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最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)219号 判決 1999年1月29日

上告人

興銀リース株式会社

右代表者代表取締役

清水邦夫

右訴訟代理人弁護士

中村勝美

右訴訟復代理人弁護士

田中立

被上告人

右代表者法務大臣

中村正三郎

右指定代理人

山崎潮

外一四名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村勝美の上告理由について

一  原審の適法に確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。

1  小西診療所を経営する医師である小西茂雄は、昭和五七年一一月一六日、上告人との間に、上告人の小西に対する債権の回収を目的として、小西は同年一二月一日から平成三年二月二八日までの間に社会保険診療報酬支払基金(以下「基金」という。)から支払を受けるべき診療報酬債権を次のとおり上告人に対して譲渡する旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、昭和五七年一一月二四日、基金に対し、本件契約について確定日付のある証書をもって通知をした。

昭和五七年一二月から昭和五九年一〇月まで 毎月四四万一四五一円

昭和五九年一一月から平成三年一月まで 毎月九一万〇六七四円

平成三年二月 一〇一万四六七九円

合計七九四六万八六〇二円

2  小西について、昭和五九年六月二二日から平成元年三月一五日までの間に、第一審判決別紙二国税債権目録記載のとおり各国税の納期限が到来した。

3  仙台国税局長は、平成元年五月二五日、右各国税の滞納処分として、小西が平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までの間に基金から支払を受けるべき各診療報酬債権(以下「本件債権部分」という。)を差し押さえ、平成元年五月二五日、基金に対してその旨の差押通知書が送達された。

4  基金は、本件債権部分に係る各債権について、平成元年七月二五日から平成二年六月二七日までの間に、第一審判決別紙一供託金目録記載のとおり、債権者不確知等を原因とし、被供託者を小西又は上告人として、合計五一九万六〇〇九円を供託した。

5  仙台国税局長は、平成元年一〇月四日から平成二年八月二日までの間に、右各供託金についての小西の還付請求権を順次差し押さえ、平成元年一〇月五日から平成二年八月三日までの間に、秋田地方法務局能代支局供託官に対してその旨の各差押通知書が送達された。

二  本件において、被上告人は、本件契約のうち譲渡が開始された昭和五七年一二月から一年を超えた後に弁済期が到来する各診療報酬債権に関する部分は無効であり、右部分に含まれる本件債権部分に係る各債権の債権者は小西であって、被上告人はこれらの債権に関する供託金についての小西の還付請求権を差し押さえたと主張して、被上告人が右各還付請求権について取立権を有することの確認を求めている。

原審は、次のように判示して、被上告人の請求を認容すべきものとした。

1  将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約は、始期と終期を特定して譲渡に係る範囲が確定されれば、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて、有効というべきである。その有効性が認められる期間の長さは、一定額以上の債権が安定して発生すべき確実性の程度を、事案に応じ個別具体的に検討して判断されるべきであるが、医師等がその最大の収入源である診療報酬債権を将来にわたり譲渡すると経営資金が短期間のうちにひっぱくすることが予想され、社会において経済的信用が高く評価されている医師等が将来発生すべき診療報酬債権まで譲渡しようとし債権者がこれを求めることが生ずるのは、現実には右時点で既に医師等の経済的な信用状態がかなり悪化したことによるものと考えられるのであって、一般的には、前記債権譲渡契約のうち数年を超える部分の有効性は、否定されるべきである。

2  本件において、小西が上告人との間に本件契約を締結したのは、小西が不動産等の担保として確実な財産を有していなかったか、仮にこれらの財産を有していたとしてもその価値に担保としての余剰がなかったためであり、本件契約が締結された時点で、既に小西の経済的な信用状態は悪化しており、上告人もこれを認識していたものと推認することができる。本件債権部分に係る各債権は、本件契約による譲渡開始から六年七箇月を経過した後に弁済期が到来したもので、本件契約が締結された時点において債権が安定して発生することが確実に期待されるものであったとは到底いい得ないから、本件債権部分に係る本件契約の効力は、これを認めることができない。

三  しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性については、次のように解すべきものと考える。

(一)  債権譲渡契約にあっては、譲渡の目的とされる債権がその発生原因や譲渡に係る額等をもって特定される必要があることはいうまでもなく、将来の一定期間内に発生し、又は弁済期が到来すべき幾つかの債権を譲渡の目的とする場合には、適宜の方法により右期間の始期と終期を明確にするなどして譲渡の目的とされる債権が特定されるべきである。

ところで、原判決は、将来発生すべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約について、一定額以上が安定して発生することが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではないものを目的とする限りにおいて有効とすべきものとしている。しかしながら、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約にあっては、契約当事者は、譲渡の目的とされる債権の発生の基礎を成す事情をしんしゃくし、右事情の下における債権発生の可能性の程度を考慮した上、右債権が見込みどおり発生しなかった場合に譲受人に生ずる不利益については譲渡人の契約上の責任の追及により清算することとして、契約を締結するものと見るべきであるから、右契約の締結時において右債権発生の可能性が低かったことは、右契約の効力を当然に左右するものではないと解するのが相当である。

(二)  もっとも、契約締結時における譲渡人の資産状況、右当時における譲渡人の営業等の推移に関する見込み、契約内容、契約が締結された経緯等を総合的に考慮し、将来の一定期間内に発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約について、右期間の長さ等の契約内容が譲渡人の営業活動等に対して社会通念に照らし相当とされる範囲を著しく逸脱する制限を加え、又は他の債権者に不当な不利益を与えるものであると見られるなどの特段の事情の認められる場合には、右契約は公序良俗に反するなどとして、その効力の全部又は一部が否定されることがあるものというべきである。

(三)  所論引用に係る最高裁昭和五一年(オ)第四三五号同五三年一二月一五日第二小法廷判決・裁判集民事一二五号八三九頁は、契約締結後一年の間に支払担当機関から医師に対して支払われるべき診療報酬債権を目的とする債権譲渡契約の有効性が問題とされた事案において、当該事案の事実関係の下においてはこれを肯定すべきものと判断したにとどまり、将来発生すべき債権を目的とする債権譲渡契約の有効性に関する一般的な基準を明らかにしたものとは解し難い。

2  以上を本件について見るに、本件契約による債権譲渡については、その期間及び譲渡に係る各債権の額は明確に特定されていて、上告人以外の小西の債権者に対する対抗要件の具備においても欠けるところはない。小西が上告人との間に本件契約を締結するに至った経緯、契約締結当時の小西の資産状況等は明らかではないが、診療所等の開設や診療用機器の設置等に際して医師が相当の額の債務を負担することがあるのは周知のところであり、この際に右医師が担保として提供するのに適した不動産等を有していないことも十分に考えられるところである。このような場合に、医師に融資する側からすれば、現に担保物件が存在しなくても、この融資により整備される診療施設によって医師が将来にわたり診療による収益を上げる見込みが高ければ、これを担保として右融資を実行することには十分な合理性があるのであり、融資を受ける医師の側においても、債務の弁済のために、債権者と協議の上、同人に対して以後の収支見込みに基づき将来発生すべき診療報酬債権を一定の範囲で譲渡することは、それなりに合理的な行為として選択の対象に含まれているというべきである。このような融資形態が是認されることによって、能力があり、将来有望でありながら、現在は十分な資産を有しない者に対する金融的支援が可能になるのであって、医師が右のような債権譲渡契約を締結したとの一事をもって、右医師の経済的な信用状態が当時既に悪化していたと見ることができないのはもとより、将来において右状態の悪化を招来することを免れないと見ることもできない。現に、本件において、小西につき右のような事情が存在したことをうかがわせる証拠は提出されていない。してみると、小西が本件契約を締結したからといって、直ちに、本件債権部分に係る本件契約の効力が否定されるべき特段の事情が存在するということはできず、他に、右特段の事情の存在等に関し、主張立証は行われていない。

そうすると、本件債権部分に係る本件契約の効力を否定して被上告人の請求を認容すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用の誤りがあるというほかなく、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由があり、論旨のその余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右に説示したところに徴すれば、被上告人の本件請求は、理由がないことが明らかであるから、右請求を認容した第一審判決を取り消し、これを棄却すべきである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

上告代理人中村勝美の上告理由

上告理由第一点 憲法違反

一、原判決が本件債権譲渡の効力を認めないことは憲法第二九条に違反し、国民の自由な財産権の行使を阻害し、財産権を公権力により不当に侵すものであるから破棄されるべきである。

原判決は「さらに控訴人(註・上告人)は、本件債権譲渡の効力を認めない原判決(註・第一審判決)は憲法二九条に違反する旨主張するが、原判決(註・第一審判決)の判示は、その性質上譲渡性を有しない本件債権部分についての譲渡の効力を否定したものであって、憲法の右条項との関わりは無く、右主張もまたそれ自体失当というべきである。」と判示する(第三項第3号)。しかし「その性質上譲渡性を有しない本件債権部分」とは最高裁判所第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決(判例時報九一六号二五頁・金融法務事情八九八号九三頁)が一年以上将来の債権の譲渡性を否定したため譲渡性を有しないと認定されたのであって、これについての右最高裁判決が無ければ原判決も本件債権譲渡の効力を認めざるを得なかったのである。

したがって上告人としては以下に述べるとおり右最高裁判例を変更して本件債権譲渡部分の譲渡性を認められるよう求めるものである。

二、譲渡の日から一年を超える分について無効と解する理由はない。右最高裁判決はなるほど、将来の診療報酬債権の譲渡につき「それほど遠い将来のものでなければ」有効である旨判示した。

しかしそれに続けて、「現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができるというべきである。」としており、本件債権譲渡の目的債権は始期と終期を特定してその権利の範囲を確定されていることは債権譲渡通知書(甲二)により明かである。

そして右最高裁判決はその前置きとして、その債権が「それほど遠い将来のものでなければ」有効であると判示したに過ぎないのであって、どれ位の年月が、それほど遠い将来のものでないか、あるか、については一言も触れていない。たまたまその事案が一年分程度の譲渡であったというに過ぎないのであって、一年に限ると判示されたわけではない。またその理由も判示されていない。

むしろ一年に限る理由は何も無いのであって、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであれば、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定しさえすれば、よいのである。そうであればそれほど遠い将来のものでなければ、これを有効に譲渡することができるのであって、画一的に一年と限る理由は無いのである。

本件債権譲渡の当時、債権者である上告人は債務者である訴外小西茂雄から八年三ヵ月にわたる将来の診療報酬債権の譲渡を受けることにより債権を回収しようと考え、訴外小西茂雄もこれに応ずることにより上告人への債務を弁済しようと考えたのである。両当事者がそうしたいと欲していることを、なぜ画一的に一年で区切って有効・無効を区別しなければならないのか。なぜすでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものについて一年毎に債権譲渡手続きを行わなければならないのか。万一将来医師の廃業または死亡等により債権が発生しないことになっても、それによって損をするのは債権者であり、また他の弁済源資を考えなければならない債務者またはその遺族なのである。第三者に迷惑を掛けることは何も無いのである。

債権者である上告人としては、将来の債権が現実化したときに債務者である訴外小西茂雄がそれを処分したり、他の債権者によって差押・転付をされてしまう危険から、自らの債権を保全する必要があってしたことであって、他意は無いのである。債務者である訴外小西茂雄にしても、どの債権者に譲渡するかは自由であって制約を受けるいわれは無いのである。すなわち契約自由の原則の範囲内での合意である。

そして現に被上告人による本件債権に対する平成元年五月二五日付差押(甲一)は上告人の右危惧が現実化したものであり、本件債権譲渡の必要性を裏付けるものである。

三、契約の自由の原則にまかせるべき。

原判決の引用する第一審判決は「契約の自由の原則をいうだけでは前記判断を覆す根拠とはなり得ず」というが(争点に対する判断第三項)、すべて契約の自由の原則により当事者の意思にまかせて何の差し支えもない。

前記のように、万一将来医師の廃業または死亡等により債権が発生しないことになっても、それは債務不履行の問題として、当事者間の解決にまかせればよいのである。学説でも、一年で区切ることに根拠がない(中野貞一郎・民事執行法(第二版)五二七頁)とか、すべての将来債権について譲渡性を肯定してよい(道垣内弘人・担保物件法二九八頁)とか主張されていることは、第一審以来指摘したとおりである。

本件債権譲渡の当時、債権者である上告人は債務者である訴外小西茂雄から八年三ヵ月にわたる将来の診療報酬債権の譲渡を受けることにより債権を回収しようと考え、訴外小西茂雄もこれに応ずることにより上告人への債務を弁済しようと考えたのである。

それを「それほど遠い将来のものでなければ」と制限してみても結局は誰かに取られてしまうのである。現に本件では国税滞納処分による差押えの対象となったのである。このように当事者である訴外小西茂雄にとっても上告人にとっても、利益にならない制約を課する意義は見い出せない。

四、前記の最高裁判例を変更すべき。

医師の社会保険診療報酬支払基金に対する診療報酬債権の譲渡性については、否定説と肯定説とが対立していた。

判例でも当初は否定していたが(例えば、東京地裁昭和三九年四月三〇日判決・判例時報三八二号三一頁)、だんだんと肯定するものが現われるようになった(例えば、東京高裁昭和四三年二月二三日判決・判例時報五二一号五一頁、東京高裁昭和五〇年一二月一五日判決・民集判例時報八〇五号七二頁)。そして前記最高裁第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決が肯定説をとり「それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡することができるというべきである。」と判示するに至ったのである。

右の一連の判例の流れの中で、徐々に否定説から肯定説に変化して、現時点でのその到達点が前記最高裁第二小法廷判決であるに過ぎないのであって、今後更なる進展があり得ることは当然予測されるところである。意見の対立する問題についてはどの分野の判例でも、その変遷の跡をたどれば少しづつの変化しかないのであって、一挙に反対の結論になるものではない。

前記「それほど遠い将来のものでなければ」との文言も最高裁が当該事案の譲渡債権が向こう一年間であったことへのいらざる拘泥か、あるいは肯定説をとることの実務への影響に配慮されての付言であり、このような限定は無用のものである。

最高裁の判例の変化の慎重さについては、債権差押と相殺に関する判例の流れが大いに参考になる。銀行預金を第三者から差押えられた場合、銀行が貸金債権と預金とを相殺できるかとの問題についてである。

大審院時代には、差押時に預金と貸金が共に弁済期にあり、相殺適状のときは相殺できるとしていた(大審院昭和八年五月三〇日判決・民集一二巻一四号一三八一頁・大審院昭和一〇年五月三〇日判決・民集一四巻一一号九七〇頁)。最高裁になってからは、まず、預金は弁済期になくても貸金さえ差押時に弁済期にあれば相殺できるようになり(最高裁第二小法廷昭和三二年七月一九日判決・民集一一巻七号一二九七頁・金融法務事情一四八号一〇一頁)、次に、差押さえられた預金の弁済期より早く弁済期の到来する貸金であれば、預金も貸金も共に弁済期になくても相殺できるとされた(最高裁大法廷昭和三九年一二月二三日判決・民集一八巻一〇号二二一七頁・判例時報三九五号五頁・金融法務事情三九五号四六頁)。

現在の判例は、債権に対する差押えがあった場合、差押債務者に対する債権を有する「第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうる」ものとして(最高裁大法廷昭和四五年六月二四日判決・民集二四巻六号五八七頁・判例時報五九五号二九頁・金融法務事情五八四号四頁)、第三債務者の相殺権を大幅に保護するに至った。

そして注目すべきは、右判決が相殺適状を生ぜしめるための期限の利益喪失約款について「かかる合意が契約自由の原則上有効であることは論をまたないから、本件各債権は、遅くとも、差押の時に全部相殺適状が生じたものといわなければならない。」としている点である。差押に対抗できるか、という意味では相殺も債権譲渡も同じである。その相殺を認める判決において契約自由の原則上有効であるとしたことは、債権譲渡についても契約自由の原則の範囲内ではすべて有効とされなければ平仄が合わないことになる。

したがって医師の社会保険診療報酬支払基金に対する診療報酬債権の譲渡についても「それほど遠い将来のものでなければ」という文言にこだわることなく、始期と終期を特定してその範囲を確定しさえすれば一年間と限らず譲渡を認めるべきである。

五、個別具体的に判断されるのでは、法的安定を害するので、「それほど遠い将来のものでなければ」との制約の撤廃を求める。

原判決の引用する第一審判決は、上告人の「本債権譲渡は契約の自由の原則の範囲内の合意であるから、『それほど将来のものでなければ』という文言にこだわることなく、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定しさえすれば一年間に限らず譲渡の効力を認めるべきである」との主張に対し、「しかしながら、債権は一般に譲渡性を有するのが原則であるが、これまで判示したとおり、将来の診療報酬債権は、その債権の性質上その譲渡性が制約されるものであるから、契約の自由の原則をいうだけでは、前記判断を覆す根拠とはなり得ず、また、被告(註・上告人)の右主張は、本件最高裁判決(註・最高裁第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決)にも明らかに反する独自の見解にすぎない。」という(争点に対する判断第三項)。

しかも、一年間と限る必要のないことは原判決の引用する第一審判決自身が「有効とされる将来の診療報酬債権の譲渡の範囲が、それほど遠い将来のものでない診療報酬債権に限定されるのは、遠い将来のものであれば債権発生の基礎が不確実になるという理由に基づくものであるから、その範囲は画一的に一年とか年限を区切って定められるべきではなく、債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるかについて、具体的な事案に応じて個別具体的に判断されるべきものである。」というのである(争点に対する判断第二項)。

では、何年位までならば債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されているかに、ついて判示された例はまだ見当たらない。

原判決の引用する第一審判決も「少なくとも、本件債権譲渡の日から六年七か月も経過した後のものである本件債権部分は、本件債権譲渡の時点で、債権発生が安定したものであることが確実に期待されるものであったとは到底いいえないから、本件債権部分について譲渡の効力を認めることはできない。」というだけである(争点に対する判断第三項)。「画一的に一年とか年限を区切って定められるべきことではなく」といいながら、何の基準も示さずに「具体的な事案に応じて個別具体的に判断されるべきものである。」といわれては、当事者としては大変困るのである。裁判所で明確に何年までならよいとの基準を示してもらいたいものである。せっかく債権譲渡を受けたのに後日になって裁判所から個別具体的に判断して、有効・無効を決められるのでは取引の法的安定を害することになる。

したがって上告人としては、あくまで将来の債権の譲渡についての「それほど遠い将来のものでなければ」有効との制約の撤廃を求めるのである。

六、原判決は憲法第二九条「財産権はこれを侵してはならない。」との規定に違反する。

「財産権はこれを侵してはならない。」とは、国民は財産権を自由に行使して、使用・収益および処分しうることを意味するから、当事者は自己の債権、本件では将来の診療報酬債権を自由に譲渡することを公共の福祉に反しない限り憲法によって保障されているのである。

訴外小西茂雄は自己の意思で上告人に八年三ヵ月にわたる将来の診療報酬債権を譲渡して自己の債務の弁済に当てようとし、上告人はそのような将来の債権でもやむなしと考えて譲り受けたのである。この行為は第三者の誰にも迷惑を掛けないし、ましてや公共の福祉に反するとは考えられない。

それをなぜ前記最高裁判決に基づいて、いらざる制限を加えて、訴外小西茂雄の上告人に対する本件債権部分の譲渡は無効と決めつけるのであろうか。原判決は国民の自由な財産権の行使を阻害し、財産権を公権力により不当に侵すものである。

よって原判決は破棄されべきである。

上告理由第二点 経験則違背・審理不尽・理由不備

原判決は次に述べるとおり、医師や医療機関の倒産と診療報酬債権の発生が確実では無くなることを同一視して判断しているが、この判断は経験則に反して違法であり、さらに審理不尽と理由不備の違法をも犯しているので破棄されるべきである。

一、経験則違背

原判決の引用する第一審判決は「健康保険医が勤務医となったり、医師の病気等により診療行為が行われなかったり、医師や医療機関といえども、医師及び医療機関の増加による競争、高額な医療設備の購入、人件費の高騰、経営能力の乏しさ等によって経営が悪化、あるいは破綻して倒産することもありうるのであって(もっとも、今日では、医師が経済的に破綻する場合は、医業以外の投資や副業の失敗の例もみられ、必ずしも経営の破綻に限られない。)、債権譲渡の時点で、すでに右のようなことが予測される場合には、右債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるということはできないから、前期特段の事情にあたる場合として、その診療報酬債権の譲渡は無効であり、また、債権譲渡の時点で右のようなことが予測されない場合であったとしても、譲渡の目的とされた診療報酬債権が長期にわたるものであれば、債権発生の確実性に対する不安定要因は増大するといわなければならない。」という(争点に対する判断第二項)。

あたかも医師や医療機関の倒産がただちに診療報酬債権が発生しなくなることにつながるようにいうが、これは誤りである。医師資格がある限り診療報酬債権発生の蓋然性があるのであって、倒産イコール診療報酬債権の発生が不確実となるわけではないのである。医師というものは、経営的、もしくは経済的に破綻した場合、その後の生活の糧を得るために、必ず医師として働き続けるものである。その理由は、その選択が彼らに最大の収入をもたらすからである。人一倍の努力をして医大に入り、医師国家試験に合格し、医師としての経験を積んだ人が、経営的もしくは経済的に破綻したからといって、医療以外の業種で職を探し、医師よりも低い収入に甘んじるということは考え難いし、上告人としてもそのような例は聞いたことが無い。債権者も医師や医療機関が倒産したときは、なるべく債務者に働かせて債権回収をしようとするものである。ときには医師の子が医大に在学中であれば親の債務を連帯保証させて弁済を猶予し、親子二代で働いて債務の返済をさせる例すらある。医師や医療機関が倒産しても、医師資格のある限り、医師として働き続けるものであり、医師として働き続ける限り診療報酬債権も発生し続けるのである。

この点において原判決の引用する第一審判決は経験則に反して違法である。

二、審理不尽

原判決の引用する第一審判決は「債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるかについて、具体的な事案に応じて個別具体的に判断されるべきものである。」という(争点に対する判断第二項)。

しかし「個別具体的に判断」といいながら、小西医師の経済的信用悪化については「本件においても、小西は、医師であり、小西診療所を経営していたこと、小西は被告(註・上告人)に対し、昭和五七年一二月から平成三年二月までの八年三か月にわたる将来の診療報酬債権を譲渡したが、右債権譲渡は担保(債権回収)の目的のものであることが認められる(弁論の全趣旨)。そうすると、小西が将来の診療報酬債権を被告に譲渡したのは、不動産等の担保として確実なものがなかったか、仮にあったとしても担保として余剰がなかったためであり、右譲渡の時点で、小西は、既にその経済的信用が悪化し、一方、被告(註・上告人)も小西の経済的信用の悪化を認識していたものと推認することができる。」というのみであり、つまり具体的事実としては小西医師から上告人への本件債権譲渡が担保(債権回収)目的のものであることのみで、他はすべて推測なのである。これで個別具体的に審理を尽くしたといえようか。すなわち原判決の引用する第一審判決には審理不尽の違法がある。

三、理由不備

それに引きかえ、金融機関である上告人が債権譲渡を受けるからには不確実な債権を受け取る筈がないのである。

これについて原判決の引用する第一審判決は「もっとも、現実に将来の診療報酬債権の譲渡が行われる場合をみると、医師又は医療機関が社会において経済的信用が高く評価される存在でありながら、将来の診療報酬債権までをも譲渡しようとし、他方、債権者が右債権の譲渡を求めるのは、債権譲渡の時点で既に医師又は診療機関の経済的信用がかなり悪化したことによるものと考えられ、数年後の診療報酬債権の譲渡の効力は、一般的には否定されるべきである。」という(争点に対する判断第二項)。

しかし現に小西医師はその後も診療を続け上告人へ譲渡した昭和五七年一二月から平成三年二月までの八年三か月にわたる将来の診療報酬も現実に発生しているのである。裁判所はこの事実をどう見られるのであろうか。

金融機関が長年の経験に基づいて必死で調査して譲渡を受けた債権はこのように発生したのであるが、これに対し原判決もまたその引用する第一審判決も前記の最高裁判所第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決を金科玉条とするのみで十分な理由も示さずに本件債権譲渡の効力を認めないので理由不備の違法がある。

このように原判決は経験則違背、審理不尽、理由不備であるから破棄されるべきである。

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