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最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)1213号 判決 1998年7月14日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人池上哲朗の上告理由について

一  本件は、銀行である被上告人が株式会社絹屋から手形の取立委任を受けて預かっていた第一審判決別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)につき、同社が破産宣告を受けた後に破産管財人である上告人が返還を求めたところ、被上告人がこれを拒絶した上、本件手形を支払期日に取り立てて被上告人の絹屋に対する債権の弁済に充当したので、上告人が、これを不当利得であると主張し、被上告人に対し、本件手形金額に相当する一〇〇万円の不当利得返還請求をした事案である。

二  原審の適法に確定した事実関係等は、次のとおりである。

1  絹屋は、被上告人との間で、昭和六三年七月一一日付けで銀行取引約定書(以下「本件約定書」という。)を差し入れて銀行取引約定を締結した。

2  本件約定書の四条三項には、「担保は、かならずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴行において取立または処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済します。」と、同条四項には、「貴行に対する債務を履行しなかった場合には、貴行の占有している私の動産、手形その他の有価証券は、貴行において取立または処分することができるものとし、この場合もすべて前項に準じて取り扱うことに同意します。」と記載されている。

3  絹屋は、平成四年七月二九日、被上告人に対し、本件手形(手形金額一〇〇万円)の取立てを委任し、被上告人は、本件手形を預かった。

4  被上告人は、同年九月二一日、絹屋に対し、手形貸付により一〇〇〇万円を貸し渡した。

5  絹屋(以下「破産会社」という。)は、同年一二月二四日に破産宣告を受け、上告人が破産管財人に就任した。

6  破産会社は、破産宣告の直前に支払停止となって、右貸金債務につき、期限の利益を失ったが、平成五年一月二〇日における残債務は、九九五万〇六〇九円であった。

7  上告人は、同年二一日、被上告人に対し、本件手形に関する取立委任契約が破産宣告によって当然に終了したこと、又は同日付けで右契約を解除したとして、本件手形の返還を求めたところ、被上告人は、これを拒絶した。

8  被上告人は、本件手形の支払期日である同月三一日に手形交換によって本件手形を取り立てて、破産会社に対する右貸付金債権の弁済に充当した(当時の残債権額は、本件手形金額を上回るものであった。)。

三  右事実関係に基づいて検討する。

1  右事実関係によれば、被上告人は、本件手形の占有を適法に開始し、遅くとも破産会社に対する破産宣告があった平成四年一二月二四日までに本件手形に対して商事留置権を取得したものということができる。そして、破産会社に対する破産宣告後は、破産法九三条一項によって、右商事留置権が破産財団に対して特別の先取特権とみなされることになる。

2  そこで、検討するに、破産財団に属する手形の上に存在する商事留置権を有する者は、破産宣告後においても、右手形を留置する権能を有し、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるものと解するのが相当である。けだし、破産法九三条一項前段は、「破産財団ニ属スル財産ノ上ニ存スル留置権ニシテ商法ニ依ルモノハ破産財団ニ対シテハ之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」と定めるが、「之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」という文言は、当然には商事留置権者の有していた留置権能を消滅させる意味であるとは解されず、他に破産宣告によって右留置権能を消滅させる旨の明文の規定は存在せず、破産法九三条一項前段が商事留置権を特別の先取特権とみなして優先弁済権を付与した趣旨に照らせば、同項後段に定める他の特別の先取特権者に対する関係はともかく、破産管財人に対する関係においては、商事留置権者が適法に有していた手形に対する留置権能を破産宣告によって消滅させ、これにより特別の先取特権の実行が困難となる事態に陥ることを法が予定しているものとは考えられないからである。そうすると、商事留置権を有する被上告人は、破産会社に対する破産宣告後においても、上告人による本件手形の返還請求を拒絶することができ、本件手形の占有を適法に継続し得るものというべきである。

3  次に、被上告人が自ら本件手形を取り立てて債権の弁済に充当することができるか否かについてみる。

本件約定書四条四項は、銀行の占有する動産及び有価証券の処分等という観点から定められ、これらに商事留置権が成立すると否とを問わず適用される約定であると理解されてきたものである。しかし、右条項の定めは、抽象的、包括的であって、その文言に照らしても、取引先が破産宣告を受けて銀行の有する商事留置権が特別の先取特権とみなされた場合についてどのような効果をもたらす合意であるのか必ずしも明確ではない上、右特別の先取特権は、破産法九三条一項後段に定めた他の特別の先取特権に劣後するものであることにもかんがみれば、銀行が動産又は有価証券に対して特別の先取特権を有する場合において、一律に右条項を根拠として、直ちに法律に定めた方法によらずに右目的を処分することができるということはできない。

しかしながら、支払期日未到来の手形についてみた場合、その換価方法は、民事執行法によれば原則として執行官が支払期日に銀行を通じた手形交換によって取り立てるものであるところ(民事執行法一九二条、一三六条参照)、銀行による取立ても手形交換によってされることが予定され、いずれも手形交換制度という取立てをする者の裁量等の介在する余地のない適正妥当な方法によるものである点で変わりがないといえる。そうであれば、銀行が右のような手形について、適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有する場合には、銀行が自ら取り立てて弁済に充当し得るとの趣旨の約定をすることには合理性があり、本件約定書四条四項を右の趣旨の約定と解するとしても必ずしも約定当事者の意思に反するものとはいえないし、当該手形について、破産法九三条一項後段に定める他の特別の先取特権のない限り、銀行が右のような処分等をしても後段の弊害があるとも考え難い。そして、原審の適法に確定した事実関係等によれば、被上告人は、手形交換によって本件手形を取り立てたもので、本件手形について適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有していたのであって、その被担保債権は、本件手形の取立てがされた日には既に履行期が到来し、その額は手形金額を超えており、本件手形について被上告人に優先する他の特別の先取特権者が存在することをうかがわせる事情もないのである。

以上にかんがみれば、本件事実関係の下においては、被上告人は、本件約定書四条四項による合意に基づき、本件手形を手形交換制度によって取り立てて破産会社に対する債権の弁済に充当することができるものといえる。

4  そうすると、上告人の本件不当利得返還請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。

四  以上によれば、上告人の本訴請求を棄却した原審の判断は、その結論において正当である。論旨は、原判決の結論に影響しない事項についての違法を主張するに帰するのであって、採用の限りではない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

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