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最高裁判所第三小法廷 昭和42年(オ)668号 判決 1971年11月30日

上告人

岡山市

右代表者

岡崎平夫

代理人

笠原房夫

被上告人

永井達男

代理人

西崎靍司

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人笠原房夫の上告理由第一点について。

原判決の適法に確定したところによれば、岡山市長は、本件土地区画整理事業の施行者として、昭和二六年六月五日、被上告人に対し、その所有の宅地についての換地予定地を指定し、その使用開始日を別に定めることなく、従前の土地の使用を明示的に禁止したところ、右換地予定地上には第三者所有の建物二棟が存在し、これが当初の予期に反して他へ移転されないため、被上告人は、従前の土地のみでなく、換地予定地の全部についてはこれを使用することができないまま今日に至つているのであり、なお、その間、岡山市長は、右建物の一棟については、その所有者に対し移転除却の命令を発したが、代執行による除却は行なわず、他の一棟についてはそのような命令を発していないというのである。右事実関係によれば、被上告人は、使用開始日を別に定めない単純な換予定地の指定を受けながら、長期間にわたりこれを使用収益することができないため、損失を被つていることが明らかである。

ところで、土地区画整理事業の施行者は、特別都市計画法一五条、土地区画整理法七七条、行政代行執行法二条の規定に基づき、換地予定地(仮換地)上にある建築物等の移転または除却を命じ、かつ、その執行をすることができるが、これは、同事業の目的達成のために施行者に与えられた権限であると解される。しかし、土地所有者が、一方で、換地予定地の指定を受けて、従前の土地(更地)の使用を禁じられ、他方で、換地予定地を使用収益すべき権原を取得したにかかわらず、その地上に他人所有の建築物等があるため、換地予定地を現実に使用することができない場合において、通常の手続上やむをえない期間を超えて長期にわたりその状態が継続するようなときは、土地所有者は、これによつて法律上受忍すべき理由のない損失を被ることになるものといわなければならない。そして、施行者としては、事業の施行にあたり、一般に、関係人に不当な不利益や損害を及ぼすことのないよう配慮すべき義務を負うことはいうまでもないことで、換地予定地の使用を妨げる右のような事態は、これを施行者の責任において解消し、これがため土地所有者に損害の生ずることを防止すべきものであつて、それは、施行者が建築物等の移転または除却をする右権限を適切に行使することによつて実現することができるのである。したがつて、建築物等の存在によつて換地予定地の使用収益が妨げられているときは、施行者において右権限を行使し、建築物等の移転または除却をして右土地の使用収益に妨げないようにすることは、その職務上の義務でもあるというべきであつて、施行者が過失により右義務を怠つて土地所有者に損害を及ぼしたときは、これを賠償する責に任ずべきものと解するのが相当である。

本件の前示事実関係のもとでは、岡山市長には、本件換地予定地上の建物を移転または除却して、被上告人をして右土地を使用することを可能ならしめるべき義務があり、その義務はおそくとも昭和二六年中には履行されるべきであつたものであつて、岡山市長は、過失により右義務を怠つた違法な不作為のため、被上告人に対し、換地予定地を使用することができないことによる損害を与えたものというべきである。

なお、所論のように、被上告人が、みずからの権原に基づき換地予定地上の建物所有者に対し建物収去土地明渡を求めることができるとしても、責に帰すべき事由のない被上告人に対し、みずからこのような救済手段をとるべきものとするのは相当でなく、右の手段があることは、施行者たる岡山市長の右義務を軽減しまたは免れさせる事由とするには足りないものと解すべきである。

したがつて、国家賠償法一条、三条に基づき、本件土地区画整理事業の費用の負担者たる上告人において、岡山市長の違法な不作為により被上告人の被つた損害を賠償すべき義務を負うべきものとした原判決の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

岡山市長から被上告人にすでに支払われた原判示の補償金は、特別都市計画法、土地区画整理法の規定の類推適用により、右各法所定の手続を経て支払われたものであつて、施行者の適法行為によつて生じた損失を補償する趣旨のものであつたというのであるから、被上告人が、施行者の違法な行為により、右補償金をもつてしては償うことのできない損害を被つているならば、さらにその賠償を請求することを妨げられないものと解すべきであり、被上告人が、右補償金を受領することにより、岡山市長の違法な不作為を宥恕し、または、補償金の額を超える部分の損害賠償請求権を放棄する意思であつたものとは認められないとした原判決の事実の認定は、挙示の証拠に照らして、肯認することができる。そして、原判決が、換地予定地の使用収益による得べかりし利益を失つたことによる被上告人の損害は、地代家賃統制令による地代の統制額に相当する金額の右補償金の支払によつては償われていないとする前提に立ち、挙示の証拠に基づき確定した右土地の各年度ごとの時価に対する民事法定利率年五分の割合の金額をもつて損害額と認めた認定・判断も、是認できないものではない。原判決の認定判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について。

国または公共団体が国家賠償法に基づき損害賠償責任を負う関係は、実質上、民法上の不法行為により損害を賠償すべき関係と性質を同じくするものであるから、国家賠償法に基づく普通地方公共団体に対する損害賠償請求権は、私法上の金銭債権であつて、公法上の金銭債権ではなく、したがつて、その消滅時効については、地方自治法二三六条二項にいう「法律に特別の定めがある場合」として民法一四五条の規定が適用され、当事者が時効を援用しない以上、時効による消滅の判断をすることができないものと解すべきである。したがつて、被告人から時効の援用のなかつた本件において、被上告人の上告人に対する損害賠償請求を認容した原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(田中二郎 下村三郎 松本正雄 関根小郷)

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