最高裁判所第三小法廷 平成9年(オ)2267号 判決 1999年11月30日
上告人
紀和交通株式会社
右代表者代表取締役
福島壽夫
右訴訟代理人弁護士
梅本弘
片井輝夫
池田佳史
川村和久
池野由香里
右補助参加人
中村幸雄
右訴訟代理人弁護士
岡本浩
道本素平
被上告人
奥村晴恒
右訴訟代理人弁護士
谷口曻二
主文
原判決を破棄する。
被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人梅本弘、同片井輝夫、同池田佳史、同川村和久、同池野由香里の上告理由第二について
一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 上告人(当時の代表者は小泉貴彦)は、第一審判決添付の株券目録記載の本件株券を所持していたが、昭和六三年三月九日、和歌山簡易裁判所に本件株券を紛失したとの虚偽の事実を理由にして本件株券の無効宣言を求める公示催告の申立てをした。
同裁判所は、右申立てに基づき、同月一五日、公示催告の手続を執り、同年四月一八日、右公示催告の公告を官報に掲載した。
上告人は、公示催告期日である同年一一月一八日、除権判決を求める旨の申立てをしたので、同裁判所は、本件株券を無効とする除権判決を言い渡した。
2 小泉は、右のとおり本件公示催告の申立てをしたが、本件株券を担保に金銭を詐取しようと考え、公示催告手続中の昭和六三年七月二日、右事実を秘したまま、被上告人との間に金銭信託契約を締結し、被上告人から一億二〇〇〇万円の交付を受け、被上告人に右契約上の債務を担保するため本件株券を譲渡することにしてこれを引き渡した。
3 被上告人は、平成五年一月二〇日、右除権判決の存在を知り、同年二月八日、公示催告手続及ビ仲裁手続ニ関スル法律(以下「法」という。)七七四条二項六号に相当する事由があるとして、右除権判決に対する不服の訴えである本件訴えを提起した。
二 原審は、次の理由により、被上告人の請求を認容した。
1 小泉は、被上告人に対し、本件株券について公示催告の申立てをしたことを告げないまま、本件株券を担保として引き渡すことにより、被上告人との間に金銭信託契約を締結し、被上告人から一億二〇〇〇万円を受領した。そのため、被上告人は、右申立ての事実を知らず、右申立てに対し権利の届出をしなかった結果、本件株券について本件除権判決が言い渡されて確定し、本件株券は無効となった。小泉の右行為は、詐欺罪を構成する。被上告人は、これにより、防御の方法を提出することを妨げられた。
2 本件においては、詐欺罪の公訴時効期間である七年が経過し、小泉に対する有罪の確定判決を得ることができず、また、証拠欠缺以外の理由により有罪判決を得ることができないときに該当するから、本件訴えは、除権判決に対する不服の訴えを提起するための要件を具備している。なお、被上告人が本件除権判決の存在を知った時には、右詐欺罪についてはいまだ公訴時効期間は経過していなかったにもかかわらず、被上告人は、小泉を告訴するのは信託金の返還を受ける上で得策でないと判断し、同人を告訴しなかったのであるが、和解勧試等に時日を要するなどした第一審における審理の状況及び被上告人が上告補助参加人に対して提起した新株券の引渡請求の別件訴訟の判決が確定したのが平成七年八月ころであったことからすると、それから公訴時効完成の同年一一月一七日までの三箇月の間に告訴をしても有罪判決を取得することは困難であったと思われることに照らすと、告訴がされなかったからといって、前記判断が左右されるものではない。
3 したがって、本件除権判決には、法七七四条二項六号、民訴法三三八条一項五号に相当する取消事由がある。
三 しかしながら、原審の右2の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
1 除権判決に対しては、法七七四条二項六号により、民訴法三三八条一項四号ないし八号の場合で再審の訴えを許す条件のあるときは除権判決に対する不服の訴えによって不服を申し立てることができるところ、同項五号に規定する事由がある場合においては、同条二項により罰すべき行為について有罪判決等が確定したとき又は証拠の欠缺以外の理由により有罪の確定判決等を得ることができないときに限り、右の訴えを提起することができる。ところで、右の有罪の確定判決等を得ることができないときとは、右事由の存在を知った時点では既に公訴時効期間が経過していた場合又は告訴等の手続を執ったとしても捜査機関が公訴の提起をするに足りる期間がない場合等をいい、公訴時効が完成するまでに相当の期間があり、かつ、やむを得ない事由がないのに、告訴等の手続を執らないまま公訴時効期間を経過させた場合は含まれないと解するのが相当である。
2 これを本件について見ると、被上告人が本件除権判決の存在を知った時点では公訴時効の完成までには、公訴時効の起算点を小泉が被上告人から一億二〇〇〇万円を受領した時から起算したとしても、少なくとも二年五箇月余りの期間があったから、被上告人は、捜査機関に告訴等の手続を執ることが可能であったのに、これをすることなく公訴時効期間を経過させたものというべきである(その場合、仮に右期間内に有罪の確定判決に至らなくても、右期間内に公訴の提起があれば、時効の進行は停止する(刑訴法二五四条一項)から、その後に有罪の確定判決を取得することは可能である。)。被上告人は、小泉を告訴すれば信託金の返還を受けることに関して得策でないと判断して、同人を告訴しなかったと主張し、原審もこれを認めているが、これを含め、原審の確定した前記事実関係に照らしても、被上告人が小泉に対する告訴等の手続を執らなかったことについてやむを得ない事由があったと認めることはできない。そうすると、本件は、有罪の確定判決等を得ることができないときには当たらないといわざるを得ない。これと異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。これをいう論旨は理由があり、原判決は、その余の上告理由について判断するまでもなく、破棄を免れない。
3 そして、以上に説示したところによると、被上告人の請求は理由がなく、これを棄却すべきであり、これと同旨の第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金谷利廣 裁判官千種秀夫 裁判官元原利文 裁判官奥田昌道)
上告代理人梅本弘、同片井輝夫、同池田佳史、同川村和久、同池野由香里の上告理由
第一 詐欺罪について<省略>
第二 公訴時効について
一 原審は、民訴法七七四条二項第六が、民訴法四二〇条二項を準用されると解しつつ、詐欺罪について、公訴時効期間が経過していて有罪の確定判決を得ることはできないというほかないとしつつ、「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」に該当するとして、同法同条同項の要件も充足しているというべきである、と判断しているが、この点についての原審の判断は、経験則に明らかに反する事実認定を含むのみならず、民訴法七七四条二項第六及び民訴法四二〇条二項の解釈を誤っている。
以下、理由を述べる。
二 つまり、公訴時効が成立する以前に、被上告人はその主張するところの詐欺行為を認識するにいたっているのである。従って、被上告人は、告訴等をすることにより有罪確定判決を得ることができたものである。しかるに、被上告人は、漫然とこれを放置しておきながら、公訴時効であることを理由として同項の適用を免れる旨の主張を行っているが、このような被上告人の主張は、民訴法七七四条二項第六及び民訴法四二〇条二項の趣旨からして許されない。
すなわち、同項の規定は、再審が認められる場合の原則であって、刑事手続きを介することによって厳格な審査を経させて確定判決の安定性を保っているものである。ただ、その原則を貫くことが当事者にとって酷な場合もあることから、再審事由があることを知った時に公訴時効等により有罪の確定判決を得られない場合には、有罪判決を得られたことを証明した場合に限り、例外的に同項の適用を免れるものとしているのである。
しかるに、本件においては、被上告人が本件除権判決の存在を知ったときには被上告人主張の詐欺罪については、未だ公訴時効期間は経過していないにもかかわらず、被上告人は小泉を告訴すれば、信託金の返還を受けることに関して得策でないと判断して、小泉を告訴しておらずそれにより、公訴期間が経過したものである。
これらの事実関係に照らせば、民訴法四二〇条二項所定の証拠欠缺外の理由により、有罪の確定判決を得ることができなかったということもできない(第一審判決同旨)。
三 なお、原審は、この点につき、和解勧試等に時日を要するなどした第一審における審理の状況や、被上告人が上告人補助参加人を相手として新株券の引渡を求めた別件訴訟の判決が確定した日時から公訴時効完成までは三箇月しかなく、その間に告訴をして有罪判決を取得することが困難であったと思われることに照らすときは、前記要件を欠くとして訴えが不適法却下されないうちに公訴時効期間が経過した本件においては、詐欺につき有罪判決を得ることが可能であったと認めるに足りる証拠が存在する以上、告訴がなされなかったからといって、前記判断が左右されるものではない、と判示する。
しかし、そもそも、甲一ないし二二号証及び被上告人本人の尋問調書があるのみで、詐欺につき有罪判決を得ることが可能であったとする原審の判断は経験則に明らかに反し、誤っている。
また、有罪判決を得なくとも、公訴提起によって時効の進行は停止するのであるし(刑訴法二五四条一項)、告訴を行ったからといって、小泉からの信託金の返還が不利になるとは必ずしも言えないのであるから、被上告人としてはせめて告訴を行って検察官の公訴提起を促すべきであった。
それにも関わらず、被上告人は、自己の判断で告訴を差し控え、その結果、漫然と公訴時効を成立させたのである。
このような場合に、「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決ヲ得ルコト能ハサルトキ」に該当するとすれば、再審事由を主張する者が、刑事訴訟法における証拠に関する厳格さ等からして、その訴訟条件としての有罪判決を得ることができるのかについて不安を有する場合には、告訴を差し控えて再審の裁判において有罪の主張をするほうが有利な結果をもたらすことになってしまう。
これでは、再審が認められる場合を、刑事手続きを介した場合に限定して確定判決の安定性を保っている民訴法七七四条二項第六及び民訴法四二〇条二項の趣旨が没却されてしまうのであって、この点に関する原審の判断は法令に照らして誤っており、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
第三 結論<省略>
上告補助参加代理人岡本浩、同道本素平の上告理由<以下省略>