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最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)639号 判決 1979年4月17日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人吉田太郎、同杉本秀夫の上告理由第一点について

原審の適法に確定した事実関係によれば、訴外亡石橋彦一の相続財産である本件不動産について、共同相続人である上告人ら名義の相続放棄がされたとの理由により同じく共同相続人である被上告人石橋禎亮のみのためその単独名義の相続を原因とする所有権移転登記がされているところ、右相続放棄は、被上告人が上告人らの承諾を得ることなく司法書士に上告人ら名義で相続放棄の申述をすることを依頼し、その依頼に基づく申述によつてされたものであつて、上告人らの意思に基づかないものであるからその効力を生じない、というのである。そして、上告人らが被上告人に対し相続による共有関係の回復を求めるため右登記を各共同相続人の相続持分の割合による登記に更正登記手続をすることを請求したところ、原審は、同請求については民法八八四条の適用があり、同請求権は同条所定の二〇年の時効により消滅したと解して、上告人らの請求を棄却した。

しかしながら、共同相続人のうちの一人が相続財産のうち自己の本来の相続持分をこえる部分について他の共同相続人の相続権を否定し、その部分もまた自己の相続持分であると称してこれを占有管理し、他の共同相続人の相続権を侵害している場合については、民法八八四条の適用をとくに否定すべき理由はないが、右共同相続人の一人において、自己の本来の持分をこえる部分が他の共同相続人の持分に属することを知りながら、又はその部分についてもその者に相続による持分があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、その部分もまた自己の持分に属するものであると称してこれを占有管理している場合には、同条の適用がなく、侵害者たる相続人は同条所定の時効を援用して自己に対する右侵害の排除の請求を拒むことができないものと解すべきである(最高裁昭和四八年(オ)第八五四号同五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号登載予定)。したがつて、先に判示した事実関係のもとでは、上告人らの請求については同条の適用がないものであることが明らかであり、共同相続人相互間の相続権侵害排除の請求については常に民法八八四条の適用があるとした原審の判断は、法律の解釈適用を誤つたものであり、その誤りは判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

同第二点について

原審は、先に判示した事実のほか、本件不動産は相続当時農業にしか利用し得なかつたものであるところ、訴外亡石橋彦一の死後被上告人が同訴外人の家業である農業を受け継いでこれを占有管理し、二〇年間にわたりその占有を継続したが、他の共同相続人から苦情を述べられたことはなく、前記虚偽の申述による相続放棄に基づき被上告人の単独名義で相続登記をしたことについても不服をいわれたことがなかつた、との事実を適法に確定したうえ、被上告人は右訴外人の死後二〇年にわたり本件不動産につき自主占有を継続してその所有権を時効により取得した、と解した。しかしながら、数人の共同相続人の共有に属する相続財産たる不動産につきそのうちの一人による単独の自主占有が認められるためには、その一人が他に相続持分権を有する共同相続人のいることを知らないため単独で相続権を取得したと信じて当該不動産の占有を始めた場合など、その者に単独の所有権があると信ぜられるべき合理的な事由があることを要するものと解すべきである(最高裁昭和四五年(オ)第二六五号同四七年九月八日第二小法廷判決・民集二六巻七号一三四八頁の事案参照)。これを本件についてみると、右事実によれば、被上告人は他に上告人ら共同相続人のいることを知りながらあえて上告人ら名義の虚偽の相続放棄の申述をすることによつて本件不動産につき単独名義の相続登記をしたというのであるから、被上告人の単独の自主占有の成立を疑わせる事実があることが明らかであるといわなければならない。そうすると、たやすく被上告人の時効取得を認めた原判決には、理由不備、取得時効に関する法律の解釈適用を誤つた違法があり、論旨は理由があるから、原判決はこの点においても破棄を免れない。そして、本件は右の点及び被上告人のその余の抗弁についてさらに審理を尽くす必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官横井大三の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官横井大三の意見は、次のとおりである。

私は、本判決の結論において多数意見と同じであるが、上告理由第一点に関する多数意見の見解に同調することはできない。私は、前記昭和五三年一二月二〇日大法廷判決の大塚裁判官ほか五裁判官の意見と同様の理由により、共同相続人相互間における相続持分権侵害の排除を求める請求については常に民法八八四条の適用がないと解するものであり、その点において右上告理由における論旨は理由があると考える。

(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕 裁判官 環 昌一 裁判官 横井大三)

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