最高裁判所第三小法廷 昭和42年(行ツ)94号 判決 1970年7月14日
大阪市南区順慶町通三丁目二〇番地
上告人
西庄株式会社
(合併前の商号西川不動産株式会社)
右代表者代表取締役
西川庄六
右訴訟代理人弁護士
河村貢
河村卓哉
渡辺八左衛門
米津稜威雄
東京都中央区日本橋堀留町二丁目五番地
被上告人
日本橋税務署長
金森三郎
右当事者間の東京高等裁判所昭和三六年(ネ)第八〇〇号法人税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和四二年六月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人河村貢、同河村卓哉、同渡辺八左衛門、同米津稜威雄の上告理由について。
原審が本件物件をめぐる西川不動産、白木屋、伴伝等の間のいきさつについてした認定および所論四五〇〇万円は貸借にかかる金額である旨の上告人の主張に関してした認定判断は、いずれも挙示の証拠に照らし肯認することができ、また、これらの点に関してした証拠の取捨判断も首肯することができる。そして、以上の認定事実に徴すれば、本件土地については昭和二七年八月二六日頃西川不動産、白木屋間において代金を八〇〇〇万円とする売買契約が成立した旨の原審の認定は正当として是認することができる。
所論は、ひつきよう、原審の適法にした事実の認定、証拠の取捨判断を非難するか原判示を正解しない主張であり、また、所論第三点については、原判示の趣旨とするところは、所論四五〇〇万円に関する契約書の記載および上告人の主張は八〇〇〇万円の売買が成立したとする原認定の妨げとはならないゆえんを説示するにあると認められるから、結局、原判決には所論の違法ほ認められない。
所論は、いずれも理由がなく、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村義美 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 関根小郷)
(昭和四二年(行ツ)第九四号 上告人 西庄株式会社)
上告代理人河村貢、同河村卓哉、同渡辺八左衛門、同米津稜威雄の上告理由
第一点 原判決には、判決に影響を及ぼす審理不尽、理由不備の違法がある。
(一) 原判決はその理由において「結局、同年八月初頃にいたり、白木屋は西川不動産の要求を容れ、本件物件を総額八千万円で買受け、且つ本件土地建物の占有者の立退問題も白木屋側で処理解決するということに両者間でいちおう話がまとまつた。(中略)ところが西川不動産は前記白木屋から受領すべき本件物件の対価八千万円を全額売買代金として受領したのでは、これに対する租税負担が多額となり、西川ビル建築資金の不足補填という当初からの目的が達成できなくなつてしまうことを惧れ当面の租税負担を回避する方法を検討した結果本件物件を再評価した原価が三千二百万円程度 計算されたところから、右八千万円のうち三千五百万円を売買代金として授受し、その余の四千五百万円についてはこれを長期借入金名義とする方法を案出し、白木屋に諒解を求めたところ、前述のように白木屋としては既に本件物件を入手するため買受代金として金八千万円を出損することを承諾していたのでその一部である四千五百万円につき長期貸付金の形式をとることについては別段異議を述べることなく、同年八月二六日その旨を記載した「不動産売買並に金銭貸借契約書」(甲第三号証)に調印した。
以上認定の事実に後記認定の事実を併せ考えると、本件物件の譲渡に関し西川不動産と白木屋との間に成立した売買契約はこれが最終的に成立した時期が前記契約書の作成された昭和二七年八月二六日であるとしても当事者間の真意は売買代金を八千万円とするものであつたと認めるが相当であつて、右の八千万円のうち四千五百万円についてはこれを消費貸借とする旨の契約書の記載は両者の通謀による虚偽の意思表示であつて無効というべきである」(原判決二三枚目裏一行より二四枚目裏九行目まで)と判示する。
しかし乍ら本物件が金八千万円也を以て売買され、上告人においてこれに応ずる売却益(売却代金から取得原価売買諸経費等を差引いた差益)を計上すべきであるというためには単に(一)右消費貸借が虚偽表示で無効であると判断するのみにては足らず、(二)金三千五百万円也を以て売買をなした売買契約も又無効であることのみならず更に進んで(三)上告人白木屋間において本物件を金八千万円也にて売買する契約を締結した事実を積極的に認定するに非ざれば原判決の如き結論に到達することはできない筈である。
即ち金四千五百万円也の消費貸借が無効であるとしても(白木屋においては消費貸借を無効として不当利益の返還を求め得る場合も存するし。)代金を三千五百万円也とする売買契約が有効であるならば(後に述ぶる如く売買代金を八千万円とする売買契約の成立は認定されていない)上告人において金三千五百万円也を以て売却したとして売却益を計上するを以て足りるのである。何となれば法人税においては財産計算方式(年度末における総資産より負債、資本等を差引いた残額を益金とする方式)を採らず成果計算方式(年度中の総益金-当該年度中の各取引乃至各勘定毎に算出される売却益その他の益金の総計-から当該年度中の経費その他の損金の合計を差引いた額を益金としてこれに課税する方式)を採るものであるから、単に負債の存在を架空のものとして否認したからと言つて直ちに益金が増加するものでないことは右計算方式を定めた法人税法二二条(本件当時九条)の規定に照し明らかなところであるからである。
しかるに原判決は前示のとおり「不動産売買並に金銭消費貸借契約書」の中、四千五百万円についてこれを消費貸借とする旨の契約書の記載は両者の通謀による虚偽の意思表示であつて無効というべきであると判示するに止まり、爾余の部分即ち本件不動産を金三千五百万円を以て売買する約定を無効であるとは判断していない。
されば原判決は本件不動産を金三千五百万円也を以て売却したとして、これに基き売却益を算出した上告人の申告を違法とする理由を欠くものといわねばならない。
(二) 又原判決は被上告人主張の如き租税債権発生の原因たる事実即ち本物件を金八千万円で売買する旨の法律行為(両当事者の意思表示の合致)を認定していない。即ち本件物件を金八千万円也を以て売却し、被上告人主張の如き売却益が計上されるとするには金四千五百万円也の消費貸借並に代金三千五百万円を以てする売買契約を無効とするのみにては足らず、更に進んで両当事者間において本売買物件を金八千万円を以て売買する旨の売買契約を締結した事実、即ちかくの如き真正な法律行為の存在(いつ誰と誰との間でどのような契約書が作成されたか等売買の日時、場所、意思表示乃至表示行為の具体的内容、契約書等の表示方法の存在等)を積極的に、明確に認定しなければならない。殊に右法律行為は租税債権の発生原因となる主要な事実ともなるものであるから、単なる推測に止まらず、必要にして充分な事実を確定しなければならないのである。
本件においてはもとよりこのような契約締結の事実は存在しないし、又原判決もこのような意思表示の存在を積極的且つ、明確に認定していない。
原判決においても単に当事者間の真意は売買代金を八千万円とするものであつたと認めるのが相当であると判示するのみである(原判決二四枚目裏五行目より六行目)。契約の成立は単に当事者の真意のみにて足らず、真意を表示する行為の存在並に両当事者の表示行為の合致が存しなければならないこと勿論であつて、かかる事実を認定せず、漫然と上告人の請求を排斥した原判決は判決に影響を及ぼすべき審理不尽、理由不備の違法あるものといわねばならない。
殊に原判決が前記引用の如く、売買契約成立前の交渉過程において売買代金は八千万円で買受けることに一応話がまとまつたがその後西川不動産は八千万円也を売買代金として受領するにおいては租税負担が多額となり建築資金の不足補填の目的が達成できなくなつてしまうことを惧れ、売買代金を三千五百万円とし、四千五百万円を緩慢な長期借入金とすることに白木屋の同意を得、昭和二七年八月二六日不動産売買と消費貸借を内容とする契約の成立を見たとする前記認定の経緯に徴するときは、右契約前の交渉過程において「売買代金は八千万円で買受けることに一応話がまとまつた」との摘示事実もその頃売買契約ができたというのか、単に売買交渉の一段階を示したにすぎないか明らかでないが仮に前者を意味するとしても、その後の売買契約の締結に当りその条件を変更して正式契約の締結を見るに至つたものと解すべきであるから、以前の右事情をとつて売買契約の成立に当り当事者間に代金を八千万円とする意思表示の合致があつた事実を示すものと見ることはとうていできないことである。
これを要するに原判決は売買代金を八千万円とする売買契約の成立を説示することなく(何時本件売買契約が成立したかは非常に重要なことである。然るに原判決は「これが最終的に成立した時期が前記契約書の作成された昭和二七年八月二六日であるとしても」としてその認定を避けている。)単に消費貸借が虚偽表示で無効であると判断したに過ぎないことに帰し判決に影響を及ぼすべき審理不尽、理由不備の違法あるものといわざるをえない。
第二点 原判決には判決に影響を及ぼす理由不備がある。
原判決は前記引用の如く、上告人白木屋間において種々交渉の結果昭和二七年八月二六日「不動産売買並に金銭貸借契約書」に調印したと認定した上、この事実に後記認定の事実を併せ考えると右消費貸借は虚偽表示であつて無効というべきであると判断し右契約を虚偽表示なりと判断する事実として白木屋としては代金八千万円を予定しており、四千五百万円が貸金として返済されることを期待していたものでないこと、経理上当初は貸付金とせず建設仮勘定中本件不動産買入代金の一部として処理していたこと(仮勘定はいわゆる中間処理の勘定であり必ずしも正確な表示をするものでないことは会計上の常識であるに拘らず原判決はこれを誤解している。)、上告人、白木屋間の返済、貸借条件が異例であること、たまたま当時上告人の関係ない白木屋と第三者間で仮装行為が行われた事実があつたこと、本件物件の価額が八千万円を下ることはないこと等の事実をあげている。
しかしながら契約両当時者間の法律行為を虚偽表示により無効と断ずるには、一、両当事者間に外形上意思表示の存すること、二、各当事者間の意思表示が効果意思を欠くこと、即ち表示と真意が符合しないこと、三、各表意者において当該意思表示は効果意思を欠くことを知つていること、四、両当事者間に通謀の存することの各要件の存在を必要とする。
しかるに前示のとおり、原判決は、右各要件中(一)上告人、白木屋間に消費貸借契約が存したこと、(二)当事者の一方である白木屋が貸付金として返済されることを期待していたものでなく当初は帳簿上貸付金としていなかつた等専ら白木屋において右消費貸借契約締結の真意のなかつたことを判示するに止まり(一)一方の当事者である上告人において消費貸借契約締決の意思表示の効果意思の欠けていたこと、(二)上告人においてこの効果意思の欠を認識していたこと、殊に(三)上告人白木屋間にこれらについての通謀の存したこと(もし通謀ありとすればその通謀の日時、場所、内容等)等通謀虚偽表示なりと判断する要件事実を具体的に確定すべきであるに拘らずこれを何等認定することなく、漫然と上告人、白木屋間の契約を虚偽表示として無効なりと判断し、上告人の請求を排斥したもので、原判決には判決に影響を及ぼすべき理由不備があるというべきである。
第三点 原判決には当事者の主張せざる事実にもとずいて判決したか、釈明権の行使を怠つた違法がある。
原判決は其理由において「四千五百万円についてはこれを消費貸借とする旨の契約書の記載は両者の通謀による虚偽の意思表示であつて無効というべきである」(原判決二四枚目裏七行目より一〇行目まで)判示する。
然れども右消費貸借が両者の通謀による虚偽表示で無効であるとの判断は当事者の主張せざる事実に基くものであつて、尠くとも釈明権の行使を怠つたものといわなければならない。即ち被上告人(被告)は、原判決の引用する第一審判決の事実摘示「被告の主張」として「本件長期借入金は実質的にみて本件物件譲渡の対価であり、当事者の真意においても借入金とみるべきものではない」(一八枚目表四行目より五行目まで)、「この取引を実質的にみるならば四千五百万円の授受は本件物件の売買と密接不可分の関係にあることはもちろん、経済的には三千五百万円と相合して本件物件譲渡の対価であるといわざるを得ない」(二一枚目表九行より裏一行目まで)と主張し、本件長期借入金を以て実質的又は経済的観点から譲渡の対価とみるべきであるというに止まり、法律上其消費貸借が両者の通謀による虚偽の意思表示で無効であるとは主張していない。もとより金銭授受の実質的経済的性格と法律上の形式とは別個のものである(たとえば担保の目的を以てする所有権の移転)。従つて原判決は当事者の主張せざる事実を想定して上告人の主張を排斥した違法があるか、尠くとも被上告人に対し、其主張する「実質的にみて物件譲渡の対価」であり「経済的には三千五百万円と相合して物件譲渡の対価」であるとの主張が当事者の通謀虚偽表示の主張を含むものであるかどうかにつき釈明すべきであつて、此点においても原判決には審理不尽の違法がある。
第四点 原判決には法令適用を誤り又は採証法則を誤り若くは経験則に違背して事実を認定した違法がある。
一、 原判決は次のとおり認定した。
1 原判決は先ず次の事実を認定する。
西川不動産は昭和二五年頃……西川ビルデイグの建築を始めたが、資材の急激な値上りのため資金に不足を来し昭和二七年二月頃にはその額が八千五百万円以上に達したので対策に苦慮し、その所有にかゝる原判決別紙第四目録記載の土地、建物(以下本件物件という。)を他に売却処分しようとしたが……本件物件を有利に処分することは困難と予想されていた。
他方において白木屋はかねてから店舗の拡張を計画し、隣接地である株式会社伴伝(以下伴伝と略称する。)の所有地を買収することを熱望していたが……もし本件土地を白木屋が西川不動産から買収するならば、これと前記伴伝所有地とを交換してもよいとの意向があることが窺われたので西川不動産、白木屋ともにこれを幸いとし、双方に出入りしていた不動産仲介業者である訴外藤本利男を介して同年春頃から本件物件の売買交渉を開始した。
その交渉の過程において西川不動産としては前記のような資金需要の関係から、当初は売買代金として一億円を主張し他方白木屋としては、対価の可及的低廉なことを希望し約半年間接衝が続いた。
その際西川不動産においては最低限度八千万円を現実に入手できなければ本件物件を手放さないという確固たる意思があつたのに対し、白木屋としては……この機を逸しては当時他にこれ以上好条件の土地を求め得られる見通しはつかない状況にあつたので、結局同年八月初頃にいたり、白木屋は西川不動産の要求を容れ、本件物件を総額八千万円で買受け、且つ本件建物の占有者の立退問題も白木屋側で処理解決するということに両者間でいちおう話がまとまつた。
そこで、まず同年八月九日白木屋と伴伝との間において、白木屋は西川不動産から本件物件を買収した上、これと伴伝所有の東京都中央区日本橋通一丁目九番地の一宅地百五十八坪七合一勺(白木屋との隣接地)及びその地上に存する建物その他の物件とを無償で交換する旨の契約書(乙第一号証)がとりかわされた。
ところが、西川不動産は前記白木屋から受領すべき本件物件の対価八千万円を全額売買代金として受領したのでは、これに対する租税負担が多額となり、西川ビル建築資金の不足補填という当初からの目的が達成できなくなつてしまうことを惧れ、当面の租税負担を回避する方法を検討した結果本件物件を再評価した原価が三千二百万円程度と計算されるところから、右八千万のうち三千五百万円を売買代金として授受しその余の四千五百万円についてはこれを長期借入金名義とする方法を案出し、白木屋の諒解を求めたところ、前述のように白木屋としては既に本件物件を入手するため買受代金として八千万円を出損することを承諾していたので、その一部である四千五百万円につき長期貸付金の形式をとることについては別段異議を述べることなく、同年八月二六日その旨を記載した「不動産売買並に金銭貸借契約書」(甲第三号証)に調印した。(原判決二一枚目裏一〇行目より二四枚目裏一行目まで)
2 そして続いて次の事実を認定する。
白木屋としては隣接の伴伝所有地を入手するについて八千万円以上の費用は予定していたのであつて、同土地と交換すべき本件物件の買受代金は低額にとどめて、これを超える金額は貸金とすることを希望したわけではなく、四千五百万円が貸金として返済されることを期待していたものでもなく、同社の経理面においても右四千五百万円を当初は貸付金とせず、建設仮勘定中の本件不動産買入代金の一部として処理していた(白木屋は昭和三二年七月になつて右の四千五百万円を本勘定に移し、長期貸付金として帳簿処理をしていることが認められるが、右の帳簿処理は、その時期から見て、白木屋が右の金員を西川不動産に交付した当時の意思を表わすものとは認めがたい。)
さらに貸金債権といわれるものゝ内容は……無担保、無利息、二十年間据置、五十年間均等年賦償還というのであるから社会常識上異例であり、経済的にはその価値を極端に低下させていることは明らかである。
一方……貸主とされている白木屋は右資金を銀行から借り入れているに拘わらず、八千万円中貸金の占める割合、その利息、返済方法等についてはなんら検討したことがないことが認められ……本件売買取引の仲介をした不動産業者である藤本利男が伴伝の代理人として本件土地占有者たる新宿ふじ他四名に対して立退料を支払うに当り、この費用も白木屋が負担したが、その一部を占有者に対する貸金に仮装し、将来その返還を請求しない旨の念書をさし入れている事実が認められること、および……本件不動産の昭和二七年八月当時の価額は八千万円を下ることはないと認められること……(同二五枚目表六行目より二六枚目裏四行目まで)。
3 そこで原判決は右1、2の事実を綜合すると次の事実が認められるという。
本件物件の譲渡に関し、西川不動産と白木屋との間に成立した売買契約はこれが最終的に成立した時期が前記契約書の作成された昭和二七年八月二六日であるとしても、当事者間の真意は売買代金を八千万円とするものであつたと認めるのが相当である(同二四枚目裏二行目より同六行目まで)となし、従つて右の八千万円のうち四千五百万円についてはこれを消費貸借とする旨の契約書の記載は両者の通謀による虚偽の意思表示であつて無効というべきである(同二四枚目裏七行目より同九行まで)という。
二、 然しながら右1、2の判示理由から認定できるのはせいぜい本件物件の譲渡に関する契約中、四千五百万円の消費貸借の部分は貸主たる白木屋につきその真意がなかつたという点に止まりそれ以上に借主たる西川不動産につき借受の意思がないとまでの認定は不能であり(判示のいわゆる「租税負担を回避する方法」の如きは毫も虚偽表示認定資料となるものでないことは後に述べるとおりである。)況んや更に飛躍して昭和二七年八月二六日に西川不動産と白木屋との間に本件物件を代金八千万円で売買するとの契約が成立したとの認定は全く不能であるといつてよい。
従つて又右四千五百万円の消費貸借の部分が両者通謀の虚偽表示であつて無効となす法令の適用は明白な誤であると断定せざるを得ない。
これを詳言すれば次のとおりである。
(一) 右1、2の事実から認定できるのは次の諸点につきる。
a 本件土地は八千万円での売買は可能であつた。
b 然し上告人側にはこれを全額売買代金としたのでは、当面の課税負担が多大となり、西川ビル建築資金の不足補填という本件土地売却の至上目的を達成できなくなる虞があつたので、どうしても当面の課税負担を回避しなくてはならない必要があつた。
c そこで上告人側では本件土地売買契約締結に先立ち、右八千万円を売買代金として受領すべきところ一歩譲歩し、内金三千五百万円を売買代金とし、残金四千五百万円を借入金とすることを白木屋に提示した。然し借入金である以上返済を考慮しなければならないので、西川ビルの各借室人よりの借入金の返還の終了する二〇年後より五〇年間にわたり年賦償還すること、無利子、無担保とすることを条件とすることゝした。
d 買主の白木屋でも本件土地を代金八千万円でゞも買受けるつもりであつたから、それ以下の条件である右提案に異存ある筈はなくこれを承認した。
e かくて本件土地売買、金銭消費貸借契約が締結された。
右事実から、何故に売主の西川不動産について、右四千五百万円の消費貸借につき、効果意思を欠くといえるのであるか。原判決がいう「ところが西川不動産は前記白木屋から受領すべき本件物件の対価八千万円を全額売買代金として受領したのではこれに対する租税負担が多額となり、西川ビル建築資金の不足補填という当初からの目的が達成できなくなつてしまうことを惧れ、当面の租税負担を回避する方法を検討した結果、本件物件を再評価した原価が三千二百万円程度と計算されるところから、右八千万円のうち三千五百万円を売買代金として授受し、その余の四千五百万円については、これを長期借入金名義とする方法を案出し」(二三枚目裏九行目より二四枚目表六行目まで)の部分は明らかに西川不動産に四千五百万円を借入金とすることにつき効果意思のあることを認め、原判決はこれに続いて「白木屋の諒解を求めたところ」(二四枚目表六行目より七行目)としてその意思表示のあつたこと、更にこの意思表示に対して「……白木屋としては既に本件物件を入手するため買受代金として八千万円を出損することを承諾していたので、その一部である四千五百万円につき長期貸付金の形式をとることについては別段異議を述べることなく同年八月二六日その旨を記載した「不動産売買並に金銭消費貸借契約書(甲第三号証)に調印した」(二四枚目表七行目より同裏一行目まで)として承諾のあつた各事実を認定している。この西川不動産の消費貸借についての表示行為及び効果意思の存在はどうなつたか。
(二) これに原判決がつけ加える事実は次の五つの事実にすぎない。
1 白木屋は本件物件の買受代金は低額に止め、これをこえる金額を貸金とすることを希望したわけではなく、四千五百万円が貸金として返済されることを期待していたものでもなくその経理面においても右四千五百万円を当初は貸付金とせず建設仮勘定中の本件不動産買入代金の一部として処理していた(建設仮勘定であることに注意、仮勘定はあくまでも仮定的暫定的なもので本勘定における如く勘定料目の適当正確さを要求されるものではない。勘定料目の振替は本勘定に移すに際して正確になせば足りるのが仮勘定の性格であり、このことは会計学上の常識である-括弧内上告代理人)。
2 貸金債権といわれるものゝ内容は無担保、無利息、二十年間据置、五十年間均等年賦償還というのであるから社会常識上異例であり経済的にはその価値を極端に低下させている。
3 白木屋は右貸付債権といわれるものゝ資金を銀行から借り入れているにもかゝわらず八千万円中貸金の占める割合、その利息、返済方法等についてはなんら検討したことがない。
4 本件売買取引の仲介をした不動産業者の藤本利男が伴伝の代理人として本件土地占有者たる新宿ふじ他四名に対して立退料を支払うに当り、この費用も白木屋が負担したがその一部を占有者に対する貸金に仮装し、将来その返還を請求しない旨の念書を差し入れている。
5 本件不動産の昭和二七年八月当時の時価は八千万円を下ることはない。
(三) 右(二)の1、3は白木屋側の事情であり、4はたまたま本件売買取引の仲介をした藤本が本件の形だけを真似てなしたもので、何れも上告人に関係なく、2の事実は右貸金が貸金としての経済的価値は名目に比べ著しく小さいものであることが認められ、その故にこそ、借主側からすれば売買代金として受取るよりも返済を考えてもなお借入金とした方が有利である事情を物語るものであるし、(もしも仮装するならばもう少し社会的経済的に価値のある貸金形態――例えば二年据置一〇年々賦償還等 にした筈である。この貸金の返済を考慮したからこそこのような形にしたといえる。)5の事実は単に本件不動産が八千万円を以て売買できる可能性を示すにすぎない。
つまるところ、右1乃至5の事実は上告人に本件借入金について効果意思のないことを示す何等の証拠となり得ないものである。
(四) その故にこそ原判決は上告人が上告理由第二点に指摘した如く通謀虚偽表示の一方の当事者である上告人に本件消費貸借について効果意思のなかつたことを判示せず、白木屋に効果意思のなかつたことから飛躍して、本件消費貸借が両者通謀虚偽の意思表示であると断定するに至つたといえよう。
(五) 又この点は一審以来の被上告人の主張にも現われている。既に上告人が上告理由第三点で指摘したとおり、被上告人は本件消費貸借が通謀虚偽表示だとは言つていないのであつて「本件長期借入金は実質的にみて本件物件譲渡の対価であり」「この取引を実質的にみるならば、四千五百万円の授受は……経済的には三千五百万円と相合して本件物件譲渡の対価である」として、本件消費貸借は通謀虚偽表示のものではないが、実質的経済的に物件譲渡の対価であつてこのようなものも、架空借入金に当るとするものである。
その故にこそ同様に第一審判決も「……本件物件の売買に関連して八千万円の内金四千五百万円は借入金とする旨の本件契約書が原告、白木屋間にかわされた事実にもかゝわらず、この借入金の契約部分は八千万円が売買代金としては高すぎるからその一部は貸付金とする趣旨で従つて貸主たる白木屋とすたば必要な場合には法律上の手段に訴えてでも将来の返済を期する等契約の履行を確保する意思でこれをなしたものでないのはもちろんのこと……もつぱら原告の税金対策上その要請のまゝ調印したものにすぎない白木屋としては原告が将来契約書記載のような条件に従い真実償還を実行するか否かには関心を有せず、すなわちそのようなことは全く原告の意のまゝにまかせる心算以上の意思を有せずしてこれをなしたにすぎないものと認めることができる」(第一審判決三五枚目裏九行目より同三六枚目表九行目まで)となし、「少くとも白木屋側のこのような内容の意思はもはや意思表示の有効要件たるいわゆる効果意思とはいえないと解すべきであり、その意味で右借入金に関する契約部分は少くとも白木屋側の効果意思はこれを欠くものとして無効なものと解すべく」(第一審判決三六枚目表九行目より同裏一行目まで)として専ら白木屋側の意思に拘泥し、もう一方の重要な当事者である西川不動産につき金員借入の意思の有無に対する認定を避けている。
(六) 原判決挙示の証拠、その他本記録に顕われた証拠、弁論の全趣旨を通じ上告人に本件消費貸借の真意のあること即ち効果意思の存在を認めるのが事実認定の経験則の然らしめるところであり、法律行為有効解釈の原則の教えるところである。
然るに原判決は挙示の証拠によつては全く上告人に本件消費貸借の真意のないことを認めることができないのに敢てこれをなすに至つたのである。
右事実認定は証拠にもとずかないで事実を認定したか一定証拠から一定事実を認定するに当つての事実認定の法則に違背したか、あるいは法令の適用を誤まつたかの何れかでなければならない。(原審においては、記録に明かな如く主として貸金としての法形式を採つたが、それが経済的実質に売買とみられる場合になお売買としての課税は可能であるか、又その他の課税方式を採るべきかに審理の中心があつたのであり、その故にこそシヤウプ勧告のわが国税制に及ぼした影響が課題となつたといえる。
然るにこれらの審理に関与した裁判官は弁論終結後全員交替し、実質的な審理に全く関与しない新たな裁判官を以て構成された原裁判所は、右終結後二年余を経て弁論を再開し、再開された昭和四二年四月二二日口頭弁論期日において形式的な更新手続を経て同日終結し、本判決をなすに至つた。)
(七) なお附言するならば、白木屋に本件消費貸借の真意なしと断じた証拠の採否にも独断の嫌いがある。
原判決は「成立に争いない乙第五号証の一、二、同第六、第七号証に原審証人中田専二の証言を総合すると、白木屋としては、……四千五百万円が貸金として返済されることを期待していたものでもなく、……」(二五枚目表五行目より一一行目まで)というが、右各号証は何れも仮勘定処理に関する振替伝票、帳簿の各記載であり、第一審における証人中田専二の証言によれば白木屋としては甲第三号証の調印後は四千五百万円が貸金として返済されることを期待していたことが窺われるのであつて、原判決の右の認定は、全くの独断という他ない。
又既に指摘した如く、原判決は乙五号証の一、二、同六、七号証に強く拘泥し同号証が仮勘定としての処理であることに目を蔽い、殊に甲一一乃至一三号証一七号証による本勘定への移記又は有価証券報告書の記載を簡単に事後処理であつて契約当初の意思を反映するものでないとして軽視している点は強く非難されなければならない。むしろ会計上の常識からすれば仮勘定においてはその仮定的暫定的性格から勘定科目の分類はそれ程適切正確であることを要しないに反し、本勘定にあつてはそれは適切正確であることを要求されているのであるから、当事者の意思解釈にあつては本勘定の記載を重視すべきは当然である。会社の経理意思は本勘定への移記及び株主総会の決議によつて確定するのであり、その以前においては仮定的なものでその修正は可能であることを考慮すれば、仮勘定の記載と本勘定の記載とが異なる場合に仮勘定の記載を信用するためには十分慎重であらねばならない。特に有価証券報告書(甲一七号証)なるものは、証券取引法の規定に従つて大蔵大臣に対する提出を義務ずけられ(証券取引法二四条一項)特にその記載は正確であることを要し、訂正を必要とするものについては訂正を義務ずけ(同法二四条二項、九条)且つ大蔵巨は右書類に形式上の不備があり、又は記載すべき重要な事項の記載が不十分であると認めるときは届出者に通知して当該職員をして審問を行わしめた後、理由を示して訂正させることができる(同法二四条二項、九条)ものとされ、大蔵省にこれを備え置き公衆の縦覧に供しなければならない(同法二五条一項本文)とされる。
それ程に重視される有価誠券報告書の記載が、単なる仮勘定における記載よりも軽視されるのは何故であるか、而も本件更正処分を行つた被上告人は大蔵大臣の監督下にあるものであり右有価証券報告書の訂正権を有するものもひとしく大蔵大臣である右有価証券報告書記載の長期貸付金が本件更正処分における如く土地買入代金であるならば、すべからくこれを訂正させるべきであるこというを俟たない。又上告人と白木屋との間で甲一四号証の一乃至四がやり取りされ、その上で不動産売買並に金銭貸借契約書(甲三号証)が作成された事実をどうみるのか。金銭貸借の条件が二〇年間据置、五〇年間の年賦償還、無利子、無担保として貸付金としての価値が名目に比べて極めて低いという点が何故金銭貸借を仮装する証拠資料であるのか。それが被上告人主張の如く実質的経済的にみて売買代金に当るというならとも角金銭貸借を仮装したとみる何等の証拠ともなり得ない筈である。むしろ反対に売買代金として授受し得たのに、これを一歩譲つて長期借入金とした事情(その故にこそ原判決も、単に右金銭貸借が仮装行為で無効だというのみならず、それが売買代金の一部を構成すると言つているものである)からすれば返還を予想したればこそこのような寛大な条件になつたのであつて、当事者の真意にもとずいたとする証拠になる筈である。
又乙第四号証の一乃至四によれば訴外藤本利男と新宿ふじ他四名に対する立退料を支払うに当りその一部を貸金に仮装している事実が認められるが、何故にそれが上告人と白木屋との間の貸金を仮装とする証拠になり得るのか甚だ疑問といわねばならない。右藤本は上告人との白木屋との間の本件土地売買を仲介した不動産業者にすぎず、上告人の代理人であつたものではないし、又新宿ふじ他四名に対する関係においては右貸金の返還を請求しない旨の念書(返り証)を差入れているのであつて、上告人と白木屋との本件取引とはその趣を異にし、右藤本が本件取引後一年猶余を経て本件取引の形だけを真似てなしたものにすぎない。上告人については被上告人の調査の結果右の如き返り証の存在しないことがはつきりしている。それでもなお、被上告人と白木屋との間の貸金を仮装とする証拠となり得るのであるか。
何れにしろ、原判決の証拠の取捨選択は極めて独断であつて採証の法則を無視するものという他ない。
以上