最高裁判所第三小法廷 昭和52年(オ)857号 判決 1979年7月10日
上告人
鈴木正一
上告人
鈴木イチ
右両名訴訟代理人
坂根徳博
被上告人
国
右代表者法務大臣
古井喜實
被上告人
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人坂根徳博の上告理由第一点について
都道府県警察の警察官がいわゆる交通犯罪の捜査を行うにつき故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えた場合において国家賠償法一条一項によりその損害の賠償の責めに任ずるのは、原則として当該都道府県であり、国は原則としてその責めを負うものではない、と解するのが相当でおる。けだし、警察法及び地方自治法は、都道府県に都道府県警察を置き、警察の管理及び運営に関することを都道府県の処理すべき事務と定めている(警察法三六条一項、地方自治法二条六項二号(昭和四四年法律第二号による改正前は同条五項二号)等参照)ものと解されるから、都道府県警察の警察官が警察の責務の範囲に属する交通犯罪の捜査を行うこと(警察法二条一項参照)は、検察官が自ら行う犯罪の捜査の補助に係るものであるとき(刑訴法一九三条三項参照)のような例外的な場合を除いて、当該都道府県の公権力の行使にほかならないものとみるべきであるからである。都道府県警察の警察官の行う捜査が司法警察職員としての職務にあたるものであることは、前記警察法及び地方自治法の規定の趣旨にかんがみると、その捜査が国の事務にあたるものとすべき根拠とするには足りず、また、検察官の一般的指示権又は一般的指揮権(刑訴法一九三条一項、二項参照)は公訴の遂行を全うするため又は捜査の協力を求めるためにされるものであるにとどまるものと解すべきであるから、こような権限が国の公務員である検察官に認められているからといつて、都道府県警察の警察官の行う捜査を国の公権力の行使であるとすることはできない。公権力を違法に行使した警察官が警視正以上の階級にある者ではない場合、その者の任免及びその者に対する指揮監督の権限が国家公安委員会によつて任免され法制上国家公務員の身分を有する警視総監又は道府県警察本部長によつて行使されるものであることは、所論の指摘するとおりであるが、右の権限は、都道府県警察の職員として都道府県に置かれる警視総監又は道府県警察本部長(地方自治法一八〇条の九第二項、第四項、警察法四八条、五五条一項、二項等参照)が、都道府県公安委員会の管理の下にある都道府県警察(警察法三八条一項、三項参照)の本部の長として、その所属の警察職員につき行使するもの(警察法四八条、五五条三項参照)にほかならないものというべく、したがつて、所論指摘のことがあるからといつて、前記のように都道府県の処理すべき事務にかかる警察の事務を都道府県警察の警察官において執行すること(警察法六三条参照)自体までが国の公権力の行使にあたることになるものと解すべきではない。
そうすると、原審の確定した事実関係のもとにおいて、本件の損害について、以上と同趣旨の見解のもとに、被上告人国につき国家賠償法一条一項による損害賠償責任を否定した原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第二点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(服部高顯 江里口清雄 高辻正己 環昌一 横井大三)
上告代理人坂根徳博の上告理由
(上告理由第一点)新警察法下における警察職員の不法行為については、任免権と指揮監督権を有する国が第一義的な賠償義務者である。
(上告理由第二点) )実況見分調書にセンターラインをオーバーする被害車のスリツプ痕が記載されたのは、過失によるものではなく、そのような被害車のスリツプ痕が存在しないことを知りながら記載されたものであり、故意にもとづいている。
一 (上告理由第一点) 原判決は、本件は都道府県警察の事務と考えられるから当該都道府県が損害賠償責任を負うべきものとされ、国の賠償義務を否定される。これは、国家賠償法一条一項の解釈として正しくないと思う。
条文の言葉は立法目的によつて内容付ける必要がある。不法行為者の当該公務員のほかになぜ国や公共団体の損害賠償責任を問うのか。それは、民法七一五条一項同様、不法行為を犯す危険な人物は、雇傭しないなり解雇するなりして排除できる立場にあるからである。在職者に対して不法行為を犯さないよう指揮監督し服従させ得る立場にあるからである。他人に対する支配権として、雇傭関係等の任免権と指揮監督権は最も強力である。強力な支配権の行使の良否は正義感情に働きかける。不良な場合は、責任を問う必要があり、問われてもよい。そうでないと、民事法が目的とする当事者双方の正義感情において納得が実現しない。
当該不法行為者がだれの仕事を行なつていたか、利益享受ないし報償関係も正義感情に働らきかける。けれども、支配関係の有無に関係なく、報償関係だけでは弱い。民事法の解釈基準である現在を生きている国民一般の正義感情ないしは公平観のありようを正しく受け取るかぎりそうである。報償関係だけで損害賠償責任を問うと酷いと感じさせる。
条文の言葉そのままでは国の公権力の行使とか公共団体の公権力の行使とか、だれの仕事であるかが前面に出ている。このため、利益享受ないしは報償関係だけであると考え、当該公務員が国の仕事をしていたときは国、公共団体の仕事をしていたときは公共団体を賠償義務者にする向きも出てくる。しかし、それでは、正しい立法目的を問いそれに従つて文言を内容付けるという解釈の常道を踏み外すことになり、法律の目的を構成することができない方法である。
正しい解釈は、正しい立法目的に従い、当該公務員の任免権者はだれであるか、指揮監督権はだれであるかを問うことである。当該公務員を任免し指揮監督していたのが国であれば国、公共団体であれば公共団体を賠償義務者にするのが正しい。
当該公務員が警察職員の場合、昭和二二年法律一九六号による警察法、いわゆる旧警察法では、国家警察と自治体警察の二本建であり、警察職員の任免権等が国と自治体に分かれていた。このため、旧警察法下の警察職員の不法行為については、当該警察職員が国家警察に属しているときは国、自治体警察に属している時は当該公共団体が賠償義務者になる関係にあつた。本件は、そうでなく、昭和二九年法律一六二号による警察法、いわゆる新警察法下の不法行為である。そして、新警察法下では、自治体警察が廃止され、警察職員に対する任免権等を都道府県等の地方公共団体が持つということはない。任免権等を持つているのは国だけである。
具体的に新警察法の条文を見よう。
雇傭関係で最も強力な支配権は任免権である。警察職員に対する任免権者はだれか。下級者から上級者へたどつて見よう。
地方の都道府県に配置される職員は、東京都では警視総監がその他の道府県では警察本部長が任免する(五五条三項後段)。これら警視総監や警察本部長は国家公安委員会が任免する(四九条一項、五〇条一項)。この国家公安委員会は、国務大臣をもつて委員長にあて(六条一項)、各委員の任免を内閣総理大臣が行なう(七条一項)。都道府県に配置される職員中警視正以上の上級者は国家公安委員会が任免する(五五条三項前段)。中央の警察庁に配置される職員は警察庁長官が任免し(一六条二項)、その警察庁長官は国家公安委員会が任免する(一六条一項)。そして、以上のほかには警察職員に対する任免権者はいない。
下級者から上級者へたどつて行くと、任免権はすべて国に帰している。この意味で、警察職員に対する任免権は国だけに帰属している。すくなくとも、任免権において、国よりも都道府県の地方団体が優越しているということはない。
雇傭関係で任免権に次いで強力な支配権は指揮監督権である。警察職員に対する指揮監督権者はだれか。この場合も任免権同様であり、国だけに帰属している(五条、一六条二項、六三条)。
都道府県に配置されている警視以下の下級者に対する給与は当該都道府県が支弁する定めになつている(三七条二項)。けれども、これは、在職している以上給与が支払われるという関係にあり、給与の支弁者になつているからといつて都道府県が警察職員に対して支配権を持つということはない。支配権を持つているのは、給与支給の前提である在職を左右する権限、任免権を握つている国である。
以上、新警察法下では、当該不法行為者の階級等を問うまでもなく、警察職員であるということだけで十分であり、警察職員の不法行為については、任免権と指揮監督権を有する国が賠償義務者になる。本件は、新警察法下における警察職員の不法行為であり、国が賠償義務者になる。
なお、国家賠償法全体を見て置こう。不法行為の公務員が警察職員の場合、新警察法下では、一条一項により、任免権等を有している国が賠償義務者になる。任免権等を有していない都道府県の地方公共団体は、賠償責任を負わない。新警察法下では、まさに三条一項の言うとおりであり、任免権と給与支弁者が異なる場合に該当する。被害者保護のため、三条一項により、給与支弁者である都道府県の地方公共団体も便宜的な賠償義務者にある。この点、一条一項の義務者を本来的とか第一義的な義務者、三条一項の義務者を便宜的な義務者と区別して呼ぶのもよかろう。都道府県の地方公共団体は、こと新警察法下における警察職員の不法行為に関する限り、任免権等を持たず、正義感情に働らきかける賠償義務者ではないから、三条一項で便宜的に被害者に対して賠償金を支払つたときは、三条二項により、全額について国に対して求償できる。この場合、共同不法行為における過失割合のような負担割合はない。あくまで、全額について本来的な賠償義務者である国の最終負担になる。
二 (上告理由第二点) <省略>