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最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)988号 判決 1955年12月20日

兵庫県美嚢郡三木町

上告人

美嚢地方事務所長

岡崎元次

右指定代理人

矢田敏夫

田中房男

同県同郡上淡河村野瀬八八七番地

被上告人

山本松市

右当事者間の指令取消請求事件について、大阪高等裁判所が昭和二八年四月二〇日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(判決が原本に基いて言渡された後誤謬により原本と相違する部分のある判決正本が当事者に送達されてもそれは遡つて判決又はその基礎となつた手続の無効又は違法を来たすいわれはなく単に送達の効力に影響する場合があるに過ぎないから、かかる所論のような主張はそれ自体適法な上告理由とならない。上告人は一応判決正本と目されるものの送達を受け上告状を提出したのであるから、原審裁判所の要請に応じて右正本を持参して原本との異同を確かめ、上告裁判所からの訴訟記録受理通知を受けたら、判決原本又は誤謬のない正本に基いて上告理由を考究すべきであり、その方が上告人自身に有利であつたと思われる。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二八年(オ)第九八八号

上告人 美嚢地方事務所長

被上告人 山本松市

上告指定代理人矢田敏夫の上告理由

第一点 原審判決は無効である。

本訴の原審判決云渡期日は昭和二八年四月二十日であり同日原本交付が裁判所書記になされたことは判決正本によつて明らかである。上告人に対する判決書の送達は昭和二八年五月九日になされ上告人は昭和二八年五月二十日に大阪高等裁判所に上告状を提出した次第である。しかるところ突然昭和二八年六月四日控訴指定代理人であつた矢田敏夫に対し次の書状(原文のまま)が到達したのである。

昭和二五年(ネ)第七〇三号

控訴人 明美地方事務所長

被控訴人 山本松市

右当事者間の指令取消請求控訴事件について至急控訴審判決正本持参の上御出頭下さい。

尚出頭は代理人の方でもけつこうです。勝手ながらお願い致します。

六月三日

大阪高等裁判所第一民事部 印

矢田敏夫殿

右通知に接したが通知指名人は出頭しなかつたところその間電話にて不在中に出頭方申出及び大阪高等裁判所第一民事部に他の者が記録謄写に出頭したとき同部所属書記より口頭を以て正本持参の督促があつた旨の伝言をきいた。其後昭和二八年七月二日次の葉書(原文のまま)が到達した。

(裏)

昭和二五年(ネ)第七〇三号

控訴人 明美地方事務所長 西村好雄

被控訴人 山本松市

右当事者間の指令取消請求控訴事件について度々お願い致しておりますとおり右事件の判決正本を持参の上当部まで至急御出頭下さい。 以上

七月一日

(表)

兵庫県神戸市生田区

兵庫県庁内農地林務課

矢田敏夫殿

大阪高等裁判所第一民事部 印

消印

切手

以上の通知に接したので上告指定代理人矢田敏夫は昭和二八年七月上旬頃大阪高等裁判所へ他の事件で出廷した時丁度第一民事部は非開廷であつたが同部某書記に既に上告手続完了後であること及び判決原本と判決正本とが相違することはあるべき筈がないことを理由に拒絶しその由を裁判長に伝言を依頼すると共に訴訟記録所在を訊したところ一度訟廷課に渡したが現在は第一民事部の裁判官の手元にある旨の回答があつたので速かに最高裁判所へ訴訟記録送達方を併せ依頼して帰つたのである。

其の後昭和二八年九月七日上告指定代理人矢田敏夫は大阪高等裁判所第一民事部法廷に他の事件(昭和二五年(ネ)第四三八号事件)で出廷したとき閉廷後話があるから残るよう申出が吉村裁判長よりあり法廷にて裁判長より弁解とも釈明ともつかない話があつた。要約すると判決原本と判決正本とが相違しているが裁判所を貴殿は疑うようなことはないと信ずるとのことであつた。上告指定代理人は本件は既に上告手続完了後であり一言も発言をなさなかつた。

以上の経過よりして原審判決正本を民事訴訟法(以下民事法という)上の手続によらずして判決云渡後上告期間経過後において法令違背を糊塗せんとして更に訂正又は変更せんとするものであるとすればかかることはたとえ過失によるものとは云え裁判の厳正保持の上から云つても甚しく不明朗である。

元来判決の云渡については昭和六年七月八日付大審院判例に明らかなる如く「判決の云渡は判決原本に基きて為すことを要するものなれば、判決書はその云渡前に成立することを必要とするのみならず一旦最終の口頭弁論に臨席したる各判事が判決書に署名捺印し完全にその成立を見るに至りたる以上……」とありそれによつてなされた判決原本による判決正本であるべきであるから判決原本と判決正本とは絶対に相違なきことは万人の信ずるところである。

また判決正本は原・被両者に送達せられたものがいずれも同一なるべきは勿論なるが前記大阪高等裁判所第一民事部より発せられた通知状によつて被上告人側の判決正本はその後において訂正又は変更せられた由、該部所属某書記よりきき及んだのである。さすれば本件判決正本は判決確定後民訴法上の手続によらずして二様の判決正本が期日を異にして成立していることとなりいずれが判決原本による判決正本なりや、またいずれの日が正しき判決正本送達によつて発効する上告期間の始期となるか実に奇怪な裁判史上稀な事例といわなければならない。また上告人に送達せられた判決正本が仮りに誤つて判決原本と相違するものなれば正々堂々と民訴法上の手続によつて更正、訂正又は変更せらるべきであり本件の場合は当然その過失が発見せられているのであるから上告人側の判決正本を是正すべき義務あるべきに拘らず今日なおそのままであり以上の如き結果となつている次第である。なお亦判決原本と判決正本が相違している上告人の判決正本は真実の判決正本でないとすれば無効の判決正本といわなければならない。従つてそれによつてなされた上告手続は無効となり、さきの送達判決正本後なされた民訴法上の手続によらずして更正、訂正又は変更せられた被上告人側の判決正本は真正の判決正本とするなれば上告人は上告期間を失し著しき不利の立場におかれ裁判を受くる権利を失なわされたこととなる。

本件は既述の如く判決云渡後最高裁判所より訴訟記録受領通知を上告指定代理人が受領日は昭和二八年九月一八日であるから此の間満五ケ月間訴訟記録はどのようになつていたか判断に苦しむ次第である。「民事訴訟の継続審理に関する規則」(昭和二五年一二月最高裁第二七号)第一条によつて訴訟進行を公正且つ迅速に行われるように解釈し運用をしなければならないことは当事者の関係だけをいうのであろうか。徒らに荏苒五ケ月間も訴訟記録が放置せられてあつたことは裁判所がむしろ訴訟進行を本件の場合一方的に阻害していると云つても過言でない。乃ち本件より後に判決云渡(昭和二八年四月二四日判決云渡・大阪高等裁判所第一民事部昭和二六年(ネ)第六九五号事件)御庁昭和二八年(オ)第六八三号土地買収取消上告事件(上告人兵庫県知事、被上告人奥野むつ)は上告指定代理人に訴訟記録受領通知を第三小法廷より昭和二八年六月二八日に入手している。

どうしてかくも訴訟進行手続が本件の場合と比較して著しく遅延したか外部のものには判らない。

以上の事実関係よりして本件判決正本は民訴法第一八七条に違背し被上告人側の判決正本(更正、訂正又は変更せられた分)は民訴法第一九三条、第一九三条ノ二、第一九四条に違背し本件判決は無効といわなければならない。

茲に敢えて上告理由を陳述し最高裁判所の権威ある厳正なる御裁断を仰ぐ次第である。

以上

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