大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)1046号 判決 1965年12月21日

上告人

藤野又郎

右訴訟代理人

岸本静雄

被上告人

協和商事株式会社

右代表者

丹原節生

右訴訟代理人

井上守三

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人岸本静雄の上告理由について。

原審が確定したところによれば、上告人は、昭和三四年九月二日、訴外豊崎商事株式会社に対し、金額一五万円、支払期日同年一二月五日の本件約束手形を振り出し、同会社は、同年九月二日、訴外株式会社富士銀行に対し、同銀行は、同年一二月四日、前者である豊崎商事株式会社に対し、同会社は、支払期日後である昭和三五年五月一七日、被上告人に対し、順次本件手形を裏書譲渡し、被上告人が現に本件手形を所持しているのであるが、上告人の主張によれば、本件手形は、上告人が豊崎商事株式会社に金員の融通を得させる目的で振り出した、いわゆる融通手形であつて、同会社は、手形割引の方法として、本件手形を富士銀行に裏書譲渡して、金融の目的を達し、支払期日の前日にこれを受け戻したというのである。

按ずるに、右のような融通の目的をもつてする約束手形の振出にあたつては、融通者たる振出人と被融通者たる受取人との間において、受取人が当該手形によつて金融の目的を達したときは、満期までに受取人が支払資金を供給するか、または、手形を回収して振出人に返還することが合意されるのを取引の一般とする。したがつて、受取人がを当該手形の割引を得た後、自らこれを受け戻したときには、右合意の効力として、受取人は右手形を振出人に返還すべき義務を負い、これを再び金融のため第三者に譲渡してはならないのであつて、この意味において、右手形は融通手形としての性質を失うのである。その結果、振出人が対価の欠缺を理由に受取人に対し手形金の支払を拒絶できる関係(人的抗弁)は、爾後、裏書により右手形が第三者に譲渡されたときは、その者に承継されるべきものとなるのであり、したがつて、受取人が、支払拒絶証書作成期間経過後、第三者に対し、右手形を裏書譲渡した場合においては、振出人は、受取人に対し手形金の支払を拒絶できたことを理由に、右第三者に対しても、その善意悪意を問わず、手形金の支払を拒絶できるものといわなければならない。けだし、右支払拒絶証書作成期間後の裏書が指名債権譲渡の効力のみを有することは、手形法二〇条一項、七七条一項一号の規定するところであり、右譲渡については、手形法一七条が規定するような人的抗弁の制限はないからである。もとより、受取人が金融の目的を達した後受け戻した手形を期限後において再び金融を得るため利用できる趣旨で、右手形が授受されたものであれば、右手形は、なお、融通手形たる性質を失わないから、振出人は、支払拒絶証書作成期間経過後にせよ、右手形の裏書譲渡を受けた第三者に対し手形金支払義務を負わなければならないが、このような趣旨で融通手形が振り出されることはむしろ異例のことに属する。

叙上説示したところに徴すれば、本件手形が取引上一般に行われる融通手形の趣旨で振り出されたものであるとすれば、本件手形を受け戻した豊崎商事株式会社は、これを上告人に返還すべく、金融を得るため他に譲渡することができないのに、支払拒絶証書作成期間経過後であること明らかな昭和三五年五月一七日、被上告人に対し、本件手形を有償で裏書譲渡したものであるから、上告人は、豊崎商事株式会社に対し本件手形金の支払を拒絶できたことを理由に、被上告人の手形金請求を拒絶することができるものというべきである。上告人が、原審において、「豊崎商事株式会社に対する『融通手形の抗弁』をもつて、被上告人に対抗することができ、被上告人に対して右手形金の支払義務がない。」に述べたことの趣旨も、帰するところ、右の法律的関係を主張するにあつたものと解するのが相当である。しかるに、原判決は、「一般に融通手形と指称されるものが、満期前に限つて利用を許されるものであるとも断定し難く、従つて満期到来後の手形であるからといつて、ただちに融通手形としての効用を失つたものともいい難いところである。」となしたのは、取引上一般に行われている融通手形の趣旨の解釈を誤つたものというべく、このため、豊崎商事株式会社が富士銀行から本件手形の割引を得た後これを受け戻した旨の上告人の主張事実の真否を確定せず、したがつて、当該事実に基づき上告人が本件手形金の支払を拒絶することができる関係にあることを顧慮することなく、上告人に手形金支払義務があると判断したことは、前示解釈の誤りにより審理不尽の違法をも冒したものといわざるをえない。されば、原判決の右違法を主張するものと解される論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 五鬼上堅磐 柏原語六 田不二郎)

上告代理人岸本静雄の上告理由

一、原判決は、手形法の解釈を誤つているる。

二、本件は、融通手形における満期後裏書の問題を含んでいる。すなわち、本件の手形は、昭和三四年九月二日、豊崎商事株式会社に宛て、上告人の振出した融通手形で、その受取人たる同会社は、同日、株式会社富士銀行岡山支店で、その割引を得て目的を達し、同年一二月四日(支払期日の前日)これを決済して、手形を回収したものであつて、上告人は、手形の受取人たる豊崎商事株式会社に対しては、手形金の支払義務を負うものでない。そもそも、融通手形なるものは、特別の約定のない限り、満期に至るまでのものであり、満期以後には、もはや、融通手形ではなくなつて、返還さるべきものとなるということは、すでに、幾多の判例に示され、商慣習化している。そこで、満期を過ぎること約五ケ月(支払拒絶証書作成期間経過後)、昭和三五年五月一七日に至り、既に金融の使命を終え、当然、豊崎商事株式会社から、振出人たる上告人に返還されなければならない筈の本件手形を、さらに、同会社の裏書(その記名は、真の意思に基くか否か疑問のもの)によつて、形式的に、領有する被上告人としては、手形権利の承継なく、仮とに、承継ありとしても、上告人から裏書人に対する融通手形抗弁の随伴したものであること明らかで、上告人は、被上告人に対しても、手形金の支払義務なき旨の抗弁を許されるものと信ずる。そうでなければ、融通手形の義務者は、無期限で、永遠に負債の責に任ずべき危険と不安に陥る。反面、満期後裏書による手形権利者は、裏書人に対する隠れた抗弁の随伴を予想すべきであり、そして、敢えて、「指名債権」の効力しかないものの譲渡を受けた応報に甘んじ、前者の抗弁に服しても取引の通念に背いたことにならないであろう。原審は、「満期前に利用されるものとも断定し難く、従つて、満期後の手形であるからとて、ただちに、融通手形の効用を失つたものともいい難い」云々と説き、さらに、譲渡の有償と無償とに分けて、抗弁の消長を論じ、上告人を敗訴に導いているが、上告人としては、とうてい、首肯できない。

三、試みに、二、三の判例を挙げるならば、

○ 拒絶証書作成期間経過後の裏書による手形取得者に対しては、融通手形の抗弁を対抗することができる(大正元.10.19東京控、判例体系、手形法小切手法Ⅱ五二七頁)。

○ 同趣旨(大正12.2.16大審院、民集二巻七七頁)。

○ 同趣旨(昭和34.12.25広島高裁岡山支部、昭和三三年(ネ)第五七号事件)。

されば、原判決は、大審院の判例と容れないものであつて、この点でも、破棄を免れない。

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