最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)2156号 判決 1998年12月18日
上告人
有限会社江川企画
右代表者代表取締役
江川芳三
右訴訟代理人弁護士
山根二郎
被上告人
花王化粧品販売株式会社
右代表者代表取締役
望月迪憲
右訴訟代理人弁護士
畠山保雄
同
田島孝
同
松井秀樹
同
川俣尚高
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人山根二郎の上告理由一の2、3、6、7、8、10、11、二について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、大手化粧品メーカーである花王株式会社(以下「花王」という。)の製造する化粧品の卸売販売を業とする会社であり、上告人は、化粧品の小売販売を業とする会社である。
被上告人は、花王化粧品の販売先である各小売店との間において、同一内容の「花王ソフィーナ・ビューティプラザ契約書」に基づいて、化粧品の供給を目的とした特約店契約を締結して取引を行っているところ、花王化粧品東北株式会社とビューティーコンサルタント「ハープ」こと江川芳三は、昭和六三年九月に右契約書により特約店契約(以下「本件特約店契約」という。)を締結し、その後、被上告人は本件特約店契約における花王化粧品東北株式会社の地位を、上告人は江川芳三の地位をそれぞれ承継した。
2 本件特約店契約の有効期間は、平成元年四月三〇日までとされていたが、当事者の一方から申出がないときは更に一年間自動的に延長されること、ただし、右期間中でも、当事者は三〇日以上の予告期間を置いて文書により解約することができる旨の定めがある(以下「本件解約条項」という。)
3 本件特約店契約に基づき、特約店は、花王化粧品を販売するに当たり、被上告人の指導するところに従って、顧客に対して化粧品の使用方法等を説明したり、化粧品について顧客からの相談に応じたりして、これを積極的に推奨販売すること(このような販売方法を、以下「カウンセリング販売」という。)が義務付けられており、これに伴う義務として、被上告人から購入した商品を、被上告人と特約店契約を締結していない他の小売店等に対して卸売販売することも禁じられている。
4 被上告人は、カウンセリング販売により、顧客がそれぞれの肌の性質、状態に適合した化粧品を正しく使用することによって満足感を得ることができ、それによって花王化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を高めることができ、また、顧客の皮膚に関するトラブルを未然に防止することに寄与し得ると考えている。
5 被上告人と特約店契約を締結している特約店の中には、花王化粧品について説明をすることなく販売している例もあるが、その場合にも客から要望があった場合などに必要に応じてカウンセリング販売を行う態勢は執られているのであって、なお相当多数の花王化粧品が、特約店におけるカウンセリング販売によって販売されている。
6 上告人は、本件特約店契約締結の遅くとも一年くらい後から、被上告人から供給を受けた花王化粧品の大部分を、被上告人と特約店契約を締結していない株式会社富士喜本店(同社の販売方法は、カタログを利用した通信販売に近いものであり、販売に際して顧客と対面しての説明・相談等は全く予定されていない。)に卸売販売していたが、この事実を被上告人に告げず、被上告人もこれを知らなかった。
7 右卸売販売の結果、上告人と被上告人との間の取引高が次第に増大し、他の同規模の特約店に比して著しく多額になるに至ったので、被上告人の担当者は、上告人が被上告人から仕入れた花王化粧品を、本件特約店契約に反して特約店でない小売店に卸売販売しているのではないかとの疑いを持ち、平成二年一一月ころ、上告人代表者江川芳三に対して販売方法を尋ねたが、江川は、店頭販売のほかに病院や事務所において販売している(職域販売)と答えたものの、その具体的な内容や販売先は明らかにしなかった。その後も、被上告人の担当者は、上告人が大量の花王化粧品を卸売販売しているのではないかとの疑念に基づき、何度も販売先を明らかにするよう求めたり、職域販売先への美容インストラクターの派遣を申し出たりしたが、江川はこれを拒絶した。
8 被上告人は、右のような上告人の対応や上告人の説明する職域販売を裏付ける資料がないことに照らし、上告人が被上告人から仕入れた大量の花王化粧品を、店頭販売している分以外はすべて卸売販売しているものと推測し、本件解約条項に基づき、平成四年六月二日付けで本件特約店契約を解約する旨の意思表示をし(以下「本件解約」という。)、上告人に対する出荷を停止した。
二 本件は、上告人が、本件解約の効力を争い、被上告人に対して、本件特約店契約に基づき、商品の引渡しを受けるべき地位にあることの確認及び注文済みの商品の引渡しを求めたのに対し、被上告人が、上告人に対して、上告人が本件特約店契約上の地位を有しないことの確認を求めた事件であり、原審は、右事実関係の下において、上告人が本件特約店契約に定めるカウンセリング販売を義務付ける約定及びこれに伴う卸売販売禁止の約定に違反したと認めた上、本件解約条項に基づいて被上告人がした本件解約を有効なものと判断して、上告人の請求をいずれも棄却し、被上告人の請求を認容した。
三 所論は、要するに、カウンセリング販売を義務付ける約定及びこれに伴う卸売販売禁止の約定は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)一九条が禁止する「不公正な取引方法」のうち、同法二条九項四号に基づき公正取引委員会が指定した不公正な取引方法(昭和五七年同委員会告示第一五号。以下「一般指定」という。)の12(再販売価格の拘束)及び13(拘束条件付取引)に該当するので、右約定の効力を認めた原審の判断には、独占禁止法一九条の解釈適用に誤りがある、というのである。
四 以下所論の点につき検討する。
1 独占禁止法一九条は、「事業者は、不公正は取引方法を用いてはならない。」と定めているところ、同法二条九項四号は、不公正な取引方法に当たる行為の一つとして、相手方の事業活動を不当に拘束する条件をもって取引する行為であって、公正な競争を阻害するおそれのあるもののうち、公正取引委員会が指定するものを掲げ、一般指定の13により、「相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。」(拘束条件付取引)が指定されている。このように拘束条件付取引が規制されるのは、相手方の事業活動を拘束する条件を付けて取引すること、とりわけ事業者が自己の取引とは直接関係のない相手方と第三者との取引について、競争に直接影響を及ぼすような拘束を加えることは、相手方が良質廉価な商品・役務を提供するという形で行われるべき競争を人為的に妨げる側面を有しているからである。しかし、拘束条件付取引の内容は様々であるから、その形態や拘束の程度等に応じて公正な競争を阻害するおそれを判断し、それが公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあると認められる場合に、初めて相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものというべきである。そして、メーカーや卸売業者が販売政策や販売方法について有する選択の自由は原則として尊重されるべきであることにかんがみると、これらの者が、小売業者に対して、商品の販売に当たり顧客に商品の説明をすることを義務付けたり、商品の品質管理の方法や陳列方法を指示したりするなどの形態によって販売方法に関する制限を課することは、それが当該商品の販売のためのそれなりの合理的な理由に基づくものと認められ、かつ、他の取引先に対しても同等の制限が課せられている限り、それ自体としては公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれはなく、一般指定の13にいう相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものではないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、本件特約店契約において、特約店に義務付けられたカウンセリング販売は、化粧品の説明を行ったり、その選択や使用方法について顧客の相談に応ずる(少なくとも常に顧客の求めにより説明・相談に応じ得る態勢を整えておく)という付加価値を付けて化粧品を販売する方法であって、被上告人が右販売方法を採る理由は、これによって、最適な条件で化粧品を使用して美容効果を高めたいとの顧客の要求に応え、あるいは肌荒れ等の皮膚のトラブルを防ぐ配慮をすることによって、顧客に満足感を与え、他の商品とは区別された花王化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を保持しようとするところにあると解されるところ、化粧品という商品の特性にかんがみれば、顧客の信頼を保持することが化粧品市場における競争力に影響することは自明のことであるから、被上告人がカウンセリング販売という販売方法を採ることにはそれなりの合理性があると考えられる。そして、被上告人は、他の取引先との間においても本件特約店契約と同一の約定を結んでおり、実際にも相当多数の花王化粧品がカウンセリング販売により販売されていることからすれば、上告人に対してこれを義務付けることは、一般指定の13にいう相手方の事業活動を「不当に」拘束する条件を付けた取引に当たるものということはできないと解される。
2 次に、独占禁止法二条九項四号に基づく公正取引委員会の一般指定の12の一は、正当な理由がないのに、「相手方に対しその販売する当該商品の販売価格を定めてこれを維持させることその他相手方の当該商品の販売価格の自由な決定を拘束すること。」(再販売価格の拘束)を禁じているところ、販売方法の制限を手段として再販売価格の拘束を行っていると認められる場合には、そのような販売方法は右の見地から独占禁止法上問題となり得ると解される。
これを本件についてみると、販売方法に関する制限を課した場合、販売経費の増大を招くことなどから多かれ少なかれ小売価格が安定する効果が生ずるが、右のような効果が生ずるというだけで、直ちに販売価格の自由な決定を拘束しているということはできないと解すべきであるところ、被上告人がカウンセリング販売を手段として再販売価格の拘束を行っているとは認められないとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。
以上のとおり、カウンセリング販売を義務付けることは、一般指定の13(拘束条件付取引)及び12(再販売価格の拘束)に当たるものということはできない。
3 被上告人と特約店契約を締結しておらずカウンセリング販売の義務を負わない小売店等に商品が売却されてしまうと、特約店契約を締結して販売方法を制限し、花王化粧品に対する顧客の信頼(いわゆるブランドイメージ)を保持しようとした本件特約店契約の目的を達することができなくなるから、被上告人と特約店契約を締結していない小売店等に対する卸売販売の禁止は、カウンセリング販売の義務に必然的に伴う義務というべきであって、カウンセリング販売を義務付けた約定が、独占禁止法一九条に違反しない場合には、右卸売販売の禁止も、同様に同条に違反しないと解すべきである。
4 以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
その余の上告理由について
本件解約が上告人の値引販売をやめさせるためにされたものとは認められないとしたことその他所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件解約が信義則に違反せず、権利の濫用に当たらないとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って若しくは原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官元原利文 裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官金谷利廣)