最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)931号 判決 1974年12月24日
上告人
東海実業株式会社
右代表者
山下孫市
右訴訟代理人
栗原孝和
被上告人
株式会社弘電社
右代表者
阿部剛
右訴訟代理人
新井藤作
薄井昭
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人栗原孝和の上告理由について。
原審の適法に確定したところによれば、上告人は、受取人兼第一裏書人株式会社大都物産、被裏書人兼第二裏書人銭屋実業株式会社、被裏書人上告人沼津支店との記載のある約束手形及び受取人兼第一裏書人株式会社大都物産、被裏書人兼第二裏書人大高外美雄、被裏書人兼第三裏書人銭屋実業株式会社、被裏書人上告人沼津支店との記載のある約束手形各一通の所持人であるが、右各手形は、被上告人が受取人欄に南埼玉三菱電機商品販売株式会社と記載して振り出したもので、同会社営業所において保管中窃取され、その後何者かによつて受取人欄の記載が株式会社大都物産と変造されたというのであり、原判決は、右事実関係に基づき、変造手形の振出人は変造前の原文言によつて責任を負うもので、変造手形を変造後に取得した手形権利者は、振出人に対して手形法一六条による裏書の連続を主張するのみでは足らず、正当な手形債権の取得原因を主張立証すべきものである旨判断している。
思うに、手形法一六条一項にいう裏書の連続は、裏書の形式によりこれを判定すれば足り、約束手形の受取人欄の記載が変造された場合であつても、手形面上、変造後の受取人から現在の手形所持人へ順次連続した裏書の記載があるときは、右所持人は、振出人に対する関係においても、同法七七条一項一号、一六条一項により、右手形の適法な所持人と推定されると解するのが、相当である。同法七七条一項七号、六九条によれば、変造前の約束手形署名者である振出人は、変造前の原文言に従つて責任を負うのであるが、右規定は、手形の文言が権限のない者によりほしいままに変更されても一旦有効に成立した手形債務の内容に影響を及ぼさない法理を明らかにしたものであるにすぎず、手形面上、原文言の記載が依然として現実に残存しているものとみなす趣旨ではないから、右規定のゆえをもつて、振出人に対する関係において裏書の連続を主張しえないと解することは相当でなく、当裁判所昭和三六年(オ)第一一九八号同四一年一一月一〇日第一小法廷判決・民集二〇巻九号一六九七頁は、本件と事案を異にし、右のように解する妨げとなるものではない。
したがつて、前記事実関係によれば、本件各手形は、受取人から上告人へ至る裏書の連続において欠けるところがなく、上告人は、同法一六条一項によりその適法な所持人と推定されるから、他に手形債権の取得原因を主張立証することなく、振出人である被上告人に対して手形上の権利を行使しうるものというべきである。それゆえ、右と見解を異にし、上告人が正当な手形債権の取得原因を主張立証すべきものであることのみを理由に上告人の請求を排斥した原判決には、前記手形法の規定の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、手形法一六条一項による推定を覆すべき事情の有無について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが、相当である。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(坂本吉勝 関根小郷 天野武一 江里口清雄 高辻正己)
上告代理人栗原孝和の上告理由
原判決は手形法第七七条一項、同第一六条、同第六九条の法意の解釈を誤り、且つ判決理由にそごのある違法の判決であるから破毀さるべきである。
一、原判決は判決の理由において、「被控訴人の主張する請求原因事実は全部控訴人の認めるところである」と判示し、序いで、本件約束手形二通の受取人欄は変造されたものであり、受取人欄の記載の変更も手形法第七七条一項、同第六九条の手形の変造に当るものであると認定したうえ、「変造手形の振出人は手形法第六九条によつて変造前の原文言によつて責任を負うものであるから振出人において右変造の事実を立証したときは、変造手形を変造後に取得した手形権利者は振出人に対して手形法第一六条による裏書の連続を主張するのみでは足らず、正当な手形債権取得原因を主張、立証すべきものと解するので、その点について何らの主張立証のない本件では被控訴人の請求は失当というべきである」と判示して第一審判決を取消し、上告人の請求を棄却した。
二、ところで一般に原告が手形金請求の訴訟を提起する場合において手形上の権利の帰属を理由づける事実、すなわちいかにして原告が手形上の権利者となつたかについては、権利の承継的取得の他に原始的取得があり(手第一六条二項)、またそのような権利移転過程または原始取得の主張に代えて、またはこれと並んで裏書の連続の主張(手第一六条一項)がある。
そして手形法第一六条一項によれば、裏書の連続している手形の占有者は適法な所持人であること、すなわち手形上の権利が帰属することが推定される旨規定している。
而して上告人は、本件訴訟において上告人に本件手形上の権利が帰属する原因事実として、「原告(上告人)は、振出人被告(被上告人)受取人兼第一裏書人株式会社大都物産、被裏書人兼第二裏書人銭屋実業株式会社、被裏書人東海実業株式会社沼津支店と記載ある約束手形を所持している」旨主張し、右主張事実については被上告人においても争いのない事実であつた。従つて上告人は手形法第一六条一項の規定の趣旨よりすれば、本件手形の適法な所持人、すなわち手形上の権利が上告人に帰属したことが推定されるはずである。
しかし、原判決は本件手形の受取人欄が変造されたものであることを認定したうえ、「変造手形の振出人は手形法第六九条によつて変造前の原文言によつて責任を負うものであるから、振出人において右変造の事実を立証したときは、変造手形を変造後に取得した手形権利者は振出人に対して手形法第一六条による裏書の連続を主張するのみでは足らず、正当な手形債権取得原因を主張、立証すべきものと解する」と説示する。しかし右説示するところの文意は必ずしも分明ではないが、結局のところ、かゝる場合には権利帰属原因としての手形法第一六条の適用はありえない。すなわち、裏書の連続による権利帰属の推定並びに善意取得は起りえないものと解しているようである。
三、ではかゝる場合何故に十六条の適用ありえないというのであろうか。原判決によれば、受取人欄の変造は手形法六九条に該当するという。成程、手形法六九条に依れば変造手形の振出人は、変造前の原文言によつて責任を負うべき旨規定されている。しかし受取人欄の変造が手形法六九条の変造に該当するとしても、このことは手形法第一六条の適用を否定するものでない。蓋し手形法六九条は、手形債務者は、自己のなした手形行為の内容にしたがつて責任を負うものであるという、当然の事理を明らかにしたものに止まり、同条によつて特段の法律効果を創設しようとしたものではない。
従つて受取人欄が変造された場合においても振出人は、第一次的には手形上の権利取得を認定された者――本件においては南埼玉三菱電機商品販売株式会社――に対して責任を負うということだけであつて、それ以外に特別の法律効果が発生するものではない。
従つて、受取人欄が変造された。そしてそれは手形法第六九条に該当するということを以て直ちに手形法第一六条の適用を否定するということは論理の飛躍である。
附言するに、手形法第一六条一項の適用においては、手形上の記載が現在どうなつているかが問題なのであつて、この場合、抹消等が権限ある者によつてなされたか否か、即ち受取人欄が変造されたか否か等は全く問われない。従つて、またそのような外形を有する手形の所持人から手形を取得した者につき、手形上の権利の善意取得が生ずることを妨げるものでない。
因に、原判決が前記の如き判断をするに至つた理由は、被上告人が引用する昭和四一年一一月一〇日最高裁判決、民集二〇巻九号一六九七頁に影響されたものと思われるが、右判例は上告人が第一審以来述べているように、そして第一審判決が判示するように本件とは事案を異にしている(即ち原告の主張する請求原因、いわゆる権利帰属原因の主張が異なる)とゝもに手形法第一六条の適用に関する場合ではないので本件には適切ではない(坂井「手形の受取人名の抹消」判タ二一一号一〇三頁乃至一一二頁参照)。
されば、本件においても手形法第一六条の適用がありうべきであるにもかゝわらず、これを否定した原判決は、理由不備理由そご乃至法令の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。
以上