最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)365号 判決 1962年12月25日
上告人 森栄次(仮名)
被上告人 上野由美(仮名)
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告状記載の上告理由及び上告理由書記載の一、五について。
婚姻の予約は、将来において適法な婚姻をなすべきことを目的とする契約であつて、適法にして有効なものであること及び法律上これにより当事者をして婚姻を成立させることを強制しないが、当事者の一方が、正当の理由なく、約に違反して婚姻をすることを拒絶した場合には、相手方に対し婚姻予約不履行による損害賠償の責に任ずべく、その損害賠償は精神的損害の賠償すなわあ慰藉料の支払を含むものであることは、大審院大正二年(オ)第六二一号、同四年一月二六日民事連合部判決(民事判決録二一輯四九頁)以来、屡次の判例の示すところである。このように、婚姻の予約をなした者は、その不当な違反について相手方に対し損害賠償の責に任ずべきものであるが、婚姻予約に基づいて婚姻を成立させることは、任意の履行のみに委ねられていて強制履行は許されないわけのものであるから、婚姻予約そのものが当事者の任意によりなされたものである以上、予約締結から婚姻の成否確定までの全体を通じ、その者は、自己の意思により婚姻をなすか否かを決定する自由を保有しているものとするに妨げないと解せられる。
所論は、婚姻予約不履行につき慰藉料支払義務を認めることは婚姻の自由を侵すものであるとか、慰藉料は刑罰であるとかの、当裁判所の採用し得ない独自の見解を前提として、原判決の違憲違法をいうか、乃至は原審の専権に属る婚姻予約成立の事実認定を非難するかのものであつて、すべて採用できない。
上告理由書記載の二について。
所論は、原審の専権に属する婚姻予約成立及び慰藉料額の認定を非難するものにすぎず、採用できない。
同三について。
原判示のように、上告人は被上告人と仮祝言、結婚式を経て同棲生活に入つたというのであるから、その間に婚姻予約成立を認めた原判決は相当であり、かかる経緯による婚姻予約をもつて慣習法に違反した無効なものとすべき理由はない。論旨は採用できない。
同四について。
本件婚姻予約不履行を理由とする慰藉料請求事件は一つの財産権上の請求として民事訴訟事件であり、民訴五条、民法四八四条により債権者たる被上告人の現時の住所地を管轄する熊本地方裁判所玉名支部に訴を提起できると解される。本件を人事訴訟事件とする所論は理由がない。また、本件は家事審判法一七条にいわゆる家庭に関する事件として、調停前置主義がとられる事件に当るが、記録によると、本訴の提起を受けた熊本地方裁判所玉名支部は、当事者の合意で定めた熊本家庭裁判所玉名支部の調停に付していること明らかである。従つて所論管轄違背の主張はすべて採用できない。
同六について。
原審が本件につき婚姻予約の成立を認めたことの相当であることは前叙のとおりであり、婚姻予約の成立を認めることが民法七三九条のいわゆる法律婚主義に反するものでないことは言をまたない。所論は独自の見解に立つものであり採用できない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 垂水克己 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐 裁判官 横田正俊)
(上告理由省略)