最高裁判所第三小法廷 昭和50年(オ)293号 判決 1977年6月28日
上告人(原告)
有限会社みどりタクシー
被上告人(被告)
川出賢一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人武井正雄の上告理由について
所論の点に関する原判決の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 高辻正己 天野武一 江里口清雄 服部高顯 環昌一)
上告理由
上告代理人武井正雄の上告理由
原判決には次に記載する判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違反があるので破毀さるべきものである。
原判決が石川に自動車の運転上の過失を認めたのは経験法則に反して事実を認定したか、或は判決の理由不備の違法がある
一 石川車が道路の左に避けることができたとの原判決の判断について
原判決は石川車の左側から道路左端まで有蓋側溝を除いても約二米五の余裕があるというがこの様なことはない。甲第三七号証添付図によれば衝突時石川車の右側から道路左側まで三米あることがわかる
右三米より石川車の幅員一米五九を控除すれば、残幅員一米四一で内五〇糎は有蓋側溝で自動車の走行に適しない。従つて石川車は残九一糎は左に寄ることができたことになる
然し乍らこの様なぎりぎりの線まで左によつて走行することを期待することは無理である。殊に甲第三九号証現場断面図によつて認められる様に道路外に飛び出し数米下に転落する危険も大である
又仮に石川車が左に数十糎寄つたとしても本件事故が発生しなかつたとは言えない。むしろ川出車は右斜に、つまり石川車に向つて滑行して来たものであるから石川車がいくらか左に寄つたと仮定すれば衝突個所は石川車の右前部でなく、石川車の右側中腹部に突込むことは明らかであつて到底本件事故をさくることはできなかつたのである
事故後衝突地点と路端を測つて、も少し左に寄り得る余裕があるというのは計数の問題ならともかく事故に即した場合の運転技術を熟知せぬ論である
二 川出車が急角度で石川車の進行車線に進入して来たわけではないので石川が異常走行を早期発見して徐行しておれば事故をさけることができたとの原判決の判断について
なるほど原判決が言うとおり川出車の異常走行から衝突までの進行角度は急角度でないことは明らかであるがその間衝突迄の時間は僅に一、四秒である。この様な瞬間に石川車が徐行するとか左に寄るとかの余裕は全くない事は自明の理である
(川出車が横ぶれの為ハンドルをとられたとき両車の間隔は約五二米八であつて、川出車の速度は七〇キロ(秒速一九米)で石川車の速度を法定速度六〇キロ(秒速一七米)として両車の秒速合計三六米であり五二米は一、四秒で到達する)
この様な状態では川出車の異常走行を早期発見すれば事故をさけ得たなどという考は無理である。勿論石川は川出車の異常走行が起るやいなやいち早く之を発見しているし、発見と同時に急停車の措置をとつたものであるから石川にこの点の過失はない
原判決が石川に期待するものは川出車と石川車との距離が相当にあることが前提となつているので本件の場合は石川に原判決の説示するような期待をすることはできない
三 川出車が危険な追越をかけているのを認めた段階に於て石川車が法定速度に減速していれば事故をさけ得たとの原判決の判断について
先づ川出車が異常走行を始めたとき石川車との間隔が五二米八しかなかつたのは石川車が法定速度を超える高速で進行したためであるとの原判決の説示は石川車が事故直前まで法定速度を超えて走行していた証明がある場合はそのとおりであろう
然しその様な証明はない。甲第一一号チヤート紙によれば一一時六分頃七一キロより減速が行なわれ五二キロ付近で異常震動の開始が認められるとあるので石川車が七一キロより減速したことは間違いない唯七一キロから五二キロとなるまでの時間の記載がないがこの間いくらかの時間がある筈である。若しその間三秒を要したと仮定すれば石川車は、五一米(一七米×三)を進行しているわけで七一キロから直に五二キロになつたものではない。つまり石川車は対向してくる川出車について特別の危険の徴候を認めなかつたので徐行、停止の処置をとることなく運転を続け、川出車との距離が縮まるにつれて七一キロから減速して進行しつつあつたとみることができる
そして速度が五二キロとなつたとき川出車の一方的な無謀運転により突如衝突されたものである
以上のとおり石川車が甲第三〇号証添付図面<ウ>まで七一キロで進行したという何の証明もなく、まして衝突直前まで危険を顧りみず七一キロで進行したという証明はない
つまり以上の石川の措置に過失はない
次に仮に石川車が前記図面(以下同様)<ウ>に至る一一秒前から七一キロで走行したと仮定しよう、若し石川車がその間六〇キロで走行していたならば秒速二米の差(一九米-一七米)が生ずるので川出車が<5>にあるとき石川車は<ウ>より二二米手前にあり(
このような仮定が全部事実として証明され、右の関係が証明された場合は石川が六〇キロで走行すれば事故をさけ得たのに七〇キロで走行したことが一因となつて本件が発生したと言える。つまり石川の過失が証明されるわけである
原判決では若し石川が六〇キロ内で走行していれば<5>で川出車が異常走行を始めたとき石川車は<ウ>よりいくらか手前であつたことは推測できるがそれだけであつて具体的にいくら手前であつたか、その距離を明らかにされていない。つまり川出車が<5>で異常走行を始めたとき六〇キロで走行中と仮定したときの石川車の位置がはつきりしない。従つてその位置と<5>との距離が七四米五九以上ある事、即ち事故を避け得た事が証明されていない
チヤート紙には石川車が七一キロで走行したことが現われているが、その時刻が明らかでなく七一キロは一瞬であるのか永く持続したのかどうか、持続時間も明らかでないので前記の証明をするに由なく、石川車の時速が六〇キロであつたら本件事故を免れたと言うのは単なる感じにすぎず、石川の過失を証明する論拠とはならない。
そもそも原判決がいう石川が法定速度に速減すべき時であるとする川出車が降雨中下り勾配の道路で危険な追越をかけているのを認めた段階とは何をさすのか、何時をいうのかもわからない
降雨中の下り勾配道路の追越自体を危険の段階というのか、若しその意味ならば降雨中の下り勾配道路の追越は禁止さるべきであるがこの様な規則はないこの様な単純な追越自体を危険な段階と言うことはできない。事実川出車が<5>で横ぶれを起すまで何の危険もなかつた。唯本件が起きたゝめ何もかも危険と目されるに至つたが、しかし真に危険なのは川出の拙劣な運転技術と未経験車の運転と七〇キロのスピードであるがこれらの危険は石川は予測できないし、又予測すべき義務もない
石川は(ウ)で危険を認めて処置をすればそれで十分であるし、又それ以上の事はできないし、それ以上を期待するは無理である
要するに原判決は本件事故が発生した以上川出自身に関するいろいろの運転上の危険要素を含めて川出車の追越全体を危険とみて、石川の法定速度超過の事実をだきあわせて石川にこれらのすべての危険の予測を期待して徐行避譲を要求するものであるが、石川の速度違反が事件の原因ではない事は前述のとおりで石川には自動車運転上の過失はないのに、之を認めた原判決は前記の法令違反があるので破棄を免れない。 以上