最高裁判所第三小法廷 昭和44年(あ)1590号 判決 1970年12月22日
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人清家栄の上告趣意のうち、判例違反をいう点について。
所論は、原判決が、刑法二六一条の罪の告訴権者について、「告訴権者を所有者だけに限定して解することは必ずしも当を得たものではない。けだし、所有者以外の者であっても、たとえば賃借人等の如く適法な占有権原に基づいて当該物件を占有使用している者は、これを使用収益することによって、当該物件の利用価値、即ち効用を享受しているのであるから、右のような用益権者が適法に享受する利益もまた所有権者のそれとは別個に保護されて然るべきであり、刑法上ことさらこれを保護の対象から除外すべき根拠はない。このことは、刑法二六二条が物の賃借人等の利益を独立して保護の対象としていることからみても明らかである。」と判示したのが、引用の明治四五年五月二七日の大審院判例(刑録一八輯六七六頁)に相反するというのである。
よって案ずるに、右大審院の判例は、所論告訴権者について、「刑法第二百六十一条ノ毀棄罪ノ被害者ハ毀棄セラレタル物ノ所有者ニ外ナラサレハ告訴権ヲ有スル者ハ其所有者ニ限レルモノトス」と判示しているのであるから、原判決は、右大審院の判例と相反する判断をしたことになり、刑訴法四〇五条三号に規定する、最高裁判所の判例がない場合に大審院の判例と相反する判断をしたことにあたるものといわなければならない。
しかし、刑訴法二三〇条は、「犯罪により害を被った者は、告訴をすることができる。」と規定しているのであるから、右大審院判決がこれを毀棄された物の所有者に限るとしたのは、狭きに失するものといわなければならない。そして、原判決の認定したところによると、告訴をした松本シズヱは、本件ブロック塀、その築造されている土地およびその土地上の家屋の共有者の一人である松本政男の妻で、右家屋に、米国に出かせぎに行っている同人のるすを守って子供らと居住し、右塀によって居住の平穏等を維持していたものであるというのであって、このような事実関係のもとにおいては、右松本シズヱは、本件ブロック塀の損壊により害を被った者として、告訴権を有するものと解するのが相当である。
そこで、刑訴法四一〇条二項により、前記大審院の判例を変更して原判決を維持することとする。
その余の上告趣意は、単なる法令違反の主張であって、上告適法の理由にあたらない。
また、記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。
よって、刑訴法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 田中二郎 裁判官 下村三郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)