最高裁判所第三小法廷 昭和24年(れ)2778号 判決 1950年7月11日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人海野普吉同位田亮次両名および同岩淵彰郎の各上告趣意は、末尾に添えた別紙記載の通りである。
(一) 海野位田両弁護人論旨第一点は、原判決には擬律錯誤の違法がある、というのである。本件は被告人渡辺が原審相被告人らと共謀の上同被告人が農業会長として栃木縣から村内の米穀割当超過供出者に配給すべく委託されて業務上保管中の昭和二十一年産米政府買入報奨用生活必需物資たる判示の各物品をほしいまゝに受配資格のない自己またはその他の者に配分したという事実を業務上横領を以て処断したのであって、その事実は原判決が証拠によって認定したところであるから、論旨のその事実を争う部分は、結局事実誤認の主張にほかならず、上告の適法な理由にならない。問題は右報奨物資の有資格者に分配された残余の部分中論旨のいわゆる「端数量」なるものが「昭和二十一年度産米政府買入報奨用生活必需物資特配要綱」第二の第十一項「本特配に依り残数量を生じた場合は縣の指示ある迄之を他に流用しないものとする」とある「残数量」中に含まれるか否かである。弁護人は被告人が右「端数量」は「残数量」以外であると考えて本件の処分をしたのであるから横領の犯意がないと主張するのであるが、たとい判示物品が所論の「端数量」に該当するとしても、それは同村米穀割当超過供出者以外の者すなわち受配資格のない者に分配すべからざる物であること、および被告人が右分配に際し権限超越の認識を有していたということは、原判決が証拠によって認定したところであって、その認定が実験則に反するものとは思われない。所論は原判決の採用しなかった被告人の原審公判廷における供述等を援用して被告人に本件犯行の犯意がなかったことを主張するものであって、論旨は理由がない。
(二) 同論旨第二点は、原判決には証拠調の決定を施行しない違法がある、というのである。よって記録をしらべて見ると、原審はその第二回公判廷において、海野弁護人の申請を採用し昭和二二年度食糧調整委員会帳簿の取寄せをなす旨決定し、栃木縣塩谷郡大宮村長に対し右委員会帳簿(議事録の写)の送附方を嘱託してその送附を受け、これを記録にとじ込んだゞけで、それを公判廷へ持ち出さなかったのである。しかしながら書類の取寄決定は、書類についての証拠調決定とはおのずから異なるのであって、取寄決定をしながら取寄せた書類について証拠調をしなかったとて、証拠調の決定を施行しなかったものとは言えない。殊に本件においては、右昭和二二年度食糧調整委員会帳簿は原判決が証拠として引用しなかったものであり、なお取寄せられた右書類は記録にとじ込まれてあって弁護人が閲覧し得る状態にあったにかゝわらず弁護人はそれについて証拠調を申請せず、かつまた原審はこれと同内容の「大宮村食糧調整委員会会議録」について証拠調をしているのであるから、原審が取寄せた書類を法廷で展示しなかったことが訴訟手続上の瑕疵であったとしても、それが原判決に影響を及ぼさなかったことは明かであって、論旨は理由がない。
(三) 同論旨第三点は、問題の物資は原判決の言うごとくその保管を栃木懸から委託されたものではなく、既に大宮村農業会の所有に属したものであるから、同農業会長がこれを処分した行為は、臨時需給物資調整法上の責任はともかくとして、横領罪に問わるべきものではない、と主張する。しかしながら、本件報奨用物資は被告人が大宮村農業会長として同村内の米穀割当超過供出者に配給すべくその保管を栃木縣から委託されたものである事実は、原審公判廷における被告人の供述その他の証拠によって認定され得るところである。すなわち被告人は原審公判廷において、犯意の点は否認したが、事実はその通り相違ないと供述しており、そして報奨物資の取扱ならびに配給は市町村長の権限に属し市町村農業会長としてはその指示に従うものであっても、市町村長は地方事務所長の、地方事務所長はさらに縣の配給指示に從うものであること、原判決が引用した昭和二一年度産米政府買入報奨用生活必需物資特配要綱の記載によって明かであるから、結局農業会長としては縣から配給の委託を受けた関係にあるものと言うべく、原判決のこの点の摘示はその趣旨に解すべきである、次に論旨の言う栃木縣食糧課長から大宮村農業会長宛回答書と題する書面は原判決が証拠として採用しなかったところであり、また本件報奨用物資について大宮村農業会が荷受機関に対しその代金を支辯したとしても、各受配者の支辯すべき代金の一括立替拂であることも考えられるのであるから、必ずしもそれによってその物資の所有権が農業会に帰属したとは言えないのである。そして原判決は、本件報奨用物資の所有権がはたしてだれに帰属するかを積極的に判示していないが、所論のごとくそれが大宮村農業会に帰属するものでなく、他人の物である事実は、確定判示しているのであって、論旨は結局原判決の認定しない事実に基いて論をなすものであり、上告理由として採用し得ない。
(四) 岩淵弁護人論旨第一点は、海野位田両弁護人論旨第三点と同趣旨であって、その理由のないことは(三)に述べた通りである。
(五) 同論旨第二点は、原判決が被告人の本件犯行を業務上横領と認定したのを証拠によらぬものと非難する。しかしながら、被告人が本件物資を業務上保管していたという事実は、原判決がその挙げた証拠特に被告人の原審公判廷における供述によって認定したところであって、原判決が虚無の証拠によって右の事実を認定したという非難は当らない。所論は原審の採用しなかった証拠に基いて独自の見解を主張するにほかならず、上告理由として採用することはできない。
(六) 同論旨第三点もまた事実認定に対する非難であって、上告の適法な理由にならない。
(七) 同論旨第四点は、被告人に犯意がなかったことを主張するのであるが、被告人に判示の報奨物資をその委託の趣旨に反して受配資格のない自己または第三者に配分するという認識があった事実は、原判決が被告人の原審公判廷における供述、原審証人音羽誠の供述、被告人に対する検事の聴取書中の供述記載、その他の証拠を綜合して認定したところであって、既に受配資格なき自己において物資を領得しまた受配資格なき第三者をしてこれを領得せしむる認識があった以上、本件横領の犯意なしとは言い難い。また所論後段については前記(一)に説明した通りであって、論旨はすべて理由がない。
(八) 同論旨第五点は、判示物資が大宮村農業会の所有であるということを前提として原判決が被告人の行為を横領罪にあたるものとしたのを非難する議論であるが、その理由なきことは前記(三)に述べた通りである。
(九) 同論旨第六点は、前記(一)の論旨と同様であるが、既に述べた通り、原判決は、判示物品が所論の「端数量」にあたるとしてもそれは同村内の米穀割当超過供出者以外の者すなわち受配資格のない者には分配すべからざる物であることを確定判示しているのである。そして被告人が大宮村村長としての職務権限に基いて本件物資の配分をしたものであるとの事実は原判決の認定しなかったところであって、論旨は理由がない。
よって、旧刑訴第四四六條に從い、主文の通り判決する。
以上は当小法廷裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 井上 登 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)