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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(オ)165号 判決 1949年8月09日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人坂千秋、同長谷川勉上告理由について。

上告理由は末尾添附別紙記載の通りでありこれに対する当裁判所の判断は次の如くである。(本件において市委員会とは市選挙管理委員会を県委員会とは県選挙管理委員会を称す)

第一点 地方自治法第六六条第八項は「市町村選挙管理委員会の決定に対しては、」「裁決を受けた後でなければ裁判所に出所することができない。」と規定している。本訴において被上告人が上告人(県選挙管理委員会)の裁決を受けたことは上告人も認めるところである。論旨は訴願裁決において上告人は本件異議を申立期間経過後の申立であるとしてこれを却下し本案について裁決していないにかかわらず原判決が訴願の本案について判断をしたのは違法であると論ずるのであるが、地方自治法の右条項は単に訴願裁決を受けることを出訴の要件としているに止まり、裁決が本案について判断を加えることを要件としているものではない、同項が訴願を受けなければ出訴できない旨を規定しているのは、訴訟の提起に先つて一応選挙執行機関に審査の機会を与えるためであつて、本件においては上告人は訴願の申立を受けたにかかわらず法の誤解に基いてこれを却下し本案について審査をしなかつたのであるが、既に本訴は訴願裁決経由の要件を満しており本訴はこの点について何等違法の点はないのである。而してこのような場合に裁判所が本案について判決をなし得ない趣旨はいずれの法律の規定にもなく原審が時宜に応じて当選の効力について判決をしても何等違法とすべき理由はない。

おもうに上告代理人は同法第六六条第四項の訴訟の原告は訴願の裁決に対する不服のみを申し立て得るものと解し、そのような解釈に従つて論じているものと思われるが、もともと同項の訴訟は選挙又は当選の効力に関する訴訟であつて、訴訟で争い得る事項は単に裁決の当否に限定されるものではなく、同時に選挙又は当選の効力をも争い得るのであつて、論旨は理由がない。

(訴訟の関係においては県選挙管理委員会は高等裁判所に対し一応下級審の様な立場にあるのであるが純粋の下級審ではない、同時に被告たる地位にあるものであるから高等裁判所が県選挙管理委員会の裁決を破ぶつた場合事件を被告たる右委員会に差戻すのは適当でない場合が多いし又訴訟事件としては高等裁判所が第一審なのであるから民事訴訟法第三八八条は此場合準用ないものと解するを相当とする。

民事訴訟においても論旨にいう様に第二審は第一審の触れなかつた事項について裁決をすることは出来ないとの原則はない、例へば貸金の訴訟において第一審が貸金の事実とは認められないとして原告の請求を棄却した場合第二審において貸金の事実が認められるとの心証を得たときは弁済の抗弁が提出されれば、第一審の全然触れなかつた弁済という事実の有無について裁判を為し得るこという迄もない。)

論旨はまた原判決が不服申立の範囲を超えて判決をしている違法があるというのであるが、原審において被上告人は上告人の裁決取消、市委員会の告示取消被上告人の当選の有効確認(第三点に対する説明参照)等を請求し、原判決はこれらの点について判決をしているのであつて所論のような違法のないことは明白である。

第二点 論旨は原判決が県委員会を被告として市委員会のした告示を取消したのは違法であるというのである。しかしながら地方自治法第六六条第四項の訴訟ではもともと県委員会は実質上の権利関係に基いて被告となるのではなくて、当該選挙の執行及びその選挙に関する争訟に関係のある行政庁の一つとして被告となつているのであつて、選挙に関する訴訟において訴訟の対象となる事項はさきに説明したように単に被告たる県委員会の行為に限定されるのではなく、選挙の執行、当選人の決定及右に関する異議決定、訴願裁決にあたる各種の行政機関の行為はすべて審理の対象となるのである。従つて原判決が上告人を被告としながら市委員会の行為について判決をしても何等違法とすべき理由はない。本訴が地方自治法第六六条第四項に規定する当選の効力に関する訴訟であるかないかは後に論ずるところではあるが、一般通常の当選訴訟においても裁決庁たる県委員会を被告としながら訴訟当事者でない選挙会の決定した当選人の当否の判断をするのである。ことに衆議院議員選挙法では当選人の被選挙権の有無について何等認定の権限もない都道府県の選挙管理委員会の委員長が当選訴訟の被告となることもあるのは同法第八三条によつて明白である。このような当事者は公法上の権利関係に関する訴訟においては選挙に関する訴訟以外にも見得ることであつて、その理由は上述のように行政庁が被告となる場合は必ずしも実質上の権利関係に基くものではないことによつて理解し得るのである。論旨は理由がない被上告人が上告人を被告とする訴においても市委員会告示の取消を求めて居ることは弁論の全趣旨に徴して明白である。

第三点 論旨は原判決がその主文で「原告が荒尾市長に就任していることを確認する」としたのを非難するのである。

しかしながら原判決はその理由中において「原告はそのときにおいて既に荒尾市長の身分を取得しているものといわなければならないから」としその他原判決の理由とするところによれば、当時被上告人は市長に当選し当選を承諾したものと告示されるべきものと判断しているのであつて、要するに当選の効力について判決をしたのであつて所論のような違法はない。原判決主文所論の字句は只被上告人が有効に市長に当選したことを確定するだけの趣旨と解すべきものであつて其の後のこと迄確定する趣旨ではない。このことは判決理由と対照して見れば明である。

論旨は裁判所は只既成の選挙又は当選の効力そのものを失効せしめることができるだけであつて、新に当選人を定めることは裁判所の任務ではないと論ずるけれども、若し何人を当選人と定めるかについて行政庁に自由裁量の余地があるならば問題は存するであろう。しかしながら本件のように一度選挙会で当選人と定められた者を市委員会が当選を辞した者とみなして告示をし、その市委員会の告示の違法を判断することによつて法律上当然その者が当選人となるような場合はその当選(即法律上当然の結果)を確認することは選挙執行機関の権限を侵すものでもなく裁判所の性質と相容れないものでもない。

このように裁判所が積極的に当選有効の確認をすることは法律も予想しているのであつて例えば衆議院議員選挙法第八三条第一項に定める「同法第六九条第一項但書ニ定メル得票ニ達シタリトノ理由」に基く当選訴訟の如きは若し裁判所において原告の主張を容認するならば当選有効の積極的確認の判決をするのは当然で、単に当選無効の消極的判決のみをすべしという論旨はこの一例から見ても理由のないこと明白である。(上告人を被告としてかかる判決を為し得ることについては前点説示参照)

論旨は又当選人の市長就任は選挙管理委員会が当選証書の付与当選人の住所氏名の告示によつて確認するのであつて裁判所が確認すべきものではないと論ずるけれども本件のように当該市選挙管理委員会が誤つて被上告人に当選証書を付与せず、その住所氏名を告示しなかつた場合当選の効力について裁判所が積極的に確認しても違法とすべき理由はないのである。

第四点 被上告人は市長選挙に当選し、その当選を承諾するために地方自治法第一二六条によつて副議長に議員辞職の許可を求めたのである。然るに副議長もついで開かれた市議会もこの辞職願に対し許可を与えなかつたので、被上告人は止むを得ず辞職許可願の写を添えて市選挙管理委員会に対し当選承諾書を提出したのである。原判決は被上告人が市長に公選せられた以上は、市住民の意思は議員辞職を許可したものであつて、もはや市議会の許可は必要でなく、許可なくとも当選承諾は有効であると判断したのであつて、上告論旨はこの点に関する原審の判断を非難するものである。

しかし地方自治法第一二六条が議員が辞職するには議会又は議長の許可を要するものとしたのは、議員が自己の恣意に基いて濫りに辞職することを抑止するためであることは論旨の通りであるが如何なる場合においても議会又は議長が議員の辞職を阻止し得る趣旨の規定とは解することができない。上告代理人も亦議会が正当な理由なくして、辞職許可を拒否し得ないことを認めているのである。論旨は以上の条理を認めながらも法律に議会の許可権限に関する例外規定のない故を以て議会の議決は如何なる場合にも絶対的効力を有するものと解するのであるが左袒出来ない。固より議会がその権限を適正に行使し裁量を誤らない限りは何人もその議決を尊重すべきであつて、裁判所といえどもその議決を否定することはできない。しかしながら如何なる公の機関といえどもその裁量の範囲にはその権限を与えた法律の精神に基く条理上の限界があり、著しく裁量の範囲を逸脱してその権限を不当に行使することは許されないのであつてそういう行為はもはや有効な行為と見ることはできないのである。法律の明文の有無にかかわらずこのような行為の効力を否定することこそ真に法の要求する条理に従うものと言わなければならない。

もとより辞職拒否について正当な理由があるかないかは具体的の場合によつて異り議員が辞職を求める理由と議会がこれを拒否する理由との比較衡量の問題であるが、本件で被上告人が議員を辞職しようとした理由は市長に公選せられ市長に就任するためであつて、これに対し議会が辞職を拒否した理由については、原審における上告人の主張にも、上告理由中にも首肯し得る何物をも見出し得ないのである。

(即上告人が原審及び上告理由で主張して居る様な理由では被上告人が市長に当選しこれを承諾するための辞職を拒否する正当の理由とならないのである。)

このように何等正当の理由なくして議会が議員の辞職許可を拒否し或は積極的に拒否しないまでも市長当選承諾期間内に許可の議決をしないようなことは、法律によつて与えられた議会の権限の正当の行使とは認めることはできない。従つてこのような状態によつて辞職許可を得られなかつた場合は、許可がなくても辞表の提出に対し辞職の効力を認めざるを得ないのである。此点の理由に関する原判示は稍当を得ない嫌がないではないが辞職許可がなくても辞職の効力を生ずるものとした判断は結局正当である。若し右の様に解さずして論旨にいう様に解するならば本件の如き場合議会が不当に辞職を拒否するか或は不当に必要の期間中に許否の決定をしない時はこれにより市長に当選した者は不当に其就任を妨げられることになるであろう、そうなつた後でいくら与論が議会を攻撃した処で市長就任を妨げられた者にとつては何の利益ともならないし又当選をなさしめた市民の意思は完全に蹂躙され終るであろう。

論旨は又原判決の解釈によれば、市長の就任が強制せられるというけれども、もとより辞表提出、当選承諾は当選人の意思に基くものであつて、自由の拘束となるという論旨は了解に苦しむ、次に議員の欠格の時期については市長と議員の兼職を許されない以上、市長の当選を承諾したときに議員たる地位を失うものとして少しも支障はない。

第五点 論旨は本件のような場合、即ち一度選挙会で当選人と定められた者がその後の事由によつて当選人でなくなつた者とされ、地方自治法第六一条第二項によつて当選人でなくなつた旨告示された場合においては、同法第六六条による争訟によつてこれを争うことはできないというのである。しかしながら、新憲法施行後は裁判所はすべての法律上の争訟を裁判しなければならないのであつて、このような告示が適法であるかないかの争も一つの法律上の争訟である以上はその当否について訴訟が提起されたときは裁判所はこれを裁判する義務を負うものである。同法第六六条の争訟を論旨のように狭く解するとしても、それは只本訴が同条に規定する訴訟でないという結果に帰するに止まり、裁判所が裁判を拒否する理由にはならないのである。

只此の場合通常の選挙に関する訴訟と第一審裁判所を異にし又訴訟の前提として異議訴願の要否等に関する手続上の差違を生ずるけれども、訴訟の提起を許さないものとすることはできないのである。このように考えると等しく何人が当選人であるかの争訟でありながら通常の当選訴訟と本件のような訴訟とを区別し別個の手続によつて裁判するというのは合理的でない。同条第一項は市制と異つて異議申立の起算日の標準として同法第六一条第二項の告示の日を明記していないことは論旨の通りであるが、異議申立期間に関する規定がないからといつてそれだけで直ちに同条による争訟を否定することは出来ない。現に本件においても上告人自身裁決に際しては同法による異議訴願をなし得るものと解し只異議申立期間経過の理由によつて却下したものと見られるのである。只本件のような場合については上述のように法律は異議申立期間の起算日について明記していないのであるが、すべて不服申立の期間は不服を申し立て得るときから起算するのを条理に合するものとすべきであつて、本件にあつては第六一条第二項の告示の日から異議申立期間を計算するのが相当であり、この点に関する原審の判断もまた正当で上告人の裁決は間違つて居るものといわなければならない。

上告代理人は当選人の権利保護の争訟の法律上の方式としてA式とB式とがあつて、B式においては本件のような争訟を許すもA式においてはこれを許さず、市制はB式によつたものであるが地方自治法は前記異議申立期間に関する条文を削り即ちA式にあらためたのであつて、A式においては本件のような場合は後に行われる新な当選人の決定又は再選挙に対する当選争訟又は選挙争訟を以て、当選者がなくなつたとの告示についても争い得るから本件のように当選者がなくなつたとの告示に対して争訟を許さなくても当選人の権利保護に欠くるところはないというのである。しかしながら本件のように市長の選挙において当選人が当選を辞したものとみなされた場合は論旨のいうように選挙会が次点者を当選人と定めるか或は再選挙を行うことになるのであるから、当選人の権利保護に欠けるところはないものとも言い得るけれども、同条に規定する争訟は単に市長選挙に限られないで議員選挙にも等しく適用されるのである。議員選挙においても多くの場合は論旨のいうように当選人に権利主張の機会はあるであろうが、若し当選人の一名が当選を辞したものとみなされ、しかも次点者は法定得票数に達しない場合は同法第五六条第二項による新な当選人の決定も行われず又当選人の不足数が議員定数の六分の一に達しない限り同法第六二条第一項による再選挙も行われないから論旨のとる理論に従えばかかる場合当選を辞したものとみなされたものは遂に自己の権利主張の機会を全く与えられないことになるであろう、更に又上告代理人は衆議院議員選挙法による訴訟はA式によつているものというけれども必ずしもそうとはいえない同法においても同法第八三条第一項に定める「第七十条ノ規定ニ該当セズ」との理由に基く当選訴訟はB式による当選訴訟であると解せられる。何故とならば同法第七〇条は「当選人選挙ノ期日後ニ於テ被選挙権ヲ有セザルニ至リタルトキハ当選ヲ失フ」とあり、一応当選人と定められた後に被選挙権を失つた場合をも含むことは同法第六九条第四項によつて明白である。

此の場合若しA式に従うならば不当に被選挙権を失つたものとされた者は次ぎに行われる当選者の決定又は再選挙に対する訴訟を以て争うこととなる筈であるが同法は特に規定を設けて選挙管理委員会の委員長を被告として当選訴訟を起すべきものとして居る。これによつて見ても同法も亦当初の当選人決定以外の当選訴訟を認めて居るものといわざるを得ない。

論旨はまたB式によれば本件のような場合に訴訟係属中は再選挙を施行することができないがA式によれば直ちに再選挙を行い市長を補充する便利があるというのであるが、その反面において再選挙を行つて後に当選を辞したものとみなしたことが違法となれば再選挙は無駄な経費と労力とを消費したことになつて、その利害はにわかに断定し難い。のみならず本件の如き場合再選挙において復び前の当選者と同一人が当選し議会も辞職許否を繰返すとしたら(双方が感情ずく意地ずくになるとこういうことは十分有り得べき処である)幾度再選挙をしても(次点者繰上げ可能の場合の外)無駄の費用と労力を費すばかりでどうにもならないことになるであろう、地方自治法が所論A式を採つたのだとの論旨には左袒出来ない。(その他の判決理由は省略する。)

よつて民事訴訟法第三九六条第三八四条第九五条第八九条に従つて主文の如く判決する。

以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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