最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)88号 判決 1997年7月15日
熊本県天草郡松島町大字阿村四一三〇番地の八
上告人
福山海運有限会社
右代表者代表取締役
福山重貴
右訴訟代理人弁護士
松本津紀雄
奥村惠一郎
鶴見祐策
熊本県本渡市古河町四-二
被上告人
天草税務署長 大小田耕二
右当事者間の福岡高等裁判所平成八年(行コ)第二号課税処分取消請求事件について、同裁判所が平成九年一月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人代理人松本津紀雄、同奥村惠一郎の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は違憲の主張を含め、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 大野正男 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)
(平成九年(行ツ)第八八号 上告人 福山海運有限会社)
上告代理人松本津紀雄、同奥村惠一郎の上告理由
第一 上告人の上告理由(その一)
一 本件課税処分は、租税法律主義に反するものであり、ひいては憲法第八四条にもとるものである。
1 原審において、上告人は次のとおり指摘した。
2、運輸行政と税務行政との矛盾
本件船舶の売却に際して、九州運輸局は、内航船舶から減価償却資産への買換の課税の特例を認定している(甲二号証の一、二。当審の福山幸夫証人調書速記録二二以下)。この際、建造引当権については、格別なアドバイスはなされていない。
内航二法によるスクラップ・アンド・ビルド方式を認可したのが運輸大臣であり、それによって建造引当権が生じるようになったのであるから、運輸局としては、当然、建造引当権の譲渡か否かについては関心事であり、これを見過ごすはずはないはずである。
しかるに、運輸局が適正に行った本件認定と、税務署の措置とはアイ矛盾した結果になったのである。
行政の統一性、整合性の点から、極めて不都合なことである(上告人の原審平成八年一一月一三日付け最終準備書面三二頁、三三頁)。
2 ところが、原審は、次のとおり判示した。
なお、甲第二号証によれば、九州運輸局長は、平成二年一一月一九日、控訴人の申請に基づき、本件売買が改正前の租税特別措置法施行令三九条の七第一五項三項に該当する旨の認定をしたことが認められるが、右九州運輸局長の認定は、控訴人が申請書に記載した本線船舶の対価の額が正当であることまで認定したものではないから、右事実によって前記判断を左右することはできない(原審判決、争点に対する判断三)。
3 しかしながら、建造引当権の譲渡か否かについて九州運輸局長が無関心であるはずはない。甲二号証の二によれば、施行令各号への該当欄に「船舶の譲渡及び当該船舶を取得した者による海外売船、内航船舶貸渡業(事業廃止)」との記載があり、これを前提に九州海運局長が右認定をなしたものである。右記載を合理的に解釈すれば、建造引当権が譲渡される場合とは全く様相を異にする。
つまり、九州海運局長は、「船舶の譲渡、取得した者による海外売船」を前提に右認定を行ったものであり、この認識は税務当局としても無視することはできないのである。
4 したがって、右「認識」を無視した本件課税処分は相当ではなく、また運輸行政と税務行政との間に矛盾があるとすれば、これはとりもなおさず課税要件が明確ではなかったことになる。
その不利益を納税者である上告人に対し一方的に課すことは、租税法律主義に反するものであり違法である。
5 また、本件においては、下関税務署法人課の事前指導がなされていない。原審も次のとおりその事実を認めている。
また、甲三五号証、当審証人福山幸夫の証言によれば、控訴人は、本件売買前の昭和六三年一一月ころ、税理士を通じて、海運業者が多数集まり、船舶の取引事例も多い下関税務署法人課に対し、本件売買のような場合に本件船舶本態のみを売買したことにして売り主も買い主も船舶としてのみ資産に計上したとしたとすると税法上どうなるかと尋ねたところ、最終的な回答は得られなかったことが認められる・・・
(原審判決、争点に対する判断5)
もともと不明確な課税要件について、藤井勇次税理士から突っ込んだ質問がなされたのであるから、税務当局は具体的な指導をなすべきであった。それが適切になされなかったために本件に至っているのである。
6 以上のとおり、本件においては課税要件が明確ではなく、租税法律主義に反するものであり、ひいては憲法第八四条に悖るものである点で原審判決は破棄を免れない。
第二 課税処分の立証責任について
一 上告人は、後述の第三、以降において被上告人である税務当局が資産に関する正当な評価を行っていないことを明らかにするが、この主張は、被上告人が立証責任を負う課税処分に関する資産評価について十分な立証責任を果たしていないにもかかわらず原審が被上告人の課税処分に関するこの点についての判断を誤っており、このことが判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反(経験則ないし採証法則の適用の誤りまたは審理不尽の違法)であることから、課税処分に関する立証責任について言及しておく。
二 課税処分取消訴訟は行政処分の取消訴訟の一分野であり、その立証責任については、いわゆる民事訴訟における法律要件分類説に従えば権利根拠規定(権限行使規定)の要件事実は課税庁が負担すべきことになる。
すなわち、課税根拠となる課税標準が法人税の場合には益金の額から損金の額を控除した金額であることから、右の各金額の算定に関する事実は課税庁が立証責任を負うことになる。
この点、本件に即して言えば、原審は、被上告人による益金及び損金の立証、すなわち<1>本件船舶の売買に関して建造引当権の対価の授受の存否、<2>仮に建造引当権の対価の授受の事実があると認定した場合には、売買代金総額のうち船舶本体の売買代金額が幾らかであり、建造引当権の売買代金額が幾らかであるかの振り分けの点に関する事実の立証が十分に尽くされているかについて判断を行わなければならなかった。
しかるに、この点については、以下に述べるような判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の違法がある。
第三 上告人の上告理由(その二)
第一次的主張(本件船舶の売買代金中に建造引当権の対価が含まれていないという事実)
一 被上告人及び原審が、本件福山丸の売買が船舶だけを代金の対価として認定せず、建造引当権の対価も含まれると判断した点は、経験則ないし採証法則の適用の誤りまたは審理不尽の違法がある。
甲七号証、甲八号証、甲九号証納富証人の証言からも仲介業者、本件売買取引当事者すべてが本件福山丸の売買が船舶だけを代金の対価として考えていた、つまり建造引当権は買主が本件船舶を内航で運航することを前提としていたことが買主に移転するが、本件売買の場合には当面、本件船舶を内航のように供し新船を建造する具体的予定はなかったのであるから建造引当権については当面、利用価値はなかったので対価の授受はなかったのであり、このことからすれば被上告人の課税処分そして原審の判断の誤りは明らかである。
また、買主の日伸運油の代表者であった宮本証人自身、第一審の証言において
一一〇項 問 そこでそのような経理処理をなさった具体的な根拠というのがあるんでしょうか。
答 はい。具体的というか、そんなに難しくなく、私どものほうでは、当然新日マリンさんとの船舶の契約書もあるはずですが、それを五〇〇〇万円か五五〇〇万円かで売ったので、それで船舶を四〇〇〇万円にしまして、あとの部分はみんな営業権にしたんです。
一三〇項 問 やはりこの元年九月三〇日ころに、最終的にこのように決まったということですか。
答 これ、例えば、船舶で使っているんであれば、これは実現しない問題です。
一三五項 問 だから、船員の定員が確保されて、当初の予定通り船がちゃんと動けば、この伝票なんかも変わってきたという可能性があるということですね。
答 当然です。
と証言して、売買契約締結時は、本件船舶は内航船舶として購入し、経理処理についても船舶本体とは別個に建造引当権に計上する予定ではなかった、つまり、本件売買は船舶本体として売買契約が結ばれたと言うことを明らかにしている。
そもそも租税特別措置法の船舶から減価償却資産への買換えに関する優遇措置は、内航海運業の不況対策として内航船舶から他の事業用資産への買換えを促進することによって、事業転換、集約再編及び船腹調整等海運業の構造改善を図ることを目的として制定された法律であるはずなのに、被上告人が上告人に対して行った更正処分では優遇措置として認められたのはわずか二三六万八〇〇〇円を限度とする金額であった。
これでは、本当に、事業転換が必要な中小の海運業者は、新船を保有していない限り右法律の適用を受けることができなくなり、結局は、同法の制定趣旨を没却される解釈を税務当局が強引に作り出したといわれても仕方のない事態を作出している。
上告人が、このような結論に至る売買をわざわざ事前に税理士に相談して、しかも、下関税務署に尋ねてまでして行うとは到底考えられない。
このような事情を検討すれば買主が本件船舶売買時の約束とは異なる自社の一方的な都合で勝手に経理処理の方針を変更した結果を、被上告人は、課税処分の根拠としているのであり、上告人主張の事実を裏付ける証言及び書証の存在を殊更に無視する原審の判断には経験則ないし採証法則の適用の誤りまたは審理不尽の違法があると言わなければならない。
第四 上告人の上告理由(その三)
仮に売買代金中に建造引当権の対価が含まれているとしても、被上告人による船舶本体と建造引当権の評価基準の不統一性及び船舶本体の対価と建造引当権の対価の各々の額に関する評価、ひいてはこれに基づく課税処分及びこれを支持した原審の判断が誤っていること
一 三点の誤り
上告人は、本件売買において、船舶本体と建造引当権のいずれについても買主に権利が移転したことは認めるが、対価の授受は船舶本体についてのみであったことを主張してきた。
とはいえ、仮に、本件売買代金の中に、建造引当権の対価が包含されているとされた場合でも、被上告人の課税処分には次の三点について重大な誤りがある。
第一に、本件売買の対象となったとする船舶本体と建造引当権の評価基準について建造引当権については時価により、船舶本体は帳簿価格により評価するという不統一・恣意的な評価基準を設定し、税額をできる限り増大させた課税処分を行ったという違法がある。
第二に、右評価に際して、船舶本体の実際の価値を無視して、帳簿価格によって評価しているという違法がある。
第三に、右評価に際して、建造引当権については、信憑性のない資料に基づく評価を行っているという違法がある。
しかるに原審には、この被上告人による課税処分を支持した点に、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。
二 船舶本体と建造引当権の評価基準の不統一性の誤り
上告人は、被上告人が本件更正処分にあたり、建造引当権については時価により、船舶本体は帳簿価格で評価している点を、被上告人の課税処分の不当性を如実に明らかにするものであるとして指摘してきた。
これについて被上告人は、本件船舶の本体価額が四億六七五〇万円ではないと主張し、船舶本体の評価額である四〇〇〇万円は上告人の本件船舶の帳簿価格である三四五一万二一八七円を一応の目安として(被上告人の控訴審第一準備書面九頁)認定したとしか反論し得ておらず、一方を時価評価し、他方を帳簿を目安として評価することの正当性については何一つ反論し得ていない。
もちろん、本件船舶の時価評価については、これを行ったという形跡は本件訴訟において認められていない。
一個の売買で二個の異なる資産が売買されたと認定した場合、その売買代金の内訳を確定するためには、当然のことながら資産の評価については同一の評価基準をとらなければならない。
ただし、特に本件売買のように一方の資産については租税特例措置法の適用があり、他方にはこれが適用されないため、その内訳次第では当該会計年度中に納付する税額に大きな差異が生ずる場合には、とりわけ同一の評価基準によって各資産の評価が行われなければ租税特別措置法の立法趣旨を極端に損なう結果を招き実質的な課税負担の公平を維持できなくなるからである。
以上の点からすれば、被上告人が建造引当権を時価評価したというのであれば、船舶本体についても時価評価を行うべきであり、その結果両者の合計金額が売買代金を超過するような場合には、両者の時価評価額によって売買代金を案分比例して、各資産の評価を行うべきであった。
しかるに、このような方法を採らずに異なる評価基準によって恣意的に各資産を評価している点において課税庁(被上告人)の処分は適正を欠き、従って、同人の処分を適正を認めた原審の判決には審理不尽ないし経験則違反の違法があり、この評価額が異なれば当然に税額は大きく異なるのであるから判決に影響を及ぼすことも明らかである。
三 船舶の評価の誤り
1 被上告人及び原審は、本件船舶の本件売買当時の価値を四〇〇〇万円と評価しているが、この点、経験則ないし採証法則の適用の誤りが存在する。
2 原審は、本件船舶の本件売買当時の価値について、次のとおり判示している。
(原審判決書六頁)
5 同一二枚目表末行の後に、改行して次のとおり加える。
「なお、甲第三八号証によれば、控訴人は、昭和六三年六月二九日、東京海上火災保険株式会社との間に、本件船舶につき保険金額を合計二億円(内訳船舶保険一億六〇〇〇万円、船費保険四〇〇〇万円)とする保険契約を締結していることが認められるが、乙第八号証によれば、船舶保険金額は、複成船価、簿価、残存債務額、市場価格等を総合勘案して決定されるものであると認められること並びに前記の説示に照らすと、前記保険金額が二億円であったとの事実をもって、前記判断を覆すことはできない。
しかし、以下のとおり、原審の判示内容は、船舶保険に関する無理解によるものである。
損害保険では、保険事故発生時における現実の保険価額を保険価額とする契約(評価未済保険契約)と保険契約の当事者がお互いに合意によって協定する保険価額を保険価額とする契約(評価済保険契約)が存在する。
そして確かに、船舶保険は、海上保険の一つとして評価済保険契約の部類に属するものとされている(損害保険実務講座3船舶保険、有斐閣一三二頁)。
とはいえ、損害保険会社は、当事者間で好きなように保険価額むやみやたらと決定しているものではなく、保険金額については、その十分な調査能力に裏打ちされた適正な当該船舶の価額評価を基礎として保険価額が決定されている。
では、船舶保険における保険価額はどのようにして決定されるのであろうか。
一般商船(なお、船舶保険実務で「一般商船」とは、総トン数一〇〇トン以上の鋼鉄製普通船舶、すなわち漁船または特殊船(浚渫船、起重機船等)を除いた一般の船舶を意味する(損害保険実務講座3船舶保険、有斐閣一五七頁参照)から、油送船である本件福山丸も一般商船である)の普通期間保険(船舶保険実務において「普通期間保険」とは、船舶が特殊な状態、つまり係船中、修繕中または建造中・ナはなく、本来の航行の用に供されている期間を通じて付保される保険である。但し、荷待ち、ドック待ちの係船、小修理、定・中検等のための入渠は、いずれも本船の通常航行に付随して生ずる、いわば、保険契約当初に当然予想される状態として普通期間保険に包含される。(損害保険実務講座3船舶保険、有斐閣一五七頁)において、保険価額は、船体、機関のほか、属具、燃料、食料その他消耗品等の価額と若干の乗出費用を加えたもので構成される。
そして、船体、機関部分の価額決定に当たっては、複成船価、市場価格、さらには簿価等が斟酌される。複成船価とは、現在同型船を新造するに要する費用を割り出し、それに本船の船齢に応じた適当な減価を行って現在の船舶の価値を評価せんとするものである。
しかし、新造船の場合にあっては、建造船価がこれに当たるが、ある程度の年数を経た船舶にあっては、複成船価の算定はなかなか困難となる。
また、簿価を基準とした場合、各企業の経理内容により大きな差異が生ずることなどからこれをそのまま保険価額決定の基準ともなし難い。
したがって、市場価格(現在市場で売却しうる価格あるいは、代替船取得価格)を参考とすることが妥当である(以上、損害保険実務講座3船舶保険、有斐閣一六〇頁参照)。
以上からすれば、原審判決が船舶保険金額について判示していることが本件の上告人の主張を否定する根拠とならないことが明らかになる。
つまり、複成船価とは、保険の対象である船舶の新造費用を現在の船の状態に応じて適当な減価を行って現在の船舶の価値を評価するものであって、保険の対象である船舶と同等の新造費用そのものを意味するものではないのである。
とすれば、保険会社がこの複成船価を保険金額算定の根拠としても、それは、船舶の保険契約時の価値を評価したものであるから、その結果として定められた保険金額は、付保時の船舶の価値が少なくとも保険金額以上であることを意味することになる。
また、簿価というものは、費用性資産を商法上或いは税法上、期間損益計算のために費用として割り振る基準によって算定されたひとつのフィクションの数値に過ぎないのである。
この点については、例えば有限会社清丸海運の油送船第一八清丸は船齢一三年で二億三五〇〇万円で海外売船しているが、この時点の同船の簿価は、僅か約四〇七六万三七〇七円という建造船価四億一〇〇〇万円の一割でしかなかった。
右の例の場合、海外売船であるから引当権は買主に移転しないにもかかわらず、船齢一三年の油送船が簿価の五、八倍の価格で売却されているのである(甲六二号証)。
また、本件船舶の場合にも買主の日伸運油が四〇〇〇万円を帳簿に計上したものが海外売船、つまり内航として収益性を失った時点でも八〇〇〇万円もの価格で売却されているのである(甲三四号証の三)。
企業がその継続的な営業期間中に、その所有する費用性資産を各営業年度の費用として割り振る場合、これの耐用年数、各年度への費用の割り振りを個別に算定することは、経理操作の可能性があるとともにその算定事務は煩雑かつ事実上不可能であることから、一定の指針として減価償却のために耐用年数、消却方法(定率法か定額法か生産高比例法かなど)などが定められているのであって、その計算方法によって算定された数値が簿価である。
とすれば本件のように船舶売却時の当該船舶の価値を算定する場合に、その目的が異なる、つまり減価償却のために算出された数値をもって、これにあてることが不適当なことは自明である。
被上告人の課税処分における本件船舶の評価は上告人会社の同船の簿価によっているが、これについては、右のような不合理性が認められるとともに、簿価評価で船舶を評価することが許されるのであれば、租税特例法が認めた買換え特例の規定は、中小の海運業者の事業転換を促進し以て競走力ある海運業者を要請するということを目的に設けられた同規定がその適用を最も予想した本件上告人(上告人は船舶を一隻しか所有せず、陸上の事業に転換する事を目的として買い換え特例の制度を利用しようとした。)らの事業転換を事実上否定する結論を導くものであり、統一的かつバランスのとれた法解釈を否定することになる。
もちろん、他に客観的な数値が一切ない場合には、やむを得ず簿価によることも考えられないではないが、他に船舶の価値を端的に明らかにする信頼すべき数値がある場合には、それによるべきである。
なお、資産を簿価以上の価格で現金で売却できた場合の経理処理は、現金の入金、資産の消除、売却益の計上である。
そして、十分な点検整備及び取扱いを行ってきた船舶でしかも積荷も確保されて収益力が十分見込まれる船舶の場合には、個人の自家用乗用自動車の場合とは全く異なり、簿価を遙かに超過する経済的価値があることは、本件船舶の裸傭船時の傭船料をみても明らかである。
とすれば、本件のように船舶が実際には簿価を遙かに上回る価値を有するため簿価以上の価格で売却ができた場合に、この簿価を超過した額がすべて建造引当権の価格になるという被上告人の見解は、経理処理の常識さえ否定するような暴挙である。
そして、海上保険を取り扱う保険会社においては、当該船舶の価額を算定するだけの物的人的設備と豊富な資料及び情報収集能力を有していることから、これから導き出した当該船舶の評価である市場価格をもって保険価額としているのである。
それゆえ、簿価によって一定時点の船舶の価値を算定すべきでないことは、保険実務においても簿価を保険価額決定の基準となし難いという取扱が行われており、当該船舶の市場価格を保険会社が算定して、これの範囲内で保険価額を算定しているのである。
本件船舶に付保されている船舶保険の保険会社は東京海上火災保険株式会社であり、かつ本書面において引用している損害保険実務講座3船舶保険(有斐閣)も東京海上火災保険株式会社が編者であるから、右書籍で引用した取扱で本件船舶保険の保険価額が算定されていることも確実である。
そして、この船舶保険によって填補されるべき経済的利益の中に建造引当権は含まれようがない。
けだし、船が沈没したからといって抽象的に観念される権利が海難事故により減少、毀滅することはないからである。そもそも船舶保険の目的である船舶が海難事故に遭遇してその価値が減少した場合、船舶所有者がその船舶に有している利益は減少する。従って、船舶所有者は船舶に被保険利益を有するが、この船舶所有者の所有利益は船舶保険の基本的な被保険利益である。
なお、本件船舶に付保された保険として船舶保険とともに船費保険があるが、現在船費保険は本来の意義を離れて船舶保険の補完的役割を果たすに至っている。
すなわち船費保険が船舶保険を補完するものとして付保されるようになった理由は、分損担保の船舶保険の保険価額をできる限り低く付保し、不足分を全損条件で保険料が比較的低廉な船費保険を付保することによって保険料を節約するためである。
なお、このように保険料を節約しても、海上保険の保険価額は協定保険価額なので、海難事故によって船舶および船費に損害が発生した際に船舶所有者が保険者から受ける填補額は、船価を船舶保険と船費保険に分割して付保した場合でも、船価いっぱいに船舶保険を付保した場合に比べて不利とはならない。
これを保険価額の面より見た場合、船舶・船費料保険の保険価額は本来的には全く別個に決定され、付保されるべきものであるにもかかわらず、現実の姿としては、契約者が本船全体の付保額として決定した額をもっとも保険料の節減をはかりうるよう許容された一定の割合で分割し、各々の付保額を決定するという方法が行われているのである(損害保険実務講座3船舶保険、有斐閣一二三頁、一六一頁)
また、被上告人は、福山丸が耐用年数を四年も過ぎた価値のない船舶であるかのごとく主張しているが、現実に福山丸の元船(本件福山丸の先代の福山丸の意味であり、グリーンサンキを福山丸に改名)は二八年間運行の用に供されているし(甲三一号証)、また先に引用した横浜地方裁判所の判例の第五八平安丸は、物件目録によれば進水が昭和三八年一〇月でありこれから運行しなくなった昭和六二年一一月頃までの約二四年間内航船舶として運行の用に供されてきていた。
本件福山丸に関しては、福山丸の売却前の写真(甲三号証)、売却の後、二、三ケ月後に測定した福山丸の船体各部検査記録表とそれによる福山丸の状態が船齢よりもかなり良く売却後六、七年間は内航船舶として十分運行できるという中村造船の証明書(甲四号証)及び白根証人の証言、納富証人の証言、それに買主である日伸運油の宮本自身が「船員の確保ができれば福山丸を生きた船舶として当初は三、四年使いたい」と証言し、ついには「使えるだけ使いたい」とまで証言している。
これらからしても被上告人の本件船舶である福山丸に対する評価が税務当局独自の考え方によっているのか明らかである。
3 また、ここで問題としている船舶保険二億円については、これは上告人と東京海上火災株式会社との間で交わされた福山丸の船体保険金額二億円という意味のみならず、本件船舶福山丸の本年売買時に仲介業者を交えて売主福山海運と買主日伸運油との間で交わされた裸用船契約の中に、福山丸の船体保険金額二億円と明記されて合意されていることからすれば、これは買主、売主双方が福山丸の船体の評価額を二億円以上であると認識していたことを意味している。
裸用船契約というのは船主(オーナー)が船の運航者(オペレーター)に対して万が一の場合を考えオペレーターに対して財産保全の意味から船体保険を付保させることからしても、売主、買主、そして東京海上火災株式会社のいずれもが本件福山丸の船体の価値が二億円を下回ることはなかったということを認めていることを意味する。
4 以上からすれば、単に簿価を基礎として評価した被上告人の課税処分の違法さは明らかである。
四 引当権の評価の誤り
1 被上告人及び原審は、本年建造引当権の本件売買当時の価値を四億二七五〇万円と評価しているが、この点、経験則ないし採証法則の適用の誤りまたは審理不尽の違法が存在する。
2 被上告人は、雑誌「内航海運」に掲載している引当権相場をもって建造引当権の価格であるとし、これを原審は支持している。
しかし資産の評価について、たとえば、相続税課税の場合には、国税庁において相続税財産評価に関する基本通達(昭和三九年四月二五日付け直資五六、直審(資)一七、現「財産評価基本通達」を定め、内部的な取扱いを統一すると共に、これを公開し、納税者の申告・納税の便に供し、もって申告及び課税事務の公平、迅速で円滑な運用を図っている。それゆえ相続税に係る財産の評価に当たっては原則として同通達によることとしているが、このような場合であっても同通達に従って課税価格を算定することが負担の実質的公平を損なう等著しく不合理な結果になると認められる特段の事情がある場合には、同通達によらず、他の適正、妥当な合理的と認められる方法により評価すべきことになる(大阪地方裁判所平成七年一〇月一七日判決、判時一五六九号三九頁参照)。このことは、右通達において「通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」と定められていることからしても明らかである。
とすれば、法人税の課税においてもその資産評価の基準はまず第一に客観的かつ合理的な基準であることが必要とされ、第二にもしその税務当局が内部的に定めた基準では実質的な租税負担の公平を欠く場合には、他の適正・妥当な評価によることが必要となるのである。
これを本件についてみるとき、被上告人は建造引当権の評価についての客観的な基準さえ示し得ていない。
さらに、被上告人は、本件売買のような船舶を内航目的で売買する場合の建造引当権の売買実例でさえ当審に至るまで示し得ていない。
すなわち、何らの確たる資料もなく建造引当権の価値については推測に基づく評価しかして行っていないのである。
「内航海運」に掲載されている建造引当権の相場価格は、少なくとも実際の取引実例によるものでなく、引き合いベース、すなわち買主または売主の希望する言い値にとどまり取引がまとまっていないケースの値段である以上、基準とするには余りに根拠薄弱な価格である。
内航ジャーナルからの回答では、相場は引合いベースであるとしているが、それが需要供給の関係から正当な価格であれば売買契約が成立するものであって、それが引合いベースに止まるということは、正当な価格形成の結果つけられた価額ではないことを意味するのであるから、本件引当権の時価評価の基準とはなりえない。
また、建造引当権は、内航での航行を目的として船舶本体とともに譲渡される場合には、それ自体特段の価値を有しないのに対し、船舶本体とは別個に売買される場合には、まさしく新船建造の場合に必要な権利として引当権自体に価値を認めて売買されるのであるが、本件売買が内航目的で売買されていること(実際に裸用船契約で内航に従事している)、「内航海運」が相場としている建造引当権の売買とは、内航目的の船舶本体とともに売買されている場合の建造引当権の評価なのか、建造引当権そのものに着目して売買されている場合の評価なのか全く不明である。
このように「内航海運」掲載の価格というものが課税処分の際の具体的指針になりうるか否かについて、原審では審理不尽の違法があり、また実取引ではないことを明らかにしている書証を無視している点で経験則あるいは採証法則の適用に誤りがある。
3 被上告人が第一審において建造引当権について引用している横浜地裁の例では、第五八平安丸を昭和六三年一月八日に船舶だけを対価の額として一八〇万円で売買して、その直後の同月三一日、買主は、第三者に引当船舶として一〇七五万円で譲渡していること(甲六〇号証一〇二ないし一〇三頁)と第五八平安丸の引当権が一二〇立方メートル(甲二四号証)であることからすると第三者に売り渡した内訳は船舶本体が一八〇万円ということであるならば引当権は八九五万円ということになり、一立方メートルあたりの引当権の単価は、七万四五八三円ということになる。
10,750,000-1,800,000=8,950,000
8,950,000÷120≒74,583
雑誌「内航海運」では、その当時昭和六三年の引当権の相場を貨物船では一八万円、油送船では一六万四〇〇〇円と記載している(乙二号証)。
そうすると、内航海運記載の相場と称する価格と第五八平安丸の引当権の価格とを比較すると、実取引の二倍以上の価格を内航海運が記載していることが明らかとなるのであり、このことからしても被上告人の本件更正処分等が合理的根拠のないものであることが明らかとなる。
4 本件船舶の売買は、上告人が租税特別措置法による償却資産の買換えを目的にして行った取引であることは売主の上告人、買主会社の代表者である宮本証人(以下「宮本証人」という。)の証言及び証明書、仲介業者の納富の証言及び証明書、上告人会社の役員である福山幸夫及び上告人代表者の各証言ないし供述、本件売買の税務処理について売買前から依頼を受けていた税理士の藤井の上申書からも明らかであるように、上告人が本件船舶売買で被上告人が主張しているように引当権を高額に評価して船舶をスクラップか各同様に評価して取引するはずがないことは本件船舶の取引の経緯を見ても歴然たる事実である。
5 このように引当権を異常に高額に認定した被上告人の処分をそのまま認定した原審の判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな経験則ないし採証法則の適用の誤りまたは審理不尽の違法があると言わなければならない。
第五 以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄されるべきものである。
以上