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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)253号 判決 1953年12月08日

広島県神石郡豊松村大字上豊松二三〇一番地

上告人

井上昌夫

右訴訟代理人弁護士

池田〓吾

福山市西町甲八二番地

被上告人

藤井浩三

右当事者間の契約履行請求事件について、広島高等裁判所が昭和二五年六月二〇日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人池田〓吾の上告理由は本判決末尾添付のとおりである。

右上告理由第一点について。

しかし、当裁判所が職権によつて調査したところによれば、原判決原本には、裁判長裁判官小山慶作、裁判官井上開了、裁判官宮田信夫の各署名捺印があるのみならず、右署名捺印が所論の日以後においてなされたと認むべき何等の証跡もない。上告人に送達された原判決正本中該当部分が空白となつていたとしても、この一事を以て原判決言渡当時原本に右署名捺印が存しなかつたと推断することを得ないのは勿論である。されば論旨は理由がない。

同第二点について。

上告人の所論各主張事実のうち、本件売買契約においては、主要食糧たる地方の甘藷を原料として軍用粗製アルコールを製造するため、本件不動産を使用することが、契約の要件乃至要素となつていたとの事実は、上告人が事情変更による契約解除の抗弁をなすに当り、その前提として主張せられたものであるところ、被上告人は原審において、右抗弁に対する答弁として解除の理由を発見するに苦しむと述べている弁論の趣旨(記録一八六丁裏、一九二丁参照)からすると、右主張事実は被上告人の争うところと解するのが相当である。

そして、原判決は、証拠にもとずき、上告人は、終戦直前豊松村の本件建物において、その地方の甘藷を原料として、軍用のアルコールを製造する目的で、本件不動産を買受けたものであることを認めたが、これを以て契約の要素とは認定せず、今日においてもなおアルコールの製造が可能であるのみならず、被上告人が将来なお本件土地建物を醸造の用途に用いる意図を有する以上、たとえ軍用のアルコール製造ができなくなつたからといつて、将又憲法その他の諸法令が所論の如く改正されたからといつて、本件売買契約にもとずき目的物件を給付し、或は右物件につき売買に因る所有権移転登記をさせることが、衡平上著しく不当となつたとは解し難いと判断しているのであるから、所論のように自白の法則を無視した違法のないことは勿論、所論のような判断遺脱又は釈明権不行使の違法はない。

なお、論旨は憲法違反を云うが、その実質は単に原審が上告人提出の事情変更による解除の抗弁を排斥したのは事情変更に関する判断を誤つたものであると云うに帰着するところ、この点に関する原審の判断が正当であることは、後記上告理由第六点に対する判断において示すとおりである。

されば、論旨はすべて理由がない。

同第三点について。

第一審判決の対象となつている物件と原審判決の対象となつている物件との間に差異の存することは所論のとおりである。

併し、右差異が生じたのは、原審が、被上告人において請求を減縮した結果第一審判決の対象たる物件の内叶後二二五六番ノ一宅地百十九坪(所論の田三畝二十五歩)は原審における判断の対象となり得ないものと解して、これを除外したに因るものであること、原判決事実摘示並に理由に照らして明白であつて、所論のように売買の目的物件を変更したものでもなければ、農地に関する権利を設定又は移転し、或は耕作権に変動を与えたものでもないことは多言を要しない。

また、被上告人において、右農地が他の物件と不可分なること並に現況が上告人主張の如くであることを認めた形跡は、記録を調べても発見し得ず、むしろ弁論の全体の趣旨に徴すれば、被上告人はこれ等の事実を争うものと認めるのが相当である。

されば、論旨は到底採用し得ない。

同第四、五点について。

いわゆる請求の減縮は訴の一部取下にほかならないと解すべきことは、当裁判所の判例(昭和二四年(オ)第二〇七号、同二七年一二月一五日、第一小法廷判決)とするところである。従つて、相手方が既に本案につき口頭弁論をした後においては、相手方の同意がない限り、その効力を生じ得ないものであるところ(民訴二三六条)、記録によれば、所論の農地に関する被上告人の請求減縮は、上告人が既に本案につき口頭弁論をした後である昭和二五年四月六日の原審口頭弁論期日においてなされたものであり且上告人は該期日に直ちにこれに対し異議を述べていることが明白であるから、右請求の減縮はその効力がないものといわなければならない。

されば、原審か、右請求の減縮は効力を生じたものの如く判示し、前記農地に関する請求部分につき何等判断をしなかつたのは、誤解に出でたものといわざるを得ないけれども、その結果該請求部分は依然原審に係属するものと解せられるに止まり(前記農地が他の本訴物件と不可分であることは原審の認定しないところである)、右農地に関する請求につき判断を欠く故を以て、その余の物件に関してなされた原判決を破毀することを得ないのは明かである。

論旨は、右農地が他の物件と不可分なることを前提とし、独自の見解に立脚して原判決を論難するにすぎないから、採用することを得ない。

同第六点について。

原審は、上告人の提出した事情変更による解除の抗弁を排斥するに当り、その採用し得ない理由として、解除権の成立を認めるに足るべき事情の変更が存しないこと並に解除権行使の前提として必要と解される催告の事実が認められないことを判示しているのである。

そして、解除権の成立を認めるに足るべき事情の変更がないとする原審の判断は正当であるから、仮に適法な催告を認めなかつた点につき所論のような違法があつたとしても、原審が前記抗弁を排斥したのは結局正当であつて、右違法は何等原判決主文に影響を及ぼすものではない。

されば、論旨は採用し得ない。

同第七点について。

論旨は、独自の見解に立脚して、原審の正当な判断を攻撃するにすぎないから理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二五年(オ)第二五三号

上告人 井上昌夫

被上告人 藤井浩三

上告代理人池田〓吾の上告理由

右当事者間の貴庁昭和二十五年(オ)第二五三号契約履行請求上告事件に付いて上告人は左の通り上告理由を開陳する。

第一点

原審判決正本は昭和二十五年七月十七日送達せられた右正本には「広島高等裁判所第三部裁判長裁判官、裁判官、裁判官」とのみありて判事の氏名がない正本は原本と同一の効力を有する書類の全文を謄本したるものであること論を俟たないだから右判決原本には判事の署名捺印のない違法のものである仮りに現在は右判決原本に判事の署名捺印があるとてもそれは判決原本交付且つ右正本作成の昭和二十五年六月二十日当日には判事の署名捺印がなかつたもので其の後に於て判事の氏名捺印を加筆した違法のものである。

第二点

『当事者の達せんとする経済的又は社会的目的を捕捉し本件契約の全内容をこの目的に適合するよう解釈することが肝要であるそして本件契約に於て為された右経済的社会的事情は表示行為そのものを組織する要素であります。

蓋し当事者の本件契約に於て為された表示行為は契約当時の当該事情に即してのみ契約行為としての意味を有するからである結局本件当事者の企図する社会的経済的目的を妥当に達せしむるるある(大正九年十一月十一日大審院判決大審院民事判決録一六九七頁)而して本件に於て当事者双方に於て争いのなきことは昭和二十年七月十六日当事者間に大東亜戦争の日本軍の航空用燃料を供給する為めに福山市の相当な実業家(黒金屋の戸主)が貧弱農村なる神石郡豊松村(甘藷の栽培盛んなる部落)の本件不動産(農耕地と農舎)に引き移つて地方の甘藷(主要食糧)を原料として粗製アルコールを製造する為めにと之を要件要素として本件売買契約は成立したのであると言うことである。而して昭和二十年八月十五日終戦となり同年九月二十日勅令第五百四十二号「ポツダム宣言」の受諾に伴う勅令の公布があり新憲法は昭和二十二年五月三日施行せられ戦争の放棄を宣言せられた之に従つて昭和二十一年法律第一九号同第四二号昭和二十二年法律第二四〇号を以て農地調整法の重要なる改正が行はれ昭和二十一年法律第四三号自作農創設特別措置法が公布せられて農地の売買禁止又附属設備たる農舎も売買することは出来なくなつた又其の間昭和二十一年十一月十二日法律第五十二号財産税法が公布せられてその第三十七条第四十条に拠つて昭和二十二年三月十五日限り本件物件の財産税を納入せねはならぬ売買等所有権変動については同年二月十五日までに登記手続もせねばならぬこととなつた。

以上何れも新しい民主憲法のもと基本的人権を自由を保障せられた為めであり憲法が国民に保障する自由及権利は国民の不断の努力によつてこれを保持しなければならない、国民は之を濫用してはならないのであつて常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふのであります。

然るに(1)第一審は明かに「大戦当時の軍需の為め粗製アルコールを製造する目的でその原料は主要食糧たる甘藷を以て契約の要素としており農地と農舎とを潰すことを以て本件売買契約の要件としておることについて当事者間に争のない」本件契約についての判決なのである。(2)又第一審は「広島県知事が絶対に許可もしない又許可してはならない許可を条件とし而かも売主の義務であるとして」の判決を為しておるのであります。(3)茲に於て第一審判決は明かに憲法違反であることを申し上ぐる次第であります。』

と上告人は陳述し主張したのであるのに対して被上告人はこれを争わず裁判上自白しておるのであります然るに原審は判断を遺脱せる違背があるのみならず裁判上自白の法則を無視せる違背があり釈明権の行使を怠りたる違背がある。

そして斯かる違憲となりし本件売買契約を保護達成せしめし原審判決は正に憲法違反と断ぜざるを得ない。

第三点

本件物件は第一審判決によると

神石郡豊松村大字上豊松字小庭谷叶後二千二百五十六番ノ二

一、宅地百三十五坪

同所二千二百五十六番地ノ三

一、宅地四坪五合

同所二千二百五十六番地ノ一

一、宅地百十九坪(元公簿面田三畝二十五歩)

同所二千二百五十六番地ノ二

一、木造瓦葺二階建住宅一棟(畳建具附)

同所同番地

一、枌葺二階建工場一棟(酒醸造用器具一式)

となつており

第二審判決によると本件物件は

広島県神石郡豊松村大字上豊松字小庭谷叶後二千二百五十六番地の二

一、宅地百三十五坪

同所二千二百五十六番地の三

一、宅地四坪五合

同所二千二百五十六番地の二地上

家屋番号第一六〇番戸

一、木造瓦葺二階建居宅一棟(但畳建具附)

建坪二十四坪二合五勺外二階十二坪

一、木造枌葺二階建工場一棟(但酒醸造用器具一式附)

建坪四十六坪五合外二階二十八坪五合

となつておる。

そして何れも代金三万円と言うのである。

斯く売買物件を変更するについては上告人は極力異議を申出反対しておるにも拘らず原審は誘導的に右の如く表示しておるのであります建物の現況も全く相違しており純然たる一農家の農舎なのであります。又右田三畝二十五歩(現面積は一反歩位もある)其他の農地と共に右農舎に附属して殊に右三畝二十五歩の農地は右農舎によつてのみ耕作の為め出入が出来る袋地となつており前面は大きな河に沿い後ろは六、七十度急勾配の崖地になつておる全く右農地と農舎は離すことの出来ない関係にあることは原審に於て上告人は極力主張し被上告人も「不可分なること」「現況が上告人主張の通りなること」について之を認めていたのであります。

原審の判決は実に農地調整法自作農創設特別措置法違背も甚だしいものであります。(だから原審判決を見るや豊松村農地委員会は右建物農舎及宅地に付いて買収売渡し手続きの調査に取りかかつておるのであります。)

昭和二十三年一月六日農政第三一〇七号通牒を以て農林次官より都道府県知事宛第二次農地制度改革に関する件として

裁判に於ても地方長官の許可がなければ地主側敗訴の判決を下されることになつてゐるので若し裁判所で許可のないことを看過して判決した場合は上訴できるから直ちに上訴(期間は判決後二週間以内)するやう指導せられたい」との通牒を出しておるほどであります。

然るに原審は第一審がその主文に於て「但し右不動産中宅地百十九坪(元公簿面田三畝二十五歩)については広島県知事の許可を得て右登記手続をしなければならない」としておるに対して第二審は「該農地を除外しておる」のであります而して右農地の売買日時は契約面に明かなように昭和二十年七月十六日なのである第二審が本売買契約をどこまでも保護するならば昭和二十年七月十六日現在被上告人の所有たるべきものそれを第二審で除外すると言うは農地の変動耕作権の変動に外ならぬ、斯くの如きは広島県知事の許可を条件とする此の点からしても原審は自作農創設特別措置法に違背する擬律上の過誤がある。

第四点

原審は上告人の異議あるにも拘らず農地及農舎(宅地)の内農地田三畝二十五歩を減縮しておる、これを「請求を減縮し」と言うておるが適用したる法令を認識することが出来ない同じ三万円の代金で農地だけは除外しておるが減縮だと言うておるが例えば元利請求の内利息だけ減縮すると言うのとは全く意味が違うのである原審は被上告人の請求の基礎即ち私法上の法律関係権利関係の発生を来したる根本の社会現象たる事実の変更を認容しておるものであつて法令の違背と謂わねばならぬ。

第五点

昭和二十年七月十六日の売買契約に基いて代金三万円を以て農地農舎(宅地)を被上告人が買い取つたと言う本件事案について原審は上告人が極力反対し異議を主張するにも拘らず右物件中農地(田三畝二十五歩)を除外して同じ代価金三万円を以て売買を完結することに判決したのであります之は法令の適用又は法令の解釈を誤りたるものと謂わざるを得ない、全く実体法規に違背するものである。例えば代値五百円の六法全書を、書籍店が異議を言つたにも拘らず代金を店先きに置いて右六法全書を半分に裂いて持ち帰つたのと同様あとの始末を如何にすべきか訴訟は適当に且つ目的主義に適合したる発展を遂げ十分にして且つ迅速なる弁論のもとに訴訟上の争いを終了せしむるのでなくてはならぬのに原審判決の結果は現に当事者間に於ては右不可分の農地を原審が除外せし為めに或は不当利得とか或は損害賠償請求とか争いが始まり又前述の如く農地委員会に於て農舎(宅地)の買収調査を開始するなど訴訟上の争いの終了どころか益々争いは拡大しつつある次第であります是全く原審の擬律上の過誤の致すところであります。

第六点

原審は「而も事情変更の原則を主張して契約を解除せんとせば当事者は先づ相手方に対し信義衡平の要求するところ従つてその給付の内容を適当に変更すべきことを申出で相手方がこれを拒絶した場合にはじめて契約の解除をすることが出来るに過ぎないと解すべきところ本件において控訴人が被控訴人に対し予めかかる給付の内容を変更すべきことを申出で被控訴人がこれを拒絶したことは何等主張立証がない、以上の理由によつて控訴人の事情変更の原則を主張してした本件契約解除の意思表示もまた無效である」と言うておるが

(1) 上告人は昭和二十四年九月六日附準備書面第二項を以て『又前審に於て藤井与一右衛門は「当時原告(被上告人)ハ福山市ニ於テ酒造業ヲシテ居リマシタガ政府ノ増産計画ニ従応シテアルコール増産ヲ計画シマシタガ福山市ハ罹災ノ恐ガアツタノデ山間ニ工場ヲ物色中被告(上告人)所有ノ本件不動産ニ付……被告本人トノ間ニ売買ノ話ガ直グ纒リ本件不動産ヲ被告カラ原告ニ代金三万円デ売却スル契約ガ成立シマシタ」と述べて自白しておる、又藤井与一右衛門は前審で「被告(上告人)ハ本物件中農地ハ農地調整法ノ関係デ登記ガ出来ヌカラ……更ニ原告(被上告人)ハアルコール製造ノ為メニ本件不動産ヲ買ハレタモノデ既ニ戦争モ済ミ芋ノ作付モシナク為リ貴方ノ為スベキ仕事ハ当然ニハナク為ツタカラ手附金五千円ハ返シテ上ゲルカラ売買ノ話ハ水ニ流シテ貰ヒ度イト云フ申出モアリマシタ……其後送金小切手カ振替デ原告ニ五千円被告カラ送ツテ来タコトモアリマス尚其後被告ハ沖藤省三ヲ介シテ手附ノ倍額ヲ返シテ解約スルコトヲ申入レテ来マシタ」と自白しておる、又藤井与一右衛門は前審に於て「本件契約成立ノ際、私被告、熊原正史(小学校長)井上忠男(早稲田大学出て藤井与一右衛門と同窓)ガ立会ツテオリマス原告ガ本件建物デ経営スルアルコール工場ニ井上忠男ヲ使用シテ貰ヒ度イトノ頼ミカアリ私ハ之ヲ承諾シタ」と自白しておる、又前審に於て証人熊原正史ハ「藤井与一右衛門カラ神石方面ノ芋ヲ集メテ之ヲアルコールヲ作ル為アルコール工場ニスルカラ右不動産ヲ譲ツテクレト云フ話ガアツタノデ私モ当時ノ状況トシテアルコールガ必要ダト思ヒ権利抛棄シテ承諾シマシタ、右工場ニ藤井与一右衛門ノオバアサンガ住ムコト及井上忠男ヲシテ管理者トスルト云フ事ハ知ツテオリマス尚藤井与一右衛門ト井上忠男トハ右土地ノ見聞ハ出来テ居リマス」と証言しておる、以上の事実を茲に援用して「事情変更に因る解除」は正当であることを主張する』と陳述しておる。

(2) 又上告人は昭和二十四年十月十九日附準備書面を以て

『一、本件売買契約の目的が「大戦当時の軍需の為め粗製アルコールを製造するその原料は甘藷を以てする」にあつたのでありますから土地の小学校長熊原正史までも本契約に立会つておる、ところが本件売買契約の目的は全く不要となり法律は之を是認することが出来なくなつた。斯く事情が一変したものであるから控訴人(上告人)は被控訴人(被上告人)に対し昭和二十二年四月二十四日以前に於て「被控訴人ハアルコール製造ノタメニ本件不動産ヲ買ハレタノデ既ニ戦争モ済ミ芋ノ作付モシナク為リ貴方ノ為スベキ仕事ハ当然ニハナク為ツタカラ手附金五千円ハ返シテアゲルカラ売買ノ話ハ水ニ流シテ貰ヒ度イト云フ申出」を為したのである(第一審での藤井与一右衛門の証言調書を援用)即ち右事情変更に因る解除権の行使を為しておるのであります、二、本件物件を譲渡することが頗る困難となつた、三、本件物件の価額が著しく変化した右の如き事情変更に因り本件売買契約を解除する次第であります』と陳述しておる。

(3) 更に又上告人は昭和二十四年十一月二十八日附準備書面を以て

『一、乙第六号証府中税務署土地台帳謄本を提出致します本証を以て、本件土地が農耕地であるであることを立証する、本件土地は農耕地であつてその耕作権は控訴人(上告人)に属しており乙第五号証に明証するように本件建物は其の農業用の施設建物であります本件契約を為せし昭和二十年七月十六日以後に公布(昭和二十一年十月二十一日公布)施行(昭和二十一年十二月二十九日施行)せられし昭和二十一年十月二十一日法律第四十三号自作農創設特別措置法第三条同第十五条に拠る不可分の農地及農舎なのであります。

二、ノ契約の当初から本件土地と建物とは不可分なる約であつたのみならず2土地と建物とを分割して売買することについても控訴人(上告人)の方から話したのであつたが被控訴人(上告人)は之を拒絶しておる、だから分割売買請求権とか代金減額請求権と言うが如き被控訴人(被上告人)の権利を言わんとしても既に被控訴人(被上告人)はそれを抛棄しておる、第一審に於ける昭和二十三年七月十九日の藤井与一右衛門の証言「被告(上告人)は本件物件中農地ハ農地調整法関係デ登記ガ出来ヌカラ之丈ケ登記セズニ代金三万円全額ヲ貰ヒ度イト申出アリ更ニ原告(被上告人)ハアルコール製造ノ為メニ本件不動産ヲ買ハレタモノデ既ニ戦争モ済ミ芋ノ作付モシナクナリ貴方ノ為スベキ仕事ハ当然ニハナク為ツタカラ手附金五千円ハ返シテアゲルカラ売買ノ話ハ水ニ流シテ貰ヒ度イト云フ申出モアリマシタソレハ昨年(昭和二十二年)ノ事デアリマシタ私ハ此ノ解約ハ拒絶シマシタ」と述べておることを茲に援用する』と陳述しておる。

即ち上告人が被上告人に対して「事情変更を主張して契約を解除する」については信義衡平の要求するところに従つて或はその給付の内容を適当に変更すべきことを申出で或は手附金の倍額返還による損害を供することを申出でる等あらゆる信義を尽しておる、之に対して被上告人はこれを拒絶して農地も必ず登記して呉れねばいけぬなどと上告人の右申出でを全然拒絶したのでありますから余儀なく上告人は被上告人に対して事情変更に因る本件契約解除の意思表示を為したのであるから右解除は適法有效である。

然るに原審は斯かる争点についての判断を遺脱しておる法令違背があるのみならず右「事情変更に因る契約解除の上告人の意思表示及びこれに及ぶまでの被上告人、上告人間の申出で拒絶等該意思表示の解釈及その法律效果の認識について」原審は誤つておる違背がある。

更に原審は当事者が援用したる「藤井与一右衛門等の証言」を看過したるものであつて判決に理由を附せざる違背がある次第であります。

第七点

原審は「軍用アルコール製造ができなくなつた結果本件土地建物の給付が信義衡平の観念上当事者にとつて著しく不当であるとは認め難い、又憲法その他諸法令の改正の結果本件土地建物の登記をすることが同様当事者にとつて著しく不当であるとも解されない」と言うておるのであるが「著しく不当であるとは解されない」などと言うことは断じて許されないのである終戦後憲法によつて戦争は抛棄せられ「日本軍用を目的とするアルコール其他一切の戦争用品の製造は禁ぜられたのである」「又主要食糧たる甘藷は強き統制のもとに他に悪用を厳禁せられたのである」又本件契約は終戦前我軍が物資欠乏等の理由から最も困難の時即ち昭和二十年七月十六日当時国民は一切の犠牲を払つても滅私奉公と言う観念から農地も農舎も一農村の食糧資源である甘藷をも犠牲にして一意専心日本軍の航空機用アルコールを製造すると言う被上告人の挙に賛同して本件契約は出来たものである。

原審は信義衡平の原則其他右法令の解釈を誤りたる法令違背あるのみならず右事実が信義則に反するや否やについても著しき過誤があり法令違背ある次第であります。

以上

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