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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(あ)2944号 判決 1958年6月24日

主文

原判決を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理由

被告人及び弁護人鈴木義広の各上告趣意は、末尾添付の書面記載のとおりである。

第一審判決は罪となるべき事実として、「被告人は法政大学経済学部を卒業後、空知郡富良野町西達布中学校に体育担当の助教諭として勤務し、肩書住居において妻と共に居住していた者であるところ、昭和三二年一月六日午後二時頃より自宅外数ヶ所で同僚などと相当量の飲酒を重ね酩酊の上、当日の当番にあたっていた同僚に替わり、学校宿直の勤務につき、同日午後一一時三〇分頃、前記中学校に行ったが、たまたま当夜同町字西達布六〇号西達布中学校教員住宅に住む同僚の井岡久が不在であることを聞き知っていたところから、留守居中の同人妻静子(当二四年)を姦淫しようと考え、自己着用のジャンパーを同夜宿直室にあった野球用ユニホーム上衣(昭和三二年領第三五号の一)に着替え、又同じく同所にあったタオル(前同号の二)を頭に巻き、更に同校運動具保管器具庫より野球バット一本を持ち出し、同月七日午前零時過頃前記井岡方に赴き、施錠のない同家裏口から屋内に侵入し、長靴(前同号の三)履きのまま同家六畳間に至り、折柄子供と共に就寝していた前記静子の布団の上に乗りかかり、その気配に目を覚ました同女に対しいきなり所携の野球バットで前頭部を一回殴打する等の暴行を加え、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女が直ちに起き上って大声で助けを求めたので、その反抗を抑圧するため、更に同バットで同女の後頭部を数回殴打し、ついで同女の左前頭部を一回強打した外、背中、腰部等を乱打するなどの暴行を加え、因って同女に対し左顱頂部裂傷等全治まで約一ヶ月を要する傷害を与えたが、姦淫の目的を遂げず逃走したものである。なお、被告人は右犯行当時飲酒酩酊のため心神耗弱の状態にあったものである。」との住居侵入、強姦致傷の事実を認定し、その証拠として多数の証拠の標目を挙示している。そして第二審判決もまた、原判決(第一審判決)挙示の証拠を綜合すると、被告人に強姦の犯意のあったことを優に認定することができるとして第一審判決を支持したのである。

しかし、第一審判決挙示の証拠を仔細に検討してみても挙示の証拠によって認められる被告人の当夜の行動、即ち認定のような服装で被害者井岡静子方に侵入し長靴履きのまま奥六畳間に就寝中の同女の布団の上に乗りかかり目を覚ました同女をいきなり所携のバットで殴打しその後も数回同女を乱打して傷害を与えた所為が、強姦の犯意に基づくものであるとの事実を認めるべき証拠は遂にこれを発見することができないのである。そして、本件において被告人と被害者の夫井岡久とは職場の同僚で、井岡が旅行不在中であることを被告人が知っていたこと、被告人と被害者とも平素から怨恨、痴情等の関係はなく、また物盗りの業とも考えられないということ等から、直ちに強姦の犯意を推認することはでき難い。そうとすれば、その認定事実と証拠との間に理由不備の違法ある第一審判決を支持した原判決は法令の解釈適用を誤った違法あるに帰し、右違法は判決に影響を及ぼすものというべく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって論旨に対して判断するまでもなく、刑訴四一一条一号、四一三条に従い、裁判官垂水克己の後記補足意見あるほか全員一致の意見で主文のとおり判決する。

裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。

原審が支持した第一審判決挙示の証拠だけで被告人に判示強姦の犯意があった事実を認めることは無理であって経験則に違反する、従って右犯意があったとする認定事実については証拠を欠く理由不備があるというほかないと考える。被告人が判示日時知合の同僚の妻井岡静子方に赴いて侵入し同女の布団の上に乗りかかったのはどういう気持からであったか、殊に姦淫の意思からであったかの点は、当時被告人が心神喪失の酩酊状態にあったためか否かの点をしばらく別としても、挙示の証拠では明確でない。判示状況の下で、野球服、長靴のいでたちのまま布団の上に乗りかかり同女が眼を覚ますや(もし強姦の意思があったなら被告人は同女が眼を覚ますことを当然予期した筈である)いきなり野球バットで同女の頭部を殴り続いて判示のように乱打し傷害を与えるという所為は特別の事情が示されない限り経験則上強姦の犯意に副わず、その犯意の遂行として受け取れないように思われる。

(裁判長裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

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