最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)128号 判決 1973年7月17日
上告人
福森康二こと
福森康一
右訴訟代理人
安富敬作
外四名
被上告人
藤井甚七
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人安富敬作、同山田正、同安富厳、同徳矢卓史、同徳矢典子の上告理由一について。
記録によれば、福森康二は、上告人福森康一の通称であることが明らかである。また、上告人に対する本件第一建物(原判決物件目録第一建物。以下同じ。)についての明渡請求は、賃貸借契約の終了に基づくものであるから、上告人が右建物を占有するか否かは右請求権の成否にかかわりはない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
右二、三について。
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠により、首肯することができ、右認定判断の過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同四について。
原審の適法に確定した事実によると、上告人はその費用で、被上告人より賃借中の第一建物の旧建物部分に増・新築をしたが、右増・新築部分はいずれも旧建物分部分に附合し、被上告人の所有に帰したところ、その後本訴が原審に係属中、増・新築部分は、上告人、被上告人いずれの責にも帰すべきでない事由による火災によつて滅失して現存しないというのである。
ところで、民法六〇八条二項、一九六条二項が、賃借人に有益費償還請求権を与えている法意は、賃借人が賃借物につき有益費を支出してその価値を増加させているときには、増加価値を保持したまま賃借物が返還されると賃貸人は賃借人の損失において増加価値を不当に利得することになるので、現存する増加価値を償還させることにあると解される。そうすると、前述のように増・新築部分が返還以前に滅失したときには、賃貸人が利得すべき増加価値もすでに消滅しているから、特段の事情のないかぎり、有益費償還請求権も消滅すると解すべきである。このことは、賃借人が有益費償還請求権を行使したのち、返還以前に増・新築部分が滅失した場合でも変りはない。
してみると、同旨の原審の判断は正当として肯認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同五について。
所論の損害を月四万円とした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、首肯しえないものではなく、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
同六について。
原審の訴訟手続に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄 高辻正己)
上告代理人安富敬作、同山田正、同安富厳、同徳矢卓史、同徳矢典子の上告理由
<前略>
四、有益費償還請求権について
原判決は、第二建物は第一建物と附合して一体となつたと認定している。
さすれば、おそくとも昭和三三年一月一〇日(乙第一号証の登記謄本)の時に、第二建物は被上告人の所有となつていたものであり、上告人が有益費償還請求権を行使した時点に於いては価格増加が現存し、第一審判決に於いて金三〇〇万円也の有益費償還請求権並びに留置権が認められたものである。
よつて、上告人(父勝蔵)は民法二九八条により善良なる管理者の注意をもつて占有していたのであり、「価値の増加の現存」及び「増加額」は償還請求権行使時が基準となるべきであり、類焼という上告人側の責に帰すべからざる事由による目的物の滅失(争つてはいるが)により有益費償還請求権が消滅する理由は存しない。
留置場の引渡前後を問わず、附合による有益費償還請求権が具体的に認められた時点より危険負担は被上告人に移るものであり、この点を看過した原判決は法律判断の誤りがある。<後略>