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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)73号 判決 1998年10月27日

東京都大田区本羽田三丁目二四番二号

上告人

大幸紙工株式会社

右代表者代表取締役

畝本政明

右訴訟代理人弁護士

物部康雄

東京都大田区蒲田本町二丁目一番二二号

被上告人

蒲田税務署長 長濱敏明

右指定代理人

山岡徳光

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行コ)第七五号法人税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が、平成八年一一月二七日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人物部康雄の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って、若しくは原審で主張しなかった事由に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

(平成九年(行ツ)第七三号 上告人 大幸紙工株式会社)

上告代理人物部康雄の上告理由

第一、本件で問題となる法律解釈の争点

一、本税務事件における、いわゆる法律論としての問題点は次のとおりであり、本上告もこの点に関するものである。

「法人の代表者が個人的に所有する工場を税務目的上当該法人のいわゆる隠れ工場と認定し、外形上当該法人と同工場間でなされている取引を内部取引とみなし得るのは、如何なる要件がそこに具備された場合か。

又、右の場合に、内部取引として経費性を否認された当該法人の隠れ工場に対する支払を、同法人代表者個人に対する賞与の支給と認定し得るのは、如何なる限度においてか。」

二、本件は、税務執行において、税務署が如何なる基準により、少なくとも外形上は別法人格間の取引を、税務目的上同一人格内の内部取引とみなすことが許されるかという法律問題を提起するとともに、税務目的上あるいはそれに対する便宜的な配慮から、一定の場合において別個の法人格を同一人格と認めることが許されるとして、それが代表者個人との取引である場合に、その内部取引として否認された支払そのものを当然の如く代表者個人に対する認定賞与としてそのまま課税することが許されるのかという、税法問題を提起してくれているものである。本件は、かかる判例としての重要性から、判例雑誌にも取り上げられる予定であり、税務行政上も大きな意味を有することとなる事案であることだけは、間違いのないところである。

第二、ほぼ事実関係として争いがないと思われる本事案の概要

簡略に本件事案を説明すると、次のとおりである。

上告人たる大幸紙工(株)は、段ボール箱等の紙製品を製造販売し、その部品としてプラスチック製の提げ手が必要な場合は、それを第三者から購入し、間に合わせていた。そうしたところ、上告会社の代表者畝本は、プラスチックの製造工程を上告会社に取り込むことを同社に提案したが、それに関し社内の合意が得られなかった為、やむなく自らの個人資力によりプラスチック製造工場を設立、以後上告会社はこの畝本の個人工場からプラスチック用品を仕入れることとなった。なお、この工場は、畝本がその自宅の空地に新たにプレハブでその家屋を建て、「三幸化学」なる屋号を付して対外的に事業を行っていたもので、その経理と上告会社の経理に混交は全くなく、その取引条件も従前の第三者との条件と同一であったが、畝本は同工場からの収益について個人としての所得税申告をなしていなかった。又、三幸化学としての数年の営業の後、畝本は上告会社に対し(当時自己の所有にかかると認識していた)同工場を正規に売却している。本課税処分は、その後になされたもの。

第三、控訴審判断の誤りの指摘(明日なる法令の違背、ないし理由齟齬)

一、まず、大幸紙工(株)と三幸化学の一体性について。

1、控訴審は、三幸化学が税務目的上大幸紙工(株)の一部とみなされると判断しているが、何故にそうした結論が導かれるかにつき一切触れていない。

確かに、本件の審判手続当時、上告人が大幸紙工と三幸化学は別人格であるとして、課税金額全額の取消を主張していたのに対し、本件裁判後は、税務目的上は、両者が同一主体として扱われることについては争わない旨を述べているという事実はあるが、それはあくまで、両者を一体とみなす以上、そうした判断に合理性を持たせる税務解釈、端的に言って、否認された支払=認定賞与とはならないという法律解釈がなされることを当然の前提としており、控訴審の如く、かかる点に一顧だにせず両者を一体とみなせるとするのであれば、上告人がそもそもそのような同一論を認めるものではないものであること、弁論の全趣旨からして(上告人の控訴審における平成七年九月一二日付準備書面第一四ページ以下、同一二月二五日付準備書面等参照)、当然、明らかなところである。しかるに、控訴審は、かかる上告人の法律判断としての主張に一顧だにせず、「大幸紙工と三幸化学が一体であることは当事者間に争いがない」が如く思い込んでしまい、本来自らの判断としてなすべきその要件やその効果につての検討を放棄してしまっているのである。

2、控訴審判決の如き法律解釈及び事実認定をなすのであれば、そもそも両者は、税務目的上も、別人格として扱われなければならない。

一定の要件が備わった場合に、法人とその代表者間の商取引が税務目的上否認され得ることは上告人も認めるところである。しかし、控訴審の法律解釈及び事実認定を尊重すれば、逆に、本件大幸紙工(株)と三幸化学は別人格であるとして税務上も取り扱うのが当然となってくる。その根拠となる主な要点のみ、次に記す。

(一) 被上告人自らが、その処分段階での判断として両者を一体とみなす為の重要なファクターと考えていた「三幸化学の売上が大幸紙工に対してのみなされている」との主張を、本裁判に至って撤回し、他にも売上があることを積極的に主張・立証している(禁反言ないし自己矛盾)。

(二) 商取引としては、大幸紙工と三幸化学間の取引条件は、従前の大幸紙工と初心化学とのそれと同一であり、その間に不自然性は全くない。

(三) 三幸化学における経費については(仮に控訴審で認められたものだけを対象として考えてもよいが)、全て正当な三幸化学の売上から支払われており、それにつき大幸紙工の資金との混交は全くない。

(四) 三幸化学は、対外的にその名で取引をし、電話帳広告にもその名で載せており、決して隠れた存在ではなかった。

(五) このような状況の中で、控訴審は、三幸化学なる工場設備が一体税務目的上誰の資産として認識されるべきかにつき、上告人の読解力で判断し得る程には明確にしていないが、本件課税処分の対象期間の終了時になされた代表者による「三幸化学」の資産の大幸紙工への売却譲渡を、税務目的上もそのまま受け入れるが如く判示していることからすれば、三幸化学なる工場資産(取得価格で三、一三五万円)は代表者たる畝本個人の所有であったと判断しているものと思われる。そして、その資金と三幸化学の大幸紙工への売上資金は直接的関係にないとの表現からすれば、工場資産についても大幸紙工と三幸化学間に資金上の混交がなかった旨認定していることとなる。

なお、参考までに指摘すれば、被上告人自身、その処分内容として、少なくとも三幸化学の工場設備中一、一〇〇万円相当の資産を税務目的上大幸紙工の資産とみなしたうえで、同額を畝本個人からの借入金と認定しているのである。控訴審は、このようなことは何の意味もないとするご判断なのであろうか。この点を分かりやすく説明する為、同処分内容を示す通知書のコピーを本書の末尾に添付する。

3、大幸紙工と三幸化学との関係が以上のような状況にありながら、控訴審は、両者が何故に税務目的上一体として扱われるべきかにつき、何らの判断も示していない。しかし、本件の如き事実関係で税務署が法人とその代表者間の取引を内部取引とみなせるのであれば、今後、ほとんど全ての同様の取引が内部取引ということになってしまう。そして、その際に支払認定=認定賞与となるような結果については、他でもない税務署自身が一番困惑するであろうし、原審及び控訴審での余りにも自らに都合のよすぎる判決には、被上告人自身が一番驚いているのではなかろうか。本当は、本件の如き裁判で勝訴するのは被上告人の希望するところではあるまい。

二、以上のように大幸紙工と三幸化学を一体とみつつ、大幸紙工からの三幸化学への支払を当然の如く代表者個人への認定賞与とみなすことは税法上の判断として全くの矛盾がある。

1、何らの取引上の必然性もなく、単に「仮装」したに過ぎない名目の下に法人が代表者個人に金員を支払ったのであれば、その後の具体的な使途を考慮することなく、その時点でその支払を賞与の支給とみなすことができることについては、上告人も異論はない。問題は、本件の如く、仮装や架空でなく、商取引としては実在するが、税務解釈上、それを当該法人の内部取引として支払の経費性を否認されたような場合にも、漫然と右の如き理解で支払否認=認定賞与をなすのは根本的におかしいということである。特に、本件の如く隠れ工場とされた相手方(即ちそれは当該法人である)にとって業務上不可欠の資産取得がなされている場合に、それをしても支払否認=認定賞与と判断するのは、全く不可解というほかはない。

なお、本件において畝本が三幸化学にかかる個人所得につき脱税をなさんとしたことは事実であるが、本来同人の所得税の脱漏により「三幸化学」の法的評価が変わる筈のものではなく、支払否認を即、当然の如く畝本個人の認定賞与とするのは、理解し難い論理の飛躍がある。

2、少なくとも、大幸紙工が三幸化学へ商品仕入代金として支払った金員中、三幸化学がトヨタカから仕入れた代金分等については、法人所得上も認定賞与上も、被上告人も課税金額から控除しているのである。被上告人も、その内部取引と認定している大幸紙工の三幸化学への支払について、その支払の時点で当然には仮空経費ないし畝本個人への認定賞与とはみずに、その資金の使途を追って必要経費と判断しているのである。被上告人及び控訴審が大幸紙工の裏取引と認定する取引についても、それを認定賞与とするには当然にその使途の判断が伴わなければならないのである。

第四、結局、控訴審は、三幸化学を大幸紙工の裏工場と認定する一方で、畝本個人の認定賞与の判断においては両者にかかわる取引については両者が別人格であるとして形式的に厳格に解釈し、その論旨が右の裏工場なる認定との間に矛盾があることに全く気付いていない(末尾の通知書参照)。

一、前記した如き上告人の主張内容を、控訴審はその判決理由中で次のとおり要約し記載しているので、まずその文章を指摘する。

「被控訴人は「三幸化学」の本件事業を大幸紙工の一部と認定しているのであるから、そうだとすると、大幸紙工から「三幸化学」に仕入代金の支払がなされても、当然にはこれが大幸紙工の社外に流出することはなく、依然として大幸紙工の資産たる性格を失わないはずである。したがって、右代金中、畝本個人が実際に消費したと認められる部分かあるいは使途が不明な部分(具体的には、支払額から経費を控除した残額から更に前記機械設備購入費及び原審で主張した貸付金に供された金額並びに貸金庫中の残存現金を控除した金額)についてのみ、畝本に実質的に賞与として支給されたと判断される場合があり得るに過ぎない。ところが、被控訴人は、結局のところ、「三幸化学」の本件事業に係る資金を畝本が支配管理していたことだけを根拠として本件の認定賞与の判断をしているのであって、到底正当な判断ということはできない(大幸紙工から「三幸化学」に支払われた仕入代金は、畝本個人がこれを支配していたとしても、せいぜい同人に対する仮払金や貸付金と認定されるべきものであったと考えられる。そして、前記機械設備との関係では、これらは右仮払金または貸付金により購入されたものであるか、ひとまず畝本個人が大幸紙工の為に購入代金を立替えて取得し、右仮払金または貸付金により立替金の弁済がなされたと見ることができる)。」

二、そして、一応、右上告人の主張に対する回答をなしたと控訴審が信じているのは、次の如き表現である。

「なお、仮に控訴人主張の時期に控訴人主張の右機械等が購入され本件事業の用に供されたとしても、まず、控訴人主張の右時期のうち本件事業開始当時に購入されたものは、本件事業の利益金を購入資金として購入されたものでないことが明らかである。そして、その後の時期に購入したと主張されている機械等については、仮に本件事業の利益金から購入されたとしても、これらが右購入と同時に控訴人に帰属する機械等になったものと認めるに足りる的確な証拠もないといわざるを得ない。かえって、控訴人主張の機械等は、原材料等の消耗品と異なり取得後独自の価値を有する資産となるものであるが、控訴人は、前記のとおり、昭和六〇年一二月一日にこれらの機械一式等を一九五〇万円の対価で「三幸化学」から取得し右対価を支払った経理処理をしていることを認定することができるから、これらの事実と当事者間に争いのない抗弁1(一)の(1)ないし(3)の事実に鑑みると、控訴人主張の機械等のうちに本件事業の利益金により購入されたものがあるとしても、右機械等は、畝本個人に帰属しこれを「三幸化学」の本件事業の用に提供していたものと認めるほかない。したがって、仮に右機械等の購入代金のうちに本件事業の利益金から支出されたものがあったとしても、それだけでは、右利益金が控訴人の資産形成に用いられたことにはならないのである。」(・・・は上告人)

三、「本末転倒の結論」

もう、繰り返すまでもないと思われるが、

1、結論からいって、三幸化学を上告会社の隠れ工場と認定する為には、一旦畝本が個人的に取得した工場設備であっても、税務上それが畝本による上告会社の為にする立替払い等と判断され、その他の事情と相まって、これを上告会社の隠れ工場と認定し、上告会社と畝本間の取引をいわゆる内部取引として否認することが許されるのでなければならない。ところが本件では、裁判所はまるで始めに隠れ工場有りきとの結論を出したうえで、本来畝本が個人的に取得した工場の資産の税務上の性格を判断しようとしている如くである。これでは、法人がその代表者個人が管理する個人事業体と取引すると、全て内部取引となりかねない。本件の場合、畝本個人の所得税の申告がないが、それとて当然に本件の取引が法人の内部取引になる訳ではない。裁判官の考えの中には、上告会社は三幸化学の工場設備を畝本から無償で借りていたと認定すればそれで良いのだ、といった理解があるのかもしれないが、それでは片方で上告会社は畝本からそのような無償の利益供与を受けたとしつつ、逆に上告会社の畝本への支払は全て認定賞与と判断することのちぐはぐさは、隠しようがないと言える。極端な例えとして、ある会社がその代表者の所有する土地を駐車場として利用し、賃料を支払ったところ、それを認定賞与と判断しているのが本件での裁判所の考えである。

なお、後に畝本が工場を上告会社に売却している事実を把えて「それだから(税務上も)工場は畝本の個人所有である」と説明するに至っては、上告人は「それでは何故三幸化学は上告会社の隠れ工場となるのか」、と絶句するしかない。

2、しかも、判決は上告会社の畝本に対する支払そのものが賞与で、仮にそれがその後(隠れ工場の)設備の購入費に充当された場合でも、もはや(一旦認定された)認定賞与に影響しないかの如き口ぶりである。そんなことをいったら、前記した如く、税務署も認める原材料の仕入すら、畝本が上告会社から支給された賞与から個人的に支払ったものとして、認定賞与や経費の計算上無視せざるを得なくなるであろう。この点に関し、一旦畝本に支払われても、それが上告会社の事業に必要な「消耗品」に使用された場合は認定賞与から除外されるが、それに必要な「資産」は除外すべきでないかの如き理由付けに至っては、「到底我々には理解できません」と、サジを投げる他ない。おかしな判断である。

第五、結び

本件は、被上告人の課税処分及び控訴審の判断における余りにもいき過ぎた認定賞与に対する疑問を指摘するとともに、内部取引として支払の経費性を否認した場合において、それをどこまで賞与の支給として課税し得るかという認定賞与の法律解釈についての争いとして上告したものである。なお、本件裁判で上告会社は、税務目的上三幸化学を上告会社の隠れ工場とすることについては認めたうえで、「そうであれば・・・・」との議論をなしたものであるが、むしろ、本来三幸化学は畝本の個人事業であると正面から争い、課税の全額取消を求めた方が、一審や控訴審の裁判官には理解し易かったかもしれない、とも思われる。仮に、畝本が三幸化学の収益につき所得税の申告をなしていたとして、それでもなお処分庁が三幸化学を上告会社の事業と認定し、法人税の更正処分及び納税告知処分をなした場合を想定してみても、その場合に本件の如き認定賞与がなされることは、誰が考えても、あり得ないであろう。それを、「所得税を脱税した報い」と云えばそれまでだが、税法は罰を課す場合にもあくまで法律に従ってなされるべきもの、と上告人は信じるところである。 以上

(添付書類省略)

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