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最高裁判所第三小法廷 昭和41年(オ)396号 判決 1971年4月20日

上告人

長田時雄

代理人

青柳孝

青柳孝夫

被上告人

柳沢正一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青柳孝、同青柳孝夫の上告理由第一点について。

所論の点に関する原審の認定判断は、挙示の証拠に照らし、正当としてこれを是認することができ、その判断の過程に所論のような違法はない。それゆえ、論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は、被上告人と上告人の代理人猪狩との間に本件和解契約が成立したものである旨認定判示していることは明らかであり、所論は、原判決を正解しないことに基づくものである。原判決には所論の違法はなく、論旨は理由がない。

同第三点について。

原審の認定判示するところは、大要、次のとおりである。

上告人は、昭和二八年一一月末頃、被上告人より金五〇万円を利息月七分、弁済期翌二九年二月二八日の約定で借り受け、右債務を担保するため、上告人所有の本件土地につき、譲渡担保契約ならびに右期限に右債務の弁済がないときは代物弁済としてその所有権を被上告人に移転する旨の停止条件付代物弁済契約を締結した。ところが、上告人は、その後、昭和二九年八、九月頃までの間に数回にわたり、被上告人から弁済期限の猶予を受けていたものの、早急に弁済の見通しが立たないため、上告人の姉である訴外長田ふじに依頼してこれが解決を図るべく、同女に対し、前記消費貸借契約、譲渡担保契約および停止条件付代物弁済契約に関し、上告人の代理人として、または更に代理人を選んで被上告人と交渉して処理する一切の権限を与えた。そこで、長田ふじは、司法書士猪狩安蔵に依頼して上告人ら名義の即決和解申立書を作成させてこれを裁判所に提出し、さらに、上告人らが右猪狩を代理人に選任するについての代理人許可申請書および委任状を猪狩に作成させてこれを裁判所に提出し、右代理人の選任について裁判所の許可を受けた。そして、上告人の代理人としての猪狩と被上告人との間に、昭和三〇年三月三日甲府簡易裁判所において、次のような即決和解が成立した。すなわち、申立人たる上告人は、相手方たる被上告人に対し、昭和二八年一一月二八日に借り受けた金五〇万円の元利金債務が金六三万円であることを認め、本日(昭和三〇年三月三日)これを支払う。もし、本日支払ができないときは、被上告人は、昭和三〇年六月三〇日まで弁済期限を猶予し、上告人は、同年三月四日以降一日金五〇〇円ずつの損害金を支払う。上告人は、被上告人に対し、昭和三〇年三月一〇日かぎり本件土地に対し所有権移転請求権保全の仮登記をし、同年六月三〇日までに前記債務を完済しないときは、代物弁済としてただちに右土地に対して所有権移転登記手続をする、というのである。

そして、その後、右和解契約において猶予された弁済期限の徒過により、和解契約において定められた代物弁済の効力が生じ、本件土地所有権は、上告人から被上告人に移転した。

以上の原審の認定判断によれば、本件土地所有権は、和解契約において定められた停止条件付代物弁済契約の条件成就により上告人から被上告人に移転したというのであつて、原審の右認定判断に所論のような理由齟齬、審理不尽の違法はなく、論旨は理由がない。

同第四点について。

原審の確定した事実によれば、右の司法書士猪狩は、上告人から訴訟行為についての委任を受けていたものではないというのであるから、前示和解は、訴訟行為としては効力を有しないものというべきである。しかし、訴訟行為たる即決和解は、また、一面において、私法上の和解契約の性質を有するものであるから、前示事実関係のもとにおいては、猪狩は、上告人からその代理人長田ふじを通じ私法上の和解契約締結の委任を受け、右委任に基づき被上告人との間に私法上の和解契約を締結したものであるというべく、本件和解の訴訟行為としての効力が否定されたからといつて、ただちに、その私法上の和解契約の効力まで否定されるべきものではない。

そこで、右私法上の和解契約の効力について考えるに、原審の確定した事実によれば、前示猪狩の行為が弁護士法七二条にあたるものとは認められないから、これにあたることを前提とする所論は、原審の確定しない事項を前提とするものであつて、理由がない。

ところで、司法書士が前叙のような経過のもとに即決和解申立書を作成する行為の嘱託を受け、その行為に関連して、即決和解申立の対象となつた法律関係について、相手方との間に私法上の和解契約を締結したことは、司法書士がその業務の範囲を越えて他人間の事件に関与したものというべきであり、司法書士法九条の禁止する行為にあたることになるが、同条の禁止違反行為の効力については、同法には何らの定めがないのであるから、その効力については、同法全体の趣旨目的に照らし、解釈論的に判断されなければならない。

思うに、司法書士法九条が司法書士について所定の行為を禁止しているのは、これによつて、国民の法律生活における正当な利益を保護し司法秩序を適正に保持することを目的とするものであつて、司法書士の同条の禁止違反行為に対しては、懲戒処分をすることができる(同法一二条)のみならず、これを処罰の対象とする(同法二一条)ことによつて、同条による禁止の実効性を保障することにしているのである。ところで、そのように、司法書士について、特にその業務の範囲をこえて関与することが禁止されているゆえんは、司法書士のそのような関与により、かえつて、国民の法律生活における正当な利益がそこなわれ、司法秩序が紊されるおそれがあるからである。

しかし、だからといつて、司法書士の同条の禁止違反行為がただちに当然にその効力を否定されなければならないいわれはない。その理由は、次のとおりである。すなわち、同条の禁止違反に対しては、前叙のように、懲戒処分および刑事制裁を科することによつて、一応、同条による禁止の実効性を保障することにしているのみならず、同条が禁止の対象としている行為の範囲は頗る広く対価を得ることを要件とせず、また、必ずしも業としてすることを要件としていない。しかも、それらの行為がそれ自体として違法性ないし反社会性を有するわけではなく、一般私人についてみても、これらの行為が特に禁止されているわけでもない。したがつて、禁止違反行為の効力まで否定するのでなければ、同条の禁止目的を達成することができないというわけではないからである。殊に、本件のように、司法書士がその業務の範囲をこえて私法上の和解契約締結の委任を受け、右委任に基づき第三者たる相手方との間に私法上の和解契約を締結したような場合には、その内容が公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情のある場合は別として、右和解契約は、第三者保護の見地からいつても、単に司法書士法九条に違反するゆえをもつて、ただちに無効であるとすることができないものと解するのが相当である。

ところで、本件和解契約成立時における本件各土地の時価が債権額に比して不相当に高額ではなかつたとする原審の判断は、挙示の証拠関係に照らし、正当として肯定することができるから、本件契約が公序良俗に反する旨の所論は、原審の確定しない事項を前提とするものであつて、採用することができない。

したがつて、本件私法上の和解契約の効力を肯認した原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、上告理由第四点に関し裁判官松本正雄、同飯村義美の反対意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官松本正雄、同飯村義美の反対意見は、次のとおりである。

第一  まず、私どもは、本件は、司法書士法違反行為の効力の有無について考えるまでもなく、原審が上告人の請求を排斥した判断は法令の解釈適用を誤つたものであると考える。すなわち、本訴において上告人が求めている判決は、本件土地について被上告人が「甲府地方法務局昭和三〇年一二月一九日受付第八四一五号を以てなしたる同年六月三〇日付代物弁済を原因とする所有権移転登記手続」をすることである。そして、記録に徴すれば、右の「同年六月三〇日付代物弁済を原因とする所有権移転登記」は、本件の即決和解調書を原因証書としてなされていることが明らかである(乙二号証の七、乙一七号証、甲一〇号証の二参照)。

ところで、原審は、本件の「和解は裁判上の和解として効力はない」と判断しており、原判決を支持する多数意見も「和解は、訴訟行為としては効力を有しないものというべきであると判示している。このように、裁判上の和解が無効ならば、その無効な和解に基づいて作成された和解調書も、また、効力を有しないものというべきである。したがつて、この無効な和解調書に基づいてなされた本件所有権移転登記(甲府地方法務局昭和三〇年一二月一九日受付第八四一五号)は、実体上の権利関係に符合すると否とを問わず、当然に、抹消されるべきであり、上告人の本訴請求は認容すべきものである。しかるに、裁判上の和解の効力を否定しながら、私法上の和解契約は有効であるとして、他に特段の理由を説示することもなく、上告人の本訴請求を排斥した原審の判断は、法令の解釈適用を誤つた結果、理由不備の違法を犯すものであり、原判決は破棄を免れない。

第二  多数意見は、右の点についてはふれていないので、私どもは、次に進んで本件私法上の和解契約の成否ならびに司法書士法違反行為の効力についての見解を述べ、この点についても多数意見と見解を異にするゆえんを明らかにしたい。

(一)  原審は本件につき、裁判上の即決和解を無効としながら、「控訴人の適法な代理人として長田ふじないし猪狩安蔵と被控訴人との間に成立した実体法上の和解契約」の存在を認めているが、その趣旨が本件の裁判上の和解が成立した際に、同時に、実体法上の和解契約が成立したと判示する趣旨なのか、あるいは、本件裁判上の和解が成立した際に、同時に、実体法上の和解契約が成立したと判示する趣旨なのか、あるいは、本件裁判上の和解が成立する以前に裁判外で実体法上の和解契約が成立していたと判示する趣旨なのか不明である。

しかし、原審の判断を支持する多数意見は訴訟行為たる即決和解は、また、一面において、私法上の和解契約の性質を有するものであるとして、原審が認定した事実関係のもとにおいて「本件即決和解の訴訟行為としての効力が否定されたからといつて、ただちに、その私法上の和解契約の効力まで否定されるべきものではない。」として、私法上の和解契約が即決和解と同時に成立しているとの見解のようであるから、私どもの反対意見も専らこの点について述べることにする。

(二)  裁判上の即決和解手続の実情をみると、裁判上の和解とはいいながら単に訴訟手続を利用するにすぎないとみられるような場合もあれば、そうでない場合もある。すなわち、即決和解の申立によつて、当事者双方よりすでにある程度合意に達した和解案を裁判所に示し、その案がそのまま即決和解の内容となることもあるし、その案を裁判官の面前で修正し、変更したりして即決和解が成立することもあるが、そうではなくて、当事者が和解案を準備せずに裁判官の面前において協議した結果、和解が整う場合もある。そして、このように当事者が裁判所に出頭するまでに和解についての腹案を用意している場合においても、裁判上の和解はもとより私法上の和解契約も成立してはいない状態にあり、裁判上の即決和解が有効に成立することによつて、はじめて「和解は一面において訴訟行為であるが、反面私法上の契約」(原審の引用する第一審判決)として成立していると考えることもできるのである。したがつて、裁判上の和解が無効であるのに実体法上の和解契約としての効力は肯定されるべきであるとの説には組することができない。私どもは、この場合には私法上の和解契約も、また、有効に成立する余地がないと考えるから、まず、この点において多数意見には到底賛成できない。

第三  私どもは右に述べた見地から、本件について、裁判上の和解が無効である以上、私法上の和解契約も有効に成立したものとは解しがたく、これを有効であるとした原判決は、法令の解釈を誤るものであり、破棄を免れないと考えるが、仮りに、原判決ならびに多数意見の見解のように、私法上の和解契約が成立するものとしても、それが有効であるとする結論には、にわかに賛成できない。

(一)  多数意見は「本件のように、司法書士がその業務の範囲をこえて私法上の和解契約締結の委任を受け、右委任に基づき第三者たる相手方との間に私法上の和解契約を締結したような場合には、その内容が公序良俗違反の性質を帯びるに至るような特段の事情がある場合は別として、右和解契約は、第三者保護の見地からいつても、単に司法書士法九条に違反するのゆえをもつて、ただちに無効であるとすることができないものと解するのが相当である。」と述べられる。私どもも右の見解には必ずしも反対するものではない。しかし、本件においては次のような理由から多数意見と結論を異にする。

(二)  司法書士の業務は、司法書士法一条一項によれば、「他人の嘱託を受けて、その者が裁判所、検察庁又は法務局若しくは地方法務局に提出する書類を作成し、及び登記又は供託に関する手続を代わつてすることを業とする」とされている。かくのごとく、司法書士の業務の範囲はきわめて限定されているのであるが、司法書士は、その業務の性質上、またその有する法律知識の上からいつても他人間の訴訟法律上の紛争等についても、一般大衆から事件の鑑定や依頼を受け易い立場にあり、そのような機会も多いのである。特に、地方における弁護士の数が比較的に少ない我国の現状では、司法書士が一般大衆のために法律問題について多大の貢献をしている実情を私どもも認めるのに吝かではない。しかし、それだからといつて司法書士が固有の業務の範囲を逸脱して、他人間の訴訟その他法律上の紛争事件に関与することは許されない。法は、一般の私人には禁じなくても司法書士なるが故に、特にその自制を求めているのである。法が司法書士に対してこれらの行為を厳禁し(司法書士法九条)、これに違反した場合には罰則まで定めている(同法二一条)所以は、多数意見にも述べられているとおり、司法書士がこれらの行為に関与することにより、却つて、国民の法律生活における正当な利益がそこなわれることなしとせず、また、司法書士のこれらの行為が、弁護士法七二条に該当する違反行為となる場合も多く、同条の規定に照らしても司法秩序が紊乱するおそれがあるからである。この意味において司法書士法九条は、一面、職務上の訓示規定であるが、反面司法の公正を保ち、司法秩序を維持するためのものであつて、多分に公益的性質を有する規定と解すべきである。したがつて、本条に違反する行為の効力を考えるに当つては、取引の安全の見地にのみ偏せず、司法秩序の維持の観点から依頼者の保護についても考慮を払い、個々の具体的な行為についてその効力の有無を決する必要があると思料する。

(三)  本件についてみると、昭和二八年一二月末頃、上告人が被上告人より金五〇万円を利息月七分、弁済昭和二九年二月二八日の約で借り受け、被上告人の右債権担保のために上告人はその所有の土地につき、譲渡担保契約ならびに右期限に債務の弁済がないときは代物弁済としてその所有権を被上告人に移転する旨の停止条件付代物弁済契約がなされた。しかし、弁済期が過ぎても上告人が債務を履行しなかつたので、両者の間に紛争が生じたが、その頃、上告人は結核を患つて入院加療中であつたので、上告人の姉長田ふじや司法書士の猪狩安蔵が上告人に代つて本件即決和解手続を進めたものであることは、原審の認定するところである。

(四)  このように、債務者が弁済期を徒過し、長期にわたつて弁済ができない状態にある場合には、その弁済方法について債権者と協議をするについては、いろいろな困難な問題が伴うことは想像に難くない。ことに、本件においては、当時上告人は、長期間入院中の病床にあり、経済的にも余裕のない状態にあつたであろうことは充分にこれをうかがうことができ、加えて本件消費貸借の金利は、利息制限法による制限をはるかにこえる高利であり、担保として上告人所有の不動産について前示のように担保権が設定され停止条件付代物弁済契約が締結されているのであるから、このような場合に上告人がどのような方法で本件債務の弁済をするかを債権者たる被上告人との間で協議し合意することは、きわめて複雑な判断を要することがらであるといつてよかろう。そして、このように複雑な判断を要する事案について、本人の委任を受けその代理人として相手方と和解をすることは、依頼者たる本人の利益をそこなうおそれが多分にあるのであつて、司法書士が代理人として処理することは、その業務の範囲を逸脱すること著しいものがあるといえよう。

私どもは、このように、司法書士がその業務の範囲を著しく逸脱する行為をなした場合には、その行為は、司法書士法九条に違反するゆえをもつて無効であると解すべきものと考える。したがつて、かかる見地からいつても、私どもは多数意見の見解に反対であり、特段の理由の説示もなく本件私法上の和解契約を有効であるとした原審の判断は、法令の解釈を誤つた結果審理不尽、理由不備の違法があるものであり、この点に関する論旨は理由があるといわなければならない。よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさしめるべく、本件を原審に差すべきであると考える。(下村三郎 田中二郎 松本正雄 飯村義美 関根小郷)

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