吸入管の長さを適切に定めることから生じる圧力脈動を利用して、圧縮機の効率を向上させ得ることは、本出願日前において、当業者に周知の事項であったものと認められる。」(原判決三四頁一六-二〇行)

この認定は、本書前記Ⅱ.四の一〇-一一頁で述べたように、圧縮機の動作に関する一般的原理に関係する事項で、当業者が一般的に理解している内容であり、正しい。しかし、この一般的技術を様々な圧縮機の異なる技術条件の下でどのように応用するかが本願発明や乙第一-三号証の各々の発明として具現化されているのである。

原判決二九頁九行-三四頁末行までの記述をみても、原判決ば本願発明の目的とは別の目的でなされている吸入管の長さの調節や、圧縮機に関する一般的技術に由来する圧力脈動を利用した圧縮機の効率の向上を考慮しているが、本願明細書に記載された二気筒形回転圧縮機に特有の作用効果は考慮されていないことが明らかである。

(三)原判決三五頁一行-三六頁一五行では、原判決は引用例一と引用例二の組み合わせにおいても、各吸入管の長さを別個に調節し、適切な圧力脈動を生じさせることが可能であることを否定すべき事由はないと判断している。(同三五頁一-六行)原判決はその理由を積極的には述べていないが、この点についての原告が行った主張について判断を行っている。

原判決によれば原告は「引用例二記載の考案における各シリンダは非周期的に動作するものであるから、それらにおいては、そもそも圧力脈動を生じさせることができない旨を主張」したとされている。(原判決三五頁七-一〇行)

実際に原告が意図した主張は、引用例二の二つの圧縮機は二気筒形ではなく、別々のものであり、それらの周期動作相互間に特定の位相関係がないから、圧力脈動の相殺という問題は生じないという趣旨であった。

しかし、いずれにしても原判決の判断は、前に認定した周知技術の内容からみて、圧力脈動自体はどのような方式の圧縮機でも生じ得るものであるとの認識を前提としてなされている。(原判決三五頁一〇-一六行)ここでも、原判決は本願発明の明細書に記載された作用効果は考慮されていない。

又、原判決は「原告は、引用例一記載の発明においては、第1及び第2の各吸入管の分岐点において圧力脈動が相殺されることから、各吸入管において適切な圧力脈動が生じることはありえないと主張」したことに対し、「審決においては、吸入管とアキュームレータとの関係から適切な圧力脈動が生じるとの作用効果は、引用例一ではなく、引用例二に記載されているものとしている」こと、及び引用例一においても、各吸入管が共通吸入管との合流部分までそれぞれ別個に存在しているから、圧縮要素の吸入行程と各吸入管の長さを適切に調節することにより圧力脈動を起こす可能性自体は存在すること、を認定している。(原判決三五頁一七行-三六頁一五行)

ここでも、原判決は本願発明と引用例の比較において、本願明細書に記載された作用効果を考慮していることはうかがえず、引用例一との関係では、むしろ原判決が二八頁一〇-一六行で認定した「可能性」のレベルの作用効果を対象として判断を行っていることがうかがえる。

(四)原判決は結局、以上の各認定事実を考慮して、次のように結論した。

「以上のアないしエを合わせ考慮するならば、二気筒形回転圧縮機について、引用例一記載の発明と引用例二記載の考案との組合せにより本願発明の構成を採用することによって、第1及び第2の各吸入管の長さをそれぞれ調節することが可能となり、各吸入管内において適切な圧力脈動を生じさせることが可能になるという、本願発明についての前記(二)の作用効果が生じることに関しては、当業者において、容易に予測することが可能であったものと認めるのが相当である。」(原判決三六頁一六行-三七頁五行)

原判決はさらに、引用例二の目的が本願発明の目的と異なるとの原告主張に再度言及して、両者の目的はいずれも「吸入管内の圧力の調整により圧力損失を防ぎ圧縮機の効率を向上させることを目的(課題)とする点において一致する」との認定を根拠に、原告の主張する目的の相違は、引用例一及び引用例二の組み合わせ、ないしはそれによる作用効果の予測可能性について格別の支障とはならないと判断している。(原判決三七頁六-一九行)

これらの原判決の判断においても、本願発明の作用効果は本願明細書に記載された作用効果ではなく、原判決が二八頁一〇-一六行で認定したのと同じ、「第1及び第2の各吸入管の長さをそれぞれ調節することが可能となり、各吸入管内において適切な圧力脈動を生じさせることが可能になるという、本願発明についての前記(二)の作用効果」(原判決三六頁一九行-三七頁三行、下線は上告人による。)が判断の対象として考慮されていることが明らかである。

五.結論

以上のとおり、原判決はクレーム解釈の一般的な手法を誤ったために、本願発明の作用効果として原判決自体が明らかに記載のあることを認めている、本願明細書中に記載された作用効果を採用せず、そのために、本願発明の作用効果が引用例一や引用例二から容易に予測できるか否かの判断を行うに当たって、本願明細書に記載された本願発明の作用効果を考慮しなかったのであり、そのことが原判決の結論に影響を与えたことは明らかである。

従って、原判決には民事訴訟法三九四条の上告理由があり、原判決は破棄され、相当な裁判がなされるべきである。

以上

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