最高裁判所第三小法廷 昭和30年(オ)460号 判決 1957年9月03日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人代理人上条文雄の上告理由第一点について。
上告人が所論時期に所論権利金を被上告人に支払つた事実があり、鑑定人川口長助が鑑定の際に右事実を斟酌しなかつたとしても、そのために直ちに右鑑定人の評価した価格を以て本件室の相当賃料であると認定した原判決が違法であると断定できない。原審は右鑑定の全趣旨に徴して本件室の相当賃料を判定したものと認むべきである。論旨は要するに原審の証拠の価値判断に対する独自の非難に帰し、採用できない。
同第二点について。
借家法七条に基く賃料増減請求権は、いわゆる形成権たるの性質を有するものであるから、賃料増減請求の意思表示が相手方に到達すれば、これによつて爾後賃料は相当額において増減したものといわなければならない。ただ増減の範囲について当事者間に争ある場合には、その相当額は裁判所の裁判によつて定まるのであるが、これは既に増減の請求によつて客観的に定つた増減の範囲を確認するに過ぎないのであるから、この場合でも増減請求はその請求の時期以後裁判により認められた増減の範囲においてその効力を生じたものと解するを相当とする(大審院昭和六年(オ)第一二〇四号、同七年一月一三日判決、集一一巻一号七頁参照)。また金銭債務の履行遅滞については債務者に故意または過失のあつたことを要するものでないから、増減の意思表示が到達した後は客観的に定まつた相当賃料の全額について賃料支払期限到来のときから債務者は当然履行遅滞の責を負わなければならない(大審院昭和一六年(オ)第一四二五号、同一七年一一月一三日判決、集二一巻一八号九九五頁照)。しからば、右と同趣旨の下に、被上告人の催告による本件室賃貸借契約解除の効力の発生を肯認した原判決は正当であつて論旨は理由がない。
同第三点について。
論旨は、被上告人の本件契約解除権の行使は信義則に反し権利の濫用に当たると主張する。しかし、原判決の認定した事実関係の下においては、被上告人の右権利の行使を権利の濫用と認め難い。論旨は採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋潔 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己)