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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)374号 判決 1965年3月09日

破産者大和電気産業株式会社破産管財人

上告人

安富敬作

右訴訟代理人

野玉三郎

被上告人

寒川雄之助

被上告人

酒井建設工業株式会社

右代表者代表

酒井利雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人野玉三郎の上告理由について。

破産者が、破産宣告を受ける以前、その有する権利を他人に譲り渡し、当該譲渡行為が有効であり、かつ、破産管理人によつて否認されないときでも、右権利の変動について対抗要件が充足されないかぎり、他人はその権利の取得をもつて破産債権者に対抗することができず、結局、同権利は破産財団に属することになるが、対抗要件が充足されれば、当該権利変動の原因が否認されないかぎり、その権利は破産者の財産から逸脱し、その財産はそれだけ減少することになるから、対抗要件充足行為も破産債権者を害しうる行為の一種であるということができる。しからば、対抗要件充足行為も、元来、破産法七二条の規定による否認の対象となりうべき行為といえるであろうが、その特殊の性質にかんがみ、破産法は、同法七二条の特則として、対抗要件の否認に関し、とくに同法七四条の規定を設けたものと解するのが相当である。したがつて、同条により否認しうる対抗要件充足行為も破産者の行為またはこれと同視すべきものにかぎり、破産者がその債権を譲渡した場合における当該債務者の承諾は同条による否認の対象とはならないものというべきであつて、原審が本件債権譲渡の承諾について確定した事情のもとで、右承諾は同条の規定による否認の対象となりえない旨判示したのは正当であり、原判決に所論の違法はない。所論は、ひつきよう、右と異なつた見解に立つて原判決を攻撃するに帰するから、採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(田中二郎 石坂修一 五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六)

上告代理人野玉三郎の上告理由

原判決は破産法第七四条の解釈適用を誤つた違法があり、判決に影響を及ぼすことが明白である。

一、原判決は「破産法第七四条により否認の対象とせられる対抗要件充足行為も第七二条の場合と同じく破産者の行為であるか、強制執行のようにその効果及び行為の態様からみて破産者の行為と同視うる行為であることを要するものと解するのが相当である」とし、被上告会社がなした本件債権譲渡の承諾は否認の対象となり得ないものであるとして控訴を棄却した。

二、而して、その理論の前提として第一審判決と同様、破産法第七四条の規定は基本たる行為に否認の理由がない限りできるだけその対抗要件を具備させ当事者をして所期の目的を達成させる趣旨にでたものであり、結局第七四条は一般規定たる第七二条の制限の特則としたものである。したがつて対抗要件については第七二条の適用がなくその否認は第七四条によつて初めて認められたものではないとする(同旨註12)。

註1 中田淳一著 破産法・和議法(法律全集) 一六五頁

2 兼子 一著 破産法(法律学演習講座) 九九頁

三、しかしながら、基本たる行為に否認の理由がなく有効になされたる以上、之に伴う対抗要件充足行為は当為の義務に属するものであり対抗要件の充足行為あるも之が為めに債務者の財産を減少するものではない。けれども当事者間に有効に権利の設定、移転又は変更があつたのに拘らず之を第三者に対抗するに必要なる行為をなさないときは、第三者は其の権利変動の状態を知ることができず破産者の財産状態に過分の信用を置き取引を継続し信用を与えることになる。

しかるに権利の設定、移転又は変更後久しく経つて突如、第三者に対抗するに必要な行為をするときは対抗要件の充足されていないことに信頼して信用を与えた第三者は不測の損害を蒙る虞がある。したがつて取引の安全を保護するために設けられたのが第七条の規定である。仮登記又は仮登録があればあらかじめ本登記または登録がなされることを知ることができるから取引の安全の保護に欠くるところがなく、これにもとずく本登記を否認できないとする但書の規定から見るも第七四条が取引の安全の保護の規定であることが判明する。

したがつて対抗要件の否認については、第七二条の適用はなく、第七四条対抗要件の否認の対象は基本たる行為から独立して、其の後において当事者がなす対抗要件充足行為それ自体に関するものと解すべきであり、基本たる行為が破産者の行為である以上、その対抗要件充足が破産者の行為たると相手方の行為たるとを問はないのである。(同旨註3〜8)

註3 加藤正治著 破産法要論 一六四頁

4 同 破産法研究九巻 一六五頁

5 斎藤常三郎著 破産法大綱 二三六頁

6 同 破産法(新法学全集) 二三一頁

7 小野木常著 破産法 一二二頁

8 菊井維大著 破産法概要 一一七頁

四、又破産法第七四条を正しく解釈するには、右規定が仏商法第四四八条二項より導かれたものであるから仏商法第四四八条と比較してその解釈を定めなければならない。

仏商法第四四六条、第四四七条においては所謂疑はしき期間になされた破産者の行為の無償又は有償の区別に応じて当然無効と任意的無効とを区別して規定しておりこれは我が破産法七二条に該当する規定である。

而してこれとは別に第四四八条において登記の任意的無効の規定をおき、その一項において有効に取得した抵当権及び先取特権は原則として破産宣告判決の日まで之を登録し得るものとし、其の二項において例外規定を設け支払停止後又は其の前十日内に為された登記にして抵当権又は先取特権の設定行為の日より十五日を経過して為されたものなるときは其の無効を宣告し得るものとし、登記権利者が善意たりしと否とを問はないのである。したがつて仏商法において第四四六条と第四四七条とは権利保存のための方式特に登記等公示方法については原則として適用されないものとされている。第四四六条と第四四七条はすべて破産者の行為に限られるが。公示方法は破産者の行為に限られない。そこで第四四八条において抵当権等に関する登記のための原則を宣言し、重要な例外を持つてきているのである(註9並に前記註4)。

註9 A. Wahl Precir Jheorique Et Pratlque De Droit Commercial 1922. N°2240-1(P. 813)N°2209(P. 800)

我破産法には、仏商法第四四八条一項の如き明文はないが、これは当然の事理に属することとして特に明文を設けなかつたのに外ならず、ただ同条二項のみを踏襲して我が破産法第七四条の規定を設けたのである。したがつて仏商法第四四八条が第四四六条、第四四七条とは別個独立の規定であると同様に、我が破産法第七四条も、基本たる権利の設定、移転又は変更たる行為の否認である第七二条とは全く別個独立に対抗要件充足行為それ自体を否認の対象とする規定と解すべきものである。

五、原判決は明かに従前の判例に反する見解である。

大審院昭和五年(オ)第三一八六号、同六年九月一六日判決(大審院民事判例集一〇巻一〇号八一八頁)においては

発記の場合において其の基本たる物権変動の行為そのものが否認せらるる場合は之を措き、単に登記のみを否認するは唯同法第七四条一項の能くするところにして他の法条に依る否認の如きは之を許さざる法意なること之を窺うに難からずと判示し物権変動の登記のみの否認は唯り破産法第七四条一項に依つてのみなし得るとしている。

したがつて原判決は明に右判例に反するものである。

六、原判決の解釈は本件事案において第七四条設定の理由を全く喪失せしめた結果となり、かかる理論の矛盾をはしなくも露呈している。

即ち本件において破産者が支払停止直後の昭和三三年一二月一日付で、同月三日差出、同五日到達の書留内容証明郵便をもつてなした債権譲渡の通知行為の否認を認めながら、それよりはるかに後である昭和三四年四月七日(破産宣告の前日)に急拠なされた裁判上の和解による承諾が、只破産者の行為でないからとの理由のみで否認の対象となり得ず有効としている。

破産法第七四条において権利の設定、移転又は変更の日より十五日以内になした対抗要件充足行為は否認できないとし対抗要件充足行為の遅延により第三者に不測の損害を与えることを防ぎ、取引の安全を保護しようとする第七四条の法意から見るも支払停止直後の対抗要件充足行為が否認され破産債権者に対抗し得ざるに至つたに拘らず、それよりはるかに後しかも破産宣告の前日に急拠なされた同一の基本たる行為についての対抗要件充足行為は否認できず、破産債権者に対抗し得るとするが如きは、対抗要件はできる限り早く充足せしめ取引の安全を保護しようとする第七四条の法意を根底からくつがえす結果となつているのであり、原判決の誤謬であることが明白である。

七、又破産法における否認権の規定の構成から見るも対抗要件の否認が第七二条とは別に七四条に独立して規定されていること、その条文の配列並びに内容においても第七二条の特則と解すべき理由はない。

第七二条において否認の構成要件として破産者の行為であることが明記されているに拘らず、第七四条には対抗要件充足行為のうち破産者のなしたものだけが否認の対象となることは何等記載されず、第八三条転得者に対する否認権(いかなる点から見るも破産の行為ではない)と同様、破産者の行為であることを要件としないものと解すべきである。

八、仮りに第七四条は一般規定たる第七二条の制限の特則であるとするも、それは基本たる権利の設定、移転又は変更が破産者の行為で第七二条により否認の対象となり得る行為であることを要するにすぎないのであつて、基本たる行為が破産者の行為である以上、対抗要件充足行為が当事者いずれの者からなされようとも第三者の取引安全の保護の見地から対抗要件それ自体を別個独立に否認できると解すべきである。原判決の如く破産者のなした対抗要件充足行為のみが否認の対象となり、相手方がなした場合には否認の対象とならないとするのは、基本たる行為が破産の行為でなければならないとする点と彼此混同したものというべきである。

以上の通り原判決は明らかに破産法第七四条の解釈適用を誤り、大審院判例にも反するものであり、この違法は判決に影響を及ぼすことが明白であるから、原判決は破棄されるべきものである。

以上

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