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最高裁判所第三小法廷 昭和25年(オ)48号 判決

上告人 簑原重三郎 外一名

被上告人 国

右代表者 法務総裁

一、主  文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

二、理  由

上告代理人菅野虎雄上告理由第一点について。

上告人は本件土地の所有権移轉については協議が行われたと主張し、その協議は土地收用法第二二條の協議に該当するから、同法第六六條によつて本件土地について先買権を有すると主張するのであるが、原審の認定するところによれば、本件土地の所有権移轉に際しては同法に定める土地細目の公告通知などの手続は行われなかつたのであるから、本件土地について同法第二二條による協議收用が行われたものと認められないことは原判決の判示するとおりである。

論旨は本件土地の所有権移轉について協議の行われたことを理由に、本件土地所有権の移轉が国家公権力に基く收用によるものと論ずるのであるが、賣買当事者間の合意によるものである以上、本件土地の賣買についても協議の行われたのは当然であつて、協議が行われたことを根拠に強制收用が行われたと主張するのは全く理由がない。土地收用法の協議により收用された土地について大審院の判例が同法第六六條による先買権を認めているのは同法第二二條による協議が強制收用手続の一つの段階として行われるからであつて、本件のように協議の先行手続を欠く場合は、協議は賣買の合意のための協議と見る外なく、本件土地の所有権移轉が国の公権力の強制によるものと解する余地は全く存在しない。

もとより本件土地所有権移轉当時の社会情勢から言つて、上告人等がその所有土地の賣渡について多少心理的な圧迫を受けたことはあつたかも知れないけれどもその当時においても上告人等が後日先買権を主張しようとするならば、或は買戻に関する特約をしておくか、或は土地收用法又は国家総動員法による收用を必要とすべきであつて、以上の事実のないにかかわらず、今日に至つて先買権を主張しても如何ともすることが出來ない。なお買收價格協定書が作成された事実、賣買代金として国債証券の交付を受けた事実等は、本件土地所有権の移轉の法律上の性質に影響のあるものではない。

同第二点について。

論旨は国が本件土地について買收当時の目的に使用することなく擅にこれを他の用途に使用するのは憲法第二九條に違反するというのである。本件土地の所有権が賣買によつて完全に国に移轉した以上、国においてこれを如何なる用途にこれを使用するもそのために上告人の財産権を侵害するものではない。所論は上告人が本件土地について先買権を有することを前提としているのであるが、先買権のないこと前段説明のとおりであるから、憲法違反の問題を生ずる余地は全くない。

以上説明するように本件上告に理由がないからこれを棄却することとし民訴第四〇一條、第九五條、第八九條に從い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川太一郎 井上登 島保 河村又介 穂積重遠)

上告代理人菅野虎雄ノ上告理由

第一点 原判決ハ国家総動員法及ビ土地收用法ニ於ケル先買権ヲ不当ニ認メザル違法アリト信ジマス。

原判決ニ於テ引用スル第一審判決ニハ云々「原告等ハ国家総動員法第十三條第三項土地收用法第二十二條ニ基ク協議收用ニ因ルモノナル旨主張スルケレドモ、コレヲ認メ得ベキ根拠ハ一モ存シナイ。即チ土地收用法第二十二條ノ規定ニヨル收用ノ場合ハ同法ノ規定上ソノ先行手続トシテ、土地細目ノ公告又ハ通知ガナケレバナラナイコトニナツテイルガ、本件土地ニツイテハソノヨウナ手続ガフマレタト見ルベキ証拠ハナイ。又国家総動員法第十三條第三項ニヨル收用ノ場合ハ同法ニ基キ発セラレタ土地工作物管理使用收用令ノ定メルトコロニヨルノデアルガ、同令ニオイテハ主務大臣ガ土地ノ所有者ニ收用令書ヲ送達シテ收用スルノデアツテ、協議收用ノ場合ヲ認メテイナイトコロ、本件土地ニツイテ原告等ニ收用令書ノ送達セラレタ証拠モ存シナイ」ト判示シ

国家総動員法第十五條又ハ土地收用法第六十六條ノ先買権ヲ認メズト云ウノデアリマス。

然レドモ国家総動員法第十三條第三項土地收用ノ規定ハ戰時ニ際シ制定セラレタル特別法ニシテ、其ノ通則ハ土地收用法デアリマス。国家総動員法又ハ土地工作物管理使用收用令ニ協議ニ関スル規定ガナイカラトテ協議ヲ禁ジタモノデハアリマセン。

国家総動員法ニ於テハ国家危急ノ場合デアリマスカラ、協議ヲ爲ス余裕ナキヲ想像シ、政府ニ於テ直チニ之ヲ收用シ得ルコトトシタノデアリマス。

殊ニ土地收用法ニ於テハ最初内務大臣ニ於テ收用シ得ル事業タルコトヲ認定シ、後ニ其ノ收用土地ヲ確定スル爲メ起業者ト土地所有者トノ間ニ協議ヲ行ハシムル仕組ナルニ、国家総動員法ニ於テハ、事業ノ認定ト具体的土地ノ確定トハ同時デアリマスカラ、其ノ協議ノ機会ヲ明定セザルニ過ギマセヌ。

而シテ土地收用法第二十二條ニ協議ノ規定ヲ設ケタル所以ノモノハ当事者間ニ務メテ平和ノ行爲ヲ爲サシメント欲シタルニ外ナラズシテ、此ノ場合ニ於テハ土地所有者ハ其ノ土地所有権ノ移轉ニ関シテハ自由意思ヲ有シマセヌ。其ノ協議ノ内容ハ損失、補償額ヲ定ムルニ過ギマセヌ。

此ノ協議ニ因ル所有権移轉モ亦收用ト其ノ間何等ノ経庭ハアリマセヌカラ、此ノ協議ニ因ル所有権ノ移轉ノ場合ニ於テモ之ヲ收用ト称スベシトハ夙ニ大審院ノ判例トセラルル処ニシテ、法曹会ノ決議モ亦同一轍ニ出デテ居ル次第デアリマス。

(明治三十八年四月二十四日判決、大正五年二月十六日判決、大正八年二月七日判決、大正七年三月二日法曹会決議)

然ラザレバ土地ノ所有者ガ国家総動員法上止ムヲ得ズシテ自己ノ土地所有権ヲ移轉セザルヲ得ザル場合ニ於テ平和ニ之ヲ移轉シタルトキハ爾後其ノ土地ノ不用ニ帰シタルトキ、之ヲ他ニ先ダチテ買受クルコトヲ得ズ之レニ反シテ收用セラレタルトキノミ先買ノ利益ヲ受クルガ如キ、其ノ間甚ダ不公平ナル結果ヲ見ルニ至ルデアリマシヨウ。当時陸軍ヨリノ申込ニ対シ、之ヲ拒否シタリトセンカ国賊呼バワリヲ受ケ周囲ノ圧迫之ニ堪ユルコトヲ得マセヌ。

甲第二号証(買收價格協定書)ニヨリ明ナルガ如ク收用スルコトハ当然トシテ、單ニ其ノ價額協議ヲ命ゼラレタモノデアリマス。

乙第一号証ノ一、二ノ末尾ノ承諾書ニヨルモ其ノ形式既ニ普通ノ賣買契約書トハ其ノ選ヲ異ニシ一方的ニシテ、正ニ総動員物資使用收用令第三條ノ收用令書ニ相当シ是レト何ノ選ムトコロガアリマスカ、其ノ文句ヲ異ニスルニ過ギマセヌ。

之ヲ賣渡ナル文句ヲ使用セルガ故ニ賣買ナリ收用ニアラズト云ウハ言語ノ末ニ藉口スルモノデアリマス。

其ノ代金ニシテモ甲第三号証(甲種登録国債登録変更請求書)ノ如ク現金ヲ交付セズ、国債債券ヲ交付シ、然モ国債登録ノ方法ヲ以テシ債券ヲ交付セズ殆ンド不融通物ニ等シキモノヲ交付シテ居ルデハアリマセヌカ、コレヲシテモ対等ノ賣買ト云ヘマシヨウカ。

国家ノ強権力ニ基ク收用ナレバコソ忍從是レツトメテ居ルデハアリマセヌカ、ソレヲ賣渡ノ形式ヲ取レルガ故ニ対等ノ賣買ナリ先買権ヲ與ヘズト云ウハ土地收用法又ハ国家総動員法ノ精神デハアリマセヌ。

然モ同土地ハ何等軍用ニ使用セラルルコトナク終戰トナリ不要ノモノヲ收用シタル結果トナリテイマス。

殊ニ国家総動員法ハ昭和二十年十二月二十日法律第四十四号ヲ以テ廃止セラレテ居マスノデ今日ニ於テ同法ヲ適用スルコトハ出來マセヌ。先買権ノ有無ニ付テハ現在施行セラレ居ル通法タル土地收用法ヲ適用スベキデアリマス。

然ルニ原判決ハ国家総動員法ニ協議ニ関スル規定ナシトシ引イテ甲第二号証ノ協定ヲ土地收用法第二十二條ノ協議ニアラザルニヨリ、同法第六十六條ノ適用モナシトシ上告人ノ本件先賣権ノ行使請求ヲ排斥シタル原判決ハ以上両法律ニ誤解アリ、到底破毀ヲ免カレザルモノト思料シマス。

第二点 原判決ハ憲法第二十九條ノ財産権ハコレヲ侵シテハナラナイトノ規定ニ違反スルモノト信ジマス。

乙第一号証ノ一、二ノ末尾ノ承諾書ガ対等ノ賣買契約ニアラズシテ実質上強制收用ナルコトハ、其ノ文言ニ徴シテモ明瞭ニシテ、收用令書ニ異ナラズ、一面ニ於テハ土地收用法第二十二條ノ協議ニ該当スルモノトモ云イ得ベク、從ツテ該土地ヲ使用スルコトナク不用トナリタルトキハ之ヲ旧所有者ニ返還スルガ当然デアリマス。

最初ノ買收(收用)ノ目的ニ使用スルコトナク、擅ニ之ヲ他ノ用途ニ使用スルハ(本件土地ハ初メヨリ軍用ニ使用シタルコトハアリマセヌ)財産権不可侵ヲ規定スル憲法第二十九條ニ違反スルコトト謂ハネバナリマセヌ。

其ノ代金ニ付テモ甲第三号証ニヨリ明瞭ナルガ如ク現金ヲ交付セズ国債ヲ以テ交付セラレ、乙第一号証ノ一末尾ノ承諾書ハ昭和十八年五月二十四日付ナルニ、所有権移轉登記嘱託書ノ日付ハ昭和二十年三月七日付ニシテ約二年間ハ上告人ニ地租ヲ負担セシメラレ、乙第一号証ノ二末尾ノ承諾書ハ昭和十八年五月二十四日付ナルニ、所有権移轉登記嘱託書ノ日付ハ昭和十九年七月十三日付ニテ是レ亦一年余ノ地租ヲ負担セシメラレ全ク強制的買上ナルコトヲ窺知セラレ其ノ実質ガ收用ナルコトト謂イ得マス。

本件ノ土地ガ昭和十八年五月二十四日陸軍病院用地トシテ陸軍省ニ於テ買收シタルモノナルコトハ、当時者間ニ爭ナキ処ナルニ、コレヲ其ノ目的ニ使用セズ国家ノ所有トナリ居ルヲ幸イ、他ノ用途ニ使用センガタメ形式ガ賣買ト爲レルコトニ藉口シ上告人ノ先買権行使ヲ拒否セントスル被上告人ノ抗弁ヲ採用シ、上告人ニ返還スルヲ要セズトスル原判決ハ憲法第二十九條ニ違反スル処分ト云イ得ベク、從ツテ同法第八十一條ニヨリ、之ヲ上告理由トシ最高裁判所ノ御判断ヲ受ケ得ルモノト信ジマス。

以上

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