大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)47号 判決 1998年11月10日

上告人

海南市

右代表者市長

石田真敏

右訴訟代理人弁護士

楠見宗弘

中迫広

泉谷恭史

岡田栄治

金原徹雄

被上告人

和歌山市

右代表者市長

尾崎吉弘

右訴訟代理人弁護士

山本光彌

大川真郎

福田泰明

森薫満

関内壮一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人楠見宗弘、同中迫広、同泉谷恭史、同岡田栄治、同金原徹雄の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本件境界は第一審判決別紙図面一のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ及びルの各点を順次直線で結んだ線であることを確定するとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない(なお、公有水面のみに係る市町村の境界に関し争論があるときにも、地方自治法九条の規定が適用され、関係市町村は、同条一項の規定による申請をした日から九〇日以内に同項の規定による調停に付されないときは、同条九項後段に基づき、裁判所に市町村の境界の確定の訴えを提起することができるものと解すべきである。)。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 尾崎行信 元原利文 金谷利廣)

【上告理由】

原判決には以下に詳述するように判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背、理由不備、理由齟齬、判例違反、審理不尽の違法があり破棄されるべきである。

第一 境界確定の基準について

原判決には以下に述べるとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな理由不備及び判例違反の違法がある。

一 原判決は一審判決をそのまま踏襲してその理由付けとして等距離線主義を採用している。

すなわち「本件のように公有水面のみの境界線を確定する場合には、当該公有水面に近接して接続する陸地の地先は当該陸地の区域にできるだけ含ましめること、すなわち地先の尊重ということが考慮すべき重要な要素であるといえる。そして、右地先の尊重という観点からすれば、公有水面上のある一点をいずれの区域に属させるかを決定するには、その点がいずれの区域の陸地に近いかを判断し、より近い方の陸地の区域に所属するとして確定するのが最も衡平妥当な考え方であるというべきであり、右考え方に基づき境界を決定するのが等距離線主義、すなわちその線上のどの点においても、その点から両市町村の水際線上の最も近くにある点への距離が等しいような線を境界とする考え方である。」

二 しかしながら「境界確定に当り、法定権者は全く事由に判断できるとするのも、正当でない。」(塩野宏著『国と地方公共団体』三〇三頁、有斐閣刊)また、「常にどうしてそのような境界線を定めるかについての理由付けは、合理的になされなければならず、それがなされなければ理由不備として常に上告理由になると解する。」(前掲書三〇四頁、村松・注(12)法曹時報九巻三号二五七頁)と指摘されているような境界確定に当たってはその理由付けは、合理的でなければならず、それが合理的でないときは理由不備として常に上告理由となり破棄されるべきものである。

すなわち、以下のとおり当該係争地に等距離線主義を採用することは本件境界確定に際して合理的理由付けとはなりえない。

1 公有水面の境界確定の基準としては種々の主義が論じられており、等距離線主義も数ある主義のひとつにすぎない。すなわち。市町村間の境界確定(公有水面も含め)には「一般に通じる一義的な基準乃至主義が法的に存在するとはいえないように思われる」(『境界紛争とその解決』地方自治協会刊七一頁)、また、「裁判所は、沿革、自然的条件、従前の事務処理の実情、を挙げるほか『市町村の区域は、その変動の如何はただちに当該地域の住民の福祉に影響するところが多いから、その区域の変動を招来する如き境界の裁定ないし確定にあたっては、一方においては行政権行使の便宜の点から、他面住民の社会、経済上の便益の点を勘案して総合的な展望的な見地からする資料をも加味して決定されなければならない』としている。これも、基準が一義的に存在するというよりは、考慮すべき事情が複数あることを示した判断として理解するのが妥当であろう。」(塩野宏著『国と地方公共団体』三〇四頁)

昭和六一年五月二九日の最高裁判所判決も、境界の確定につき法定の措置がとられていない場合において、江戸時代におけるおおよその区分線をも知り得ない場合には、「当該係争地域の歴史的沿革に加え、明治以降における関係市町村の行政権行使の実情、国または都道府県の行政機関の管轄、住民の社会・経済上の便益、地勢上の特性等の自然的条件・地積等の諸般の事情を考慮のうえ、もっとも衡平妥当な線を見いだしてこれを境界と定めるのが相当である」と開示している。

すなわち市町村間の境界確定の基準は一義的には存在せず、種々の事がらを考慮して、「もっとも衡平妥当な線」を見いだしてこれを境界と定められるべきものであるとしている。

2 しかしながら、原判決及び一審判決は、あたかも等距離線主義が至上のものであるかの如く判示するが、「等距離線は対岸市町村との間の線(向かい線)を引くのには適するが、隣接市町村との間の線(隣り線)を引くのには適しない場合がある。」ことが指摘されている。(甲第七三号証六五頁、『現代行政法大系8』所収の加藤栄一「地方公共団体の区域」)

また、国際司法裁判所におけるオランダ、デンマーク及び西ドイツ(当時)の間で争われた北海大陸棚事件は、等距離線主義の適用が、隣接する国の沿岸の地形により著しく不均衡を生ずることから争いとなったものである。すなわち、「等距離の原則を機械的に適用すると沿岸の地形如何によって大陸棚の画定、配分はある国にとって有利となり、他の国には不利となる。その沿岸が地形的に凸状をなしている国は境界線が外側に末広形となって、その大陸棚は増大し、反対に、その沿革が凹状をなしている国は境界線が内側にちぢまり、大陸棚は減少することになるからである。」(甲第七四号証二三頁・『一橋論叢六五巻五号』所収の皆川洸「大陸棚の境界確定―北海大陸棚事件の判決」)。このように北海大陸棚事件については、かかる沿岸の地形に対し、等距離線主義を適用することは著しい不均衡を生ずることが指摘されているのである。

ところで、上告人の地形も、海岸線が黒江湾によって大きく内陸に食い込む形をなしており、沿岸は凹状をなしている。これに対し、被上告人は、上告人との陸上境界の海岸に至る部分で、船尾山脈の尾根筋から大きく南西方向へ下り、黒江湾のごく一部だけが凸状で突出している。他方、上告人に隣接する訴外下津町も内陸部から海に向けて大きく凸状をなしている。このような湾状の地形の特殊性があるにもかかわらず、原判決及び一審判決が、等距離線を最も衡平妥当な考え方であるとしているのは、極めて不合理という他はない。

原判決の認定した境界によれば、上告人の玄関先であり、かつ、上告人の西方への出口に位置するマリーナシティ埋立地が被上告人の区域となり、上告人は西方への出口を閉ざされるという著しく不衡平な結果となる。このことは、上告人と被上告人の陸上の区域、黒江湾及びマリーナシティ埋立地の位置を示した別紙6を見れば、一目瞭然である。

3 また、原判決は「右認定、説示の経緯に照らすと、本件における公有水面の境界については、歴史的経緯、従来の行政権行使の実状等特別の事情を勘案しつつ、右等距離線主義に基づいて確定するのが相当であると解する。」と判示する。

しかしながら、「特別の事情」を勘案してというが、旧第二工区埋立地は、昭和四六年三月、地方自治法第九条の五、第二六〇条の手続きによって、法律上、上告人の区域であることが確定していたのであるから、なんら「特別の事情」を勘案したことにはならない。

そして、原判決はその他の要素をすべて切り捨てていることもさることながら、本来的にいえば機械的に作図される等距離線主義と歴史的経緯、従来の行政権行使の実情等の諸事情の勘案とは相容れないものである。

原判決はかかる矛盾を等閑視して安直に等距離線主義を採用してこと足れりとしているのであり、合理的理由付けを欠き、明らかに理由不備の違法がある。

4 一審判決、原判決はかかる理由不備の違法を侵しているのであるが、等距離線主義を採用した場合の不合理性については、別紙図面7を見ればより一層明白である。このことは、控訴人第一準備書面第一、一、3、(三)で主張したところであるが、更に、上告人は実際の実例で右不合理性を明らかにする次第である。

すなわち別紙図面<1>乃至<5>のとおり、等距離線主義を採用した場合、別紙図面<1>では高石市が、別紙図面<2>では名古屋市が、別紙図面<3>では湯浅町、広川町が、別紙図面<4>では田辺市が各々まったく海上への道が塞がれてしまうことになり、また、別紙図面<5>で明らかなように上告人も海上への道がふさがれてしまうことになる(黄色線が等距離線主義を採用した場合の境界線であり、橙色は陸上境界線である。別紙図面<1>、<2>の橙色の境界線は等距離線主義を採用せず橙色の線ですでに確定した境界確定の事例である)。

一審判決、原判決の理由不備もさることながら、右に述べたとおり、実際の事例においても等距離線主義を採用した場合の不合理性は単純明快に理解できるところである。

三 昭和六一年最高裁判決は境界確定の基準として「地勢上の特性など自然的条件」を考慮すべきことをあげているが、すでに詳述しているとおり、原判決は湾状の地形という「地勢上の特殊性」をまったく無視し、機械的に等距離線主義を適用したものであって、原判決には前記最高裁判決に違反する判例違反がある。

四 仮に一審判決、原判決が維持され、上告人と被上告人のように湾状の地形で隣接する市町村において、等距離線主義が境界確定の基準として一般的に妥当であるとされた場合、特に最高裁判所の判例としてその規範性に着眼するならば、全国的にその混乱ははかりしれないものがある。

第二 境界確定の基礎となる水際線について

原判決には以下のとおり、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一 一審判決及びこれを引用する原判決は、境界確定の基礎となる水際線について、「旧第二工区の帰属が争われ、本件公有水面上の境界の争論が発生した時点」すなわち、「旧第二工区埋立前の水際線を基礎」とすべきであるとしている(一審判決一一一丁裏)。

二 しかしながら、旧第二工区埋立地は、上告人と被上告人との間で、右埋立地が上告人の区域に所属するものであることを確認したうえ、地方自治法第九条の五、第二六〇条の手続きによって、昭和四六年三月、法律上適法に上告人の区域に所属していることが確認されているのである。

したがって、現在訴訟となっているマリーナシティ埋立地及びその周辺水域における上告人・被上告人間の境界の確定に当たっては、すでに地方自治法上帰属の確定している旧第二工区埋立地の水際線を含む黒江湾の水際線を基礎とすべきである。

三 右に述べたことから明らかなように、一審判決及び原判決は、本件訴訟で争いとなっているマリーナシティ埋立地及びその周辺水域の境界確定につき、基礎とすべき水際線を誤っており、これは地方自治法第九条の五、第二六〇条に違反し、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背である。

第三 原判決が認めた境界線について

原判決には以下のとおり、判決に影響を及ぼすべき、理由不備、理由齟齬、審理不尽の違法がある。

一 原判決は、「本件境界は、原被告間の陸上境界線と水際線との交点を基点とし、等距離線主義によって導かれる線を基本として、旧第二工区内に係る部分を旧第二工区の北側及び西側の水際線と修正した線と確定するのが相当であるところ、証拠(乙一〇、五五、六四、六五の1、2、六六、証人津田)及び弁論の全趣旨によると、控訴人と被控訴人との陸上境界線は、温山荘の北西側にある被控訴人の市有道路(琴ノ浦一号線)と温山荘の敷地が接する線の延長線上であると認められるから、基点は、右延長線が水際線と交わる点、すなわち図面一のイ点であり、これを基点として、等距離線主義にしたがって導かれた線は、同図面ロ、ハ、ニ、ヲ、ワ、カ、ヨ、タ、レ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ及びルの各点を順次直線で結ぶ線となるが、旧第二工区内を通過する部分についてはこれを外してその北側及び西側の外周、すなわちニ点からホ点を通ってヘ点を通る直線に修正することになる。その結果、本件境界は、図面一のイ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ及びルの各点を順次直線で結ぶ線であると確定できる」と判示する。

二 しかし、そもそも上告人と被上告人との陸上境界が確定されたという証拠は存在せず、更に原判決のいう延長線は海側ではなく、道路側の護岸の基礎部分に沿う線で、水際線と交わらないことは明らかであり(別紙八、九)、原判決には理由不備、理由齟齬の違法がある。

三 更に、原判決は、「図面一のイ点は、座標変換計算によって算出された緯度、経度をもって表示されているので、なんら特定に欠けることはない」と判示しているが、イ点は、被上告人が、作成年代も沿岸地形も縮尺も異なる三枚の地図を合成して、これをコンピューター処理して当該図面上の点を一方的に基点としているに過ぎず、上告人の主張にもかかわらず、現地での特定が何らなされておらず、原判決には審理不尽の違法がある。

四 上告人は原審において、被上告人主張の境界線が現地でどこに位置するか明らかにするため、三級基準点No.11乃至14(甲第七六号証乃至第八七号証)を用いて被上告人主張のイ、ニ、ヘ点を現地において再現したところ、イ点は護岸下部から南西一・五五メートルの地点で満潮時には水没する点であり(検甲第七号証の一、二)、ニ点は旧第二工区北側県道部分となり、ヘ点は護岸上端の西端から東方一・六六メートルに位置し、いずれも水際線上にない(甲第九六号証)ことが判明し、上告人はこの旨主張した。

これに対し、原判決は、乙第二四号証を引いて、「本件の場合にいう水際線は、春秋の潮位の最高線をいうと解釈されている」としながらも、検甲第七号証の一、二、に何ら触れることなく、「イ点が水際線にないとまでは断定できない」と判示している。

しかしながら、一年のうちで潮位が一番高くなるのは秋(九・一〇月)であることは公知の事実であるところ、検甲第七号証の一、二のとおり平成八年六月一九日時点ですでにイ点は水没している以上、それより潮位の高くなる秋の満潮時にイ点が水没するのは当然のことである。

従って、イ点は原判決のいうように水際線上にはなく、原判決には理由の齟齬があることは明らかである。

五 原判決は、図面一のニ点、ヘ点が水際線上にないことを認めながら、「行政権の行使に著しい支障を及ぼすとは考えられない許容の範囲の誤差である」と認定しているが、ニ点は旧第二工区北側護岸上端から四・六メートル内部に入った県道上にあり、ヘ点は旧第二工区から東方に約一・六メートル内部に入り込んでおり、いずれも旧第二工区の内部に存在している。

しかしながら、そもそも、第一審判決及びこれをうけた原判決は旧第二工区については行政権の実態に鑑み、上告人の領域と判断しているのである。

原判決の結論によれば、ニ、ホ、へ各点を結ぶ線は旧第二工区の内部にあるため、上告人の行政区域に被上告人の行政区域が存在するという矛盾した結果が発生することとなり、更に、ニ点は前記のとおり県道上にあり、原判決の結論を容認することは県道の維持・管理等に関する行政権の行使に重大な影響をもたらすもので、原判決は理由齟齬、審理不尽の違法が存在する。

六 右のように原判決は判決に影響を及ぼす審理不尽、理由不備、理由齟齬の違法を犯しているが、これは原審が上告人の検証の申し立て、鑑定の申し立て、更に上告人及び被上告人の陸上境界の終点についての証人申請のいずれも却下した結果によるものである。

以上

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