最高裁判所第三小法廷 昭和49年(あ)1584号 決定 1976年1月16日
本籍
愛知県一宮市今伊勢町本神戸字北無量寺一一三六番地
住居
名古屋市千種区堀割町二丁目二一番地
会社役員
成瀬洋三
大正八年三月一一日生
右の者に対する出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律違反、所得税法違反事件について、昭和四九年六月二七日名古屋高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人からの申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人天羽智房の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)
○昭和四九年(あ)第一五八四号
被告人 成瀬洋三
弁護人天羽智房の上告趣意(昭和四九年八月二〇日付)
原判決は一件記録に照し刑事訴訟法第四一一条第二号第三号により刑の量刑が著しく重きに失する不当があり又判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があるから原判決を破棄しなければ正義に反するものと思料される。
第一、原判決は判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があり之を破棄しなければ正義に反するものと思料する。
甲、所謂高金利違反部分の点
一、第一審判決認定の判示第一の(二)の所謂高金利違反関係の有罪認定事実中
(一) (1) 別紙犯罪一覧表進行番号6乃至8、10、11、13、14、18、19、25、28、36乃至38、40、49乃至56、62、63、65、68、69は足立由光に
(2) 同12、15乃至17、21乃至23、30、39、71は林茂に
(3) 同20、57、58、70は岡地中道に、
(4) 同67は近藤増三に、
夫々該当割引依頼先の依頼によつて同人等の為被告人から無報酬で金融の取次斡旋をした丈で自ら手形割引をしたものではない、然も其の分の金利は日歩一七銭乃至最高二〇銭迄で法定金利以内で何れも所謂高金利違反の事実はなかつた。
(二) 同別紙犯罪一覧表中其の他の進行番号の部分は、
其の中進行番号1、4、5、35、41乃至46は被告人が直接割引を其の他の部分は前示再割引先等に一旦割引の上再割引をしたが何れも被告人の割引日歩は一二銭乃至二〇銭迄であつたから之又所謂高金利違反の事実はなかつた。
之等の点に付ては被告人側から第一審に於て
昭和四六年八月三一日付補充認否申立書、同四七年一一月二一日付上申書、同四八年一月二三日付上申書、等を以て陳述に代へて上申した通りである。
二、被告人が右のやうに無報酬で取次又は紹介をしたのは被告人に対し割引依頼先から一通又は数通の手形で割引依頼を受けた際、被告人に手許資金がないときは割引を断らなければならないがそうすると客が後日寄り付かなくなるので夫れを避ける為、客に事情を告げて前示のやうに無報酬で取次紹介をしたものである。
従つて之等の分に付ては当該手形は総て被告人は全然裏書をしていないのである。
林茂の上申書にも「成瀬は取扱手形中裏書をしないものもあり夫れに付、不渡に為つても責任を負はない」旨の記載のあることは右の事情を明らかにしている。
被告人に自己資金のあつたときは自ら直接割引に応じ自己の変名又は従業員名を以て取引銀行を介し支払先に取立をしたり或は又他の金融業者に裏書の上再割に出したりした。
即ち割引手形に被告人の裏書の有無によつて之を明らかに区別出来るのである。
三、然るに
被告人に割引を依頼した顧客側では、交際費、リベート等を捻出する為、架空の物品購入、自己株式公募運動資金、他の金融機関への金利支払の虚偽の記帳をしたり、或は又被告人に不当に多額の天引利息を徴されたやうに金利の水増差額分を被告人の所得として不当転嫁をした供述、証言上申をしている。
其の状況は次の通りである。
(一) 藤田製作所関係では第一審公判の同社取締役川村一男の証言調書等にも
「同社が被告人に割つてもらつた手形の割引日歩は廻り商業手形は最低八銭乃至最高二〇銭位で自己振出手形は一五銭乃至一八銭最高二〇銭位であつた」
との証言記載があり
(二) 東京白煉瓦関係では其の割引担当の第一審証人小室秀弥の証言調書等にも
「右会社が被告人に割引いてもらつた自己振出手形の日歩は二〇銭止まりであつた。又右会社の諸経費は被告人との取引における割引日歩を水増して捻出したこともあり更に同社の株式公募の運動資金や常務取締役花村欽二の個人経費等に右水増分を相当額振向けた旨や自分もリベートを二回位受取つた」等の証言記載等がある。
(三) 伊藤鋳造所関係では其の割引仲介人の証人高木清の第一審証人調書等によつても
「本件取引には自己の外高須恒雄、山田清、加藤有三等の金融ブローカーも介在して居たこと、又被告人の割引利息は月換算五%日歩一七銭位であつた旨」
等の証言記載がある。
更に右高木、高須等は所謂街の金融ブローカーで、本件手形割引後間もなく別件の手形詐欺事件で実刑判決により数年間服役したものであること等からしても無報酬で手形割引に関するものでないことは容易に推認し得る処である、殊に本件手形割引に付ては、被告人が高額の日歩を徴したやに思はれる計算書類が作成せられているが夫れは右高木、高須等が伊藤鋳造所から取得する仲介手数料を被告人に背負はせる目的で仕組まれたもので被告人の取得日歩は前示の通り日歩一七銭位であつた。
四、本件高利関係の起訴分は第一審判決認定の別紙犯罪一覧表の通り七二個口に亘つているが其の中
(一) 其の進行番号12、56、71の三口は原判決引用の手形整理カードには記載がない。
(二) 又差戻前の第一審法廷に提出された同手形整理カードに記載された分は二八個口ある。
(三) 差戻後の第一審法廷に提出された同手形整理カードに記載された分は四一個口ある。
そして第一審判決認定の第三の所謂所得税法違反の口に組入れられたのは右(2)の分丈である、そのこと自体捜査当局に於ても藤田製作所に対する査察関係に端を発し手形割引依頼先、再割引先其の他の関係人側の供述等に疑問が出て来た為に、統一的な事実の認定が出来なかつたものとなつたが第一審及び原判決は公訴事実の通りに認定して誤判したものと思料される。
五、一般に金融業者としては市場の金利相場に従つて取引するのが常道である。
金利が高ければ客は逃げて了うものである。
殊に被告人も第一審公判以来終始一貫して自らも市場金利相場に従つて取引したと主張し、又関係証人高木孝教、同小室秀弥其の他多数の関係証人の同趣旨の調書もある。
そして基本となつている前示「手形整理カード」の記載を統一的に検討してみると大体同じ時期の同種乃至同程度の手形割引金利は大体同程度であるべきに拘らず甚しい金利の差があり甚しい矛盾が発見される、即ち
(一) 東京白煉瓦(株)関係では
別紙犯罪一覧表進行番号44に付て考へると其の基本と為つた差戻前提出の手形整理カードのNo1733の記載には振出人新報国製鉄手形、昭和三〇年四月三〇日割引分日歩二五銭と記載されているが之と同時期で同程度のものと比較すると、
(1) 同手形整理カードNo1717の同年二月一六日割引
愛知製鋼分は日歩一〇銭
(2) 同No.1740の同年五月九日割引、日本鋳造分は日歩一四銭五厘
(3) 差戻後の同No.345の同年七月二二日割引
同No.346の同年八月八日割引
の各東京白煉瓦(株)振出、信陽工業裏書分の日歩は何れも二二銭
との記載がある。
(二) (株)藤田製作所関係では、
別紙犯罪一覧表進行番号1に付いてみると其の基本と為つた差戻前の同カードNo.1888の三立興産振出昭和三〇年九月二一日割引分は日歩三一銭とあるが之と同時期同程度のものを見ると、
(1) 差戻前の同カードNo.1887の同年九月一六日割引
須田賀機械振出分は日歩一〇銭
(2) 同カードNo.1881の同年八月一五日割引、山内ゴム工業振出分は日歩一五銭
との記載がある。
(三) (株)伊藤鋳造所関係では
別紙犯罪一覧表進行番号72に付ても其の基本と為つている同カードNo.2881の同製作所振出分で昭和三一年六月三〇日割引分の日歩三〇銭とあるが夫れと同時期同程度のものをみると
(1) 差戻後の同カードNo.572,573の同年九月七日
(2) 同カードNo.574の同年同月一〇日
各割引の保谷化学振出分の日歩は何れも一一銭との記載がある。
六、被告人は以上の諸点等を理由として第一審判決に対し事実誤認等を理由に控訴申立を為した処、第二審判決は其の理由に於て
「原判決認定の基礎と為つた(株)藤田製作所等割引依頼者側の作成にかかる帳簿或は伝票類はいずれも法人がその日常の業者の過程で作成したものでありその内容は証拠に現われた関係者の供述と相まつて本件高金利貸付の事実を裏付けるに足るものというべきである」云々とし又
被告人主張の前示一の(一)の部分は総て被告人は無報酬で金融の取次斡旋をした丈で自ら手形割引をしたものでないとの主張に対し原判決は「其の分と被告人が自認する再割引分の手形とを区別する合理的根拠は全く見出しえない」として右被告人の主張をしりぞけた。
然し右の区別は被告人の裏書の有無によつて明白に区別し得られるに拘らず其の点を全く判断せず又前示のやうに第一審等に於ける関係証人による割引依頼先の帳簿に水増其の他の架空の虚偽記載がなされ該帳簿は措信し得ないものであることが充分立証されているに拘らず尚且帳簿の虚偽記載事実を其の儘被告人に対し、不利に取扱ひ割引依頼側の水増取得分を被告人に背負ひ込ませて所謂高金利違反の罪を本来無罪であるべき被告人に有罪を認定した第一審判決を肯認した原判決は洵に不当があるものと思料される。
乙、所得税法違反の部分の点
一、この点に付ては被告人は第一審判認定の額に付、不服があつて控訴したのであるが第二審の原判決は其の理由に於て
「各関係各証拠を仔細に検討し、原判決別紙第五表割引収支明細表の昭和三〇年度及び昭和三一年度分の認定金額を個別的に吟味すると、証拠によつて所得金額から差し引くのが相当と認められる分に付ては、同表備考(認定理由)欄に於て説示する如く既に差引くなどして適正な所得金額を算出していることが明らかであるし、それ以上更に大巾な控除を求める所論は原審並びに当審において取り調べた全ての証拠資料によつても首肯すべき合理的な理由があるものとは到底認められない」
として被告人側の減額主張を排斥した。
二、然し一件記録に照し
(一) 前示高金利違反関係の点に付説示した割引依頼先の虚偽記帳の水増リベート授受等が行はれていたこと
(二) 取次、紹介乃至再割引先の足立由光、佐藤佐市郎、岡地中道、林茂等は国税局の査察調査の手が自己に及ぶのを恐れ同人等が自己の利得を少くする為割引日歩や割引期間に作為をして記帳していたことは
(1) 最初の第一審証人、亡足立由光の証言調査書に
「被告人との再割引等の際の自己の受取利息は(株)足立商店の帳簿には実際より安く小額に記載した外、被告人よりの割引分は最初は自己個人で大体市場の金利相場で割引き其の後相当日数を経て個人資金繰関係上右会社等で再再割引をし其の日歩五、六銭位であつた旨」の証言記載があり原審証人服部耕三の証言調書によつても右足立由光は成瀬被告人等の持込み手形を個人で割引き利鞘を取つて関係会社又は第三者で再割引をした合計約七、八百万円稼いでいた旨の証言記載もある。
(2) 同証人、亡佐藤佐市郎の同証言調書等にも前同様初めは被告人持参の手形を個人で割引き相当日数後関係会社等で利鞘を取つて再割引した旨等の証言記載もある。
三、処で第一審判決の事実認定の第二の所得税法違反の所得確定に当り之等の点からも被告人の所得は割引依頼先の水増記帳やリベートによる分と再割引先の割引期間短縮等で利鞘稼ぎ分の双方の他人の所得を被告人の所得として不当に背負ひ込まされて事実誤認を受けている。
即ち前示の高金利違反関係丈でも
東京白煉瓦関係
昭和三〇年度分(前示整理カード三口)金一〇一、〇三四円
同 三一年度分(同七口) 金三四一、〇三一円
藤田製作所関係
昭和三〇年度分(一口) 金 三五、六二五円
同 三一年度分(一六口) 金七九三、八六八円
伊藤鋳造所関係
昭和三一年度分(一口) 金 六六、八〇五円
以上合計金一、三三八、三六三円
に上つている。
之は当然に被告人の所得から差引かるべきであり其の他割引依頼先の水増分、再割引先の利鞘稼ぎ分等も同様である。
夫等の関係を通算して
被告人の所得は一件記録中の被告人側提出の「関係者各主張の対比表」等で示している通り
(一) 昭和三〇年度分からは少くとも合計金四、六七二、四八三円を差引かるべきである。
内訳
(1) 東京白煉瓦関係
(イ) 昭和二九年度未経過割引差額金五四、〇五七円
(ロ) 被告人の直割引分の日歩の差額金三、〇〇〇、五九〇円
(ハ) 株関係での再割引分の差額金一七一、七六〇円
(ニ) 佐藤関係での同差額金一五五、七九四円
(2) 横井建設関係
(イ) 被告人直割引分の割引料差額金九三、一七二円
(ロ) 昭和二九年度末経過割引料差額金二八、二九六円
(3) 佐藤佐市郎関係
前示以外の再割引料差額金七一、三三四円
(4) 足立由光関係
同再割引料差額金一、〇九七、四八〇円
(二) 昭和三一年度分からは少くとも合計金六、四二〇、七四六円也を差引かるべきである。
内訳
(1) 東京白煉瓦(株)関係
(イ) 被告人直割引分の割引料差額金一、〇九三、九三四円
(ロ) 林関係の再割引分の差額金六三五、六七四円
(ハ) 佐藤佐市郎関係の再割引分の差額金七二六、一二五円
(2) 横井建設関係
被告人直割引料差額金一一五、三三〇円
(3) 森タオル関係
同直割引料差額金八二、五一二円
(4) 佐藤佐市郎関係
伊藤鋳造所振出手形の再割引料差額金七五八、九八五円
(5) 藤田製作所関係
(イ) 被告人直接割引料の差額金九四八、七八八円
(ロ) 愛商での再割引料の差額金二一七、四一四円
(ハ) 佐藤佐市郎関係の前示以外の再割引料差額金一八六、三三五円
(6) 伊藤鋳造所関係
(イ) 林茂関係再割引料差額金八一七、八五八円
(ロ) 右に関連する仲介人高木清等への仲介手数料
四、既に引用した第一審証人足立由光、佐藤佐市郎、小室秀弥等の前掲証言の外横井建設関係の会計主任加藤勝次郎や森タオル関係の仲介人河合栄吉等の第一審証人等も夫々若干宛リベートを受領していることを証言している。
之等の諸点に鑑み夫等の分が被告人の所得から差引かるべきであるに拘らず原判決は前示冒頭記載の理由で控除すべしとする被告人の主張を斥けている。
之は全く原判決を破棄しなければ正義に反する事実誤認と言うべきものと思料する。
第二、原判決の刑の量刑が著しく重きに失する不当があり之を破棄しなければ正義に反するものと思料する。
一、前示のやうに被告人としては、
高金利違反の点に付ては本来無罪であるべきに全面的な有罪を認められ且破棄前の最初の第一審判決では罰金刑を選択されていたのに其の後は懲役刑を認定され
所得税法違反の点に付ては割引依頼者側の水増分等と再割引先側の利鞘稼ぎ分とを被告人に両面から其の責任分に背負ひ込まされて被告人には甚しい不当な不利益を蒙らされている。
二、被告人は既に本件に関し本税重加算税利子税等を含め約一億円と言う大金を支払ひ責任分以上に全額完済し関連の地方税も完済している。
三、本件の最初の起訴は昭和三三年三月八日で現在迄に既に満十六箇年半の長きに亘つている。
余り長期に亘り其の間重要関係人の死亡行方不明の外証人の記憶等も失はれ被告人には甚しい不利益を蒙つている。
四、被告人は全くの初犯者で本件起訴を受けてからは金融関係からは手を引き目下は専らアパート経営等の会社の役員と為り之に専念し衷心から悔悟をしている、殊に前示のやうな長期裁判を通じ色々と苦労し充分な実質上の制裁を受けている。
処で第一審判決は被告人に対し懲役一年二月(三年間執行猶予)罰金二万円、八〇万円、二五〇万円の計三三二万円に処し第二審原判決は夫れを其の儘肯認し被告人の主張する前示主張のうち肯認し得る有利な諸事情を十分斟酌しても右量刑が重過ぎるものとはいえないとして被告人の量刑不当の主張を全面的に排斥して了つた。
五、然し右は全く不当で前示諸事情に照し本件量刑は著しく重きに失する不当があり之を破棄しなければ正義に反するものと思料される。
以上の理由により原判決破棄の上御寛大なる御裁判を御願ひする次第である。
以上