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最高裁判所第三小法廷 昭和32年(オ)362号 判決 1960年4月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人玉柳実の上告理由第一点(1)、(2)について。

民法四二四条にいう「債権者ヲ害スル」か否かは、債務者の単なる計数上の債務超過のみならずその信用等の存否をも考慮して判断すべきものであることは、所論のとおりである。けれども、所論の点に関し原判決の引用する第一審判決は、昭和二九年七月当時における債務者訴外保里林衛の積極財産としては、原判示(甲)「榎屋」旅館の土地建物及び該旅館営業に附随する什器ならびに判示(乙)松山市大字道後の不動産があるのみで、当時の(甲)の土地建物の価格は営業用什器、暖簾代を含めて三百万円であり、(乙)の不動産の価格は七十万円位であつた事実を認めているのである。ところで、一般に暖簾というときは、一定の営業から生ずる無形の経済的利益を指すのであるから、判示「暖簾代」にはいわゆる信用が含まれている趣旨であると解される。してみれば、原判決には所論のような審理不尽、処理違反等の違法はない。論旨は採用できない。

同(3)について。

詐害行為の成立には債務者がその債権者を害することを知つて法律行為をしたことを要するが、必ずしも害することを意図しもしくは欲してこれをしたことを要しないと解するのが相当である。されば、原判決の引用する第一審判決が「無資力の債務者訴外保里林衛がその実兄である被告(上告人)のため前示(甲)不動産につき本件抵当権を設定したことは同訴外人が右設定により原告(被上告人)その他の債権者の債権を害することを知つてこれをなしたものと推認すべきである」と判示したのは正当であつて、論旨引用の昭和八年五月二日の大審院判決に示された見解は、当裁判所の採用しないところである。論旨は理由がない。

同第二点について。

詐害行為取消権は、詐害の原因たる債務者の法律行為を取り消し、受益者又は転得者がなお債務者の財産を保有するときは直接これを回復し、これを保有しないときはその財産の回復に代えてその賠償をさせ、もつて債務者の一般担保権を確保することを目的とするものである。そして、その財産の回復義務は受益者又は転得者が詐害行為によつて債務者の財産を脱漏させたために生じた責任に基因するものであるから、その財産を他人に譲渡したからといつてこれを免れるものではなく、また財産譲渡の結果利得の残存すると否とを問うものでもないと解さなければならない。本件は、債務者訴外保里林衛が昭和二九年七月八日原判示(甲)不動産につき上告人のためになした抵当権の設定が詐害行為であると主張されているものであるところ、原判決の確定した事実によれば、右不動産については、その後抵当権の実行による競売の申立がなされ、訴外窪田茂は昭和三〇年三月一日競売代金二百三十一万五千円で競落許可決定を得た上、先順位抵当債権を本件抵当債権百五十万円とともに譲り受け、これら譲受債権をもつて競落代金を完納したものであり。本件抵当債権の配当分は先順位抵当債権額を控除した結果百四万七千四百二十五円となつたというのであるから、本件抵当権の設定が取り消されるときは、被上告人はその債権元本四十五万円及びこれに対する遅延損害金を右配当分から総債権者の利益のために弁済をうけうるのであり、この場合被上告人は訴外窪田茂が悪意であれば、同人から直接右金員の弁済を請求することができるが、同人に抵当債権を譲渡した上告人に対してもまた利得に代る賠償として右債権額の限度内の金員の支払を求めることができるものといわなければならない。されば、これと同趣旨に出でた原判決は正当であり、論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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