最高裁判所第三小法廷 昭和34年(オ)1128号 判決 1962年10月02日
上告人 花田和 外二名
被上告人 白井幸兵衛
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
理由
上告代理人西原要人の上告理由について。
親権者が子の法定代理人として、子の名において金員を借受け、その債務につき子の所有不動産の上に抵当権を設定することは、仮に借受金を親権者自身の用途に充当する意図であつても、かかる意図のあることのみでは、民法八二六条所定の利益相反する行為とはいえないから、子に対して有効であり、これに反し、親権者自身が金員を借受けるに当り、右債務につき子の所有不動産の上に抵当権を設定することは、仮に右借受金を子の養育費に充当する意図であつたとしても、同法条所定の利益相反する行為に当るから、子に対しては無効であると解すべきである。
原審確定の事実によれば、上告人等に対して親権を有する母である訴外花田ユリは、上告人等の法定代理人として、上告人等を代理すると共に、同人も亦共同債務者となつて、昭和二七年四月一日訴外丸信商事株式会社より金六万円を借受け、その債務につき原判示家屋並に土地の各持分(上告人等各九分の二、訴外花田ユリ九分の三)の上に原判示抵当権設定登記及び変更登記を経由して居るのであつて、右共同債務は、上告人等及び同女が平等に分割して負担するものであること、多言を要しない。
されば、右借財の意図が同女自身の営業資金に充当するにあつたこと、所論の通りであつたとしても、同女が上告人等を代理して上告人等の名において前記金員を借受けかつその債務につき上告人等の右持分の上に抵当権を設定したことは、民法八二六条所定の利益相反する行為に当らないのであつて、上告人等に対して有効である。さればとて、同女が上告人等の法定代理人として、前記債務の内同女自身の負担部分につき上告人等の前記持分の上に抵当権を設定したことは、仮に借受金を上告人等の利益となる用途に充当する意図であつたとしても、同法条所定の利益相反する行為に当るから、上告人等に対しては無効であるとなさざるを得ない。即ち、本件不動産の所論任意競売は、設定行為が有効なものと無効なものとを包含する抵当権の実行としてなされたものであること、明白である。
しかしながら、上告人等の負担する各債務については訴外花田ユリの前記持分のほか、上告人等の前記持分の上にそれぞれ有効な抵当権が存在し、これを併わせると本件家屋並に土地の全部について任意競売を実施できる関係にある以上、右任意競売において、右家屋並に土地は、何れも被上告人が最高価競落人となつて競落せられ、その競落許可決定が確定したのであるから、右不動産の所有権は、何れも被上告人に帰属して居るものとなさねばならない。
それ故、上告人等が本件不動産の自己持分は、被上告人の所有に移つて居らないとの理由により、被上告人に対し本訴請求に及んだことは、失当である。前記債務の内訴外花田ユリの負担部分につき本件不動産の上告人等の持分の上になされた抵当権設定行為を有効であるとした原判示は、民法八二六条の解釈を誤つたものであること、所論の通りであるけれども、原審が上告人等の請求をすべて排斤したのは、結論において正当であるに帰着する。
論旨は、結局、理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石坂修一 裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)
上告代理人西原要人の上告理由
第一点 原審判決は判断を遺脱し法律の解釈適用を誤りたるものである。
民法第八二六条に云ふ処の利益相反行為なりや否は其の行為自体に付て之を判断すべきものであるとすること判例(大正7、9、13大判一部、昭和9、12、21大判、昭和10、7、13東控)であるけれどもこれは行為自体より見れば利益相反しない行為を親権者が第三者とする場合には具体的事情は第三者は之を知り得ないから具体的に利益相反の故を以て無効とされることは第三者の利益を不当に害する虞あるものだからである。従つて第三者に於てこの具体的事情を知つている場合には第三者を保護する必要はないのである。此の趣旨は表見代理に於て民法第一一〇条第一項後段に於て「第三者が其の権限ありと信ずべき正当の理由を有せしときは前条の規定を適用せず」と規定し、同法第一一二条第一項後段に於て「但し第三者が過失によりその事実を知らざりしときは此の限にあらず」と規定により明である。
上告人は昭和三二年三月二六日付被上告人(被告)準備書面の第三項の事実に対し同年四月二八日付準備書面第一項第三号に於て積極否認をして居るのである。
即ち第三者たる訴外丸信商事株式会社は本件金借は花田ユリの営業資金等に充当するものであり花田ユリの借金であり本件六万円の債務は右花田ユリと被上告人等が連帯債務を負担していると思つていたのである。右の旨を主張立証(被告本人訊問、控訴人本人訊問)しているのである。
原審は右の事実に対し判断を加えず「……花田ユリはこれが弁済や仕入に要する費用その他営業資金にあてる目的で被控訴人等の法定代理人として被控訴人等を代理すると共に自らも共同債務者として昭和二七年四月一日訴外丸信商事株式会社から金六万円を前記のような約旨で借受けこれが担保として右土地建物について抵当権設定契約、更に前記変更契約をなしそれぞれの設定登記を経由するに至つた」との事実を認定し右に利益相反行為に非ずとの判断をしているのである。(第一審は反対に利益相反行為であると認定している)
本件に於ては右に記載したように第三者たる丸信商事株式会社が親権者花田ユリの債務であり形式上子である上告人等と共同で右債務を負担したものであることを知つていたのであるから利益相反行為になるか否を判断するにはその実質につき具体的に定める可きである。
斯ように考えると親権者の債務を子である上告人等の共同債務とすること及び右債務を担保するために子である上告人等の持分に抵当権を設定することは明に利益相反行為であること第一審判決の通りでなければならぬ。
訴外花田ユリの右行為が無権代理行為となる結果抵当権設定が無効であり登記に公信力がないのであるから被上告人に上告人等の持分権が移転しないのは当然である。
殊に被上告人は右丸信商事株式会社の専務取締役として右の具体的事情を知つていた者であるから尚更である。原審判は判断遺脱により民法第八二六条の解釈適用を誤つたものであるから破棄さるべきである。