大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和38年(オ)49号 判決 1964年7月14日

上告人

岡本義雄

上告人

加藤信之介

右両名訴訟代理人弁護士

井藤誉志雄

被上告人

内海清

右訴訟代理人弁護士

林三夫

主文

原判決を破棄し、第一審判決主文第一項を次のとおり変更する。

被上告人(被告)は、芦屋市に対し金二四〇、〇〇〇円を支払え。

上告人(原告)らのその余の請求を棄却する。

被上告人(控訴人)のその余の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人井藤誉志雄の上告理由第一点および第二点について。

地方公共団体がその議会の議員に対し地方自治法二〇三条所定の報酬、費用弁償、期末手当のほかは、法律または条例に基づかずして、いかなる給与その他の給付をも支給することができないことは、同法二〇四条の二の明定するところである。もつとも、同法条といえども、地方公共団体が、記念行事等に際し、関係議員に記念品等を贈呈することは、それが社会通念上儀礼の範囲にとどまる限り、禁止するものではない、と解するのが相当である。

原判決の確定した事実によれば、本件記念品料は、芦屋市が昭和三三年七日競輪事業開始一〇周年を記念し、市議会議員三〇名全員に対し一人当り現金一〇、〇〇〇円宛を贈呈するため、同年度特別会計競輪事業費追加予算に「報償費、一〇周年記念、三〇万円」として計上し、市議会の議決を経て、現に内二四〇、〇〇〇円が支給済みである、というのである。しかしながら、本件記念品料が地方自治法二〇三条およびこれに基づく芦屋市議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例(同市昭和三一年条例一二号)所定の報酬、費用の弁償、期末手当のいづれにも該当しないことはもとより、その他の法律ないし条例に基づく給付でないことも明らかであり、また、その支給の趣旨、態容、金額、人員等の点からみて、前記意義における儀礼の範囲をも超えるものと認めるのが相当である。従つて、本件記念品料の支給は、地方自治法二〇四条の二に違反するものといわなければならない。

されば、叙上と相反する判断に出た原判決は、右法条の解釈適用を誤つたものというべく、論旨は、この点において理由がある。なお、第一審判決が本件記念品料の支給金額を二五〇、〇〇〇と認定したことが誤りであることは、前示原判決確定の事実に徴して明らかである。

よつてその余の論点について判断を加えるまでもなく、民訴四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条に則り、原判決を破棄し、第一審判決主文第一項の金二五〇、〇〇〇円を金二四〇、〇〇〇と変更し、上告人らのその余の請求を棄却し、被上告人のその余の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、同法九六条、九二条を適用し、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長判決官石坂修一 裁判官五鬼上堅磐 横田正俊 柏原語六)

上告代理人井藤誉志雄の上告理由

第一点 原判決は地方自治法第二〇四条ノ二、同第二四三条の二第四項の解釈を誤り適用した違法がある。

市会議員一人当り金一万円の報償費十周年記念の記念料(現金交付)が芦屋市議会議員の報酬、期末手当、費用弁償その他法律又はこれに基く条例に基かない給付であることは明白である。

しかし原判決は議決の内容たる事項は「議決手続の直接当然の結果として原始的に客観的存在として創設せられ爾後原議案の作成者、提案者若しくは当該議決に参加した会議構成員等そのいづれの者の主観的意思や認識との関連をも遮断せられて独自の存在を有するものとなりその客観的意味に従つて執行機関を拘束し対世的関係においてもそのような意味のものとして存続し通用するに至るもの」であり「個々の会議構成員がその主観において右議案の可決実施の結果を私利に濫用しその他議案内容の実現につき明示若くは秘匿した不当違法な意味を与えていたとしてもそれは遂に個々人の主観内のことがらであるにすぎず」「合議体の決議はその内容自体の客観的意味に従つてのみ」判定さるべきであるとなし本件決議は適法であり、その執行も違法とは云へないとしている。

右原審判断は全く概念法学の欠陥を露呈したもので法の具体的妥当性、正義への保障を無視したものと云へよう。

地方自治法第二〇四条の二は第二〇三条第一項の職員及前条第一項の職員にいかなる給与その他の給付も支給することを禁止している。

これらの職員は営利会社の職員と異り地方公共団体に奉仕する所謂公僕であり、いやしくも私利や不当の利得を地方公共団体よりせしめることを許さない趣旨である。

従つて「地方公共団体に於ける民主的にして能率的な行政の確保を図るとともに地方公共団体の健全な発達を保障することを目的」(第一条)として解釈適用されねばならない。

原判決の如き形式的概念的な解釈により会議構成員が主観的にどう考へようが、客観的に(内容の実現)にどういう意味があろうが、形式さへととのへば、原始的に客観的存在として前後との関連は遮断せられるとするのは所謂議会主義の非民主性、形骸性を合法化するものであつて正に民主主義の地方公共団体の健全な発達を否定するものである。

甲七号証、甲八号証によつて明かなように、退職慰労金に代るものとして形式的に旅費及記念料名義にしたものであり全く脱法行然である。

旅費については甲七号証「四番福井発言」の如く競輪関係委員は十四人であるのに「議会全体三十人が一人当り二万円」の見当で六十万の旅費を計上し而も競輪開催は「明後廿六日から」行はれ来年には議員の任期満了で実際には意味のない視察を計画しているのであり、記念料も十周年を記念しうる物でなく現金である。

全く露骨なみえすいたからくりである。

かようなみえすいたからくりを構成員の主観、意図や内容実現の意味を捨象して透明な原始的客観的存在として合法適法とみなし得るのは健全な市民の理解ではなく又具体的妥当性を求める法解釈のあり方ではない。

正に判決に影響を及ぼすこと明かなる法令の違背であり原判決は破棄さるべきである。

第二点 原判決は理由不備の違法がある。

原判決は普通地方公共団体がその経営する事業を記念するため「該事業関係者に記念品又はこれに代るものとして一定額の金員を贈呈することは地方公共団体といえども普通の自然人と同様自ら主体となつて一般社会生活を営む面をも有するものである以上は社会観念上当該場合の記念の趣旨に照らし相当と認められる範囲内のものである限りこれを禁止すべき」理由も法律の規定もないとし、

「当該決議上記念品又はこれに代る趣旨のものであることにその意義を限定して支給すべきことが明白である限り」「相当の程度を超え記念の趣旨を逸脱すると説められるとしても」不当であつても違法とは云へないとする。

しかし本件は社会観念上当該場合の記念の趣旨に照らし不当――違法である。

本件は議員に退職金支給が禁止されているのを脱れるためになされたのであり社会観念上記念の趣旨ではない。

又本件は社会観念上相当と認められる範囲内のものでもない。原審で上告人が採用したように手拭、盃、煙草盆等社会通念上、儀礼上許された範囲内でないことは明白である。

原判決は社会観念と相当の範囲につきのべ、その「範囲内のものである限り禁止すべき」理由も法律の規定もないと前提しながら「相当の程度を超え、記念の趣旨を逸脱すると認められるとしても」不当であつても違法ではないと前後矛盾した理由を述べている。

しかし援用の行政回答の如く名目でなく実質が判断さるべきであるが、名目と実質の判断については前後の事情と社会通念が考慮さるべきであり、不当と違法は量的にのみ判断さるべきではないが、量を無視することも誤りである。

本件で相当の程度を超えたのは記念の趣旨を逸脱したためでなく、記念の名目で旅費名目の金員と併せて退職金の一部を給付せんためであることは証拠上明白であり、原判決は理由不備の違法を逸れず破棄さるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例