最高裁判所第三小法廷 昭和34年(オ)139号 判決 1962年9月18日
控訴人 国
国代理人 青木義人 外一名
被控訴人 西日本海事工業株式会社
主文
原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、第一審判決中上告人敗訴の部分を取り消す。
被上告人の本訴請求を棄却する。
訴訟費用は、各審を通じ、被上告人の負担とする。
理由
上告指定代理人加藤宏名義の上告理由第一点について。
所論は、執行吏が債務者所有の有体動産の仮差押をした上これを第三者をして保管させた場合に右有体動産を監視注意すべきその職務上の義務とはこれを点検する義務をいうのであつて仮差押債権者の申立をまつて始めて生ずるものと解すべきであるから、債権者の申立がない以上、執行吏が仮差押動産を点検しなかつたからといつて、当該執行吏に過失があつたとはいえないというが、所論の場合における執行吏の右職務上の注意義務とは、仮差押債権者の申立の有無に拘わらず執行吏の占有機関たるその第三者をしてその有体動産が滅失毀損することなく適当な状態で保管させるよう適時適当の方法で監視注意する義務をいうのであつて、必ずしも、有体動産を自ら点検する義務だけに限られるものではない。所論の原判決の判示もこの趣旨に出でたものと解される。従つて、執行吏の右職務上の義務が仮差押物件を点検する義務に限られることを前提とする所論は理由がない。
そして、原判決が確定したところによれば、判示山口地方裁判所岩国支部執行吏野坂藤三郎が、判示仮差押決定に基づき、債権者村本登の委任により、債務者たる被上告会社(原告)に対する執行として、債務者所有の岩国市所在の判示有体動産の仮差押をした上、昭和二六年五月二九日、債権者の代理入堀口弁護士の申出により、同弁護士にこれを同執行吏所属裁判所の管轄区域外である広島市宇品町所在訴外株式会社大洋商事において保管させることとし、よつて同弁護士は、即日右仮差押物件を右株式会社大洋商事に運搬し、同所でこれを保管していたが、同執行吏は同所での保管当初から同所に赴いてこれを点検したことがなく、それが如何なる方法、状態で保管されているかについて監視注意したこともなく、その施した仮差押の表示が脱落したまま、これを放置していたというのである。右各事実によれば、同執行吏は右仮差押の執行について用うべき前段説示の意味における職務上の注意義務に違反したものといわねばならない。
けれども、本件仮差押物件がかような状態にあつた間に、訴外長西盛徳、上山逸雄が、共謀の上、本件仮差押を解除させようと企て、長西において本件物件を所有者である被上告会社より長西に売渡した旨の内容虚偽の売渡証並びに長西が本件物件の引渡を受けたときは直ちにこれを被上告会社に引き渡す旨の内容虚偽の念書を作成し、長西があたかも本件物件の所有者であるものの如く装い、仮差押債権者村本を被告として山口地方裁判所に本件物件につき第三者異議の訴を提起し、右虚偽の売渡証を示したため、債権者村本は、本件物件が長西の所有であつたものと誤信し、長西の所有権を認め、本件仮差押の解放を約する示談書を作成し、長西は同年一二月二六日第三者異議の訴を取下げ、次で債権者村本は右執行吏に対し仮差押執行解放申請書を提出するに至つた、という経過の後長西は、本件物件を保管中の訴外大洋商事に赴き、右示談書を示して示談成立したものの如く告げ、同会社から本件仮差押物件の引渡を受け、被上告会社に無断でこれを第三者に売却して引渡した結果、本件物件はその第三者より更に他人に順次引き渡され、現在の占有者及びその所在場所も明らかでなく、被上告会社は本件物件の引渡を受けることが不能となつたという原判示事実関係のもとでは、本件物件の右滅失は右執行吏の前記職務上の注意義務違背その他原判示の過失により通常生ずる損害とはいえないから、右過失と右滅失との間には相当因果関係がないものといわねばならない。してみれば、この点に関しては、原判決の判断は当をえず、この誤りが原判決主文に影響を及ぼすこともちろんであるから、論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、被上告人の本訴請求は棄却すべきものであるから、当裁判所は、民訴四〇七条、四〇八条により、原判決を破棄して自判すべきものとし、訴訟費用の負担について同九六条、九五条、八九条を適用のうえ、裁判官全員一致の意見をもつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 垂水克己 河村又介 石坂修一 五鬼上堅磐 横田正俊)
上告指定代理人加藤宏の上告理由
第一点原判決には相当因果関係の存否の判断を誤つた違法がある。
原判決は、山口地方裁判所所属執行吏野坂藤三郎が、過失により、仮差押債権者に対し本件仮差押物件を同地方裁判所の管轄区域外である広島市宇品町海岸埋立地株式会社大洋海事において保管することを任かせ、かつその後保管場所に赴いて保管状況を調査することもしなかつたために、右大洋海事は、仮差押の執行の解除がないのにかかわらず、本件仮差押物件を長西盛徳に引き渡し、そのため同人は無断でこれを他に売却し、結局被上告会社(第一審原告)は、本件仮差押物件の所有権を失い、損害を被つたもので、右過失と損害との間には相当因果関係がある旨判示している。
しかしながら、右過失とされているものと損害との間には相当因果関係の存しないことは明白である。
原判決が挙示される過失の内容は
(イ) 執行吏が第三者をして仮差押物件を保管せしめる場合の監視注意義務を尽さなかつたこと。
(ロ) 執行吏の管轄区域内に於て保管せしむべきであつたのに拘らず区域外に於て保管せしめたこと。
の二点に分たれると思われるので、これにつき順次上告人の見解を明らかにする。
一、先ず(イ)の過失の有無について
元来ある不作為が違法であるとされ、或いはある不作為が損害との間に相当因果関係があるとされるためには、その前提として作為をなすべき義務があることを要することは言うまでもない(大審大7、7、12判決)。本件の場合野坂執行吏にそのような法律上の義務があるであろうか。執行は債権者の利益を実現することを目的とするものであるため、執行吏の執行について申立主義がとられていることは執行の開始、中止、続行等の基本的行為がすべて債権者の申立をまつて行われることから明らかであるから、仮差押物件の監視注意即ち点検も債権者の申立があれば格別、その申立がない以上点検する義務はないことは、右申立主義の当然の帰結である。(このことは、執行吏の取扱事件数とその人員との比較においても明らかであると考える。即ち昭和三十一年度における全国の執行吏の取扱事件総数は約一五〇万件であるのに対し執行吏の人員は僅かに三三五人である。仮に原判決の説かれるように執行吏にその占有物件につき常時監視注意の義務があるとするならば、若干の補助者の数を見込んだとしても、果して右人員をもつて、その義務を尽すことができるであろうか。まことに難きを強いるものと言わざるをえない。)ところが原判決はかかる申立の有無について何等認定をせず漫然野坂執行吏が保管状況を点検しなかつたこと-不作為-をもつて被上告会社がうけた損害につき相当因果関係にある過失であるとするのは、理由不備の違法があるか又は過失のない行為を目して過失とした違法がある。
二、(ロ)の過失の点については、これを認めざるをえないが、だからといつて右過失が直ちに被上告会社のうけた損害と相当因果関係にたつとはいえない。
何となれば
(1) 原判決も認定している如く本件物件に対し仮差押の執行がなされた後、被上告会社の取締役で庶務係をしていた上山逸雄と同会社現場主任長西盛徳は共謀して、右仮差押を解除せしめようとして、本件物件を長西が会社より十五万円で買受けた旨の売渡証を偽造して、これに基き債権者村本登を相手として第三者異議の訴を提起し、遂に村本をして右訴訟について争うことを断念し、裁判外において長西と示談し、本件物件の所有権が長西に属することを認め、これに対する仮差押を解放する旨の示談書を作成せしめ、長西はこの示談書の保管を託されていた株式会社大洋海事に示して、同会社より本件物件の引渡をうけた上、被上告会社に無断でこれを他に売却し、よつて被上告会社に損害を被らしめたのである。
原判決は、「同執行吏が本件物件をその管轄区域内において十分の注意を以て自ら保管し、或は他人に保管させていたならば仮差押の解放後は知らずその執行中に長西が本件物件を持去り他に売却することはできたとは考えられないから……因果関係がないということはできない」と判示しているのみである。野坂執行吏が自ら保管しておれば、このような事態は生じなかつたであろうということはいえるが、自ら保管しなかつたことに何等過失はない。何故ならば、有体動産に対する差押又は仮差押は、執行吏がこれを占有してすることが原則ではあるが(民訴五六六条一項)、債権者の承諾があるか又は運搬をするのに重大な困難があると認めるときは、債務者に保管させることができる(同条二項)し或は第三者に保管を任せることができる(執達吏職務細則第六十条、第六十二条、第六十三条)のであつて、如何なる場合に執行吏が自ら物の保管をするかは、各場合の事情によつてその裁量により臨機の処置をとりうるのであるから、本件物件のようにボイラーとか蒸気ウインチ、水タンク檜木柱の如き容積が大であり、且つ重量物件は、執行吏自ら保管することは不可能であり、従つてこれを他に適当な方法で保存することは、当然な処置というべきであるからである。
それならば、野坂執行吏が本件物件をその管轄区域内において第三者に保管させていれば、右上山と長西は前記の如き策謀を断念したであろうか。この両名は、管轄区域外の保管ということにつけこんで、このような取戻しを策したのであろうか。そのような事実は何等原判決には認定されていない。むしろ原判決の認定事実によれば、右両名は何処に本件物件が保管されていようが、被上告会社のためにこれを取り戻そうとして、契約書等を偽造し、第三者異議の訴を提起し、その結果債権者と示談し、仮差押を解放する旨の示談書を作成せしめたであろうことは窮うに難くない。
そしてこの場合仮差押物件が執行吏の管轄区域内に保管されているからといつて、示談書を保管者に示して仮差押物件の引渡を求めることを断念したであろうか、恐らくはそうではあるまい。原審証人葛西正美の証言によれば本件物件を保管していた株式会社大洋海事においても本件物件が仮差押物件であることを承知していたことは明らかであるから、保管者において本件物件が仮差押物件であることを知つているという点においては、それが執行吏の管轄区域内にあると否とで異るところはない。長西は大洋海事が本件物件が仮差押物件であることを知つていることを承知していながら、敢えて示談書を示してその引渡を求めたのであるから、仮に本件物件が執行吏の管轄区域内にある第三者に保管されていたとしても、同様の挙に出たであろうことは疑いのないところである。このような場合、法律の専門家ならいざ知らず、仮差押を解放する旨の示談書を示されれば、仮差押物件を引渡すことも普通人の常識としては当然あり得べきことであつて、この点については仮差押物件が執行吏の管轄区域内にあると否とは関係のないことと言わなければならない。以上述べたところにより明かなように、管轄区域外の保管は、何等損害に対し、相当因果関係にあるものではないのであつて本件損害は専ら長西が本件物件を他に売却したことに基くのである。原判決自体も、被上告会社が損害を被むるに至つた主たる原因は前記両名の共謀行為にあることを屡々認定しているにも拘らず、何等納得すべき理由を述べることなく、「同執行吏が本件物件を同執行吏の職務を行い得る管轄区域外に運び出すことを許さず、或は本件物件の保管を債権者に任せたまゝ放置していなかつたならば、本件物件は仮差押執行中に紛失するようなことはなかつたであろう」とし、従つて相当因果関係の存することは明らかであるとするに止る。これでは、まさに自然的因果関係ありとする説明に過ぎず、従つて理由不備の違法がある。
(2) 更に本件の場合は、債権者の代理人たる堀口弁護士から本件物件を債権者の関係している広島市所在の株式会社大洋海事において保管したい旨の申出があつたので野坂執行吏は本件物件の保管を同弁護士に任せたところ右大洋海事はこれを長西盛徳に引き渡し、そのため原告において損害を被つたというのであるが、仮差押物件を完全な状態において保管することは債権者にとつて利益となることであるから、債権者に仮差押物件の保管を任せた場合において、仮差押の継続中、仮差押物件を第三者に引き渡し粉失させるというような事態は、通常発生するものとは考えられない。相当因果関係にある損害とは、債務者が現実に知り又は善良な管理者の注意を用いたならば知りうべかりし事情のみを採り入れ、この事情の下において通常生ずべき損害をいうのであるが、右の如き事情の下において、被上告会社の被つた損害は、到底通常生ずべき損害即ち野坂執行吏が管轄区域外において第三者に保存せしめた行為と相当困果関係にあるとはいえない。
以上、これを要するに、原判決には野坂執行吏の過失と損害との間には相当因果関係が認められないにかゝわらず、これありとした違法があり、破毀さるべきである。
第二点原判決には民法第七〇八条の類推適用について誤を犯した違法がある。
思うに民法第七〇八条の立法趣旨は、自ら不徳な行為をしておきながら、しかもそれを理由として自己の損失を取り戻そうとするような者は、その心情において非難せらるべきだから、法も又これを保護しないというにある。即ちイギリスの衡平法における(衡平法廷にはいる者は、汚れない手をもつてはいらなければならない)とか又フランス法における(何人も自己の恥ずべき行為を援用する者は、その要求を容れない)という原則と同一の思想に基づくものであつて、この思想の基盤をなすものは、民法第九〇条にある。何となれば同条は法律によつて禁止せられない行為と雖も社会の理想に反するときは、法律はその実現に助力を与えないことを明らかにしたもので、不徳な目的のために法律行為がなされた場合に、その実現を禁遏せんとするものであるに対し、七〇八条は、かゝる法律行為が履行せられた場合において、すでに発生した事実上の結果の回復を望む者に対してその助力を拒むものであるから、両条は正に表裏の関係に立ち、法の同じ理想の異つた顕現にすぎない。従つて七〇八条が不当利得の章に規定されているからといつて、これを不当利得以外に及ぼすことを躊躇すべきでないとすることは既に学者の説くところであり、判例もこの立場に立つて、被害者が自己に存する不法の原因によつて生じた損害の賠償を請求することは、民法第七〇八条の精神に反し、かゝる請求にたいして法律上の保護を与うべき限りではないとする(大判昭15、7、6、同16、2、20、同19、9、30等)。
ところで、被害者が法人である場合に、被害者に存する不法の原因とはいかなることであろうか。
民法七一五条の使用者責任の認められる根拠は、いわゆる報償責任の一顕現により根本的には、社会に発生した損害の公平なる分担であるということがいわれ、「ある事業の被用者の行為は、客観的に見れば、その事業活動の一部をなしているのであるから、その行為が事業上のものであれば、その結果は良きにせよ悪しきにせよ、その事業に帰せしめるのが妥当である」との考えから右規定は「個人主義的原則を推し進めたものである」とされ、或は「一の企業という如き組織体の構成員たる被用者が、組織体そのものの機関として働いている中は、その者の行為は当然雇主の行為」と解すべきであることに基くとされている。
このような不法行為法における考え方は被害者に存する不法原因の意義を解釈する上においても当然考慮さるべきであろう。したがつて法人の被用者の事業執行について、不法原因があり、かつ民法七一五条一項但書所定の事由の存しない場合には、使用者たる法人自身に不法原因がある場合と同視すべきものと解することこそ、信義誠実の原則或は衡平の原則にも合し、民法七〇八条の精神を不法行為法の解釈に最もよく生かすものである。
本件についてみるに、前項記載の如く、原判決は、被上告会社取締役上山逸雄と同会社現場主任長西盛徳の両名が共謀の上、本件仮差押を解除させるために、長西は本件物件を被上告会社から買受けた事実がないのに、同人が買受けた旨の契約書を偽造し、同人をして本件仮差押の執行に対し第三者異議の訴を提起させ、よつて仮差押債権者をして同人がその所有権者である旨誤信させ、仮差押の執行を解放する旨の示談書を作成させ、これにより長西は本件物件の引渡をうけたことを認定している。
右上山、長西の行為は、被上告会社の財産保全のためになされたものであり、被用者がその事業の執行についてなしたものにほかならないから、右両名に存する不法原因については、これを被上告会社自身に不法原因がある場合と同視すべきである。しかるに原判決は、右両名の共謀行為は、上山に代表権がなく、又代表者に無断でしたことであるから、これを被上告会社の行為と認めることはできない。従つて被上告会社の行為が本件損害の原因となつたものとはいえないと謂う。成程上山には代表権はないが、取締役として業務執行権は有していたもの(上山等の行為は昭和二六年六月頃であるから旧商法の適用がある)であるから保存行為は当然会社のためになしうべく本件はまさに右両名の上告会社のために行われた保存行為に外ならないから、当然被上告会社の行為ともいえるのであるが、その点は暫く措くとしても前述の如く被上告会社の本訴請求は民法七〇八条の精神からみて、法律上の保護を与うべきではないのに、原判決が同条の類推適用を否定したのは、法令の適用を誤つた違法があり、原判決は破毀さるべきである。