最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)155号 判決 1967年5月02日
上告人
国
右代表者法務大臣
田中伊三次
右指定代理人
武藤英一
ほか三名
被上告人
近藤広作
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人武藤英一、同小林定人、同林倫正、同高野幸雄の上告理由第一点について。
論旨は、物納許可の対象となつた財産税債権について右許可が取り消されないかぎり消滅時効が進行しないものと解すべきであるのに、これが進行するものと解して本件財産税債権の時効消滅を認めた原判決には、時効に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるという。しかし、財産税法施行規則六〇条によれば、物納の許可を受けた税額に相当する財産税は、物納に充てようとする財産の引渡、所有権移転の登記その他法令により第三者に対抗することのできる要件を充足した時において納付があつたものとされ、同規則五五条によれば、物納許可後物納に充てるべき財産の状況に著しい変化を生じたときは、収納の時の現況により収納価額を定めうることになつており、また、昭和二二年政令第一〇九号(財産税法等による物納に因る不動産登記の特例に関する政令)一条によれば、財産税法五六条の規定に基づく不動産による物納の許可があつた場合において、税務署長が当該不動産の所有権について登記を登記所に嘱託するには、その嘱託書に登記義務者の承諾書および登記義務者の権利に関する登記済証を添付することを必要としないというのであり、これらの規定の趣旨を考慮すれば、財産税について不動産が物納許可の対象とされた場合には、右許可によつて直ちに財産税債権が消滅するのではなく、右不動産について物納許可を原因として所有権移転登記を完了するまでは財産税債権が依然として存続するものと解すべきであるとともに、税務署長としては、物納許可後はもはや金銭納付を請求することは許されないけれども、物納者の協力を俟たず、いつでも単独で右不動産につき所有権移転登記手続を経由し、もつて財産税債権を消滅させることができるのであるから、物納許可後も財産税債権について消滅時効が進行するものと解するになんら妨げないというべきである。論旨は、これと異なる独自の見解に立つて、原判決を非難するに帰し、採用するに足りない。
同第二点について。
論旨は、物納許可の時に財産税債権が存在していた以上、本件不動産の所有権は右許可によつて適法有効に上告人に移転しているのであつて、その後財産税債権が時効完成によつて消滅したとしても、これにより物納許可が効力を失い、ひいては上告人において本件不動産の所有権を失うことになるものではないという。しかし、原審の確定したところによれば、本件物納許可当時は財産税債権は存在していたが、その後上告人において本件不動産につき物納許可を原因とする所有権移転登記手続を経由しないうちに、右債権が時効完成により消滅したというのであるから、右物納許可は、その当初こそ有効であつたにしても、右財産税債権の消滅によつてその効力を失い、また、物納許可により上告人に移転していた本件不動産の所有権は、その移転の原因たる物納許可が効力を失うことによつて当然に被上告人に復帰したものと解するのが相当である。そうだとすれば、上告人において本件不動産につき所有権移転登記を経由した当時においては、その所有権は被上告人に帰属していたことが明らかであり、これと結論を同じくする原判決は、結局において正当に帰する。それゆえ、論旨は採用しえない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 柏原語六 田中二郎 下村三郎 松本正雄)