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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(あ)2069号 判決 1971年2月23日

理由

弁護人前田慶一の上告趣意第一点は、弁護人の申請した証人の取調べ請求を却下した原審の措置が憲法三七条二項に違反するというものであるが、右措置が同条項に違反しないことは、昭和二三年(れ)第八八号同年六月二三日大法廷判決により明らかであるから、論旨は理由がない。同第二点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

所論に鑑み職権で調査するに、原判決およびその認容した第一審判決は、被告人が山口清司と話し合い、第一審判決添付の別紙第一目録記載の不動産(以下、第一建物という。)の登記簿上の所有名義を被告人の妻南三好に移転することについて形だけを売買に仮装したもので、真実所有権を移転する効果意思を欠く通謀虚偽表示にあたると判定し、右の話合いの趣旨に従い、被告人が第一建物につき、山口清司から南三好に売買により所有権が移転した旨の所有権移転登記手続を申請し、登記官吏をして、不動産登記簿原本にその旨の登記をさせ、これを備え付けさせた所為を、公正証書原本不実記載、同行使罪にあたるとしている。

ところで、原判決およびその認容した第一審判決は、

(一)  被告人は中津信用金庫に対し債務を負担していたが、これを担保するために、被告人はその所有にかかる第一建物に、南三好はその所有にかかる第一審判決添付の別紙第二目録記載の不動産(以下第二建物という。)につき、ともに抵当権を設定していたこと。

(二)  中津信用金庫は昭和三六年右各建物につき抵当権に基づく競売申立をしたが、被告人は第一建物に居住していたところから、第三者がこれを競落することをおそれ、被告人が当時専務取締役をしていた山口印刷紙工株式会社代表取締役山口清司に対し、右各建物を競落してくれるように依頼し、山口清司が右各建物につき、競落の許可を受け、同年五月三一日右競落許可決定を原因として、右各建物につき、同人のため所有権移転登記がなされたこと。

(三)  山口清司は当時競落代金に当てるため右会社名義で中津信用金庫から金員を借り入れたが、その弁済については、第二建物を他に転売して、その代金をもつて一部の弁済に当て、残債務は、被告人において中津信用金庫に対し毎月一万円宛支払い、これを完済したときは第一建物の所有権を被告人に移転する旨の約定を、被告人との間にしていたこと。

(四)  その後、山口清司は被告人に対し、右会社が中津信用金庫に対して負担した前記借受金の決済方を求め、昭和三九年一月中旬頃、被告人に右各建物の競落許可決定正本すなわち登記済権利証を交付したので、被告人はこれをもつて金策に廻つたが意の如く金融を得ることができなかつたこと。

(五)  被告人は引き続き第一建物に自ら居住していたところから、その所有権が直接第三者に移ることは困ると考えたが、自らは事業に失敗して借財があつたので、第一建物の所有権を南三好に移転し、信用を高めて金策を図りやすくしようとし、同年二月九日山口清司と協議のうえ、第一建物につき、同月一〇日付売買により南三好が山口清司より所有権の移転を受けた旨の登記申請手続をするに至つたこと。

の各事実を認定している。

右認定の事実関係によれば、山口清司と被告人は、ともに、山口が本件各建物を競落するために中津信用金庫から借り受けた債務につき、第二建物を他に転売した代金をもつて一部の弁済に当て、残債務は、第一建物を担保として他より借り入れた金員をもつて弁済することとし、そのために、第一建物による金融を容易にする必要上、山口清司から南三好に、売買により、その所有権を移転する旨の意思を有し、また、南三好も被告人の妻として、第一建物の所有者となることを暗黙に承諾していたものと認めるのが相当である。従つて、売買を原因とする第一建物の所有権移転登記手続に関する被告人の本件所為を、形だけを売買に仮装した虚偽の意思表示にもとづくものということはできないのであり、これをもつて、公正証書原本不実記載、同行使罪にあたるとすることはできない(昭和九年九月一四日大審院判決、刑集一三巻一二五七頁参照)。

それゆえ、被告人の本件所為が公正証書原本不実記載、同行使罪にあたるとした第一審判決およびこれを認容した原判決には、ともに、罪とならないものを有罪とした違法があり、この違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決および第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといわざるを得ない。

(裁判長裁判官 松本正雄 裁判官 田中二郎 下村三郎 飯村義美 関根小郷)

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