大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

最高裁判所第三小法廷 昭和32年(テ)20号 判決 1960年4月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人川添賢治、同籔下吟次郎の上告理由(上告状記載の上告理由及び訂正のため別に提出した上告理由を含む)について。

(一)論旨第一点について。

所論は、本件争議が、もつぱら、下川、川淵等に対しなされた依願退社の慫慂の撒回を目的としてなされたものであることを前提として、右争議は団体交渉の目的とならない事項を目的とする違法争議であるのに、原審がこれと反対の見解をとつたことは、憲法二八条により保障された勤労者の権利を誤解したことに基くものであつて、憲法に違反するというに帰する。

しかし、原審の認定するところによれば、高新労組と上告人会社との間に、雇傭条件、昇進、解雇等一般的人事事項に関する労働協約が締結されていない状況下にあつて、組合側は、右両名の解雇処分に付された理由、手続に不安を覚え、将来において組合員に対しても同様の事態の発生することを懸念し、組合員の利益を守るため、人事機構の確立を要求して闘争すべきであるとし、かつまた、組合員たる平社員も累進して、他日は上告人会社の経営補助者として非組合員たる地位に立つことを慮り、非組合員たる右両名の解雇問題を、ひとり組合員の問題であるのみならず、従業員一般の立場において捉えて考え、右解雇反対闘争をしたというのである。右認定によれば、本件争議は、所論のように、もつぱら、下川、川淵両名の解雇の取消乃至依願退社の慫慂の撤回のみを目的として行われたものではなく、かえつて、組合が本件争議において両名の解雇の取消を要求したのは、公正な人事機構の確立を要求することにより、組合員その他従業員の労働条件の改善乃至その経済的地位の向上を図るための手段として、もしくはそのための要求の一環としてこれを争議目的の一つに加えたものであることは明らかである。所論は、原判決の認めない事実を前提として違憲を云為するに帰し、採用の限りでない。

(二)論旨第二点について。

論旨は、本件争議行為はいわゆる抜打争議であつて違法な争議行為であるのに原審がこれを適法な争議行為と解したことは、憲法二八条に規定する勤労者の権利を誤解したことに基くものであつて憲法に違反する、というに帰する。

しかし、原審の認定するところによれば、高新労組は昭和三一年七月二日上告人会社に対し、下坂、川淵両名の解雇撤回を申し入れ、翌三日この要求事項につき団体交渉を行つたが上告人会社がこれを拒絶したので争議行為を開始したというのであつて、両名の解雇撤回要求が争議行為開始後になされた旨を云為する論旨は、原審の認めない事実関係を前提とするものである。また、原審の認定する事情の下で、初めの団体交渉における解雇撤回の要求と後に争議において要求事項として掲げられた人事機構の確立の要求とは、基礎を同じくし密接な関連を有するものであつて、かような場合に、初めの団体交渉において明確に人事機構の確立の要求を掲げていなかつたということだけで、直ちに、本件争議をもつていわゆる抜打争議に当るといい得るものではない。

所論は、原審の認めない事実関係を基礎として本件の場合がいわゆる抜打争議の場合に当るとし、これを前提として違憲を云為するものであつて、採用の限りでない。

(三)論旨第三点について。

論旨は、所論の争議行為は財産権乃至人格権に対する侵害として本来違法な行為であるのに、原審がこれを適法なものとし或いは解雇の理由とならないものとしたのは、憲法二八条の勤労者の権利が二九条の財産権、一三条の人格権よりも優位にあると誤解したことに基くものであつて憲法に違反する、というに帰する。

しかし、原審は、本件争議行為の大部分は、それが争議状態の下で行われたものであることにかんがみれば、直ちに財産乃至人格権に対する侵害として違法視さるべきものでなく、また、一部の行為は違法であるが解雇乃至懲戒解雇の理由に当らないとしたものである。右判断の当否はともかく、ことは単なる法令解釈の問題に過ぎない。論旨は名を違憲に藉りて実は単なる法令違反を主張するに外ならないから採用できない。

(四)論旨第四点について。

所論は、原審の引用する第一審の判決が本件解雇をもつて解雇権の濫用に当るとしたこと、及び原審判決が本件解雇を懲戒解雇とした上でこれを無効としたことは、原審が財産権乃至企業経営権よりも勤労者の権利が優位にあると誤解したことに基くものであつて憲法に違反する、というに帰する。

しかし、この点に関する原審の判断の当否はともかく、これまた単なる法令違反があるか否かの問題に過ぎない。論旨は単なる法令違反を非難するに、語を憲法違反に藉るものに外ならないから採用できない。

よつて、民訴四〇九条ノ三、四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 垂木克己 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例