大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和45年(オ)989号 判決 1973年9月18日

上告人

早川志満

早川澄子

右両名訴訟代理人

松島政義

被上告人

対崎取子

右訴訟代理人

的場武治

萩原金美

塩飽志郎

主文

原判決中上告人ら敗訴部分を被棄する。

前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人松島政義の上告理由第一点について。

原判決は、被上告人は、訴外大木清に対し合計二一万四三〇〇円の貸金債権を有していたところ、昭和二九年六月一八日右貸金合計額を元本とし、弁済期を同年一二月三一日と定めてこれを被担保債権とし、上告人澄子所有の原判決添付別紙目録(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)につき抵当権を取得して同年六月二九日その設定登記を経由したが、弁済期に債務の弁済がなかつたので、抵当権の実行を申し立てて自らこれを競落し、昭和三〇年一〇月一日その所有権移転登記を経由したこと、本件土地上に前記目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)が存するところ、上告人澄子は、昭和二六年一月三〇日所有者たる訴外財団法人東京都住宅貸付金整理協会からこれを買い受けてその所有権を取得したが、その所有権移転登記は経由せず、前記抵当権設定当時登記簿上の所有者名義は右訴外協会となつていたこと、すなわち、本件土地についての抵当権設定当時、本件土地およびその地上建物たる本件建物は、抵当権設定者たる上告人澄子の所有に属していたが、建物についてはその前所有者の所有名義になつていて、上告人澄子は取得登記を経由していなかつたことを認定したうえ、右の場合、上告人澄子は、土地に抵当権を設定した当時地上建物を所有していてもその取得登記を経ていないから、土地につき法定地上権を取得しえないと解すべきであるとし、上告人澄子が被上告人に対して法定地上権設定登記手続および相当地代の確定を求める請求を排斥し、かつ、被上告人が土地所有権にもとづき本件建物に居住して本件土地を占有している上告人志満に対して建物退去土地明渡を求める請求につき、右法定地上権を援用する上告人志満の主張を排斥して被上告人の請求を認容したものである。

しかしながら、土地とその地上建物が同一所有者に属する場合において、土地のみにつき抵当権が設定されてその抵当権が実行されたときは、たとえ建物所有権の取得原因が譲渡であり、建物につき前主その他の者の所有名義の登記がされているままで、土地抵当権設定当時建物についての所有権移転登記が経由されていなくとも、土地競落人は、これを理由として法定地上権の成立を否定することはできないものと解するのが相当である。その理由は、つぎのとおりである。

民法三八八条本文は、「土地及ヒ其上ニ存スル建物カ同一ノ所有者ニ属スル場合ニ於テ其土地又ハ建物ノミヲ抵当ト為シタルトキハ抵当権設定者ハ競売ノ場合ニ付キ地上権ヲ設定シタルモノト看做ス」と規定するが、その根拠は、土地と建物が同一所有者に属している場合には、その一方につき抵当権を設定し将来土地と建物の所有者を異にすることが予想される場合でも、これにそなえて抵当権設定時において建物につき土地利用権を設定しておくことが現行法制のもとにおいては許されないところから、競売により土地と建物が別人の所有に帰した場合は建物の収去を余儀なくされるが、それは社会経済上不利益であるから、これを防止する必要があるとともに、このような場合には、抵当権設定者としては、建物のために土地利用を存続する意思を有し、抵当権者もこれを予期すべきものであることに求めることができる。してみると、建物につき登記がされているか、所有者が取得登記を経由しているか否かにかかわらず、建物が存立している以上これを保護することが社会経済上の要請にそうゆえんであつて、もとよりこれは抵当権設定者の意思に反するものではなく、他方、土地につき抵当権を取得しようとする者は、現実に土地をみて地上建物の存在を了知しこれを前提として評価するのが通例であり、競落人は抵当権者と同視すべきものであるから、建物につき登記がされているか、所有者が取得登記を経由しているか否かにかかわらず、法定地上権の成立を認めるのが法の趣旨に合致するのである。このように、法定地上権制度は、要するに存立している建物を保護するところにその意義を有するのであるから、建物所有者は、法定地上権を取得するに当たり、対抗力ある所有権を有している必要はないというべきである。

したがつて、これと異なる見解にたつ原判決の前示判断には法令違背があり、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかである。それゆえ、この点に関する論旨は理由があるから、その余の論旨について判断を示すまでもなく、原判決中上告人ら敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件はなお審理の必要があるから、右の部分を原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(江里口清雄 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 高辻正己)

上告代理人松島政義の上告理由

第一点

一、原判決は、上告人澄子が本件土地に本件抵当権を設定したときには、地上建物も右土地も所有権が上告人澄子に所属していたこと、従つて土地建物の双方とも右澄子の所有であつた事実を確定されながら、その建物につき前者その他の者の所有名義の登記がなされているときには、抵当権設定の当時に地上建物を所有したことを抵当権者および競落人に対抗するためには、自己名義の登記を経由していることを要し、それを具備していないかぎり該土地につき法定地上権を取得し得ないと解するのが相当であると判示して、上告人らがした法定地上権の主張を排斥されている。

二、

(一) 我妻担保物権法は「法定地上権制度の存在意義は、地上にある建物の存在を全うさせようとする国民経済上の必要だと説かれている」「しかしもう少し理論的に分析して考察する必要がある――建物は性質上土地の利用権を伴なわずには存在し得ないものである。従つて――建物のある土地だけが取引されるときは、その建物のための利用権によつて制限される土地の取引とみるべきである。」ことを法定地上権の理論的根拠だと説明している(新訂担保物権法三五一、二頁)。

(二) 「判例は三八八条の要件を緩和し、法定地上権の成立する場合を多くしている――今日の社会情勢からみて、大体において至当な態度といえるであろう」とも(同上三五二頁)説いている。

(三) しかるに土地の上に抵当権が設定されたとき、借地権者が建物を所有していた場合に、土地所有者が競売前に建物所有権を取得しても、借地権は混同の例外として存続し(一七九条一項)、その建物のために法定地上権が成立するのではないと解すべきである。現実に存在する借地権を考慮して評価された抵当権の不利益となるおそれがあるからである(同上三五六頁一五行以下)としている。

(1) これは借地権(それが賃借権の意であるのは明白である)が混同によつて消滅せず、借地権なる土地利用権が存続する場合のことを、念頭におかれての思考であつて、本件のように借地権が存続しないときのことにまで言及されている論旨でないのは明かである。

(2) 宅地賃借権は地上権と並んで借地権とされており(借地法一条)地上権と同級の宅地利用権であつて、その実用上の差はきわめて些少であり、取引社会の実情にみても、ほとんど両者の区別は考えられておらないのである。従つて賃借権を負担する宅地としての心得のある者に地上権を負担させても、別段不意打ちとはならないし、又過酷を強いることになるものではない。反つて借地権(賃借権)を負担している土地として予期し計算せねばならない土地取得者に、他人の建物を犠牲にし、建物の土地用益権を抹殺してまで、それが更地であるような完全な所有権を行使させることは、公平の法理に反するものであつて、建物所有者の犠牲において、不当な利得をさせることになるのである。法がせつかく潜在的な土地利用関係を、法律上現実化する制度として設けた法定地上権の理論的根拠からすれば、土地に抵当権が設定されたときに該地上に建物があり、抵当権者においてその土地が借地権を負担するものと予期すべき関係にある以上は、その建物のために法定地上権を認めることこそ法意に適う所以であると思考する。

(3) 判例は「もともと土地を買受けようとする第三者は現地を検分して建物の所在を知り、ひいて賃借権等の土地使用権の存在を推知するのが通例である(最高昭和四〇・三・一七、大法廷民集一九、四五三の傍論)」「土地のみにつき抵当権を取得したる者は、――該地上に建物の宅在したる事実はこれを了知せることを通常の事例とするが故に競売の場合に建物を所有する何人かがその土地につき地上権を取得すへきことは当然予期すへき所にして斯る土地を競落したるものも亦同様なりと謂はさるへからす即甲たると乙たるとを問はす競売の当時該建物を所有する何人かが存在し地上権を取得すべきことは之を予期せざるへからす(大民昭和一四・一二・一九、民集一八巻一五八三頁)」といつている。

三、本件抵当権が設定されたときも、又本件競落のときも、被上告人は本件地上に建物があることを知悉しており、その建物所有者は上告人ではなくて他人であると信じていたというのが被上告人の主張なのであるから、被上告人としては、右他人が本件土地に対して借地権(地上権又は賃借権)を有していることを予期していたこと、従つて本件土地は本件建物のための土地利用権によつて利用上でも価値上でも、上告人自身が建物所有者であると信じていたのと実費を同じくする予期をしていたことになるのである。そうであるから被上告人は上告人澄子が、右建物に所有権取得登記を欠いていることを理由として、右建物のために発生する法定地上権の成立を否定するに値いする実質的利益を有し得ないのは自明であつて、被上告人のするかかる否定は、「否定権の濫用」であると評価されてしかるべきもである。換言すれば被上告人は、本件建物のための法定地上権の成立または対抗関係に関するかぎり、建物登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者ではあり得ないことにならざるを得ないのである(前掲昭和一四・一二・一九の大判の判文や保障を享受するに値いせざる利害関係人は第三者ではないとする明治四一・一二・一五、大判、民集一四巻一、〇二七頁等参照)。

四、次に右述以前の問題として、土地に抵当権が設定された場合に法定地上権が認められるためには、地上建物が土地所有者名義に登記されていることを必要とするか否かである。我妻担保物権法は「土地とその上にある建物が同一人に帰属していることについては、登記を必要としないとするのが判例である」として三つの大審院判例を挙示し、かつそれを支持している(同上三五九頁九行以下)。尤もこの三つの判例は何れも未登記建物についての事案であるが、しかし未登記建物であれば、第三者からの譲受物件でも法定地上権の関係では未登記でよろしいとされるのに(この場合にも民法一七七条に所云物権の得喪変更がある)、他人名義に登記されていた建物であるときは、その移転登記が経由されていなければ、法定地上権が成立または対抗しえないとすることは、明かに均衡性公平性合理性に反するものである。法定地上権制度は、同一人が建物と敷地(所有権、利用権)を有する場合には、建物のため敷地利用権が潜在的に伴つており、当事者が契約でそれを実現する機会を持たないときに法律上の効果として顕現させるものである(我妻新訂担保物権法三六四頁九行以下)ことについて、深甚の配慮がなされねばならないのであつて、原判決はこの点においても重大な誤りがあることになるのである。

五、要するに原判決は、本件事案における法定地上権の成立または対抗について、法律の解釈と適用を誤つた違法があり、それが判決の結果に影響を及すこともちろんであるから、先づこの点において破棄をまぬがれないのである。<以下略>

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