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最高裁判所第三小法廷 昭和47年(オ)777号 判決 1977年12月13日

上告人

日本電信電話公社

右代表者総裁

秋草篤二

右指定代理人

貞家克己

外一三名

被上告人

石原節

右訴訟代理人弁護士

上田誠吉

外二九名

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人香川保一、同近藤浩武、同矢崎秀一、同長島俊雄、同玉野義雄、同外松源司、同宮坂弘、同森田義之の上告理由について

第一本件の経過

一原審が確定したところによれば、本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。

(一)  被上告人は、日本電信電話公社(以下「公社」という。)目黒電報電話局(以下「目黒局」という。)施設部試験課に勤務する公社職員であるが、昭和四二年六月一六日から同月二二日まで継続して、目黒局において、作業衣左胸に、青地に自字で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチツク製のプレート(以下「本件プレート」という。)を着用して勤務した。被上告人が本件プレートを着用した動機は、ベトナム戦争に反対することが日本の平和につながるという気持をもち、立川基地がベトナム戦争の遂行に利用されていると考え、本件プレートに記載されたスローガンに共鳴同調し、その気持を職場の同僚に理解してもらいたいということにあつた。

(二)  その間、目黒局の局長及び次長は、同年六月一六日午前九時ころ、被上告人に対し、「局所内でそのようなものをつけては困る。局所内で右のような主義、主張をもつた札、ビラその他を胸につけることは許可しない方針なので直ちに取りはずしてもらいたい。」旨注意を与えたが、被上告人はこれに従わず、更に、同日正午前ころ試験課長が、翌一七日午後二時前ころ試験課長、施設部長が、同月二二日正午ころ試験課長が、同日午後三時過ぎころ次長、施設部長が、それぞれプレートを取りはずすように注意を与えたが、被上告人はこれに従わなかつた。

(三)  被上告人は、本件プレートの取りはずし命令は不当であると考え、これに抗議する目的で、同月二三日休憩時間中である正午から零時一〇分ころまでの間に、局所管理責任者である庶務課長の許可を受けることなく、「職場のみなさんへの訴え」と題し、六月一六日局長室でプレート着用について注意を受けた状況及び管理者側の態度が職場の組合活動や労働者の政治的自覚を高める活動を抑えて公社の合理化計画をよりスムーズに進行させるための地ならしであるとの抗議の意見を記載し、職場の要求をワツペン、プレートにして皆の胸につけることを呼びかけた内容のビラ数十枚を、試験課、線路課など各課の休憩室及び食堂で職員に手渡し、休憩室のない一部の職場では職員の机上に置くという方法で、配布した。

(四)  公社は、同月二四日、被上告人に対し、被上告人の前記(一)のプレート着用行為は、日本電信電話公社就業規則(以下「公社就業規則」という。)五条七項(「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」)に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由(「第五条の規定に違反したとき」)に該当する、(二)の行為は、同条三号所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき」)に該当する、(三)のビラ配布行為は、同五条六項(「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」)に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由に該当するとして、日本電信電話公社法(以下「公社法」という。)三三条一項により懲戒戒告処分に付する旨の意思表示(以下「本件処分」という。)をした。

二原審は、(1) 公社就業規則五条七項の「政治活動」の意義は人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨であると解するのが相当であるところ、本件プレートが政治上の主張の表示に用いられる記章に該当するとしても、被上告人が人事院規則一四―七にいう政治的目的をもつて本件プレートを着用したものとはとうてい認め難いところであるから、被上告人の本件プレート着用行為は公社就業規則五条七項の規定に違反せず、五九条一八号所定の懲戒事由に該当しない、(2) 本件プレート着用行為が公社就業規則の禁止規定に違反することを前提とする局長らの本件プレート取りはずし命令は、正当な根拠を欠き、被上告人に義務なきことを強制するものにほかならないから、被上告人がこれに従うことを拒否したとしても、命令不服従の責めを問うことはできず、前記一の(二)の被上告人の行為は公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由に該当しない、(3) 公社就業規則五九条一八号、五条六項は、およそ文書の無許可配布一般を懲戒処分の対象に包摂するものではなく、許可制を採用することによつて担保ないし維持しようとした職場秩序の実質的侵害を伴うような無許可のビラ配布のみを懲戒処分の対象とする趣旨であると解すべきところ、被上告人の本件ビラ配布は、なんら職場秩序の実質的侵害を伴わないものであるから、公社就業規則五九条一八号所定の懲戒事由に該当しない、(4) したがつて、本件処分は、公社就業規則所定の懲戒事由が存在しないのにもかかわらずされたものであつて無効であり、また仮に、被上告人の本件ビラ配布行為が形式的に公社就業規則五条六項に違反し、五九条一八号の懲戒事由に該当するとしても、違反の情状は極めて軽微であるから本件処分は懲戒権の濫用というべきであつて無効である、と判断した。

三論旨は、原審の判断は、公社就業規則五条六項及び七項並びに五九条三号及び一八号、ひいては公社法三三条の規定の解釈、適用を誤つたものであり、右の違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

第二当裁判所の判断

一まず、公社就業規則における政治活動禁止の意義について検討する。

上告人公社は、公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し、並びに電気通信による国民の利便を確保することにより公共の福祉を増進することを目的として設立された法人であつて、その設立に伴い、従来電気通信省の職員であつた者は、電気通信大臣が指名する者を除き、公社の職員となり、国家公務員法(以下「国公法」という。)及び人事院規則によつて規律されていたその服務関係は、公社法、公共企業体等労働関係法及び公社の制定する就業規則等により規律されることとなつた。ところで、一般職国家公務員については、その政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保する目的から、国公法一〇二条、人事院規則一四―七により政治的行為の制限が定められ、その違反に対しては同法一一〇条一九号により刑罰が科せられることとされている。しかしながら、公社職員については、法律自体に職員の政治的行為を禁止する規定は設けられず、専ら公社就業規則において、「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」(制定当初は五条八項に定められていたが、数次の改正により本件当時は五条七項に規定されていた。)と定められているにとどまり、国公法と異なつて、局所内における政治活動だけが禁止され、しかも刑罰の裏づけを伴つていない。そうして、公社は、公衆電気通信事業という、一般公衆が直接利用関係に立ち国民生活に直接重大な影響をもつ社会性及び公益性の極めて強い事業を経営する企業体であるから、公社とその職員との労働関係が一般私企業と若干異なる規制を受けることは否定することができないが、公社はその設立目的に照らしても企業性を強く要請されており、公社と職員との関係は、基本的には一般私企業における使用者と従業員との関係とその本質を異にするものではなく、私法上のものであると解される。更に、一般に就業規則は使用者が企業経営の必要上従業員の労働条件を明らかにし職場の規律を確立することを目的として制定するものであつて、公社就業規則も同様の目的で公社が制定したものであるが、特に公社就業規則五条はその体裁、文言から局所内の秩序風紀の維持を目的とした規定であると解しうるところからみると、公社就業規則五条七項が局所内における政治活動を禁止した趣旨は、一般職国家公務員に関する国公法一〇二条、人事院規則一四―七における政治的行為の制限の趣旨と異なり、一般私企業において就業規則により事業所(職場)内における政治活動を禁止しているのと同様、企業秩序の維持を主眼としたものであると解するのが、相当である。すなわち、一般私企業においては、元来、職場は業務遂行のための場であつて政治活動その他従業員の私的活動のための場所ではないから、従業員は職場内において当然には政治活動をする権利を有するというわけのものでないばかりでなく、職場内における従業員の政治活動は、従業員相互間の政治的対立ないし抗争を生じさせるおそれがあり、また、それが使用者の管理する企業施設を利用して行われるものである以上その管理を妨げるおそれがあり、しかも、それを就業時間中に行う従業員がある場合にはその労務提供業務に違反するにとどまらず他の従業員の業務遂行をも妨げるおそれがあり、また、就業時間外であつても休憩時間中に行われる場合には他の従業員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後における作業能率を低下させるおそれのあることがあるなど、企業秩序の維持に支障をきたすおそれが強いものといわなければならない。したがつて、一般私企業の使用者が、企業秩序維持の見地から、就業規則により職場内における政治活動を禁止することは、合理的な定めとして許されるべきであり、特に、合理的かつ能率的な経営を要請される公社においては、同様の見地から、就業規則において右のような規定を設けることは当然許されることであつて、公社就業規則五条七項の規定も、本質的には、右のような趣旨のもとに定められていると解され、右規定にいう「政治活動」の意義も、一般私企業における就業規則が禁止の対象としている政治活動、すなわち、社会通念上政治的と認められる活動をいうものと解するのが、相当である。もつとも、公社就業規則の立案関係者の見解によれば政治活動の意義は人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と解されていたこと及び本件第一審において上告人は右立案者の見解と同様の主張をしていたことは、原審の確定した事実及び本訴の経過に徴して明らかなところである。しかしながら、就業規則の解釈にあたり、制定当時の立案関係者の見解が重要な資料となることは否定することができないとしても、これを絶対視すべきものではなく、また、右のような就業規則の解釈に関する訴訟上の主張を改めることは何ら差し支えのないところであるから(上告人がすでに原審において主張を改めていることは、記録上明らかである。)、右のような事情の存在は、公社就業規則五条七項にいう「政治活動」の意義について前記解釈をとることについて何ら妨げとなるものではない。

二そこで、右の見地に立つて、被上告人の前記第一の一の(一)のプレート着用行為について検討する。

被上告人が着用した本件プレートに記載された文言は、それ自体、アメリカ合衆国が行つているベトナム戦争に反対し、右戦争の遂行の拠点としての役割を果たす米軍立川基地の拡張の阻止を訴えようとしたものであるが、ベトナム戦争がアメリカ合衆国の政策として行われ、わが国が、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」に基づき、合衆国軍隊に立川基地を提供してその使用にゆだね、これを通じてアメリカ合衆国の前記政策に協力する政治的立場をとつていた事実に照らせば、本件プレートの文言は、右のようなわが国の政治的な立場に反対するものとして社会通念上政治的な意味をもつものであつたことを否定することができない。前記第一の一の(一)の事実によれば、被上告人は右文言を記載したプレートを着用してこれを職場の同僚に訴えかけたものというべきであるから、それは社会通念上政治的な活動にあたり、しかもそれが目黒局の局所内で行われたものである以上、公社就業規則五条七項に違反することは、明らかである。もつとも、公社就業規則五条七項の規定は、前記のように局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであることにかんがみ、形式的に右規定に違反するようにみえる場合であつても、実質的に局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときには、右規定の違反になるとはいえないと解するのが、相当である。ところで、公社法三四条二項は「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」旨を規定しているのであるが、これは職員がその勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い職務にのみ従事しなければならないことを意味するものであり、右規定の違反が成立するためには現実に職務の遂行が阻害されるなど実害の発生を必ずしも要件とするものではないと解すべきである。本件についてこれをみれば、被上告人の勤務時間中における本件プレート着用行為は、前記のように職場の同僚に対する訴えかけという性質をもち、それ自体、公社職員としての職務の遂行に直接関係のない行動を勤務時間中に行つたものであつて、身体活動の面だけからみれば作業の遂行に特段の支障が生じなかつたとしても、精神的活動の面からみれば注意力のすべてが職務の遂行に向けられなかつたものと解されるから、職務上の注意力のすべてを職務遂行のために用い職務にのみ従事すべき義務に違反し、職務に専念すべき局所内の規律秩序を乱すものであつたといわなければならない。同時にまた、勤務時間中に本件プレートを着用し同僚に訴えかけるという被上告人の行動は、他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場内に特殊な雰囲気をかもし出し、よつて他の職員がその注意力を職務に集中することを妨げるおそれのあるものであるから、この面からも局所内の秩序維持反するものであつたというべきである。

すなわち、被上告人の本件プレート着用行為は、実質的にみても、局所内の秩序を乱すものであり、公社就業規則五条七項に違反し五九条一八号所定の懲戒事由に該当する。

三したがつて、前記のように公社就業規則に違反する被上告人の本件プレート着用に対しその取りはずしを命じた上司の命令は、違法というべきであり、これに従わなかつた被上告人の前記第一の一の(二)の行為は、公社就業規則五九条三号所定の懲戒事由である「上長の命令に服さないとき」に該当する。

四次に、被上告人の前記第一の一の(三)のビラ配布行為は、許可を得ないで局所内で行われたものである以上、形式的にいえば、公社就業規則五条六項に違反するものであることが明らかである。もつとも、右規定は、局所内の秩序風紀の維持を目的としたものであるから、形式的にこれに違反するようにみえる場合でも、ビラの配布が局所内の秩序風紀を乱すおそれのない特別の事情が認められるときは、右規定の違反になるとはいえないと解するのを相当とする。ところで、本件ビラの配布は、休憩時間を利用し、大部分は休憩室、食堂で平穏裡に行われたもので、その配布の態様についてはとりたてて問題にする点はなかつたとしても、上司の適法な命令に抗議する目的でされた行動であり、その内容においても、上司の適法な命令に抗議し、また、局所内の政治活動、プレートの着用等違法な行為をあおり、そそのかすことを含むものであつて、職場の規律に反し局所内の秩序を乱すおそれのあつたものであることは明らかであるから、実質的にみても、公社就業規則五条六項に違反し、同五九条一八号所定の懲戒事由に該当するものといわなければならない。

五してみると、被上告人の前記第一の一の(一)ないし(三)の各行為をもつて公社就業規則所定の懲戒事由に該当しないとした原審の判断は、公社就業規則五条六項及び七項並びに五九条三号及び一八号、ひいては公社法三三条の解釈、適用を誤つた違法があるというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

六そこで更に、原審の確定した事実に基づき、被上告人の請求の当否について判断することとする。すなわち、被上告人の前記第一の一の(一)の行為は公社就業規則五条七項に違反して同五九条一八号に、第一の一の(二)の行為は同五九条三号に、また、第一の一の(三)の行為は同五条六項に違反して同五九条一八号に、該当することは、上述のとおりであるところ、

(1)  まず、被上告人は、公社就業規則五条六項、七項は憲法一五条一項、一九条、二一条一項に違反して無効である、と主張する。しかしながら、公社とその職員との間の法律関係は原則として一般私企業における使用者と従業員との関係と同様私法上の関係であり、公社就業規則は公社が私企業の使用者と同一の立場に立つて、職員との関係を規律するために定めたものと解すべきであつて、右のような私法上の関係について憲法一五条一項、一九条、二一条一項の適用又は類推適用がないことは、当裁判所昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決(民集二七巻一一号一五三六頁)及びその趣旨に徴し明らかであるから、被上告人の右主張は理由がない。

(2)  次に、被上告人は、本件処分は憲法一九条、二一条一項、一四条に違反し無効である、と主張する。しかし、本件処分は、公権力の行使ではなく、公社が私企業の使用者と同一の立場に立つてした私法行為であると解すべきものであるから、右行為については、憲法一九条、二一条一項、一四条の規定は適用又は類推適用されるものではなく(前掲大法廷判決参照)、したがつて、被上告人の右主張は理由がない。

(3)  更に、被上告人は、本件処分は、上告人が被上告人を共産党員であると認識し、その思想信条を嫌い、そのため行つた差別待遇にほかならないとして、労働基準法(以下「労基法」という。)三条違反を主張する。しかしながら、原審の確定した事実によれば、本件処分は被上告人の前記違法な行為を理由として行われたものであることが明らかであるから、被上告人の右主張は理由がない。

(4)  また、被上告人は、本件ビラ配布は正午の休憩時間を利用して行つたものであるのにこれを懲戒処分の対象とすることは、労基法三四条三項に違反する、と主張する。一般に、雇用契約に基づき使用者の指揮命令、監督のもとに労務を提供する従業員は、休憩時間中は、労基法三四条三項により、使用者の指揮命令権の拘束を離れ、この時間を自由に利用することができ、もとよりこの時間をビラ配り等のために利用することも自由であつて、使用者が従業員の休憩時間の自由利用を妨げれば労基法三四条三項違反の問題を生じ、休憩時間の自由利用として許される行為をとらえて懲戒処分をすることも許されないことは、当然である。しかしながら、休憩時間の自由利用といつてもそれは時間を自由に利用することが認められたものにすぎず、その時間の自由な利用が企業施設内において行われる場合には、使用者の企業施設に対する管理権の合理的な行使として是認される範囲内の適法な規制による制約を免れることはできない。また、従業員は労働契約上企業秩序を維持するための規律に従うべき義務があり、休憩中は労務提供とそれに直接附随する職場規律に基づく制約は受けないが、右以外の企業秩序維持の要請に基づく規律による制約は免れない。しかも、公社就業規則五条六項の規定は休憩時間中における行為についても適用されるものと解されるが、局所内において演説、集会、貼紙、掲示、ビラ配布等を行うことは、休憩時間中であつても、局所内の施設の管理を妨げるおそれがあり、更に、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げ、ひいてはその後の作業能率を低下させるおそれがあつて、その内容いかんによつては企業の運営に支障をきたし企業秩序を乱すおそれがあるのであるから、これを局所管理者の許可にかからせることは、前記のような観点に照らし、合理的な制約ということができる。本件ビラの配布は、その態様において直接施設の管理に支障を及ぼすものでなかつたとしても、前記のように、その目的及びビラの内容において上司の適法な命令に対し抗議をするものであり、また、違法な行為をあおり、そそのかすようなものであつた以上、休憩時間中であつても、企業の運営に支障を及ぼし企業秩序を乱すおそれがあり、許可を得ないでその配布をすることは公社就業規則五条六項に反し許されるべきものではないから、これをとらえて懲戒処分の対象としても、労基法三四条三項に違反するものではない。それ故、被上告人の右主張も理由がない。

(5)  なお、被上告人は、本件処分は懲戒権の濫用であつて無効であると主張するが、公共企業体においても、懲戒事由に該当する事実があると認められる場合に懲戒権者がいかなる処分を選択すべきかについては裁量が認められ、当該行為との対比において甚しく均衡を失する等社会通念に照らし合理性を欠くものでないかぎり、懲戒権者の裁量の範囲内にあるものとしてその効力を否定することはできないのである(最高裁昭和四五年(オ)第一一九六号同四九年二月二八日第一小法廷判決・民集二八巻一号六六頁参照)。本件についてこれをみると、懲戒事由にあたる被上告人の前記第一の一の(一)ないし(三)の行為は、プレートの着用あるいはビラ配りだけの単独の行為ではなく、違法なプレート着用行為を行い、その取りはずしを命じた上司の命令に従わず、更に、右取りはずし命令に抗議し違法なプレート着用、政治活動等をあおり、そそのかすようなビラ配りをしたという一連の行動であるところ、これらの行為に対して選択された懲戒処分は最も軽い戒告であつて、これを甚しく均衡を失するものということはできず、また、他に社会通念に照らし合理性を欠く事情も認められないのであるから、本件処分をもつて裁量権の濫用と断ずることはできないものといわなければならない。

結局、本件処分は適法であり、その無効確認を求める被上告人の本訴請求は理由がない。これと異なる第一審判決は取消しを免れず、被上告人の請求は棄却されるべきである。

よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条を適用し、裁判官環昌一の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官環昌一の意見は、次のとおりである。

一  公社就業規則(本件当時のもの)は、職員に対する懲戒処分事由についてその五九条各号(一八号により五条各項に定める局所内における秩序風紀の維持に関する八項目が含まれ引用されている。)の規定をおき、合計二七項目にわたり詳細かつ具体的にこれを定めている。そこで、本件懲戒処分に適用された五条七項にいう「選挙運動その他の政治活動」の意義を解明するための一つの方法として、局所内におけるいわゆる「政治活動」が、右五条七項以外の五九条各号の定めを適切に運用することによつては規制することが困難であるか、あるいはそれが可能であつても特に五条七項を設けることが適当とされる、理由ないし根拠を探つてみることが、有意義であると思うので、この見地から右の理由ないし根拠として主張されるところに即して考えてみる。

(1)  いわゆる政治活動が、勤務時間中に行われると、その職員については公社法三四条二項に定めるいわゆる職務専念義務に違反し、あるいは違反するおそれがあり、同時に他の職員についてはその職務遂行が妨げられ、あるいは妨げられるおそれがあるから、規制が必要であるとする主張があるが、その点は公社法違反の行為に関する公社就業規則五九条一号の規定や、他の従業員を誘つたりしてその就業を妨げる行為、ないし、これに準ずる局所内における風紀秩序を乱すような行為に関する五条二項、八項による規制で足りるものと思われる。

(2)  顧客等第三者に接する職場における政治活動の場合を特に考慮すべきであるとしてこれを規制の根拠とする主張については、そのような場合は政治活動に限るものではないのみならず、政治活動が常に第三者に接する場所で行われるものとは限らないから、前記五九条七号の「職員としての品位を傷つけ、または信用を失うような非行」、ないし、これに準ずる同条二〇号の「その他著しく不都合な行為」についての規制の範囲内にあるといえよう。

(3)  政治活動が休憩時間内に行われると、他の職員の休憩時間の自由利用を妨げひいては作業能率を低下させるおそれがあるから規制の必要があるとする主張があるが、これまた前記五条二項所定の行為、ないし、同条八項に定めるこれに準ずる行為として処理しうるものであろう。

(4)  局所内における政治活動は職員間に不必要な対立、抗争を生むおそれがあることを規制の根拠とする主張は、確かに的を射たものといえると思うが、公社職員は一歩局所外にでさえすれば政治活動は自由とされていることにかんがみると、後にのべるように、なお検討の必要があると考える。

(5)  公社職員の政治的中立性保持を規制の根拠と説くものがあるが、昭和二七年公社が設立され、職員には公社法、公労法等が適用されることとなり、それらの関係法令中に当時の国公法一〇二条、人事院規則一四―七のような政治的中立性の保持に関する規定を設けるところが、なかつたことで、既に決着がついているのであつて、局所内の活動に限つてみても今特にこの点を考慮すべきものとは思われない。

(6)  局所内は仕事の場であつて政治活動の場ではないことや企業施設を利用する点で使用者の管理権を妨げることを規制の根拠とする見解があるが、そのようなことは政治活動に特有なものとはいえないから、特に規制の必要を説明する根拠になるものとも考えられない。

(7)  なお、いわゆる選挙運動その他の政治活動として通常行われる行為は、公社就業規則五条六項に定める演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為にほぼ尽くされていると考えられるのに、特に政治活動について独立の項を設けた理由が尋ねられなければならないと思う。

二 このようにみてくると、上告人自身、当初第一審判決が認めるように、公社就業規則五条七項にいう「政治活動」の意義は人事院規則一四―七に定める政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨である旨主張しながら、後にこの主張を変更して、ここにいう「政治活動」と右人事院規則にいう「政治的行為」とは同義ではなく、それよりも広い、企業の秩序を乱すおそれのある社会通念上政治的色彩を帯びているとみられる行為を指称する、と主張するにいたつた本件訴訟の経過に徴しても、公社就業規則が他の処分該当事由をほとんどもうら的といえるほど詳細に掲げながら、なお政治活動について特別の一項を設けたことの合理的理由、ひいてはそこにいう「政治的活動」の意義如何は、解釈上必ずしも明確であるとはいえないのである。私は、強いていえばこれを次のように考えるほかはないと思う。すなわち、政治に関連してされる人の言動は、党派的ないし集団(同じ政治的見解や利害をもつ者の)的なものになり易いのであり、しかも、他の、例えば信仰、趣味、スポーツ等のグループ的活動とは異つて、人の利害(その中には低俗なものもある。)あるいは生活そのものに関連した形でされる傾向が強く、ついには人間関係における好悪の感情の対立をひき起こすことにさえなりかねず、その結果として局所内における職員の協調を妨げるおそれがあり、特に局所内で行われるとその影響は直接的であると考えられることから、公社の設立によつて、その職員に政治上の行動の自由が認められるにいたつた後も、少なくとも局所内においては、その秩序保持の上でこれを自由に放任することは相当でないとの考慮に基づいて、右五条七項を特に設けたものというべきである。

三  右の見地から被上告人の本件プレート着用行為をみると、それは被上告人単独の行動であり、プレートの文言からは、それが特定の党派や集団を背景としての行動であることや、他の者に特定の集団への加入はもとより同じプレートを着用することさえも呼びかけているものでないことが認められ、文言の内容もこれを見る者の身近な政治的利害に関するものではないことが明らかである。従つて本件プレートの着用行為は、それに広い意味で政治的色彩が全くなかつたものとまではいえないにしても、被上告人が一般の国民の一人としての立場からした信条や主張の表現にとどまるものであつて、選挙運動を例示として掲げる公社就業規則五条七項にいう政治活動に該当するものとは解されない(一般国民の立場に立つと認められる限り新聞の政治批判の論説やいわゆる政治評論家による評論などを通常「政治活動」とはいわないであろう。)。

そうすると、残された問題は、被上告人のプレート着用行為が前述したような公社就業規則の他の関連諸条項に定める処分事由に該当するかどうかであるが、プレートに記載された文言の内容が、それ自体少なくとも公序に反するものでなかつたことは明らかである上、本件当時の社会情勢の下では特に人の目を驚かせるような珍奇なあるいは衝撃的なものであつたとはいえず、また、プレートの大きさ、色彩等からそれが特に他人の注意をひき強い印象を与えるようなものであつたとも認められないから、被上告人によつて着用された本件プレートが、職場内で被上告人の周辺にある他の職員の目に触れ一時的に注目されることがあつたとしても、その訴えかけが長くそれら職員の脳裡にとどまつて仕事に対する注意力を散漫にさせるものとは思われないし、同様にそれが被上告人自身の注意力の集中を妨げるものとも考えられない。およそ就業規則は、当該職場における具体的な秩序維持をねらいとするものであり、右のような一時的な注意力の欠如も具体的な仕事の内容によつてはその障害となるような場合(例えば手術とか、精密な計算や工作にかかわる職場などで行われた場合)もあることが想定されるが、本件において被上告人の属する電報電話局の試験課における作業がそのような特別の事情のもとにあるものであつたことをうかがうことはできないから、観念的にのみみて注意力の集中を妨げ、被上告人の職場における作業ひいては職場秩序の保持の妨害となるおそれがあると認めるのは相当でなく、従つて本人の職務専念義務違反ないし他の職員の業務の妨害にあたるということはできない。また、利用者である一般公衆に対する関係については、被上告人の職場が一般公衆との接触のあるところであるとの事実は認定されていないので問題になる余地はないし、更に同規則五条六項の無許可の行為との関連では、本件プレートの着用行為が演説、貼紙、掲示、ビラの配布のように他の職員に積極的に訴えるものではないこと前述のところからも明らかであるから、必ずしもこれらの行為に準ずるものとは断じ難く、他に該当すべき条項も見当らない。そうすると、上告人の職場管理者が、被上告人に対して本件プレートの着用をやめるように言つたことは、単なる作業上の注意としてみれば必ずしも違法なものとまではいえないであろうが、被上告人のこれに従わなかつた事実を目して懲戒処分事由にあたるとまで解することは妥当とは思われない。私は、以上のように考えるから、本件プレート着用行為は原判決認定の事情の下では、公社就業規則の懲戒処分事由のいずれにも該当しないものと思う。

四  次に被上告人の休憩時間内におけるビラの配布について考える。私は、前述した公社就業規則五条六項のいわゆる無許可のビラの配布等に関する定めについては次のようにみるのが相当であると思う。すなわち同項に掲げられている、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為は、その性質上広く職場の管理その秩序保持と無関係なものとは考えられないから、職場の管理ないし職場秩序保持に責任と権限をもつ使用者が、事前にその内容を知る方途として許可制を定めることは一概に不合理なものということはできず、それが局所内で行われるものである限り、休憩時間中にされるものについても同様であると解せられる。そして、右の演説、ビラの配布等の行為が、許可を受ける際申し立てられた趣旨に相異したり、あるいは無許可でなされた場合には、その事実に即して更に他の条項に定める処分事由にも問擬されることになることは当然である。原判決の趣旨によると、本件ビラの配布を事由とする関係では、本件懲戒処分は、結局において被上告人が休憩時間中に局所内において本件ビラ(甲第三号証)を無許可で配布した行為に対し公社就業規則五九条、六〇条を適用してなされたものであることが明らかであるが、右ビラの内容は、前記プレートに記載されたのと同一の事項のほかに、「組合員のみなさん」に訴える趣旨として『「仕事に見合つた人をふやせ」「いつまでも廊下で着替をさせず営業課の休憩室をつくれ」「住宅手当、家族手当を出せ」「運転手当をよこせ」「独身者は誰でも寮に入れるようにしろ」「既得労働条件を守れ」「試験宿直者を二名にしろ」「夏期手当に差別をつけるな」「任用、配転は民主的にやれ」などの職場の要求をワツペン、ネームプレートにしてみんなの胸につけ公社側のしめつけを粉砕して共に斗いましよう』との文言を含んでいる。これらの文言のある本件ビラの配布行為が、勤務時時間内における組合活動をあおる行為にあたるものであることは否定しえないところであり、このような行為が違法なものであることは明らかであるから、無許可でビラの配布を行つたとの点のほか、右のあおり行為が公社就業規則五九条一九号の「故意に業務の正常な運営を妨げ、もしくは妨げることをそそのかし、またはあおつたとき」若しくはこれに準ずる同条二〇号の「その他著しく不都合な行為があつたとき」の定めにあたりその点でも懲戒処分事由を構成するものであることを否定することはできない(そしてこのように判断しても前述のところから弁論主義に反したり、原判決の認定に即しないものとはいえないと考える。)。そして、本件処分が懲戒処分としては最も軽い戒告処分であることを考慮すると、それが社会通念上著しく妥当を欠くものとするに足る特段の事情も認められないから、結局本件処分は適法というほかはなく、本件上告は理由があり原判決は破棄を免れず、被上告人の請求が棄却されるのはまことにやむをえないところであると考える。

(天野武一 江里口清雄 高辻正己 服部高顕 環昌一)

上告代理人目録<略>

被上告代理人目録<略>

上告人指定代理人香川保一、同近藤浩武、同矢崎秀一、同長島俊雄、同玉野義雄、同外松源司、同宮坂弘、同森田義之の上告理由

原判決は、以下述べるとおり、日本電信電話公社職員就業規則(以下「就業規則」という。)五条六項および七項ならびに五九条三号および五九条一八号、ひいては日本電信電話公社法(以下「公社法」という。)三三条の規定の解釈、適用を誤つた法令違背があり、この違法は、判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一 原判決の内容

1 原判決(その引用する第一審判決)は、上告人が本件懲戒処分理由事実として主張した事実、すなわち、

(一) 被上告人は、昭和四二年六月一六日以降同月二二日まで継続して、目黒電報電話局において作業衣左胸に青地に白色で「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」と書いたプラスチツク製のプレートを着用して勤務したこと、

(二) その間、被上告人は、同年六月一六日午前九時頃目黒局の局長および次長から、右プレートを直ちに取りはずすべき旨の命令を受けながら、これに従わず、さらに同日正午前頃試験課長から、翌一七日午後二時前頃試験課長、施設部長から、同月二二日正午頃試験課長から、同日午後三時過頃次長、施設部長から、それぞれ右と同様の命令を受けながらいずれもこれに従わなかつたこと、

(三) 被上告人は、同年六月二三日正午頃、目黒局局所内で局所管理責任者である庶務課長の許可を受けることなく、右のプレートの取りはずし命令に対する抗議ビラ数十枚を職員に配布したことは、いずれも当事者間に争いがないとして、これら(一)から(三)までの事実を認めた。

2 しかるに、原判決は、

(一) 右(一)の行為については、就業規則五条七項(「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」)にいう「政治活動」に該当するものではないとし、

(二) 右(二)の行為については、局長らのプレート取りはずし命令は正当な根拠を欠き、被上告人がこれに従うことを拒否したとしても、命令不服従の責を問うことはできないから、被上告人の右命令拒否は、就業規則五九条三号(「上長の命令に服さないとき」)に規定する懲戒処分のなされるべき場合に該当せず、

(三) 右(三)の行為についても、上司の理由のないプレート取りはずし命令に抗議する目的に出たものであり、また休憩時間に平穏裡に配布したものである等の事実からすれば、なんら職場秩序の実質的侵害を伴わないものであるから、就業規則五条六項(「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」)の規定にも違反しないし、仮に形式的には、就業規則五条六項の規定に違反し、就業規則五九条一八号所定の懲戒事由に該当するとしても、その情状は極めて軽微であるから、本件懲戒処分は、懲戒処分の裁量権の範囲を超えた違法があり、懲戒権の濫用であると判断した。

二 原判決の誤り

しかし、原判決は、以下詳述するとおり、右の(一)の判示においては、就業規則五条七項の規定の解釈、適用を誤つたものであり、その誤りも手伝つて、右の(二)の判示においても、就業規則五九条三号の規定の解釈、適用を誤り、さらに右(三)の判示においては、就業規則五条六項の規定の解釈、適用を誤り、結局就業規則五九条一八号(五条六項)の規定の解釈、適用をも誤つたものであつて、ひいては公社法三三条の規定の解釈、適用を誤つたものである。

1 原判決の就業規則五条七項(「職員は、局所内において、選挙運動その他の政治活動をしてはならない。」)の規定の解釈、適用の誤りについて

(一) 本件プレート記載の「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」との文言の意味

(1) 原判決は、「被控訴人の本件プレート着用行為は原判決(注・第一審判決)認定のとおり米国のベトナム戦争への軍事介入に反対する意思を表現したものに外ならないが、右は、同判決認定のごとく、我が国の平和を願う気持に出たものであり、特定の政治的意見に基づく政治活動でもないし、一部の人々の政治的意見、あるいは一党一派の政治政策を表現したものというべきものではなく、我が国民一般の意思を表現したものというべきである。」とし、原判決の引用する第一審判決は、「原告が本件プレートを着用した動機は、ベトナム戦争に反対することが日本の平和につながるという気持をもち、立川基地がベトナム戦争の遂行に利用されていると考え、本件プレートに記載されたスローガンに共鳴同調し、その気持を職場の同僚に理解してもらいたいということにあつた。」(二三枚目裏〜二四枚目表)とする。

しかし、被上告人の本件プレート着用行為について就業規則五条七項の規定の違反の有無を判断するに当つては、プレートの記載文言自体が客観的に表明しているものと判断されるべき趣旨を認定すべきであつて、着用者たる被上告人の着用の内心の動機、意図のみに基づいて、判断すべきではないのはもちろん、これを参酌すべきでもない。

しかるに原判決は、被上告人の着用した本件プレートによつて表明された主張の意味を判断するに当つて、「我が国の平和を願う」という被上告人の内心の意図を判断資料に供し、しかもこれを重要視していることは明らかであつて、この点においてまず誤りを侵しているものというべきである。

(2) しかして、本件プレートの記載文言自体から客観的に判断されるその趣旨、主張は、以下述べるがごときものとして理解すべきである。

ア 原判決は、「米軍立川基地拡張阻止」なる文言には眼をおおい、これについてなんら言及していない。しかし、本件プレートには、上段に小さく「ベトナム侵略反対」との文言が、下段に大きく「米軍立川基地拡張阻止」との文言がそれぞれ記載され、下段の文字の大きさは上段の文字の大きさのほぼ二倍である(検甲第一号証)。この客観的事実からすれば、まず、本件プレート記載文言の表明する二つの主張のうち、重点は「米軍立川基地拡張阻止」にあり、「ベトナム侵略反対」は、これに関連するものであることが明らかである。

イ 次に右の二つの主張がどのような関連を有するかを検討すべきであるが、この点について、原判決の引用する第一審判決は、被上告人は「立川基地がベトナム戦争の遂行に利用されていると考え」たと認定している(二四枚目表)。すなわち、本件プレートの記載文言の主張の意味をふえんすれば、「ベトナム侵略戦争には反対しなければならない。したがつて、米軍がべトナム侵略戦争の遂行に利用している立川基地の拡張を阻止しなければならない。」ということである。

なお、第一審証人堀真琴は、本件プレートは同証人が事務局長をしている安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会が作成発売したものであつて、その文言は、ベトナム戦争はアメリカの侵略戦争であるから、これをやめさせる必要がある、なぜならばその侵略戦争の最大の拠点になつているのが日本の軍事基地であるからとの考えに基づいて記載されたものである旨証言しており(9・12・14問)、また甲第三八号証(前記中央実行委員会発行名義の「砂川闘争学習資料」と題するパンフレツトであつて、第一審において被上告人本人は、昭和四二年五月二八日の右委員会主催の集会に参加した際、本件プレートと一緒に右パンフレツトを受け取つた旨供述している。)には、「ベトナム侵略の拠点、立川基地拡張を許すな」との見出しが記載されているのであつて、いずれも右の関連を裏付けている。

そして、右の関連性は、本件プレートの記載文言の客観的な意味として、これを見る者の誰もが、一見して容易に察知し得たものである。

ウ また本件プレートの記載文字の表明している意味、主張について注目しなければならないのは、「ベトナム侵略反対」の文言は、とりもなおさず、米国がベトナムにおいて侵略戦争を遂行しているものとの断定を表明していることである。

このような断定が一つの政治的な評価、主張であることは疑いを容れない。けだし当時佐藤内閣が、いわゆるベトナム戦争は、北ベトナムの南ベトナムへの侵入により惹起されたものであり、米国は、自衛的な戦争を展開している南ベトナム政府の要請によつて軍事的援助をしているのであるとの見解を表明していた(たとえば、昭和四二年四月二七日の衆議院予算委員会における佐藤内閣総理大臣の答弁および同年五月三一日の衆議院外務委員会における三木外務大臣の答弁)ことは、顕著な事実であつて、米国のベトナム戦争への軍事介入が「侵略」であるかどうかは、観る者の抱く政治的主義主張によつてその判断が極端に異なつており、事柄の性質上、単なる事実認識の問題にとどまるものでなく、すぐれて政治的な評価の問題である。

原判決は、「米国その他第三者たる大国がベトナム戦争に直接、間接を問わず軍事的に介入することの停止を求めることも、我が国民大多数の切なる念願であることは、すでに顕著な事実というべく」と述べているが、ベトナム紛争が早期に終了し、平和が招来されることは、我が国民の切なる念願であるとはいい得ても、米国がベトナム戦争に軍事的に介入することが侵略であるとして、その停止を求めることが国民的合意として成立しているとは到底断定できないところであり、原判決の右判示は独断というほかはない。

エ さらに、本件プレートの記載文言である「米軍立川基地拡張阻止」の意味するところは、結局は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」の破棄の主張に直接連なるものであることは容易に看取し得るであろう。なぜならば基地の提供は、右条約によつて日本国がアメリカ合衆国に対して負う義務であるからである(同条約六条)。

この点前記安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会において、安保条約の破棄を窮極の目的としていたことが認められるのである。すなわち、前記堀証人は、「(実行委員会の)名称がそのままこの団体の目的を示している。」(8問)、「軍事基地の撤去を要求する運動が安保廃棄の運動である。したがつて、ベトナム侵略戦争阻止の運動と、それから安保条約を廃棄する運動というのは、一つにつながつた運動である。」(9問)と証言し、また前記甲第三八号証には、「いまわたしたちがおしすすめている立川基地拡張反対闘争は日本の真の独立をかちとる闘争であると同時に、共同の敵にたいして闘うベトナム人民との連帯の闘いであります。」との記載がある。

さらに右中央実行委員会の性格および被上告人とこの会との関係をみる必要がある。

原判決の引用する第一審判決は、右中央実行委員会は、「労働組合など約一二〇団体によつて結成された協議機関である」と認定しているが(二三枚目表)、前記堀証言によれば、右委員会には、政党としては日本共産党のみが加入しており、その他日本平和委員会、日本原水協等が加入していることが認められ(5〜7問、45、46問)、党派的色彩が濃いものであることが明らかである。

そして、「原告は、安保破棄諸要求貫徹中央実行委員会の目黒地区幹事や日本民主青年同盟目黒地区委員などを歴任し」(第一審判決八枚目表)、「被控訴人の本件バツヂ着用は、安保廃棄諸要求貫徹中央実行委員会の一構成員として、右団体の集団行動の一環としてなされたものである」(被上告人の原審における昭和四五年九月九日付準備書面五頁)ことは、いずれも被上告人の自認するところである。

また「原告の所属した全電通労働組合は、前記中央実行委員会には加盟していなかつた」(原判決の引用する第一審判決二三枚目裏)のみならず、原審証人原大の証言(昭和四六年五月二一日の口頭弁論における第二項)によれば、被上告人は、組織に対する統制違反を理由として昭和四一年全電通労働組合を除名され、当時目黒電報電話局職員で被上告人の考え方に同調する者は、四、五人に過ぎなかつたことが認められるのであつて、被上告人の政治的立場が職員一般の立場とは異なる特殊な孤立したものであつたことは明らかである。

要するに、本件プレートの記載文字の表明する意味、主張は、安保条約の破棄という政治的主張に連なるものであり、客観的におのずから「安保条約の破棄」をも言外に訴えていたものであることを洞察すべきである。そして、本件プレートの記載文言についてこのように理解するには、当時の政治情勢下においては一般的な社会常識であつたといわなければならない。ことに被上告人の日頃の政治的立場をある程度知つていたであろうと推測される職場の同僚は、本件プレートの記載文言が表明している意味、主張の政治性をより明白に看取し得たのである。

オ 以上述べたところによれば、原判決が「被控訴人の本件プレート着用行為は、特定の政治的意見に基づく政治活動でもないし、一部の人々の政治的意見、あるいは一党一派の政治政策を表現したものというべきではなく、我が国民一般の意思を表明したものというべきである。」としたのは、浅薄皮相な見方といわざるを得ず、明白な誤りであつて、被上告人が本件プレートによつて表明しようとした主義、主張は、まさしく一党一派の政治政策であることが明らかである。

(二) 就業規則五条七項の趣旨

(1) 原判決の引用する第一審判決は、「就業規則第五条第七項の『政治活動』の意義は、人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨であると解するのが相当である。」としているが(二一枚目表)、このような解釈は、上告人が原審において主張したとおり誤れるものであつて、一面的な見方に基づくものといわざるを得ない。すなわち、右規定は、以下述べるとおり、公共企業体である上告人の政治的中立性の要請を全く考慮していない訳ではないが、主として私企業と同様の企業秩序維持の要請に基づくものであり、軽重の度合いの差異はあるが、この両者が右規定の趣旨、目的であるとみなければならない。

(2) 上告人は、「公衆電気通信事業の合理的且つ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備及び拡充を促進し、並びに電気通信による国民の利便を確保することによつて、公共の福祉を増進することを目的として」設立されたものであり(公社法一条)、その目的を達成するための手段として企業性が強く求められている。

上告人の経理会計が第一に経理原則について官庁会計の現金主義を排し、企業会計原則たる発生主義を採り(公社法三九条)、第二に「事業を企業的に経営することができるように」その予算には弾力性が与えられており(同法四〇条)、第三に決算に関し毎事業年度財務諸表を作成し、当該事業年度における経営成果を明確化する(同法五八条)とともに利益を自主的に積み立て得ること(同法六一条)等官庁予算会計の原則と異なつているのは、右の企業性の要請に応えるためであつて、公社法が上告人の企業性を重視していることを物語つているものである。

(3) 他方、上告人の職員に対しては、法律上、政治的中立性がそれ程強く要請されていないのである。

すなわち、公社法には、国家公務員法一〇二条(政治的行為の制限)に相当する規定はなく、僅かに政党の役員は経営委員会(公社の業務の運営に関する重要事項を決定する機関)の委員および公社の役員(公社の業務を執行する機関)となることができない旨の定めがある(公社法一三条三項二号、二二条)にとどまり、政党の役員であつても上告人の職員となることができるのである(公社法二八条二項は、一二条三項二号「政党の役員」を、職員であることができない場合として挙げていない。)。そのほかに国務大臣、国会議員、政府職員または地方公共団体の議会の議員は、経営委員会の委員、公社の役員および職員となることができない旨の規定があるが(公社法一二条三項一号、二二条、二八条二項。ただし、職員については市町村の議会の議員は除かれている。)、職員について右のような例外が定められていることからすると、右は、国務大臣等に就任することは、委員、役員および職員の業務の遂行と両立し得ないためであると思われる。

(4) ところが原判決の引用する第一審判決は、上告人設立の沿革、就業規則が国家公務員法および人事院規則に代わるべき職員関係についての規則として制定されたという制定の由来ならびに右規則の起草者の見解を根拠として、前記のとおり「就業規則第五条第七項の『政治活動』の意義は、人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と同趣旨であると解するのが相当である。」としている(二一枚目表)。

就業規則の解釈に当つても、その制定の由来、起草者の意思等が重要な一資料ではあろうが、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどまらず、法的規範としての性質を有するものであるから(最高裁判所大法廷昭和四三年一二月二五日判決、民集二二巻一二号三四五九頁)、根本的には、その文言の持つ客観的合理的意義を探究して解釈されなければならないことはいうまでもない。

しかも、原判決の引用する第一審判決は、「就業規則作成に当つて中核的な担当官であり、審議の全過程を通じて論議の事情に最も精通している被告公社職員が就業規則運用の参考とするため公式に発表した就業規則解説によると、右規定にいわゆる『政治活動』の意義は、従前の解釈による、すなわち、人事院規則一四―七に規定する政治的目的をもつ政治的行為と解すべきである、と明記されていることが認められ」るとして(二〇枚目表〜裏)、起草者の見解を自己の解釈の一根拠としているのであるが、乙第一七号証の一ないし三(就業規則解説)によれば、昭和四二年当時の就業規則五条七項は、就業規則制定当時においては、五条の末尾に第八項として規定されており、五条の表題の「局所内の秩序風紀の維持」とはやや異質のものを最後に付加したという感がないでもなく、また、昭和四二年当時の五条八項(「前各項のほか、職員は、局所内において、風紀秩序を乱すような言動をしてはならない。」)に相当するものは、制定当時は、その第四項として「職員は、局所内において、風紀秩序を乱すような言動をしてはならない。」旨を定めていたのであつて、制定当時と本件処分のなされた昭和四二年当時の就業規則を比較対照すると、改正によつて五条の構成、項目の排列等に重大な変更が加えられているのであつて、本件処分当時の就業規則五条の解釈、適用を考えるに当つては、右就業規則解説すなわち起草者の見解は、必ずしも参考にならないのである。

(5) そこで昭和四二年当時の就業規則(乙第一号証)を検討してみると、その五条の見出しは、「局所内の秩序風紀の維持」とされ、その第八項は、「前各項のほか、職員は、局所内において、風紀秩序を乱すような言動をしてはならない。」と規定している。このような就業規則の構成からすると、五条各項の規定は、いずれも、局所内における企業秩序、職員の風紀の維持を図ることを直接の目的として設けられたものと解するのが合理的である。

そればかりでなく、実質的に観察しても、五条七項以外の一項ないし六項の規定により禁止している行為を個別的に逐一検討すれば、いずれも禁止行為は、秩序風紀をみだすおそれのある行為であることが一見明白であるところ、一項ないし六項所定の行為と同様に、局所内の政治活動についても、これを放任するときは、企業の秩序、風紀をみだすおそれは十分にあるので、これを禁止する合理的理由のあることについては、上告人が第一審以来主張したとおりである。

すなわち、局所内における職員の政治活動は、上告人の管理する企業施設を利用して行なわれるときはその管理を妨げるおそれがあり、就業時間中に行なわれるときはその職員は職務専念義務に違反するのみならず、他の職員の職務の遂行を妨げるおそれがある。顧客に接する職場において行なわれるときは顧客に不快感を与えるおそれもある。また、政治活動が、就業時間以外であつても、休憩時間中に行なわれるときは、他の職員の休憩時間の自由を利用を妨げ、ひいては作業能率を低下させるおそれがある。さらに、政治活動が局所内で行なわれるときは、職員間に不必要な政治的対立ないし抗争が生じて、秩序維持に支障をきたすおそれがあるのである。

一般私企業においても、このようなおそれがある場合には、従業員の政治活動を禁止することができるとされているのであつて(このことを認めた判例も多数あることは、上告人が原審において主張しているところである。)上告人の如き公共企業体において、公共性の極めて強い企業の秩序維持の観点から、職場内における政治活動を制限することはできないとする理由は、全くこれを見出すことはできないのである。

もともと職場はいうまでもなく職務遂行のための場であり、政治活動その他職員の私的活動のための場所ではないのである。したがつて、職場が職務の遂行以外の目的、活動に使用されないということが企業秩序維持の第一歩であるといわなければならない。企業秩序の眼に見える、形に表れた侵害を云々する前に、まずこの点を考えなければならない。

また、原判決の引用する第一審判決のように、政治的中立性の確保のみが就業規則五条七項を定めた唯一の目的であるとするならば、政治活動の禁止を局所内に限つた理由が理解できないのである。(国家公務員の政治的行為の禁止または制限は、場所のいかんを問わず適用される。)

したがつて、就業規則五条七項が局所内における政治活動を禁止している主たる趣旨、目的は、局所内の秩序の維持を保つことにあるとみるべきであり、原判決の引用する第一審判決が認定する就業規則制定の沿革等を参酌すると、五条七項には職員の政治的中立性を確保するという目的も若干含まれていることは否定できないが、右目的は付随的なものに過ぎないと解するのが相当である。

(6) 以上要するに、就業規則五条七項は、主として企業の秩序の維持を目的とするものであるから、同項にいう「政治活動」とは、人事院規則一四―七の定義する「政治的行為」と同義ではなく、それよりも広く、企業の秩序をみだすおそれのある社会通念上政治的色彩を帯びているとみられる行為を指称するものと解しなければならない。

そもそも、一般職国家公務員にあつては、行政の中立性確保、国民の行政の中立性に対する信頼の確保の目的により、勤務時間の内外を問わず、また職場の内外を問わず、政治的行為を禁止するものであつて、憲法二一条一項の規定により保障される表現の自由を制限するものであることから、その制限を合理的必要最小限度にとどめるために、禁止される政治的行為を限定しているのである。もちろん、勤務時間内および職場内におけるこれらの行為の禁止は、職場秩序の維持の側面を有しているけれども、それは規制の直接の目的ではなく、職場秩序の維持は、別の規制によつているのである。政治的行為の禁止が行政の中立性確保を直接の目的とするものであることから、憲法との関係において、その禁止される政治的行為の範囲が縮小、限定されるのが当然であるからである。これに対し公社職員の政治活動の禁止は、主として職場秩序の維持の目的のためであり、したがつて局所内におけるものに限定している反面、その規制される政治活動も、その規制の目的に照らし、当然その範囲が一般職国家公務員のそれよりも広範となり、限定されないのは当然である。

そもそも、職場なるものは、政治活動を行なうことが許容されるべき本来の場ではないのであつて、職場における政治活動の制限は、憲法二一条一項の表現の自由の保障とはなんのかかわりあいもないものであり、もつぱら、職場秩序の維持確保という目的によつて、その制限が当然許容されるものである。

したがつて、就業規則五条七項の「政治活動」を一般職の国家公務員について禁止される「政治的行為」と同義と解する原判決は、全く誤りというほかない。

(三) そこでまず被上告人の本件プレート着用行為が、企業秩序維持という観点からみた場合に、五条七項に該当するかどうかについて述べる。

原判決は、被上告人の本件プレート着用行為は、我が国民一般の意思を表明したものというべきであるから、「被控訴人がその職場において本件のような方法で本件プレートを着用しても、他の職員の対抗的政治意識を刺激するなど、職場の正常な事務の遂行の妨げとなることはな」いと述べている。

しかし、本件プレート着用行為が、党派的色彩の濃い特定の政治的意見の表明であることは前に述べたとおりであるから、就業規則五条七項の「政治活動」に該当するものというべきである。

しかも、本件プレート着用行為は、実質的にも企業秩序を侵害し、ないしは侵害するおそれがあつたといわなければならない。

(1) 本件プレート着用行為は、一党一派の政治的意見の表明であるから、他の職員でこれに反対する政治的意見を有する者があり得ることは当然であつて、その対抗的政治意識を刺激し、あるいは反目、敵視を招き、ひいてはすべての職員が業務の運行に協力、専念すべき職場の雰囲気、環境が破壊されるに至るなど、企業秩序がみだされるおそれは十分にあつたといわなければならない。

(2) また本件プレート着用行為は、職務専念義務にも違反し、この点からも業務秩序に影響があるものというべきである。

公社法三四条二項および就業規則四条二項は、「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない」と規定している。その趣旨は、国家公務員法一〇一条一項に「職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない」と規定しているのと同旨と考えられる。

前記のとおり、被上告人は、昭和四二年六月一六日から同月二二日まで継続して、本件プレートを作業衣左胸に着用して勤務したものであり、その動機は、「本件プレートに記載されたスローガンに共鳴同調し、その気持を職場の同僚に理解してもらいたいということにあつた」(第一審判決二四枚目表)のである。すなわち被上告人は、自己の主張を職場の同僚に訴え、その共鳴を得たいと考えて、示威行為に出たものである。

その職員がおよそいかなる職務に従事していようとも、就業時間中にこのような行為に出ることは職務専念義務に違背するものというべきである。

ことに被上告人の具体的に担当していた職務に照らして考えると、実質的にその職務の遂行に支障をきたしたとさえいわざるを得ない。

すなわち、被上告人は目黒電報電話局施設部試験課に勤務していた者であるが(第一審判決一七枚目表)、第一審における証人清水朝次の証言(30〜50問)および被上告人本人尋問の結果(9問)によれば、試験課の主たる業務は、電話の故障についての苦情を受け付け、試験をした上で故障箇所を発見し、修理の手配をすることであることが認められる。かかる仕事は、単純な肉体労働ではなく故障の態様について迅速的確な判断を必要とする業務であるから、高度の判断力、注意力の集中を必要とするものである。

したがつて、身体的活動の面だけからみるならば、プレートを着用していても、作業の遂行に特段の支障を生じないともいえるであろうが、精神的活動の面から考察するならば、精神力、注意力の一部が同僚への呼びかけに充てられているのであるから、必然的に全注意力が職務の遂行に向けられているとはいえない。そして、職務に専念する義務を十全に履行するためには、単に外形的、身体的に職務に従事していれば足りるのではなく、全精神力、全注意力を自己の職務に注がなければならないのである。本件のような示威効果を狙う行為と職務の遂行とは、所詮両立し得ないといわざるを得ない。

(3) さらに本件プレート着用行為は、他職員の業務遂行の妨げとなるおそれがある。

前記清水証言(15問)によれば、施設部試験課の職員は、当時課長以下一九名であつたが、被上告人の行為は、示威行為であるから、他の職員の注目をひく性質の行為であり、その結果、他の職員の注意力を散漫にし、あるいは職場全体に特殊な違和感をかもし出すおそれがあり、また職員が職務に集中できないような雰囲気を職場にもたらすことになることは明らかである。

以上のとおり、被上告人の本件プレート着用の行為は、形式的にも、実質からみても、上告人の企業秩序の維持、確保を目的とする就業規則五条七項の規定により禁止される「政治活動」に該当するのである。

(四) 次に、就業規則五条七項の「政治活動」禁止の趣旨に付随的に含まれる上告人の公共性、政治的中立性について考える。

(1) 公共企業体である上告人は、一般私企業と異なる公共性を有することから、その業務の運営について、したがつてその職員もその服務に関する限り、政治的中立性が要請されることは当然である。もし職員が上告人の施設を利用して政治活動を行なうとすれば、上告人の業務の運営上の政治的中立性について疑惑を生ぜしめるおそれがある。したがつて、この意味(業務運営の政治的中立性の保持)における企業秩序の維持という趣旨から、就業規則五条七項は、局所内における職員の政治活動を禁止しているものと解することができるのである。

すなわち、職員の政治的中立性の確保といつても、企業秩序の維持と全く無関係の異質なものではない。公共企業体である上告人にとつては、政治的中立性を維持することは、すなわち企業秩序維持に連なることであるからである。したがつて、就業規則五条が、その第七項のなかに、政治的中立性の確保という企業秩序維持とは一見やや異質とも思われる要素を含むにもかかわらず、「局所内の秩序風紀の維持」と題されているのも十分理解できるのである。

以上のように解すると、具体的な業務の運営には直接の影響がない場合であつても政治的中立性に反するものであるならば、就業規則五条七項に該当する場合があり得るのである。(就業規則の解説である乙第一七号証の三の第五条八項((本件処分当時の五条七項))の説明には、「或演説、集会が静粛に行われ、その場所を使用することが業務の正常な運営に支障を与えることなく、又、そこへ集会する者がすべて執務時間外であつたとしてもそれが政治活動である限りは一切許されない。」とあり、右見解を裏付けている。)

(2) 原判決は、被上告人の本件プレート着用行為は、我が国民一般の意思を表明したものというべきであるから、「被控訴人がその職場において本件のような方法で本件プレートを着用しても、控訴人公社の政治的中立性に背くこともないものと認められる。」とする。

しかし、右記述の前提が誤りであることはすでに述べたとおりであり、本件プレート着用行為の意義をさらに考究すると、右行為は人事院規則一四―七にも該当するものということができる。すなわち、被上告人の本件プレート着用行為は、人事院規則一四―七第五項三号、四号所定の政治的目的を有する行為であつたというべきである。

前記のとおり「ベトナム侵略反対、米軍立川基地拡張阻止」との政治的主張は、結局日米安保条約の破棄という主張に連なるものであり、本件プレートの記載文言によつて表明される主張は、安保条約の破棄という主張を包含するものである。

ところで当時の自由民主党の政策をみると、たとえば同党が昭和四一年一二月に発表した「総選挙にのぞむ十大政策」によれば、外交政策は「自主外交の推進」と「安保体制の堅持と防衛力の充実」を二本の柱とし、その後者について「日本の平和と繁栄をもたらした日米安保体制を堅持する。」、「観念的な非武装・無防備主義や容共的偽装中立主義を排し、日米安保条約破棄、基地反対等の術策を厳に排撃する。」と述べている。

また、当時の佐藤内閣の外交政策をみると、佐藤内閣総理大臣は、昭和四二年三月一四日、第五五回国会における施政方針演説のなかで、「わが国の戦後におけるめざましい発展も、国民が享受している平和な生活も、国の長期的な安全保障なくして達成し得なかつたことは、明らかであります。政府は、日米安全保障条約のもとにわが国の安全と平和を確保してまいつたのでありますが、今後ともこの条約関係を堅持するとともに、国際的環境に慎重に配意し、わが国力と国情に即して自衛力の自主的整備を進め、わが国の安全保障に万全を期する決意であります。」と述べている。

そして、日米安保体制の堅持が自由民主党ないし佐藤内閣にとつて最も基本的な外交政策であるのみならず、内政、外交を問わずその最も重要な政策であることは明白であり、安保条約の破棄という政策は、当時の自由民主党あるいは佐藤内閣の基本政策とあい容れないものであるから、安保条約の破棄を主張することは、必然的に自由民主党ないし佐藤内閣に対して反対する旨の意思を表明することであるといわなければならない。

したがつて、本件プレート着用行為は、人事院規則一四―七第五項三号にいう「特定の政党(自由民主党)に反対する」目的ないしは四号にいう「特定の内閣(佐藤内閣)に反対する」目的をもつてなされたということができる。

なお原判決の引用する第一審判決は、本件プレート着用との関係で問題となるべき人事院規則の条項は、「政治的目的については、第五項第五号(「政治の方向に影響を与える意図で特定の政策を主張し又はこれに反対すること。」)が関連をもつ規定であつて、その他の諸規定が本件にかかわりのないものであることは明らかである。」と述べている(二一枚目裏〜二二枚目表)が、これは独断といわなければならない。

右五項五号が、特定の政策の主張またはこれに対する反対については、「政治の方向に影響を与える意図で」という限定を付しているのは、特定の政策の主張についてまで制約を加えるとすれば、公務員の基本的人権に対するあまりに大きな制約になるからであると思われる。しかし、それが特定の政策の主張にとどまらず、必然的に特定の政党あるいは内閣の支持または反対となる以上、特定の政策の主張か制約を受けてもやむを得ないのであつて、その合理的理由があるのである。本件プレート着用は、自由民主党ないし佐藤内閣に対する反対を、その特定の政策(しかし極めて重要な政策である。)に反対することによつて表明したものであつて、端的に自由民主党ないし佐藤内閣に反対する意思を表明した場合と何ら差異がないのである。

したがつて、就業規則五条七項が人事院規則一四―七と同旨であると解したとしても、被上告人の本件プレート着用行為はこれに該当するのである。

(五) 以上のとおり、原判決が被上告人の本件プレート着用行為は就業規則五条七項に該当せず、したがつて同規則五九条一八号の懲戒事由に該当しないとしたのは、同規則五条七項の解釈、適用を誤つたものである。

2 原判決の就業規則五九条三号の規定(「上長の命令に服さないとき」)の解釈、適用の誤りについて

(一) 原判決の引用する第一審判決は、「本件プレート着用行為が就業規則に定める局所内政治活動の禁止に違反することを前提とする前記局長らのプレート取りはずし命令は、右就業規則の規定の解釈適用を誤つた結果なされたもので、正当な根拠を欠き、原告に対してなんら義務なきことを強制するものにほかならないから、原告がこれに従うことを拒否したとしても、命令不服従の責を問うに由ないものといわざるを得ない。」としている(二四枚目裏〜二五枚目表)。

しかし、本件プレート着用行為が就業規則五条七項の規定に違反する以上、プレート取りはずし命令は正当な根拠を有することとなり、原判決の引用する第一審判決の右の立論はすべて誤りとなる。

また被上告人の本件プレート着用行為が仮に就業規則五条七項の「政治活動」に該当しないとしても、前記のとおり同規則四条二項の規定(「職員は、全力を挙げてその職務の遂行に専念しなければならない。」)には違反するものであり、結局、局長らの本件プレート取りはずし命令は、正当な根拠を有するものであつたというべきである。なお局長らが取りはずしを命じた際には、その理由として就業規則五条七項に該当する旨を告げただけであつたという事実は、右取りはずし命令を無効にするものでないことは勿論である。

さらに原判決の引用する第一審判決は、上長の命令が一見明白に違法と認められる場合を除いて、部下職員はこれに服すべきであるとの上告人の主張を排斥しているが(二五枚目表〜裏)、公社における業務遂行上の秩序および組織的一体性の要請を全く無視する見解といわざるを得ない。違法性が明白でない命令についてまで職員が自己の判断で勝手に違法と即断してこれに従わないという挙に出るとすれば、業務の円滑な遂行は不可能となり、職員の判断が後に誤つているとされても、最早その損失は回復し得ないところの企業にとつてはきわめて重大な事態を招来する。

いずれにしても、被上告人が局長らの取りはずし命令に従わなかつた行為は、就業規則五九条三号に該当することは明らかである。

(二) したがつて、右行為が就業規則五九条三号の懲戒事由に該当しないとした原判決は、右就業規則の解釈、適用を誤つたものである。

3 原判決の就業規則五九条一八号(「第五条の規定に違反したとき」)および五条六項(「職員は、局所内において、演説、集会、貼紙、掲示、ビラの配布その他これに類する行為をしようとするときは、事前に別に定めるその局所の管理責任者の許可を受けなければならない。」)の規定の解釈、適用の誤りについて

(一) 原判決の引用する第一審判決は、「原告は、上司の理由のないプレート取りはずし命令に抗議する目的で、休憩時間を利用して、大部分は休憩室、食堂で平穏裡に本件ビラを配布したものであり、ビラの記載は虚偽の事実とか個人的誹謗など特段に不当な内容を含むものではなく、その枚数も僅か数十枚に過ぎないのであるから、本件ビラ配布は、なんら職場秩序の実質的侵害を伴わないものであつて、未だ就業規則第五九条第一八号所定の懲戒事由に該当しないといわなければならない。」としている(二七枚目裏〜二八枚目表)。

しかし、職場秩序の実質的侵害を伴わないビラ配布は、懲戒事由に該当しないとの見解が誤りであることは、上告人が原審において詳細に主張したとおりであつて、ビラの内容の当否如何によつて許可の必要性の有無が決定されるというのでは本末転倒といわざるを得ない。許可されて然るべきものであろうとなかろうと、事前に許可を得なくてはならないというのがまさしく右規定の趣旨であり、かかることは、およそ許可制についての当然の事理である。

また、被上告人の本件プレート着用行為が就業規則五条七項の規定に違反する以上、本件ビラの配布は、上司の正当な取りはずし命令に抗議する目的でなされたことになり、またそのビラの記載内容は、正当な命令に対するいわれのない誹謗など極めて不当なものを含むものであるから、いずれにしても右行為は、就業規則五九条一八号(五条六項)所定の懲戒事由に該当するものであり、原判決は右規定の解釈、適用を誤つたものというべきである。

(二) 原判決は、「被控訴人の本件プレート着用行為およびその取り外しを命じた上長の命令に服しなかつた行為が何れも就業規則所定の懲戒事由に該当しないとすれば、被控訴人の本件ビラ配布行為が、形式的には第五条第五項(注・第六項の誤りである。)の規定に違反し、同規則第五九条第一八号所定の懲戒事由に該当するとしても、違反の情状は極めて軽微で、これを理由に被控訴人を懲戒処分に付したことは明かに控訴人公社に自由裁量の範囲を超えた違法があり、懲戒権の濫用といわざるを得ない。」と判示している。

しかし、被上告人の本件プレート着用行為およびその取りはずし命令に服しなかつた行為がいずれも就業規則所定の懲戒事由に該当し、しかも被上告人は本件プレートの取りはずしを数回にわたつて命令されながら遂にこれに従わないばかりか、これに抗議すると称して許可なく本件ビラを配布したのであるから、これらすべての非違行為に対する懲戒処分が最も軽い戒告処分に過ぎないこともあわせ考えると、本件処分が懲戒権者に与えられた裁量の範囲を逸脱しているものでないことは明白である。

三 結論

以上により、原判決は、懲戒事由を定める前記就業規則の解釈、適用を誤り、その結果上告人の懲戒について定める公社法三三条の解釈、適用を誤つたものであることが明白になつたものと信ずる。

よつて、原判決破棄の上、さらに相当な裁判あらんことを求める次第である。

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