大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和28年(あ)47号 判決 1955年10月04日

主文

本件各上告を棄却する。

訴訟費用は被告人加藤富士男の負担とする。

理由

被告人杉丸忠太郎、同杉丸忠良の弁護人森山鋭一、同平松勇の上告趣意第一点について。

輸入とは、海上にあっては、船舶から外国貨物を陸揚してわが国内の貨物とすることであるから、免許を受けないで外国貨物を輸入するいわゆる密輸入の行為は、正規の通関手続を経ないで外国貨物をわが国内に陸揚することをいうものと解すべく、従って、第一審判決が確定したように沖縄与那国島で入手した砂糖三万斤を、伊勢湾内常滑沖浮標所附近まで運航して来た上、同所で他の船に積替え、内一万斤を昭和二四年一〇月一一日頃、名古屋市中川区五月通二丁目三九番地神谷七三二方に、内一万斤を同月一三日頃同市同区船戸町三丁目一の二九番地、東海橋下流の大矢セメント倉庫内に、残一万斤を同月一五日頃、四日市市天ケ須賀住吉町一八八六番地先河岸所在の井村秀男方小屋内に陸揚した場合には、右陸揚毎に各別の密輸入の罪が成立すると解するのが正当である。所論引用の判例はいずれも本件に適切ではないから、原判決は所論のように判例と相反する判断をしたものとはいえない。論旨は理由がない。

同第二点について。

所論は原審で主張されず、従って原判決の判断を経ていない事項であり、且つ刑訴四〇五条所定の上告理由にあたらない。のみならず、貿易等臨時措置令は、当時のわが国の経済状態並びに国際的地位に鑑み、特定の場合のほか、民間貿易を禁止したもので、その法益は、わが国の輸入政策の遂行であり、一方関税法の処罰規定は、輸入品に対する関税の逋脱を禁遏することを目的としたもので、その法益は関税徴収の確保にあって、二者各その法益を異にするものである。故に政府の免許を受けないで貨物を輸入した場合には、貿易等臨時措置令第一条違反の罪と、関税法第七六条の罪が共に成立し、想像的競合をなすと解するのを相当とする。従って原判決のこの点の判断は正当であり、貿易等臨時措置令の制定により関税法の右規定は死文化したとの所論は採用できない。

同第三点について。

所論も亦刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。ただ、関税法七六条一項の規定は、同法七四条乃至七五条に該当するものには適用なく、もし本件砂糖に関税が課せらるべきものであれば、被告人の本件行為は関税法七五条違反の罪を構成し、同法七六条は適用がないこと所論のとおりである。しかし、昭和二二年法律第一八八号「食糧輸入税を免除する法律」及びこれを順次改正した、昭和二三年法律第二三一号、昭和二四年法律第二二三号、昭和二五年法律第二八三号、昭和二六年法律第一一〇号によれば、砂糖については、昭和二三年一月一日から昭和二六年五月一日までの間は輸入税を免除されていたのであって、従って本件犯行当時の昭和二四年一〇月頃は、砂糖については輸入税は課せられず、被告人等の本件行為は関税法七五条には該当しなかったのである。故に被告人等の本件行為に関税法七六条を適用した原判決は正当で、何ら所論のような違法はない。

同第四点について。

所論は、法令適用の問題に過ぎず、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。しかも、本件記録に徴すると、被告人等の本件犯行は、被告人等が密輸入した砂糖を他に処分してしまった後に被告人杉丸忠太郎及び杉丸忠良の自首によって発覚したものであって、被告人等が密輸入したという砂糖は押収されていないのである。従って第一審判決が証拠とした所論佐藤検査官吏作成の犯則物件鑑定書は、捜査の結果、被告人等が密輸入したと認められる種類、品質、数量の砂糖の原価を鑑定したものと解せられる。そして第一審公判調書によれば、検察官は、本件犯行にかかる砂糖の価格の立証として、右鑑定書の証拠調を請求するや、被告人両名の弁護人は、これを証拠とすることに同意する旨陳述し右鑑定書は適法に証拠調を経ているのである。してみれば右鑑定書は、被告人等の自白及び関係人の供述等により被告人等が密輸入した砂糖と認められる種類、品質、数量の砂糖についてその原価(到着価格)を鑑定したものと認められる。そして被告人等の密輸入した砂糖には、右鑑定書記載の分蜜白糖及び黒砂糖以外のものは含まれていないことは、第一審判決挙示の証拠によりうかがわれるのであって、被告人等の密輸入した砂糖は右分蜜白糖又は黒砂糖のいずれかであったものというべくしかも被告人等の弁護人等が証拠とすることに同意した右鑑定書によれば、分蜜白糖も、黒砂糖もその原価は、共に一斤につき二三円、九七六であったというのであるから、被告人等が三回に陸揚した砂糖各一万斤の原価は、二三万九七六〇円であって、その原価の三倍が六〇万円以上であることは算数上明らかである。そして第一審判決は右鑑定書を証拠として挙示していることは、第一審判決に徴し明らかであるから、第一審判決は、被告人等が三回に密輸入した砂糖の原価の三倍が少くとも二〇万円以上であることを確定判示したものと解するのを正当とする。してみれば右原価を確定判示しない違法があるとの所論は採用できない。

同第五点について。

所論は量刑不当の主張にすぎず、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。

被告人杉丸忠太郎の上告趣意について。

所論は事実誤認の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。

被告人杉丸忠良の上告趣意について。

所論は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。

被告人加藤富士男の弁護人久保文雄の上告趣意について。

所論は、関税法解釈の問題であって、刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。密輸入の行為は、海上にあっては、外国貨物をわが国土に陸揚する行為と解すべきこと、前に判示したとおりであるから、被告人の行為として第一審判決が確定した事実は正に関税法七六条にあたるものであって、これを密輸入貨物を運搬したに過ぎないものということはできない。所論は採用することができない。

また記録を調べても本件につき刑訴四一一条を適用すべきものと認められない。

よって、刑訴四〇八条、一八一条一項により主文のとおり判決する。

この裁判は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 本村善太郎 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例