最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)58号 判決 1996年9月24日
上告人
犬飼敏之
同
杉浦龍至
同
田原裕之
同
伊神三良
同
森操
同
北村栄
同
立木勝義
同
松井孝
同
西野昭雄
同
花田啓一
同
本多和代
同
竹内浩史
同
加藤平雄
同
桃井むつ子
同
竹内平
同
井澤進
同
井澤光代
同
岩月浩二
同
小坂菊江
同
鈴木陽子
同
中村敏子
同
中山淑子
同
野々垣滋子
同
広野幸子
同
福野道子
同
人堀三郎
同
村田咲子
同
村田満
同
山田俊子
同
山本友子
同
田口孝
同
鷲尾秀三
同
小澤武夫
同
平井宏和
同
福島啓氏
同
鈴木良明
右上告人ら(竹内浩史を除く)訴訟代理人弁護士
竹内浩史
右上告人ら(杉浦龍至を除く)訴訟代理人弁護士
杉浦龍至
右上告人ら(福島啓氏を除く)訴訟代理人弁護士
福島啓氏
右上告人ら(鈴木良明を除く)訴訟代理人弁護士
鈴木良明
右上告人ら(平井宏和を除く)訴訟代理人弁護士
平井宏和
右上告人ら(西野昭雄を除く)訴訟代理人弁護士
西野昭雄
右上告人ら訴訟代理人弁護士
新海聡
井口浩治
佐久間信司
杉浦英樹
滝田誠一
山田秀樹
被上告人
愛知県選挙管理委員会
右代表者委員長
児島貢
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告人兼上告代理人竹内浩史、同杉浦龍至、同福島啓氏、同鈴木良明、同平井宏和、同西野昭雄、上告代理人新海聡、同井口浩治、同佐久間信司、同杉浦英樹、同滝田誠一、同山田秀樹の上告理由について
一 地方自治法二五二条の一九第一項の指定都市(以下「指定都市」という)の議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への定数配分は、現行法上、次のとおり定められている。まず、市町村議会の議員定数については、同法九一条一項により、各市町村の人口数に応じた定数の基準等が定められているが、同条二項により、条例で特にこれを減少することができるものとされている。次に、公職選挙法(以下「公選法」という)は、指定都市の議会の議員の選挙につき、区の区域をもって選挙区とすることとしている(同法一五条六項ただし書)。指定都市の一つの区の区域が二以上の衆議院小選挙区選出議員の選挙区に属する区域に分かれている場合には、当該各区域を区の区域とみなすことができることとされてはいるが(公職選挙法施行令六条の二)、都道府県議会の議員の選挙区のような合区は認められていない。各選挙区において選挙すべき議員の数は、人口に比例して、条例で定めなければならないが(公選法一五条八項本文)、特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとされている(同項ただし書)。
ところで、憲法の定める選挙権の平等の原則は、地方公共団体の議会の議員の選挙に関し、選挙権行使の資格における差別を禁止するにとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解すべきであり、公選法一五条八項は、憲法の右要請を受け、地方公共団体の議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求しているものと解される。もっとも、前記のような指定都市の議会の議員の定数、選挙区及び選挙区への定数配分に関する現行法の定めからすれば、区のうち配当基数(当該指定都市の人口を当該市議会の議員定数で除して得た数をもって当該区の人口を除して得た数)が一を大きく下回るものについても、これを一選挙区として定数一人を配分すべきことになるから、このような選挙区と他の選挙区とを比較した場合には、投票価値の較差が相当大きくなることは避けられないところである。また、公選法一五条八項ただし書は、特別の事情があるときは、各選挙区において選挙すべき議員の数を、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができるとしているところ、右ただし書の規定を適用していかなる事情の存するときに右の修正を加えるべきか、また、どの程度の修正を加えるべきかについて客観的基準が存するものでもない。したがって、議員定数の配分を定めた条例の規定(以下「定数配分規定」という)が公選法一五条八項の規定に適合するかどうかについては、指定都市の議会の具体的に定めるところが右のような選挙制度の下における裁量権の合理的な行使として是認されるかどうかによって決するほかはない。しかし、定数配分規定の制定又はその改正により具体的に決定された定数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存し、あるいはその後の人口の変動により右不平等が生じ、それが指定都市の議会において地域間の均衡を図るなどのため通常考慮し得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達しているときは、右のような不平等は、もはや当該議会の合理的裁量の限界を超えているものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、公選法一五条八項違反と判断されざるを得ないものというべきである。以上は、当裁判所の判例の趣旨とするところである(最高裁昭和五八年(行ツ)第一一五号同五九年五月一七日第一小法廷判決・民集三八巻七号七二一頁、最高裁昭和六三年(行ツ)第一七六号平成元年一二月一八日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二一三九頁、最高裁平成元年(行ツ)第一五号同年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二九七頁、最高裁平成二年(行ツ)第六四号同三年四月二三日第三小法廷判決・民集四五巻四号五五四頁、最高裁平成四年(行ツ)第一七二号同五年一〇月二二日第二小法廷判決・民集四七巻八号五一四七頁参照)。
二 そこで、本件における議員定数配分の適否について検討する。
原審の適法に確定したところによれば、平成七年四月九日施行の本件名古屋市議会議員一般選挙当時の名古屋市議会の議員の定数及び各選挙区において選挙すべき議員の数に関する条例(昭和四二年名古屋市条例第四号。以下「本件条例」という)における定数及び定数配分の状況は、以下のとおりである。本件選挙当時の名古屋市の人口(平成二年国勢調査人口。以下同じ)からすれば、地方自治法九一条一項に基づく定数は八八人となるが、本件条例による現実の定数は七八人にとどまっている。選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差は一対1.73(名東区対熱田区又は中区。以下、較差に関する数値はいずれも概数)であり、いわゆる逆転現象は一四通り、そのうち定数二人以上の差のある顕著な逆転現象は四通りあった。そして、本件選挙当時における各選挙区の人口、配当基数及び配当基数に応じて定数を配分した人口比定数(公選法一五条八項本文の人口比例原則に基づいて配分した定数)は、原判決添付別表二のとおりであり、いずれも選挙区においても人口比定数は二人以上であり、右人口比定数による選挙区間における議員一人当たりの人口の最大較差は一対1.43となる。
地方公共団体の議会の議員の定数配分については、選挙区の人口と配分された定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準となるところ、本件において、右の比率の最大較差は、右のとおり、一対1.73という値にとどまっている。右の値は人口比定数によった場合の最大較差を上回るものであるが、公選法一五条八項ただし書の定めがある以上、現実の議員一人当たりの人口の最大較差が人口比定数による最大較差を上回っているというだけで、直ちに違法ということができないことは当然であり、また、人口比例原則に則った最大剰余法による定数配分を前提とすると、人口比定数が二人以上となる選挙区相互間においても、場合によっては、議員一人当たりの人口に右の程度の較差が生ずることもあり得るところである。
そうすると、本件条例による定数配分には、逆転現象が少なからず存在するなど人口比例原則に反する点があることは否定し難いとはいえ、公選法が定める前記のような指定都市の議会の議員の選挙制度の下においては、本件選挙当時における右のような投票価値の不平等は、前示の諸般の要素を斟酌してもなお一般的に合理性を有するものとは考えられない程度に達していたものとはいえず、同議会に与えられた裁量権の合理的な行使の限界を超えるものと断ずることはできない。したがって、本件条例の定数配分規定は、公選法一五条八項に違反するものではなく、適法というべきである。
三 以上によれば、本件条例の定数配分規定が公選法一五条八項に違反するものではないとした原審の判断は、結論において正当なものとして是認することができる。右判断は、所論引用の各判例に抵触するものではない。論旨は、独自の見解に立って右判断における法令解釈の誤りをいうか、又は原判決の結論に影響しない事項をとらえてこれを論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官可部恒雄 裁判官園部逸夫 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)
上告人兼上告代理人竹内浩史、同杉浦龍至、同福島啓氏、同鈴木良明、同平井宏和、同西野昭雄、上告代理人新海聡、同井口浩治、同佐久間信司、同杉浦英樹、同滝田誠一、同山田秀樹の上告理由
原判決には、以下のとおり、判例違反の点を含め、公職選挙法一五条八項の解釈適用を誤った法令違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されなければならない。
第一 公職選挙法一五条八項の解釈
一 原判決は、一名古屋市議会の議員の定数及び各選挙区において選挙すべき議員の数に関する条例一に基づく現行定数配分規定(本書面添付の別表A―1の「現行定数」欄記載のとおり)を、公職選挙法一五条八項に違反しないものとした。
二 しかしながら、地方公共団体の議会の議員の選挙に関し、当該地方公共団体の住民が選挙権行使の資格において平等に取り扱われるべきであるにとどまらず、その選挙権の内容、すなわち投票価値においても平等に取り扱われるべきであることは、憲法の要求するところである。そして、公職選挙法一五条八項は、憲法の右要請を受け、地方公共団体の議会の議員の定数配分につき、人口比例を最も重要かつ基本的な基準とし、各選挙人の投票価値が平等であるべきことを強く要求していることが明らかである。
右は、東京都議会第一次定数訴訟に対する最判昭和五九年五月一七日(民集三八巻七号七二一頁)より、原文に忠実に引用したものである。
三 公職選挙法一五条八項本文は、地方公共団体の議会の議員の定数配分について、各選挙区の「人口に比例して、条例で定めなければならない」と人口比例の準則を明文で定めており、人口比定数は計算によって自動的に定まるものである。
地方公共団体の議会に関しては、公職選挙法に右明文規定があるため、衆議院についての判例とは異なり、較差が二〜三倍未満であれば適法であるというような考え方は採用の余地が無い。判例も、後記のとおり、右規定に基づく人口比定数による較差と現実の較差を比較して検討するという手法を採ってきているのであって、一般的に三倍程度の較差を許容するとは述べていない。
特に市議会選挙においては、国政選挙や都道府県議会選挙におけるような過密・過疎地区の問題があるわけではないのだから、より厳格な平等性が求められるべきであり、定数配分は右「人口比例の準則をできる限り正確にとりいれたかたちで定められることが適正である」(本件訴訟提起に先立つ上告人らの異議申出に対する名古屋市選挙管理委員会の決定(甲第三号証)より引用)。
本件原判決も、「都道府県のように、行政区域の範囲が広く、各地域ごとにその地理的条件、歴史的成り立ち、産業構造、人口密度、社会的条件などが異なる地方公共団体と比較すれば、その行政区域の範囲が狭く、その地理的条件や人口密度においても都道府県の場合ほど地域によって異なるものではないと考えられる指定都市については、許容される最大較差も都道府県の場合ほどのものとはならないものと考えられる。」「最大較差二倍までは公選法上許容されているとの被告の主張は採用することができない。」(27丁)と述べており、極めて正当な判示である。
他の指定都市の実情を見ても、名古屋市以外の一一市のうち八市までが逆転現象なしとなっているほか、最大較差はすべて二倍未満であることは当然として、限りなく一倍に近い市もあり、例えば仙台市は1.01倍、川崎市は1.09倍などとなっている(甲第二〇号証)。
四 公職選挙法一五条八項但書は、右定数配分について、「特別の事情があるときは、おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して定めることができる」と規定している。
しかし、これはあくまで、「特別の事情があるとき」の例外的規定であり、その場合も「おおむね人口を基準とし、地域間の均衡を考慮して」定めることができるにとどまる。これは厳密に人口比例であることまでは要求しない趣旨に過ぎず、人口比例の基準そのものを否定することを認めるものではないから、逆転現象を無制限に許容する根拠とはならないのであって、できる限り逆転現象を生じさせない範囲で運用すべきものであり、それは十分可能なことである。
第二 原判決の判例違反
一 そして、地方公共団体の議会の議員定数配分規定については、①東京都議会第三次定数訴訟に対する最判平成三年四月二三日(民集四五巻四号五五四頁)が「較差、逆転現象及び人口比定数と現定数のかい離」を要素として違法性の判断をすることを明らかにし、右事案において、主に次のような点を指摘して違法との判断をしている。
1 較差
人口比定数による較差(2.75倍)を現実の較差(3.09倍)が上回る。
2 逆転現象
定数二人の差のある顕著な逆転現象が六通り(逆転現象全体では五二通り)。
3 人口比定数と現定数のかい離
区部の選挙区では二三選挙区中一六選挙区が、市郡部の選挙区では一七選挙区中五選挙区が人口比定数と現定数が一致せず、人口比定数よりも現定数が二人不足する選挙区が三選挙区もある。
二 さらに、右最判は、「都心部における昼間人口の増加、行政需要の増大及び各選挙区における定数の沿革的な事情を考慮しても、右の較差を是認することはできず、……」と判示している。
また、②兵庫県議会定数訴訟に対する最判平成元年一二月二一日(民集四三巻一二号二二九七頁)も、較差について、人口比定数による較差を現実の較差が上回っていることを主な理由として違法状態との判断を示している。
他方で、③千葉県議会第二次定数訴訟に対する最判平成元年一二月一八日(民集四三巻一二号二一三九頁)は、逆転現象につき「定数二人以上の差のある顕著な逆転現象は解消された」という点を重視して適法との判断をしている。
三 右の判断要素のうち、逆転現象、とりわけ顕著な逆転現象が重視されていることは、以下の理由からも当然であると考えられる。
まず、逆転現象は較差の大きさ以上に、有権者に大きな不公平感を抱かせるものであるから、違法性の判断の要素として重視されるべきである。一般市民の立場からは、「自分の区より人口が少ない区の方がなぜ定数が多いのか」という点にこそ最も納得がいかないのである。
そして、一人逆転は、人口が近接した選挙区間において若干の人口の増減があっただけで生ずることもあり得るが、二人以上の逆転は、定数是正をかなりの長期間怠らなければ生ずるものではない。顕著な逆転現象の存在それ自体が、議会の怠慢を端的に示す証拠なのである。また、顕著な逆転現象が存在すれば、もはや公職選挙法一五条八項但書の「おおむね人口を基準とし」という許容範囲からも逸脱していることが明らかである。
なお、最大較差が二倍未満であるからといって、顕著な逆転現象が許されるものではない。例えば、人口七万人で定数五の選挙区と、人口五万人で定数七の選挙区とがあるとする。これは典型的な二人逆転の顕著な逆転現象であるが、較差を計算すると、(7万÷5)÷(5万÷7)=1.96倍となり、二倍未満におさまっているのである。しかし、だからといって、まさか、これを適法とするわけにはいかないであろう。
四 本件において、平成二年国勢調査人口に基づき公職選挙法一五条八項本文の人口比例の原則により算出すれば、各選挙区の定数は、別表A―1の「人口比定数」欄記載のとおりとされなければならなかった。
これと現行定数配分とを比較し、右各最判の基準を適用すると、以下のとおり、違法とされた東京都議会の事案に勝るとも劣らない違反がある。
よって、本件定数配分規定が公職選挙法一五条八項に違反するものであることは明らかであり、原判決は、右①②③の三件の判例に違反し、公職選挙法一五条八項の解釈適用を誤ったものである。
1 較差
人口比定数による較差(1.43倍)を現実の較差(1.73倍)が上回る。
2 逆転現象
本書面添付の別表Bのとおり、定数二人の差のある顕著な逆転現象が、四通りある(逆転現象全体では一四通り)。
逆転現象は、本件選挙当時、全国の政令指定都市の中で最多であり、京都市の五通り、札幌市の二通り、大阪市の一通りを大きく引き離して突出している(甲第二〇号証)。
本件定数配分における逆転現象は、名古屋市選挙管理委員会が決定(甲第三号証)で指摘したとおり、「不自然・不合理」極まりないものである。
そして、東京都議会が四一選挙区あるのに対し、名古屋市議会は一六選挙区しかないことを考慮すると、顕著な逆転現象が占める割合は前記東京都議会第三次定数訴訟の事案をはるかに上回るものである。
なお、東京都議会第四次定数訴訟に対する最判平成七年三月二四日は、顕著な逆転現象が一通りあったにもかかわらず適法としたが、以下に指摘するように、本件とは実質的に事案が異なるものである。
東京都議会は四一選挙区であるから、逆転現象を検討する場合の組み合わせは、四一×(四一−一)÷二=八二〇通りもあり、その中で顕著な逆転現象一通りの占める割合は0.1%程度に過ぎないということになる。
これに対し、名古屋市議会は一六選挙区しかないのであるから、組み合わせは、一六×(一六−一)÷二=一二〇通りである。その中で四通りの顕著な逆転現象は三%強に相当することになるのである。
少なくとも、過去、顕著な逆転現象が複数通りあったのにもかかわらず適法とした判例は皆無であって、本件の四通りもの顕著な逆転現象の存在は明らかに許容限度を超えるものである。
3 人口比定数と現定数のかい離
別表A―1の「差」欄記載のとおり、一六選挙区中一〇選挙区が人口比定数と現定数が一致せず、人口比定数よりも現定数が二人不足する選挙区が二選挙区もある。
これも、東京都議会が四一選挙区あるのに対し、名古屋市議会は一六選挙区しかないことを考慮すると、右かい離が占める割合は前記東京都議会第三次定数訴訟の事案をはるかに上回るものである。
第三 原判決の誤り
一 原判決は、「顕著な逆転現象があってもなお違法でないというためには、それだけ強い合理的根拠が必要とされるものと解される。」「定数に二人の差のあるかい離が違法でないというためには、顕著な逆転現象についてと同様に、強い合理的根拠が必要とされるものと解される。」(28丁裏)と一般論を述べている。
そして、本件定数配分についても、「顕著な逆転現象の数及び人口比定数と条例定数とのかい離(これらには、緑区と名東区に対する定数配分が人口比定数より二人少ないことが主たる原因となっている。)は公選法の定める人口比例原則から相当に離れているといわなければならない」(35丁裏)と正当に指摘している。
二 ところが、原判決は、以下のような点を考慮すると、議会に与えられた裁量権の合理的な行使として是認することができるとしてしまった。
1 「市中心部の人口減少が著しいのとは逆に中心部の昼間人口は多大な増加を続けており、市中心部の行政需要の減少が著しいと認めるべき資料はないこと」
2 「有権者数によって最大較差や逆転現象を検討すると、人口によるそれとは相当異なり、最大較差は1.57倍で逆転現象は七通り、顕著な逆転現象はないこと」
3 「人口順位の頻繁な変動が逆転現象に影響を及ぼしているとみられること」
4 「名古屋市においては、市の財政事情に対する考慮や議員増員に対する市民感情への配慮から、これまで議員定数を法定数より一〇人前後少ない七五人から七八人の範囲に抑えており、このことが逆転現象を生じさせる一因となっていることは否めないこと」
5 「現行定数配分による最大較差は人口減少が著しく人口順位も最も低い市中心部の中区及び熱田区の配当基数が2.38と低いのに対して定数三を配分していることが大きく影響していること」
6 「平成三年の名古屋市議会議員定数検討協議会も右の投票価値の不平等を放置しようとしているわけではなく、これら人口急増区と人口減少の市中心部との関係を検討したうえで、平成七年の国勢調査の結果をまって定数是正を検討すべきものとしていること」
三 しかし、右の1〜6の点は、以下のとおり、いずれも本件定数配分を適法とするに足りるものではないし、原判決のいう、顕著な逆転現象や定数に二人の差のあるかい離があってもなお違法でないというための「強い合理的根拠」にも、到底なり得ない。
1 昼間人口
前記東京都議会第三次定数訴訟に対する最判平成三年四月二三日が、「都心部における昼間人口の増加、行政需要の増大及び各選挙区における定数の沿革的な事情を考慮しても、右の較差を是認することはできず、…」と判示しているように、一般的にも昼間人口の増加で定数不均衡を正当化できるものではない。
そして、本件における減員対象区(現行定数が人口比定数を上回っている選挙区)を見ても、中村区・中区・熱田区はともかく、北区・西区・瑞穂区については、以下のとおり、昼間人口によっては減員を回避することの説明はつかない。平成二年国勢調査による昼間人口の常住人口に対する比率は、北区85.8%、西区109.2%、瑞穂区105.4%であり、名古屋市全体では116.9%である(乙第一六号証)。昼間人口が常住人口を下回っている北区は勿論として、西区及び瑞穂区も名古屋市全体の比率を下回っているので、減員を妨げる理由は無いのである(渡邉昭証人も調書52頁でこのことを認めている)。にもかかわらず、いずれも現行定数を維持されている。
結局、名古屋市議会は単に現状維持を図ったものにすぎず、昼間人口等を検討した結果として是正を見送ったわけではないのである。
2 有権者数
公職選挙法上、定数配分の基礎と定められているのは、有権者数ではなく人口である。
東京都議会第一次定数訴訟に対する最判昭和五九年五月一七日が明言するように、公職選挙法一五条八項は、人口比例を最も重要かつ基本的な基準としていることが明らかである。
これは、選出された議員が、有権者だけではなく、未成年者や外国人(なお、最判平成七年二月二八日も指摘しているとおり、地方選挙において外国人に選挙権を与えるか否かは立法政策の問題である。)をも含んだ地域住民全体の代表とされることから、当然のことであると考えられる。
よって、有権者数による最大較差や逆転現象を重視することは根拠が無いのであり、実際にも、地方公共団体の議会の議員定数配分について、有権者数を根拠にして適法とした判例は皆無である。
そもそも、名古屋市議会において、定数是正を見送る際に、有権者数について厳密に検討した形跡は無い。渡邉昭証人も、後記協議会において人口と有権者数の比率を一覧表にして配付した記憶は無いと証言した(同証人調書55頁)。
現実には、「一票の較差が三倍以上」(乙第一二号証の五)にはなっていないという一事をもって定数是正が見送られたのであって、有権者数による比較は、原審における被上告人の最終の準備書面において初めて理屈づけされたものに過ぎないのである。
3 人口順位の頻繁な変動
政令指定都市のように各選挙区の人口にあまり大きな隔たりが無い場合には、人口順位の変動が珍しくないのは当然のことであって、そうである以上、それに対応して合理的期間内に定数是正を行うべきである。
原判決は、他方で、「改正のためには検討のための期間を含み約一年程度の期間を要するとしても、本件選挙に至るまでの間に改正のために必要な合理的な期間は十分あったものといえる」と判示しているのである(32丁表)。
よって、原判決のいうような「人口順位の頻繁な変動」が仮にあったとしても、定数是正の遅延を正当化する理由になるものではない。
4 議員定数の減数
判例は議員の法定数を減少するかどうかについて裁量を認めているが、他方、いったん議員の総定数を定めた以上は、その総定数を前提として配当基数を算出し、人口比定数配分をすべきことを当然の前提としている。
総定数を法定数から減少させたことを、定数配分の場面において人口比例原則を緩和してよい理由にした判例は皆無である。
実際に、本件においても、法定数どおりの総定数を仮定した場合の各選挙区の定数から減員していくという考え方で議会が検討したというような事実は存しないのである。
5 最少定数三の配分
現行定数配分による最大較差1.73倍(名東区対熱田区)が、配当基数2.38の中区及び熱田区に対して定数三を配分していることにより生じているものであるとの原判決の認識は、以下に指摘するように全くの誤解である。
仮に、右のとおり中区及び熱田区に対しても最少定数として三を配分することとし、その限りで公職選挙法一五条八項但書を適用して人口比例を修正するものとしよう。
この場合、人口比定数で配当基数の端数が切り上げられていた選挙区のうち、小数点以下の値が小さい緑区(配当基数6.4765で人口比定数七となっていた)と名東区(配当基数5.5209で人口比定数六となっていた。)を切り捨てにして、緑区六、名東区五の定数配分に修正することになる。
そうすると、別表A―2の修正人口比定数の欄に記載したとおり、最大較差は1.39倍(名東区対熱田区)となる。人口比定数配分による最大較差1.43倍(中区対東区)よりも、むしろ縮小していることになるのである。
公職選挙法一五条八項但書の適用が許容され得るのは、まさにこのような場合なのであって、人口比定数による較差と現実の較差を比較してきた過去の最判もその趣旨に理解すべきである。
右のように、熱田区の定数を三、名東区の定数を五とすることによって、最大較差は1.39倍にまで理想的に縮小することができるのである。
すなわち、現行定数配分によって、定数四の名東区と定数三の熱田区との間に1.73倍の最大較差を生じさせている真の原因は、熱田区を定数三にしたことにあるのではなくて、名東区を定数五にしなかったことにあるのである。
結局、人口比定数と現行定数に二人のかい離がある名東区と緑区を放置したことが、取りも直さず1.73倍の最大較差を招いていることになるのであって、その意味でも、二人のかい離は許容されてはならないのである。
6 議会の姿勢
原審における市議会議員二名(斎藤實・渡邉昭)の証人尋問等により明らかになった事実関係は、次のとおりである。
① 平成二年の議員定数問題協議会(以下、頁数の引用は斎藤實証人調書)
平成二年七月六日、議員定数問題協議会が設置され(乙第二〇号証)、斎藤實議員が座長となった。協議会には当時の全会派の団長・幹事長らがメンバーとして入っており、その決定は議会として最大限尊重すべきものであった(3・40頁)。
協議会は、他の政令指定都市の調査も行い、名古屋市の較差がかなりひどく、また他には逆転現象が二桁にのぼる都市は無いという共通認識を得た(3・44頁)。
しかし、当時は翌年四月に一般選挙を控えており、減員区を含む案では非常にまとまりにくいという事情があった(22・37頁)。
そこで、平成二年九月一日現在の住民基本台帳人口に基づいて、とりあえず一票の較差を二倍以内に収め、三人逆転区を解消するため、三増案をまとめた(21頁)。
これは、「来年の改選期が間近にせまった現在、当面、急激な変化を避け」るために(乙第一二号証の三)、選挙後の抜本改正を前提に各会派が妥協したものであり(50頁、甲第九及び一〇号証の中日新聞記事)、逆転現象が一四通り(うち二人逆転現象が四通り)も残ること等については、当初から問題とされていた(甲第一一号証の中日新聞記事)。協議会としても是正の不十分さを認識しており(52・55頁)、「この改正案のみでは抜本的な是正にはならない」と明言していたのである(乙第一二号証の三)。
そして、本書面添付の「議員定数の抜本是正に関する確認書」(乙第一二号証の四)に各会派の団長及び幹事長ら全員が連署し、これを公表した(60頁)。確認書には、「参政権の平等の確保、民意の適切な反映という観点からはなお乖離し」ているので、「平成七年に予定される一般選挙に向けて、公職選挙法一五条七項本文の適用を念頭に置き、平成三年秋に確定する国勢調査人口により、議会内に検討機関を設置し、学識経験者の意見をも聴取し、できるだけ速やかに議員定数の抜本的是正に努めることをここに確認する」と明記されている。
この確認書は、左記に引用する斎藤座長の証言(61〜65頁以下)のとおり、改選後速やかに抜本的是正をする強い決意を公にし、市民に対し公約したものであった。
記
(前略)三増した後、改めてきちんと抜本是正をするんだという決意のほどを市民に公にしたということではないんですか。
勿論そういうふうに御理解していただいても結構だと思います。
このような立派な確認書というのを拝見するのは珍しいんで、これは多分余程の決意を示されたんではないかというふうに拝察するんですが、そうではないんですか。
座長としてはそのように理解してますね。
この団長さん、幹事長さん全員に自筆で署名を求めたというのは、やはりそういう当時の証人の決意というか、願いが込められているわけですか。
そのとおりです。
(中略)この確認書の意味というのは、今回のような事態、是正をされないまま選挙が行われて裁判にまでなってしまった、そういうような事態までこれは想定されていたんですか、当時は。
勿論想定されてません。
② 平成三年の議員定数検討協議会(以下、頁数の引用は渡邉昭証人調書)
平成二年国勢調査人口の確定値は、平成三年四月の選挙後、同年一〇月四日に公示された(乙第二三号証)。確認書当時に把握されていた前記平成二年九月一日現在の住民基本台帳人口と同年一〇月一日現在の国勢調査人口との間に殆ど隔たりが無かったことは当然である。
そして、平成三年一二月一八日、確認書の趣旨を受けて議員定数問題協議会が設置され(乙第三二号証)、渡邉昭議員が座長となった。
しかし、この協議会は、検討期間を約四か月に限っていたことから抜本是正は不可能と見られており、渡辺座長も「是正するかしないか検討する」などと当初から消極的な姿勢を示していた(甲第二五号証の中日新聞記事)。確認書に明記されていた「学識経験者の意見聴取」も全く行わなかった(38頁)。
そのためもあって、協議会では、最高裁判例が顕著な逆転現象の存否を違法判断の重要な基準にしていており、顕著な逆転現象の存在にもかかわらず定数配分を適法とした例が当時まで無かったことさえも認識されていなかった(34頁)。
その結果、政令指定都市の大半では逆転現象が無いにもかかわらず、名古屋市は一四通りと突出して最悪であること(甲第六及び二〇号証)をも認識していながら(渡邉37頁)、また顕著な逆転現象や定数に二人の差のあるかい離については合理的な説明がつかないことを承知していたにもかかわらず(65〜66頁)、「一票の較差が1.73倍だから、逆転現象があったとしても、まあこの際は、このまま通そう」ということで是正を見送った(75頁)。結局、確認書の当時から何ら事情の変更も無く合理的理由も無いのに、これを反故にしたのである。
渡辺座長は「確認書は以前の方々のもので、一件落着している。一期生の意見もあり、縛りつけられることはどうかと思う」などと発言していたが(甲第二三号証の中日新聞記事)、平成三年四月の選挙の当選者の約八割は現職であり、選挙前後で入れ替わった議員は二割にも満たなかった(甲第二四号証の中日新聞記事)。確認書の署名者の中にも落選者はいなかったのであり、確認書を覆さなければならないほどの議員の交替があったわけではないこと(63頁)、実際に一期生の中に定数是正に反対する意見を述べた者がいたというわけではないこと(60頁)、むしろ定数是正の必要性を訴えていた後記の橋本静友議員も一期生であったこと(63頁)については、渡邉自身も認めている。
定数是正が見送られた真の理由については、以下のように指摘されている。
市議は、選挙区の定数が減ることばかりでなく、増えることについても「その分、新しい候補者に票を奪われるのでは」と思い、現状維持に動く。定数是正ができなかったのは「保身に身をやつす与党のベテランたちが党派を越えて、現状維持を望んだ」からだと、与党の若手市議も指摘している(甲第七号証の中日新聞記事)。
人口増加の著しい区について「増員するな」という声が定数是正を難しくしている。与党側の表向きの理由は「野党の共産党が増員分を持っていってしまう」だが、本当のところは現職たちが自分の党の複数擁立を抑えたいためである(甲第一四号証の中日新聞記事)。
③ 本件選挙までの経過
本件選挙の約一〇か月前の平成六年六月一四日にも、顕著な逆転現象等が放置されたままであり、政令指定都市の中で最悪の状態であることの問題性が、新聞で指摘された(甲第五号証の中日新聞記事)。
議会では、同年六月二九日の本会議で、橋本静友議員が定数是正の必要性について「大都市ゆえにより厳格な平等が求められている」のではないかなどと質問したが(甲第六号証の中日新聞記事、甲第二二号証の名古屋市会議事録)、是正の動きにはならなかった。
同年九月二一日には、議会に定数是正を求める住民団体の請願が提出されたが(甲第一二号証の中日新聞記事)、この請願は取り下げさせられ(甲第一五号証の中日新聞記事)、本件選挙に至るまで是正の努力は全くなされなかったのである。
四 以上のとおり、本件は、議会が市民に向けて国勢調査人口による議員定数の抜本是正を公約していたにもかかわらず、この公約を反故にしたという事案であって、これは現今の政治不信を招いている「公約破り」にほかならない。
「公約破り」が議会の「裁量権」の名のもとに正当化されるようなことがあってはならない。
最高裁判所には、正しい判断によって良識を示されることを強く期待するものである。
別表A―1
名古屋市議会(定数78)
選挙区
国勢調査人口
配当基数⇒
人口比定数←
→現行定数
差
中川区
200111
7.2437
7
7
0
緑 区
178919
6.4765
7
5
+2
北 区
172559
6.2463
6
7
-1
南 区
159709
5.7812
6
6
0
千種区
156478
5.6642
6
6
0
名東区
152519
5.5209
6
4
+2
港 区
148185
5.3640
5
5
0
中村区
146379
5.2986
5
6
-1
守山区
144897
5.2450
5
4
+1
西 区
141384
5.1178
5
6
-1
天白区
134777
4.8787
5
4
+1
瑞穂区
111360
4.0310
4
5
-1
昭和区
106857
3.8680
4
4
0
東 区
69032
2.4988
3
3
0
中 区
65833
2.3830
2
3
-1
熱田区
65794
2.3816
2
3
-1
別表A―2最大較差試算表
別表B逆転現像一覧
(平成2年10月1日国勢調査人口(確定値)・条例定数78人)
左の区より人口が少なく、定数の多い区
選挙区
人 口
配当基数
定数
選挙区
人 口
配当基数
定数
港
148,185
5.3640
5
西
141,384
5.1178
6
中 村
146,379
5.2986
6
守 山
144,897
5.2450
4
西
141,384
5.1178
6
瑞 穂
111,360
4.0310
5
緑
178,919
6.4765
5
北
172,559
6.2463
7
千 種
156,478
5.6642
6
西
141,384
5.1178
6
中 村
146,379
5.2986
6
南
159,709
5.7812
6
左の区より人口が少なく、定数の多い区
選挙区
人 口
配当基数
定数
選挙区
人 口
配当基数
定数
名 東
152,519
5.5209
4
西
141,384
5.1178
6
中 村
146,379
5.2986
6
瑞 穂
111,360
4.0310
5
港
148.185
5.3640
5
天白
134.777
4.8787
4
瑞穂
111,360
4.0310
5