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最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)276号 判決 1953年11月10日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人勅使河原直三郎の上告理由(後記)第一点について。

原判決の引用する第一審判決事実摘示によれば、上告人は昭和二三年八月六日逮捕され次で八月九日勾留された後第一審判決を経て控訴手続係属中、仙台高等裁判所第一刑事部が昭和二四年二月三日本件勾留を不法なりとし勾留取消決定をし、同日上告人が釈放されたことは当事者間に争のないところである。所論は右の事実を理由として原判決は同じ仙台高等裁判所刑事部の決定と相反する判断をした違法があると主張するが、右勾留取消決定は、最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律第三号にいう「上告裁判所である高等裁判所」のなしたものに当らないことはもちろん、刑事裁判としてなされた勾留取消決定は、民事訴訟法上の既判力を生ずるものでもないから、同高等裁判所の民事部たる原審は、本件民事訴訟について刑事部の前になした勾留取消決定の判断に拘束されるいわれはない。従つて論旨は理由がない。

第二点について。

本件逮捕状の記載事実と公訴状記載事実とが、刑訴法上のいわゆる基本的事実が同一と認められる場合かどうかについて、仙台高等裁判所刑事部は両者を同一の事実にあらずと判断し、昭和二四年二月三日勾留取消決定をし上告人を釈放したが、その時までは第一審第二審共に右両者を同一の事実と判断し、裁判所は勾留更新をくりかえし、検察官ばかりでなく被告人も弁護人もこれに対し異議の申立をしなかつたところからみれば同じ見解であつたと推認できる。二つの記載事実が全く相異なることが明白な場合は格別、本件のような相類似する記載事実が刑訴法上同一の事実と認むべきかどうかは、記載事実に関する法律上の価値判断であつて、関係検察官又は裁判官が各自の有する識見信念によつてその判断を行つた以上、結果がいずれであろうとも、これによつて故意又は過失の問題は生ずる余地がない。従つて本件の関係官の間に事案に対する見解が異なり、第二審裁判所が同一事実にあらずと判断し勾留取消決定をしたからといつて、その以前の検察官又は裁判官の判断に故意又は過失による誤りがあるということはできない。しかるに国家賠償法第一条によれば、国又は公共団体が被害者に損害賠償の責任を負う場合は、公務員がその職務を行うについて故意又は過失により違法に他人に損害を加えたことを要件としているから、上告人の本件損害賠償請求は、仮りに所論のように前記各事実の間に同一性がないと判断するのが法律上正当だとしても、公務員の故意過失という要件を欠く点において排斥を免かれないものであつて、これを排斥した原判決は結局正当に帰する。従つて論旨は、右同一性の有無に関する主張について判断するまでもなく、これを採用し得ないこと明かである。

同第三点について。

所論は憲法違反を主張するけれども、その実質は理由第一点と同じく原審が同一裁判所の刑事部と異なる判断をしたことを非難するのであつて、第一点について説明したとおり論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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