最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)651号 判決 1974年12月17日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人鈴木弘喜の上告理由、同源光信、同増田弘麿の上告理由第一点及び第二点、同野村昌彦の上告理由第一点ないし第五点、同舟橋諄一の上告理由、同石黒竹男の上告理由、同水野東太郎、同三角信行の上告理由について。
被上告人伯母丑治、同新倉ハル、同榛沢金太郎、同佐伯時太郎、同榛沢一男及び亡海老沢千代吉(以下「被上告人ら」という。)は、昭和三六年上告会社に対し農地法五条の許可を条件として各所有の農地を売却する旨の契約を締結した。右許可申請手続は、上告会社が被上告人らのため本件土地全部について一括して扱うものとし、被上告人らは、上告会社の指示に従い所要書類を整え捺印するだけで足り、みずからは右手続の遂行にあたる必要がないとされていた。そして、上告会社が書類を整えて所轄農業委員会に許可申請をしようとしたところ、窓口係員から隣接農地所有者の承諾書等の添付が欠けていることを指摘されたので、上告会社は右申請書類の提出を留保した。所轄農業委員会が右承諾書の添付を求めたのは、農地法五条の許可をすべきか否かの判断資料としてであるが、本件売買契約において右の承諾を取りつける義務を売主側または買主側のいずれが負担するかについての約定はされていなかつた。ところで、被上告人らは、昭和三八年七月ごろから八月ごろまでの間しばしば上告会社に対し、右承諾書の入手いかんはともかくとして早急に許可申請手続を進めて土地残代金の支払をするよう求めたが、上告会社は右承諾書の入手に固執し、それを欠く許可申請手続の推進に関心を示さなかつたので、被上告人らは同年九月二七日上告会社に対し本件売買契約解除の意思表示をした。
以上は、原審の認定するところであつて、右事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。
思うに、農地につき転用目的の売買契約を締結した当事者は、たがいに協力して農地法五条の許可申請手続をする義務を負うのであるが、右の許可は、これを停止条件とする旨の約定があると否とにかかわらず、いわゆる法定条件としての性質を有するのであつて、その許可がないかぎり農地について所有権移転の効力を生ずることはなく、また、右許否の決定は農地法の趣旨に照らし公共的見地に立つてされるのであるから、不許可とされた場合には売買契約はその効力を生じないことに帰するのである。したがつて、売主は買主に対し、自らの責任において右の許可を取得して農地所有権を移転しなければならない義務を負うものと解することはできない。
次に、所轄農業委員会は、右許可申請をする売主及び買主に対し、許可についての判断資料の提出を求めることがありうるが、その不提出により許可をえられないおそれがある場合であつても、許否の決定にあたつて考慮されるべき事項は、多岐にわたり、必ずしも売主、買主間の契約関係に含まれているものとは限られないから、所轄農業委員会が資料の提出方を求めたとの一事によつて当然に売主又は買主がその相手方に対し資料をととのえたり、そのために第三者に一定の行為を求めたりするなどの義務を負うものとすることはできない。
本件において農業委員会が提出を求めた隣接農地所有者の承諾書についてみると、原審の認定によれば、右提出要求の目的は要するに許否の判断資料の収集にあるというのであつて、その趣旨は、農地の転用が周辺の農地に影響を及ぼすものであるところから、隣接農地の所有者が当該転用により起こりうべき被害を諒承している事実を示す資料として、許可についての事情とされる意味があるにすぎないものと解され、右の承諾書は、むしろ、転用後において買主が当該土地をどのように利用しあるいはこれが周辺農地に与える影響をどのように調整するか等の事情、すなわち買主側の事情にかかわるものということができるから、特別の事情のないかぎり、売主側に右承諾取付義務を課するのが相当であるとはいえない。また、右のように承諾の取付が許可の必須要件であるといえない以上、とくに承諾取付義務負担者についてなんの約定もされていない本件農地売買契約においては、売主を右負担者と解することが当事者の意思に合致するともいえないのである。したがつて、被上告人らは、本件売買契約上の債務として上告会社に対し右承諾取付義務を負担するものということはできない。
ところで、買主たる上告会社も売主たる被上告人らと協力して許可申請手続をする義務を負つているのみならず、本件許可申請の実際手続は上告会社において行うとされていたのであるから、右承諾取付義務が被上告人らに属するといえない以上、上告会社としては被上告人らにおいて右承諾の取付をしないことを理由として被上告人らとの関係において許可申請手続の履行を拒むことはできず、上告会社が右承諾取付に固執して許可申請手続をしないときは、被上告人らはこれを理由として売買契約を解除することができるものと解すべきである。
また、所論は、被上告人らのした催告には相当の期間を定めておらず催告の内容も不明確であるという。しかしながら、期間を定めずに催告した場合でも催告の時から相当の期間を経過すれば契約を解除できるのであり、原審の認定によれば、被上告人らの催告内容が不明確であるということもできない。
原判決に所論の違法はなく、引用の判例はいずれも本件に適切ではない。論旨は、すべて採用することができない。
上告代理人源光信、同増田弘麿の上告理由第三点、野村昌彦の上告理由第六点について。
原審が適法に確定した前記事実関係のもとにおいては、被上告人らにおいて所論印鑑証明書の交付等の準備をしなくとも本件売買契約解除の効力に消長をきたさないとする旨の原審判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。引用の判例は本件に適切でなく、論旨は採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 関根小郷 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)