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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(行ツ)130号 判決 1972年6月20日

当事者 上告人 松下仙太郎

右訴訟代理人弁護士 伊藤秀一

被上告人 大阪府知事 黒田了一

被上告人 国

右代表者法務大臣 前尾繁三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤秀一の上告理由一および二の(1) について。

所論の点に関する原判決(付加、訂正のうえ引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の認定判断は、挙示の証拠に照らし、肯認することができる。所論は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断を非難するか、原判決の認定に反する事実を前提として原審の判断を非難するものであって、採用することができない。

同二の(2) について

原判決認定の事実関係のもとにおいては、本件買収令書の交付に代わる公告がなされた当時少なくとも第一審判決別紙目録記載の土地(以下、本件土地という。)を小作地と認定したことをもって明白な瑕疵があるものということはできないとした原審の判断は、正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同三について。

原判決認定の事実関係のもとにおいては、右公告がなされた当時本件土地が自作農創設特別措置法五条五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」であったとすることはできないとする原審の判断は、正当として首肯することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同四について。

原判決の確定したところによれば、被上告人大阪府知事は、本件土地につき、不在地主である上告人所有の小作地として樹立された買収計画に基づき、買収の時期を昭和二三年三月二日として、昭和二五年三月二五日自作農創設特別措置法九条一項但書の規定により買収令書の交付に代わる公告をし、その後、右買収の時期に本件土地の所有権が被上告人国に移転し、ついで、同被上告人から売渡を受けた中尾健一に移転したものとして処理されて今日に及んでいるが、右公告当時、上告人の住所は少しく調査の労をとれば容易に判明したのであり、また、右公告には買収の時期および対価の支払の時期等の記載を欠いていたところ、本件訴訟係属後の昭和三八年一一月二日にいたり、農地法施行法二条の規定に基づき、先の公告の瑕疵を補正する趣旨で、あらためて法定の要件を具備した買収令書を上告人に交付したというのである。

ところで、論旨は、要するに、被上告人大阪府知事の怠慢によって買収令書の交付がなされず、これに代わるものとしてされた公告が公告の要件を具備せず、しかも、不交付に終った買収令書を発送した時期後一年九か月も経過した後になされたような場合には、買収の時期から一五年八か月、本訴提起の時から七年を経過した後になされた買収令書の交付によっては、もはや公告の瑕疵は補正されないと解すべきであるのに、その補正を認めた原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであるというのである。

しかし、右公告は買収計画の公告後遅滞なくされたものと認める旨および買収の時期等の記載を欠く公告の瑕疵は補正を許す程度のものというべきである旨の原審の判断は、いずれも首肯しえないものではない。また、たとえ違法のものであったとはいえ、買収令書の交付に代わる公告が当時遅滞なくされ、かつ、表見的ではあるにしても、すでに前述のような法律関係が形成されている場合においては、右公告の瑕疵を補正するために行なわれた買収令書の交付の効力は肯認されるべきであって、右令書の交付が著しく遅滞して行なわれたという一事をもって、それによる公告の瑕疵の補正の効果を否定し、右のような一連の手続をすべて無効に帰せしめるようなことは許されないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三三年(オ)第三〇八号同三六年三月三日第二小法廷判決、裁判集民事四九号三一頁、同昭和三八年(オ)第一一〇九号同四〇年五月二八日第二小法廷判決、裁判集民事七九号二二三頁参照)。したがって、これと同趣旨に出た原審の判断は正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同五について。

本件の場合、買収処分における実体上の要件の存否に関する行政庁の終局的判断は、すでに令書の交付に代わる公告の時になされているのであり、買収令書の交付は、右公告の手続上の瑕疵を補正するためになされたのであるから、買収の対象となる農地に該当するか否かというような実体上の要件は、補正される行為である右公告がなされた時を基準として判断すべきものと解するのが相当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 関根小郷)

上告代理人伊藤秀一の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一~三<省略>

四、仮に本件土地が農地としても、本件買収令書の交付がない。

原判決は、被上告人大阪府知事が上告人の所有の本件土地を昭和二三年三月二日付で買収するにつき、自創法九条一項本文の規定に基づく買収令書を交付せず、昭和二五年三月二五日付大阪府公報による大阪府告示一五六号の公告を以て右令書の交付に代えんとしたが右公告は自創法九条一項但書の「農地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」の要件を具備せず、しかも右公告には自創法九条二項の要求する買収の時期及び対価の支払の時期等の記載がなく、従って法律上の要件を欠いた瑕疵あることを認めながら被上告人知事の昭和三八年九月二七日付、農地法施行法(以下施行法という)二条一項一号の規定に基づく本件土地についての上告人宛買収令書が同年一一月二日に到達したことをもって、本件買収処分は、前記瑕疵が治癒されたものとしこれを有効とするものである。という。

ところで施行法二条一項一号の規定は、「買収計画樹立の公告承認後遅滞なく買収令書を交付する場合とか、買収計画の公告承認後遅滞なく買収令書の交付又は公告がなされたが、それが法定の要件を欠く違法なものであったため、当該交付又は公告の瑕疵を補正する意味で後日重ねて買収令書の交付を行う場合に適用されるものである」こと原判決のとおりである。しかし瑕疵の治癒が右のとおり一般的に許されるとしても、第一に具体的な瑕疵の軽重によって補正の許されない場合があることは、原判決も暗に認めるところであるが、本件の場合は補正の許されない場合に該当するものというべく、第二にその補正は何時までも許されるものではなく、従って本件の場合はまさに補正の許されない場合に該当するものといわねばならない。

(1)  まず第一の点について原判決は「買収処分当時に少しく調査の労をとれば買収農地の所有者の住所が判明し、買収令書の交付ができる状況にあるにもかゝわらず、このような労をとらないで自創法九条一項但書により令書の交付にかわる公告をした買収手続上の瑕疵や右公告に買収の時期及び対価の支払時期等の記載を脱落した瑕疵は補正を許す手続上の瑕疵にあたり、買収計画の公告の承認後遅滞なく買収令書の交付又は公告が行われなかったために買収処分が無効となる(昭和四三年六月一三日最高裁判決判例時報第五二三号三〇頁)場合とは趣を異にする」と判示する。

しかし原判決も認めるとおり被上告人知事の自創法九条一項本文による買収令書の不交付は、被上告人知事の怠慢にもとづくものであり、更にそれに次ぐ公告も又法定の記載要件を欠くもので、しかも右公告は買収令書の不交付時、すなわち買収時後二年も経過した後になされたものである。

思うに本諸行為は単に慢然と形式的になされたのみで、行政行為の効力発生要件としての被買収者に対する告知行為としては重大な程度の違法性を有するものであり、その違法性が単に手続上のもので補正を許すものと断ずることはあまりにも処分庁に優位を認めるもので憲法一一条、一三条、二九条の精神にも反するものである。けだし憲法は国民の基本的人権を認め(一一条)その基本的人権の一として財産権の不可侵を規定し(二九条)かゝる基本的人権の保障として公共の福祉に反しない限り国政の上で最大に尊重される(一三条)とするが故に、本件の場合のように土地所有者に売渡しの義務を課するが如き行政行為の瑕疵に補正が許されるや否やは慎重に判断されねばならない。

原判決は本件処分は補正され、昭和二三年三月二日に遡って買収の効力を生じたとするが、買収時点(昭和二三年三月二日)と補正時点(三八年一一月二日)との間には大きな時の流れがあり地価の高騰が叫ばれている今日、補正と見るか新しい処分と見るかによって被買収者の受ける対価にも相当の差があることを考慮すれば本件補正をもって国政に最大の尊重を払った行政行為とはいえないこと明らかである。

(2)  又原判決は買収令書の不交付による買収後遅滞なく公告がなされたことを理由に本件処分を以て瑕疵の補正が許されると判示するがすでに述べたとおり不交付に終った買収令書を発送した時期(二三年七月)と令書の交付に代る公告をなした時(二五年三月二五日)の間には一年九ヶ月という時間の経過があったものであり、これをもって公告が遅滞なくされたと断ずることは、社会通念上からしても又買収処分が大量性を有するため行政庁に多くの時間と労力を要するものとしても到底是認されるべきものではない。

更に施行法二条一項一号の規定に基づく買収処分の令書が、本件買収の時期(二三年三月二日)より一五年八ヶ月、本訴提起の時(三一年一〇月二二日)より七ヶ年を経過してなされたことも原判決の認めるとおりである。

よって右の諸点を綜合すれば、本件買収令書の交付は全く認められず、しかもこれに代る公告も右にのべたとおり重大な瑕疵を有するものであり、それらの有する違法性の重大さの故に被買収者たる上告人に対する告知行為としては、いやしくもそれに該当する瑕疵ある行為すら存在しない、換言すれば告知行為は存在しなかったと見るのが妥当であり、又仮に瑕疵ある行為が存在するとしても、その瑕疵の重大さの故に本件買収処分は、補正の余地がないものというべく施行法二条一項一号の規定にもとづく令書を交付しても本件処分は無効といわざるをえない。

(3)  次に第二の点すなわち瑕疵の補正のための買収令書の交付は何時までになされるべきやについては施行法に何らの規定もないのであるが、だからといって当該処分庁において本件のような無効な買収処分を放置しておき、いくら長年月を経た後においてもそれについて右のような瑕疵の治癒をなし得るものとすることはあまりにも処分庁に優位を認めることになる一方、被買収者の地位を何時までも不安定のまゝ放置することゝなり、余りにも衡平を失する結果となって、かゝることは信義則上到底是認し得ないものといわねばならない。従ってかような場合治癒されるべき瑕疵の軽重のほかに、当該処分庁及び被買収者それぞれの側に存する諸般の事情をも考慮して信義則に照らし、最早これ以上被買収者の地位を不安定のまゝ放置することが許されないと認められる時期以後においては、当該処分庁において右のような瑕疵の治癒をなし得ないものとするのが相当であり(昭和三八年一一月二八日京都地裁判決行例集一四巻一二号二一一二頁参照)又施行法二条一項一号も当然このことを前提としているものといわねばならない。

右にのべた本件事実につきこの点を思考すれば本件買収処分が最早補正を許さないことも明らかである。

五、次に原判決は三八年一一月二日に被上告人宛施行法二条一項一号の規定に基づく買収令書が送達したことにより瑕疵が治癒され、それは先の交付又はこれに代る公告の瑕疵をその時に遡って補正し本件土地の買収は適法な処分になったとする。

しかし農地買収処分の究極の目的は、国が農地の所有権を取得することにあり、買収計画の樹立その公告などはその前提手続にすぎないから、農地買収処分における違法判断の基準時は買収令書の交付の時と解すべきである。(三九年五月二七日東京高裁判決行例集一五巻五号七四九頁。三九年九月三〇日大阪地裁判決訟務月報一一巻一号八四頁参照)

ここに買収令書交付とは有効な告知行為と解すべきであり又、違法性とは買収処分につきその客体が農地でなかったこと、小作地でなかったこと、自創法五条五号該当の土地であったこと等並びにその対価が妥当乃至適法でなかったこと等を意味するものといわねばならない。

ところで原判決は本件買収処分の効力発生時点たる三八年一一月二五日に本件土地が宅地としての性格を有すべきであったや否や自創法五条五号該当の土地であるやにつき深く考慮することなしに単に現況のみをもって農地と判断したことは誤りである。

原判決によれば本件土地は宅地造成され、且つ分譲された土地の一角にあり、上告人は昭和一七年六月八日に家屋建築用地として買入れ、家屋建築を急いだが、戦中のため建築資材統制のためそれが容易に入手できなかったため、建築工事の着手ができず、折からの食糧難のため、山口伊一郎等が上告人に無断で蔬菜の生産用に耕作していたところ、その後中尾末吉が同じく耕作を始めたため買収されたもので、上告人は戦後の混乱がおさまった二三、四年頃から建築工事に着手せんとしたが、中尾は爾後右買収が無効であるにもかゝわらず、本件土地を払下げたと称し不法にも明渡を拒み続けたため現状においても農地の性格を有するものであるが、思うに本件土地を農地たらしめている責任は、被上告人等にあるというべくすなわち被上告人等が無効なる買収をなしそれを中尾末吉に払下げ使用収益させたという違法行為の結果といわざるを得ない。

かくの如きことがなかりせば本件土地が三八年一一月の買収効力発生時点に宅地としての性格を有したであろうことは客観的に明らかである。

更に原判決は、本件土地の買収につき価格が処分の効力発生時点(三八年一一月二日)に相当な額であるべきことを看過し、二三年三月二日現在の相当額を買収価額としてなした本件買収処分を有効と認めた点にも誤りがある。

六、<省略>

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