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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)176号 判決 2001年9月25日

上告人

宋慶華

同訴訟代理人弁護士

村田敏

伊藤重勝

山田正記

田中裕之

近藤義德

芹澤眞澄

小山達也

被上告人

中野区福祉事務所長

本橋一夫

同指定代理人

伊藤大輔

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人村田敏、同伊藤重勝、同山田正file_11.jpg、同田中裕之、同近藤義德、同芹澤眞澄の上告理由のうち違憲及び生活保護法違反をいう部分について

本件は、本邦に在留する外国人で、在留期間の更新又は変更を受けないで在留期間を経過して本邦に残留する者(以下「不法残留者」という。)である上告人が、交通事故に遭遇して傷害を負い、生活保護法による保護の開始を申請したが、被上告人により却下処分を受けたので、その取消しを請求する事案である。

論旨は、憲法二五条が、不法残留者を含む在留外国人に対しても緊急医療を受ける権利を直接保障しており、生活保護法は少なくともその限度で在留外国人を保護の対象としていると解すべきであるのに、原判決がこれを否定したのは、憲法二五条、一四条一項及び生活保護法の解釈適用を誤ったものである、というにある。

しかしながら、生活保護法が不法残留者を保護の対象とするものではないことは、その規定及び趣旨に照らし明らかというべきである。そして、憲法二五条については、同条一項は国が個々の国民に対して具体的、現実的に義務を有することを規定したものではなく、同条二項によって国の責務であるとされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により個々の国民の具体的、現実的な生活権が設定充実されていくものであって、同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は立法府の広い裁量にゆだねられていると解すべきところ、不法残留者を保護の対象に含めるかどうかが立法府の裁量の範囲に属することは明らかというべきである。不法残留者が緊急に治療を要する場合についても、この理が当てはまるのであって、立法府は、医師法一九条一項の規定があること等を考慮して生活保護法上の保護の対象とするかどうかの判断をすることができるものというべきである。したがって、同法が不法残留者を保護の対象としていないことは、憲法二五条に違反しないと解するのが相当である。また、生活保護法が不法残留者を保護の対象としないことは何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いには当たらないから、憲法一四条一項に違反しないというべきである。以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日判決・民集三六巻七号一二三五頁、最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁、最高裁昭和三七年(あ)第九二七号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五七九頁、最高裁昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁)の趣旨に徴して明らかである。

以上によれば、所論の点に関する原審の判断は是認するに足り、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和五四年条約第六号)並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(同年条約第七号)の各規定並びに国際連合第三回総会の世界人権宣言が、生活保護法に基づく保護の対象に不法残留者が含まれると解すべき根拠とならないとした原審の判断は、是認することができる。また、前示したところによれば、不法残留者を保護の対象としていない生活保護法の規定が所論の上記各国際規約の各規定に違反すると解することはできない。

論旨は、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・奥田昌道、裁判官・千種秀夫、裁判官・金谷利廣、裁判官・濱田邦夫)

上告代理人村田敏、同伊藤重勝、同山田正file_12.jpg、同田中裕之、同近藤義德、同芹澤眞澄の上告理由

上告人の請求を棄却した原判決は、以下に述べるとおり、憲法二五条及び生活保護法一条、二条及び憲法一四条並びに国際人権規約社会権規約二条二項、同九条及び同規約自由権規約二六条等の各法条の解釈適用を誤り、明らかに違憲且つ条約違反、違法であるから、速やかに破棄されるべきである。

以下、その順次要点を挙げて理由を整理しつつ述べることとする。

一 憲法二五条及び生活保護法の違反について。

1 先ず、原判決は、本件申請に係わる当該生活保護法の適用対象を受ける者が、「日本国籍」を保有する者に限られると判示するが、右判示は、憲法二五条の生存権保障及び、これを受けて制定された生活保護法一条、二条等に反し、違憲違法である。

すなわち、右の点については、第一、及び第二審を通じて繰り返し主張してきたとおりなので、重ねて主張することになるが、本件上告人に対して緊急医療付与を認めなかった原判決は、憲法二五条が保障する生きるために最低限必要な治療を受け得る権利である生存権を結論的に認めないという憲法解釈・適用上の誤りを犯したものである。また、生活保護法が、右医療扶助等の受給主体として規定する「すべての国民」ないし「すべて国民」文言に、左でも述べるとおりあらゆる在日外国人を含める解釈は、十分可能であるにも拘らず、これを認めなかった点に於て、違法であるを免れない。

その理由は、右憲法が生存権を保障していることに加えて、わが国が、昭和五四年六月二一日、国際人権規約社会権規約を批准したことに伴って、同規約が国内的効力を有することになったこと、同規約二条二項の差別禁止条項が、右批准と同時に、即効的即時的に国内法に優越する法規(乃至少くも同一の効力を有する法規)として、法的拘束力を有するようになったことにある。

したがって、生活保護法上の「すべて国民」なる文言は、右差別禁止条項により、全ての日本滞在の外国人をも含めた「国民」へ読み換えられなければならないと解釈すべきである。敢えて、法改正を行うまでもなく、右同条項の適用ないし拡張解釈により生活保護の対象に外国人を加えることは、十分に可能な解釈なのである。

生活保護法の適用対象を「日本国籍」保有者に限定する原判決は、確立された各種国際社会保障法の内外人平等原則に悖る。

2 次に、原判決は、在留外国人の処遇について、「特別の条約」が存しない限り、国は、「政治的判断」によって、決定できると判示する。

しかし、既に述べてきたように、わが国が批准した社会権規約九条、二条二項、自由権規約二六条の規定する平等保障条項等は右「特別の条約」に該ることは明らかである。

また、緊急医療は、人間存在を前提に、国籍の如何を問わず、生存に必要不可欠な措置である以上、「政治的判断」によって左右されるべきではない。生活保護法という具体的立法がなされている以上、右同法の解釈適用によって、可能な緊急医療を付与すべきであり、これは積極的な適用が要求されているという意味で「法的判断」の対象に含めるべきであり、政治的な判断に委ねられているとする所論は、許されず違法である。

3 さらに、原判決は、限られた財源の下での給付を行うに当たり自国民を在留外国人よりも優先的に扱うことも憲法上許されると判示する。

しかし、この点も、既に述べたように、人権の不偏性・世界性人間価値の至高性、民主主義の原理を前提に、財源問題は、一般的に法の適用に伴う副次的結果論に過ぎない。財源が無いと言うことは、国の怠慢と単なる言い逃れにしか過ぎないことは、既に指摘したような国家財政の無駄使いや、政府開発援助に名を借りた税金のバラ撒き行為より明らかである。また、数億単位の巨額な金員が、地方公共団体等の接待費として、使途不明のまま消えて行くのに、緊急医療付与という特定目的の為で、右より遥かに少ない財源が確保できないなどということは、どう考えても納得できるものではない。

したがって、財源に理由がないとして、行政府の差別的判断に盲目的に追随し、違憲判断を示さない消極的判断の右判決には、何ら合理的理由もなく誤った解釈根拠に立っているというべきである。

4 その上、原判決は、立法措置の選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられていると判示する。

(一) しかし、この点も既に本件第一審及び第二審でも詳述したところであるが、生活保護法の「すべて国民」文言が、国際人権両規約の批准により、外国人を含むようになったと読み取りして解釈すべきであり、立法上改正措置の手当ては必要ない。

さらに、原判決は、社会権規約の拘束力から、「(同法の法改正を行うまでもなく)、同法の適用対象が外国人をも含める趣旨に変更されたと解することができない」と判示し、立法上の改正措置が必要であるかのようである。

しかし、緊急医療の付与については、右のとおり、人権保障を実現する見地より、内外人平等待遇規範の即効的効力及び即時的達成を認め、生活保護法の適用ないし、少くとも準用、類推解釈適用により、直ちに実施されなければならない。

なお、国民年金法の国籍条項は、既に古く一九八二年一月一日以降削除され、外国人も国民年金の被保険者となっているのである。

原判決は、憲法や右各条約の実効性を顧みず、行政の立場に無批判的に追随し、社会権及び自由権規約を無内容たらしめようとするものであり、生存権という人間の基本的価値に関わる人権について、内外人を差別するものである。緊急医療を受ける権利を意味する生存権の実現は、何より絶対的に差別なく取り扱われることが大切で、無差別取扱を「斬進的」に行えばよいというのであれば、誤りである。「即効的」に実現されなければならない。

したがって、法と条約では形式を異にするが、法秩序の全体的統一性、有機性そして同じ国法であり、後法優位の原則から考えてみても生活保護法が規定する「国民」の中には、右社会権規約自由権規約の批准によって、同法の改正を行うまでもなく、当然に全在日外国人も含まれるようになったものと解すべきである。

上告人は、緊急医療付与は、右社会権規約二条二項、九条の解釈を通して、現生活保護法の解釈適用により直接付与されるべきであると解するが、この点、基本的人権は、「人」がいるところから始まるとする国際法学者(横田洋三・東京大学法学部教授)の別紙意見が注目される(「自由と正義」日弁連発行一九九七年四八巻五月号)。

右の当該部分を引用すると、「日本では、まず日本の領域を支配している日本の政府があって、そのなかに日本国民とそうでない人がいて、そうでない人は日本の領域のなかに一時的・例外的にいるというとらえ方をしている。ですから、まず国民の人権があって、それをどこまで国民以外の者にも広げられるかという議論になるわけです。ところが、国連の人権文言には国籍に関する規約はありませんけれども、すべての規約は、すべての人に対して人権が認められるというとらえ方になっています」(四〇頁)とされて、国際社会に於ける人権の捉え方が、「国民」とか「国籍」ではなく、まず「人」から出発するアプローチを採用すべきであると言われる。

また、「一九四五年に国連ができて以降、国連の場では、従来の国際法の、「国家の権利義務のなかでの個人の権利義務」という問題の整理の仕方では対応できない、ということが実績として積み重ねられてきて、そのなかで、いろいろな人権宣言や人権条約が起草されてきているという動きがあるわけです。ところが、日本のいまの裁判官の方々は、おそらく、そういう国連の場での動きはあまりご存じないなかで、古い枠組みのなかで問題を整理してしまっている。そこで、日本の裁判所では個人が取り残されてしまう」とも言われる(四二頁)。このことは、日本の裁判所では、本件上告人を含めた外国人が、「国家」に組み込まれず、緊急医療の付与も拒否され、裁判所から取り残されてしまっている現状を意味する。

さらに、「人権というのは、日本が考える人権だけが人権ではなくて、まさに世界の人たちと共有できる人権でなければおかしいわけです。しかも、自己完結的な日本の法体系のなかにも、しばしば外国人が入ってきたり、日本人が外へ出て行くというかたちでの交流があるわけです。その交流の度合いも最近は非常に頻繁になってきていることを考えると、日本の法制度を国際社会のなかに位置づけ、維持していくためには、日本だけが孤立しているのではなく、日本も国際社会の一員として、自律性のなかで国際社会の動きとどのように調和させる努力をするか。これがいま日本に課せられている課題ではないかと思います」(四六頁)とも言われる。これは、上告人がこれまで主張してきた人権の国際化の点を、国際人権保障の観点から取り上げるものであって、日本の裁判所も、国際人権保障の役割を果たすために、国際的な動きを積極的に取り入れるべきであると主張するものである。二一世紀に向けられた、わが国裁判所のあるべき姿を志向する意見と言えよう。

その上、「日本は戦後、人権という立場からいったら、当時としてはかなり理想的な憲法を持ったわけです。だからこそ逆に、もうこれ以上何もしなくてもいい、この立派な憲法を解釈・適用していればいい、という自己満足の世界にひたってしまった感じがあります。一方、国連は遅くから始まったわけで、その初期のころは、一般抽象的に「人権と基本的自由」と言っていたのが、どんどん議論が進んで、人々の生活スタイルが変わり、人の移動の状況が変わるのに応じて、新しい人権の問題にどんどん取り組んで、積極的に宣言や条約案や意見を出してきています。そのダイナミックさに比べると、日本は最初によいものを持ちすぎた結果、それに甘えている感じがあります。」(六〇頁)とも言われ人の移動に応じて生じる新しい人権問題に対応する為、日本国憲法もダイナミックに解釈すべきであるとされる。

基本的人権は、ただ人間であるということだけで保障されるものであり、「国籍」による差別の障害を設けることは、右基本的人権の本質に明らかに矛盾する。右基本的人権は日本国憲法だけではなく、国際人権規約等の国際条約によっても保障されるものである以上、わが国は、立法、行政、司法及び地方公共団体等の諸機関が、一丸となって、右国際条約を誠実に履践しなければならない。

したがって、このような意見も踏まえながら、国際条約の現実的実効性を実現するためにも、生活保護法の「すべて国民」には当然に合法、不法を問わずすべての在留外国人も含めて解釈しなければならない。これを、立法府の広い裁量に委ねてしまうことは、人間の存在や生存自体を無視するものであって、憲法上も国際条約上も違憲、違法であると言うべきである。

尚、右の意見に挙げられた例(四四頁)で述べられているが、生存権との絡みで、例えば、外国人受刑者には生存権保障が及ばないから、食事を与えなくてもよいとか、日本人受刑者よりも粗末な食事でも許されるということはないとされる。受刑者である以上、国籍の如何を問わず、わが国の国家的権力作用に平等に服し同じ食事が与えられているのである。このことは、国家の支配権に服する者は、衣食住や医療面では、一般的待遇ではなく低い待遇となるのはやむを得ない場合があるとしても、最低限度の必要な待遇に於ては絶対に差別されてはならないのである。このように、右のような最低限度の水準の緊急医療を受ける権利、待遇については、すべて、同じに取り扱われなければならず、国籍は勿論のこと、外国人の在留資格の有無や地位による区別的取扱いを一切設けるべきでない。

(二) また、言うまでもなく、基本的人権は、憲法によって保障されるものである。仮に、文言上、外観上、法律によって保障されているとみられる場合があるにしろ、それは、憲法上の何らかの人権保障を確認する場合に過ぎないと解すべきである。

しかるに、立法(措置)がないと簡単に判断して国会に、広い立法裁量を認める原判決は、右の憲法保障を、単なる立法保障に低下させ、さらに、現行生活保護法が存在しているのに、立法の不存在を軽々に追認することで、憲法保障を結果的に回避したことになる。

まして、緊急医療を受ける権利が、自由権の前提主体たる人間存在を確保する必要最低限の要請である以上、右の付与は、憲法上(尚、社会権規約上の保障について後述する。)直接保障されるものであり、これを単なる立法措置の選択決定として、立法府の広い裁量に委ねるべきではない。経済先進国たるわが国の立法府には、人間の生存と価値を中核とする人権保障の要請及び、国際社会の内外人平等待遇の原則を実施するための諸条約の蓄積の動向や国際貢献すべき大きな役割が課せられているというべきである。本来的には、わが国の立法府は、日本国の責務等の幅広い視野と要請に立脚して、人権保障を実現する見地より立法しなければならない義務が課せられているというべきである。

(三) よって、立法措置の選択を広く立法府の裁量に委ねてしまう右原判決は、いわゆる悪しき司法消極主義を踏襲するもので、生存権保障の実効性を失わせ、最高法規たる憲法の人権保障を座視するものであるから、右同条に違反し、違憲である。

5 しかも、原判決は、生活保護法の適用等を在留外国人に認めなくても、著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるをえないような立法措置であるとはいえないと判示する。

しかし、右違憲審査基準については、これまで既に詳述したように、本来採用すべきでない違憲審査基準を採用した点で、法令の解釈適用の誤りがあり、違法である。

要約すれば、生存権に含まれる各種の権利中、少くも前述の緊急医療を受ける権利だけは、その性質上、全ての人権確保の根底をなすもので、必要不可欠なものである。そして、表現の自由に優越的地位が認められるのと同様に、生存権保障もまた優越的な地位(または極めてそれに近い地位)が認められなければならない。

そうであれば、右緊急医療受給権を意味する生存権保障の趣旨に沿う立法がなされているか否かについては、憲法、国際人権規約、各種の社会保障条約(および法)その他の人権保護条約が要請する内外人平等の原則、個人の尊厳の保障、国際協調主義、世界人権宣言以後の人権保護条約に係る国際社会意識の高まりやその動向、また、合法、違法を問わず国内に於ける移住労働者の占める人口の安定的増加及び彼らの(不合法就労の外国人も含め)日本の国民総生産・国家所得増加への一定継続的な経済貢献、また合法不法であろうと全ての在日外国人は、就労による所得税・住民税・消費税その他を法的義務として現実に納付していることそして生存権保障の基本的価値と必要性及び緊急性等を総合的に考慮して人権保障の観点から、当該立法措置(ないし不措置)の適否について、より厳格に審査しなければならないと解する。

したがって、「生活保護法について、同法の適用を在留外国人に認めないことが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用とみざるをえないような立法措置であるとまでいえない」と判示した原判決は、緩やかな審査基準を採用することによって、元々裁判所に負託された司法機関としての憲法判断の任務を放棄したものと言わざるを得ない。

正に、生存権の中でも、生きる命を救う為の緊急医療を受ける権利という最優先すべき特別の性質の人権保障の有無に関し違憲審査基準が争われている本件に於ては、裁判所としては、右の諸理由から厳格な審査基準を採用して、本件医療措置の不給付は違憲となる判断をしなければならず、右審査基準を採用しなかった原判決には、本来採用すべきでない違憲審査基準を採用した点で法令の解釈適用に明らかな誤りが認められ違法である。

二 次に、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな国際人権規約社会権規約二条二項(条約)及び憲法一四条一項の各解釈に誤りがある。すなわち、原判決は、

1 法的取扱いに区別を設けても、「その区別が合理性を有する限り」、法の下の平等に違反するものでないと判示する。

しかし、これまで詳述したとおり、そもそも本件では、誰にでも付与しなければならない緊急医療を付与しないという措置や判断が許されない差別であり、右の差別は、右社会権規約二条二項等に違反する。

すなわち、既に詳述したが、原判決は、社会権規約二条二項が即効的性質を有していることを看過している。右同条の原文は、

The States Parties to the present Convenant undertake to guarantee that the rights enunciated in the present Covenant will be exercised without discrimination of any kind as to race, colour, sex, language, reli-gion, political or other openion, national or social origin, property, birth or other status.と規定している。ここに、「undertake to guarantee that the rights enunciated in the present Covenant will be exercised without discrimination of any kind」とある部分を直訳すると、「(締結国は)この集会者によって、明確に表現された諸権利が、いかなる種類の差別もなく実行されることを保障する任務を引き受ける。」という意味になるが、この「under-take to guarantee」という言葉からも判るように、各締約国は同条項が禁止した差別条項を、「確実に履践することを引き受けた」と読むべきである。

また、国際人権規約自由権規約二六条の原文は、

All persons are equal before the law and are entitled without any discrim-ination to the equal protection of the law. In this respect, the law shall prohibit any discrimination and guarantee to all persons equal and effective protection against discrimi-nation on any ground such as race, colour, sex, language, religion, politi-cal or other opinion, national origin, property, birth or other status.と規定している。ここに、「All persons are equal before the law and are entitled without any discrimination to the equal protection of the law.」とある部分を直訳すると、「すべての人々は、法の前に平等であり、どんな差別もなしに、法の平等な保護に対する権利がある」という意味になるが、続く「the law shall prohibit any discrimination and guarantee to all persons equal」(法はいかなる差別も禁止し、全ての人の平等を保障する)と共に考えれば、「あらゆる人に対する差別が禁止されている」と解釈すべきである。しかも、右規約には、いわゆる自動執行力も認められるのである。

わが国は、右各条約に批准した以上、右社会権規約及び自由権規約の差別禁止原則の確実な履践を引き受けたというべきであり右履践は、即時的に実現されなければならない。

尚、右即効的効力は、社会権規約委員会によっても確認されている(宮崎繁樹編著「解説・国際人権規約」三一頁・一九九六年日本評論社)。そして、左記2でも述べるとおり、右履践即ち医療措置の最低限の実施が、本件上告人のような不法残留者の外国人にも平等に為されなければならないのであり、この点に於て差別する合理的理由は一切認められない。

2 次に、緊急医療を付与しないことは、既に述べたように、憲法一四条一項が規定する平等原則に違反する。

一旦生活保護法が制定された以上、日本人と在日の全てのカテゴリーの(不法残留を含めて)外国人とを差別的に取り扱ってはならず、生死の境にある傷病の外国人について医療扶助のための生活保護給付を否定するような限定的解釈と適用(運用)をすることは決して許されない(憲法九八条二項の条約遵守義務の要請である。)。

即ち、右生活保護法の解釈適用に際しては、前述した社会権規約二条二項の無差別原則及び憲法一四条一項の平等原則を、具体的現実的に医療を受ける権利、生命の権利として、実現することが重要である。法文上、単に「国民」と規定されているから、生活保護の対象は日本国民に限られるべきであるという国家主義的自己保身的時代錯誤の解釈では、日々ダイナミックに変動する国際人権保障の大きな流れに反するものであり、かかる人権の国際性に鑑みれば、前述のとおり国内法は必然的な流れとして、常に人権関連の国際人権規約社会権、自由権規約を遵守するためにこれを有意義に解釈し、これを他の法律即ち生活保護法の解釈でも有効に共有し転用しあいながら、具体的積極的に取り込んで解釈適用を施さなければならない。国内法(生活保護法)が、国際法(社会権規約)から乖離したところで自己完結してはならない。

したがって、このような国際人権保障が積み重ねられつつある国際社会の中にあって、現行生活保護法の解釈適用にあたっては何より「人種」、「社会的身分(在留資格の有無やその内容に係わる地位)」如何等による差別を設けるべきではない、という結論に到達せざるを得ない。誰もが同じく人間として平等な生命を有している以上、その生命の価値について、保護されるべき生命とそうでない生命とを区別することは到底不可能だからである。

以上の理由により、原判決のように、本件医療扶助の不給付という区別的取扱い上の差異を認める結論には、一切の合理性を見い出すことはできない。そもそも人の生命や健康維持のための医療(然も、緊急医療である)を受ける権利の給付は、差別することが絶対に許されない。

3 右本件のように不法滞在の在日外国人に対しては、生活保護法による医療扶助を付与しないという別取扱いは、右外国人が、憲法一四条一項後段の差別禁止対象である「人種」ないし「社会的身分」に該当し、本来違憲の推定を受けるものであるから、裁判所では、右違憲の推定を覆すに足りる納得し得る根拠を判示すべきであるところ、原判決は、何ら合理性担保の具体的理由を述べることもなく、単に「合理性」の基準を唯、挙げたに過ぎないようである。

しかし、上告人に対する不利益な本件却下処分が、差別に該当するかどうかは、単なる「合理性の基準」ではなく(但し、もとより原判決には、当該区別に説得力と十分な合理性が全く見られないことを御考慮頂きたい。)、より「厳格」な合理性の基準によって、厳しく具体的に検証の上、審査されなければならない。

しかるに、原判決は、本件上告人が、無資格在留の外国人であることを理由に、在日外国人に対する生活保護法不適用(ないし不準用)を肯定し、日本に於て緊急医療措置のための扶助を内容とする生活保護受給権を認めなかったのであるから、「人権」ないし「社会的身分」による差別であり、これは、前述のとおり、違憲且つ、前記各国際人権規約条約条項にそれぞれ違反するものである。

三 世界人権宣言の拘束力について

さらに、原判決は、世界人権宣言は、加盟国に対して、法的拘束力を有するものではないと判示する。

しかし、既に述べたように、世界人権宣言は、人類社会を、国家を超えた一つの社会として、その構成員である一人一人の人権が「固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利」を有することを承認した。そして、社会の各個人や各機関が、世界人権宣言を常に念頭に置いて、加盟国の人間に限らず、加盟国の管轄下にある他国の人間も、「権利と自由との尊厳を指導及び教育によって促進すること」に努力すべきものとした。

世界人権宣言の崇高な理想は、その実現に向けて、「すべての人民とすべての国」に求められるものである以上、原判決が判示するような単なる「努力基準」であったり、「法的拘束力」を全く何も有しないものではない。各国家や個々人が進むべき具体的行動指針、右理想の実現に向けて動く現実的な法律及び条約解釈指針、あるいは、立法(ないし行政)裁量の各基準となり、またその範囲規定する役割を果たすものである。

したがって、右世界人権宣言が、法的拘束力を有せず、具体的な裁判規範ではないとする原判決は、右世界人権宣言の法的意義を捻じ曲げるものに外ならない。

四 結論

以上述べてきたように、原判決は、憲法二五条の生存権保障及び生活保護法、並びに憲法一四条一項の平等原則及び国際人権規約自由権規約二六条、国際人権規約社会権規約二条二の無差別原則、同九条の社会保障条項の各規定の各解釈適用を誤り、以てこれらに違反し、各々違憲違法及び条約違反を犯すものである。さらに、本件上告人に、緊急医療を付与しないことは、一般的法原則である正義公平の法理からも許されず、到底違法であることを免れない。

よって、原判決は、速やかに破棄されるべきである。

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