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最高裁判所第三小法廷 昭和35年(オ)674号 判決 1963年12月24日

判   決

東京都台東区西黒門町二二番地

破産者新光貿易株式会社破産管財人

上告人

田村福司

右訴訟代理人弁護士

小倉隆志

長野潔

東京都中央区日本橋石町一丁目六番地の三

被上告人

株式会社東京銀行

右代表者代表取締役

堀江薫雄

右訴訟代理人弁護士

久保田保

右当事者間の不当利得返還請求事件について、東京高等裁判所が昭和三五年二月二五日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決中上告人の請求を棄却した部分を破棄する。

被上告人は上告人に対し一、〇四一、四六四円を支払え。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について。

原判決は、破産会社(新光貿易株式会社)において被上告人に対し本件債務を負担していないにもかかわらずこれが弁済として五、三九二、九二四円を支払つたから、これにより被上告人は法律上の原因なくして右金員に相当する利益を受け、破産会社に同額の損失を及ぼしたものであること、銀行業者である被上告人が右弁済金を運営資金として利用することにより、少なくとも商事法定利率による利息相当の運用利益(臨時金利調整法所定の一箇年契約の定期預金の利率の制限内)を得ており、右利益は現存していることをそれぞれ認定利示していることは所論のとおりである。

按ずるに、不当利得における善意の受益者が利得の原物返還をすべき場合については、占有物の返還に関する民法一八九条一項を類推適用すべきであるとの説があるが、かかる見解の当否はしばらくおき、前記事実関係によれば、本件不当利得の返還は価格返還の場合にあり、原物返還の場合には該当しないのみならず、前記運用利益をもつて果実と同視することもできないから、右運用利益の返還義務の有無に関して、右法条の適用を論ずる余地はないものといわなければならない。すなわち、たとえ、被上告人が善意の不当利得者である間に得た運用利益であつても、同条の適用によつてただちに被上告人にその収取権を認めるべきものではなく、この場合右運用利益を返還すべきか否かは、もつぱら民法七〇三条の適用によつて決すべきものである。

そこで、進んで本件におけるような運用利益が、民法七〇三条により返還されることを要するかどうかについて考える。およそ、不当利得された財産について、受益者の行為が加わることによつて得られた収益につき、その返還義務の有無ないしその範囲については争いのあるところであるが、この点については、社会観念上受益者の行為の介入がなくても不当利得された財産から損失者が当然取得したであろうと考えられる範囲においては、損失者の損失があるものと解すべきであり、したがつて、それが現存するかぎり同条にいう「利益ノ存スル限度」に含まれるものであつて、その返還を要するものと解するのが相当である。本件の事実関係からすれば、少なくとも上告人が主張する前記運用利益は、受益者たる被上告人の行為の介入がなくても破産会社において社会通念に照し当然取得したであろうと推認するに難くないから、被上告人はかりに善意の不当利得者であつてもこれが返還義務を免れないものといわなければならない。してみれば、右運用利益につき、被上告人が善意の不当利得者であつた期間は、民法一八九条一項によりこれが返還義務のないことを前提として、上告人の本訴請求中被上告人の不当利得した金員合計五、三九二、九二四円に対するその各受領の日の翌月より昭和二九年六月二一日までの運用利益の支払を求める部分を棄却した原判決は、右の点に関する法令の解釈適用を誤つたものといわなければならないから、論旨は理由があり、原判決は、右部分にき、他の上告論旨についての判断をまつまでもなく破棄を免れない。そして、本件は、右部分につき当審で裁判をするに熟するものと認められるところ、右上告人の請求部分は合計一、〇四一、四六四円(円未満は切り捨てる。)となることは計算上明らかであるから(上告人の請求の趣旨中の中間計算にも明白な誤りがあるので訂正)、被上告人は上告人に対しこれが支払をなすべきものである。

よつて、民訴四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

最高裁判所第三小法廷

裁判長裁判官 五鬼上 堅 磐

裁判官 河 村 又 介

裁判官 石 坂 修 一

裁判官 横 田 正 俊

上告人の上告理由

第一点 原判決は民法第七〇三条の適用を誤り、同第一八九条第一項を不当に適用しているので、当然破毀されるべきものと信じます。

原告は本訴において、被告に対し、(一)被告に対する交付金計五、三九、二、九二四円相当額を不当利得として、その返還を求めるとともに、(二)被告は銀行業者として、右金員受領の日より、これに相当する金員(受領した金員は、当時被告所有の他の金員に混合され区別が無くなつているので、受領した金員そのものに限られず、これに相当する金員)を運用して、少なくとも壱年期限の定期預金利息相当額(臨時金利調整法所定の制限による)以上の利益を得ており、これは被告の不当利得であるから、右金員受領の翌日以降完済に至るまでの右受益金の内壱年期限の定期預金利息相当額を原告に支払うべきである、と主張し、その請求をしているのであります。

しかして原判決は「破産会社は被告に対し本件債務を負担していないにも拘らず、これが弁済として前示金員を支払つたことに帰するから、被告は法律上の原因なくして右金額に相当する利益を受け、破産会社に同額の損失を及ぼしたものである。」と認定し更に「被告が銀行業者であることは上記認定の通りであるから、右弁済金を利用して少くとも商事法定利率による利息相当の運用利益(臨時金利調整法所定の制限内の利益)を得ておることは容易に窺い得られる」と、右原告主張通りの認定をしながら、(第一審判決でも同様に認定されている)右被告の受益を占有物より生ずる果実なりとし、且つ被告は当初善意の受益者であつた、として、民法第七〇三条の適用を誤り且つ同第一八九条第一項を不当に適用し、被告に右受益の収受権ありとして、原告の請求を棄却したのであります。しかし民法第七〇三条は、不当利得者に対し「其利益ノ存スル限度ニ於テ之ヲ返還スル義務ヲ負フ」と規定し、即ち苟くも利得の存する限り、その利得全部の返還を命じているのでありまして、この場合利得者の善意、悪意を区別して、民法第一八九条第一項適用の余地が存しないのであります。これは法律上の原因なくして他人の財産又は労務に因り不当に利得している場合に、法はその利得者をして、苟くも利得の存する限度、即ち不当利得の残留しないように、その利得の全部を損失者に返還させ、もつて法の理念とする衡平の実を挙げようとしているのであります。

かように、民法第七〇三条の適用に当つては、民法第一八九条第一項適用の余地がないのでありまが、その利得の返還に当り、返還すべき財産が利得者の入手した物その物、即ち原物返還の場合には、それ等の原物より生じた利得に対して民法第一八九第一項を適用すべし、とする一部の少数学説があります。しかしこの場合でも通説は飽くまで衡平の理念に徹し、たとえ善意の利得者であつても、不当利得はこれを許容すべきではない。として同法条の適用を拒否しているのであります。況ん本件の場合は、原告に交付した金員そのものの返還を求めているのではなく、交付金員に代る他の金員の返還、即ち価格返還の請求をしているのでありまして、このような価格返還の場合に同法条を適用すべしとの異説あるを見ないのであります。かように少くとも価格返還の場合には民法第一八九条第一項適用の余地がないのでありまして、本件におきましては被告は銀行業者として常時その営業資金獲得の為め預金の吸収に務め、その預金の中でも定期預金は、最も安定した営業資金として運用し得る点から、その獲得には各銀行とも絶えず多額の募金費を投じて激烈な競争を続けているのでありますが、被告は本件の原条よりの収受金につき少しも募金費を要せずして、期間一年以上の定期預金を獲得したと同じ条件で、これを営業資金として利用しているのであります。即ち被告が本件収受金につき原告に対し定期預金と同率の金員を支払うのは、被告が銀行業者としてその資金獲得の為めに、これを利用することによる収益の有無に拘らず、一般の定期預金利息として当然に支払つているのと全く同じで、被告はこれが為めに何等特別の注意、労力又は出資を要せずして、しかもこれを運用することにより多額の利益を挙げ、年々利益配当を継続しているのでありまして、原告はその運用利益の内期間壱年の定期預金と同率の金員を被告の得たる利益として請求しているのであります。

されば原判決は前記受益の認定に基き、民法第七〇三条をその儘に適用し、原告の請求通り、被告に対し、右受益金の返還を命ずべきに拘らず、民法第一八九条第一項を不当に適用して、昭和二十九年六月二十二日以前の受益金返還請求を棄却したのでありまして、この点原判決は重大なる違法であつて、到底破毀を免れないと信じます。

第二点 原判決は民法第一八九第二項の適用を誤つており、破毀を免れないと信じます。

被告が本件収受金の運用により少くとも一年期間の定期預金利息相当額以上の利益を得ており、これは被告の善意悪意に拘らず、原告に返還すべきであること第一点所論の通りでありますが、仮りに価格返還である本件の場合にも民法第一八九条第一項の適用があるとしましても、原告は被告を、(一)本件弁済金受領の当初より、(二)そうでないとしても、原告より被告に対する本件不当利得返還の催告書到達の翌日即ち昭和二十八年二月二十五日以降、(三)又更に民法第一八九条第二項に基き本訴提起の時以降、何れも悪意の受益者であるとして、本件収受金の運用による利得金の返還請求をしているのでありますから、原判決は少くとも民法第一八九条第二項を適用して、本権の訴である本訴提起以后被告を悪意の占有者と看做して、原告の請求を認容すべきでありました。

しかるに原判決は、この原告請求に対し、被告が当初より、又は催告書到達の日以后悪意の受益者であつたことを認め得ない。とし、「本件訴状の記載によるも、被告が右訴状の送達により、直ちに本訴提起当時右理由(本件債務引受が商法第一六八条第一項第六号違背)により、右引受が無効であることを知つていたものと認めることはできない」と判定するとともに「原告が昭和二十九年六月二十一日の第一審口頭弁論期日において、右引受が(前記商法違反により)無効であることを陳述しているから爾后被告を悪意の受益者とみなすのが相当である」とし、被告に対し爾后の原告主張の利得金返還を命じているのでありまして、原判決には明かに前記法条の適用を誤つた重大なる違法があると謂わざるを得ません。

蓋し民法第一八九条第二項の主意とするところは、物の占有者がその占有につき、最初善意であれば、その物より生ずる果実を自己の所有物として消費する場合があり、それを後日に至り急に返還を命ぜられては、占有者が不測の損害を蒙る虞れがあるかも知れない。しかし一旦占有物についての本権の訴を提起された以上、訴提起以后は、他日敗訴の場合はその物を返還しなくてはならない立場に至るであろうことを予知し、十分他日の為めに備え得て、不測の損害を蒙る憂が無いから、たとえ善意の占有者でも爾后は悪意の占有者と見做して差支ない。という衡平の理念に出発しているものと信じます。しかも同法条はかように見做す要件として、単に「本権ノ訴ニ於テ敗訴シタルトキハ」と規定しているのみで、原判決が判示しているように、請求原因の如何を区別していないのであります。又原告の請求も、その請求原因を訴状記載の事項に局限しているのではなく、要は「原告より被告に対する本件弁済が無効の契約に基き為されたもので、債務が無いのに支払つたものであるから、不当利得としてその返還を求める」というのが主眼であり、同法条も亦訴訟当事者に対し、繊細な法律論によつて、その結果の左右される請求原因の詮策を要求しているのではありません。されば原判決は前記法条を適用するに当り、本件訴状記載の請求原因に原判決採用の敗訴事由が掲げられていたか否かの無用の詮義をすることなく、前記法条をその儘素直に適用し、少くとも本訴提起以后は被告を悪益者と見做し、原告の請求全部を認容すべきであります。

しかるに原判決は同法条の法意を曲解してその適用を誤り、原告請求の一部を排斥したものでありまして、重大なる違法ありと信じます。     以 上

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