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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)166号 判決 1979年5月01日

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人上田正博の上告理由一、二について

原判決は、(一)奥本七郎は、被上告人椎田支店の支店長在職中である昭和四三年一〇月二八日、その個人的な負債の返済資金を捻出するため、原判示の持参人払式自己宛先日付小切手二通(以下「本件小切手」という。)を振り出し、同日これを原田善二に交付した、(二)自己宛小切手の振出しは信用金庫法五三条一項所定の信用金庫の業務に附随する業務として被上告人の行う業務にあたるが、被上告人は、支店長に対し、顧客からあらかじめ資金の預入れがあつた場合にのみ自己宛小切手を振り出す権限を付与していたところ、奥本は、なんぴとからも資金の預入れがないのに本件小切手を振り出した、(三)信用金庫その他の金融機関がその正当な業務の執行として先日付で自己宛小切手を振り出すことは到底ありえない、との事実を認定したうえ、金融機関の支配人であつても、資金の預入れがない場合に、しかも先日付で、自己宛小切手を振り出す権限は全くこれを有しないものというべきであるから、上告人の表見支配人の主張はその余の論点について検討するまでもなく採用することができないとして、本件小切手金の支払を求める上告人の主位的請求を排斥しているのである。

そこで、右判断の当否について検討する。

信用金庫法四〇条二項の準用する商法四二条一項、三八条一項によれば、信用金庫の支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人はその営業に関する行為をする権限を有するものとみなされるところ、右の営業に関する行為は、営業の目的たる行為のほか、営業のため必要な行為を含むものであり、かつ、営業に関する行為にあたるかどうかは、当該行為につき、その行為の性質・種類等を勘案し、客観的・抽象的に観察して決すべきものである、と解するのが相当である(最高裁昭和三〇年(オ)第一五九号同三二年三月五日第三小法廷判決・民集一一巻三号三九五頁参照)。これを本件についてみると、原判決の前記認定によれば、自己宛小切手の振出しは信用金庫法五三条一項に定める信用金庫の業務に附随する業務として被上告人の行う業務にあたるというのであるから、奥本による本件小切手の振出しは、これを客観的・抽象的に観察するときは、被上告人の営業に関する行為であつて被上告人の椎田支店長であつた奥本が有するものとみなされる権限に属するものであるといわなければならない。前記のように、奥本がなんぴとからも資金の預入れがないにもかかわらず、しかも先日付で、本件小切手を振り出したことは、それが、被上告人の支店長として職務上遵守すべきことを要請されている内部的な禁止事項に違反し又は正当な業務の執行の在り方に反することとなる点において同人に職務上の義務違反を生じさせるものであり、同時に同人の権限濫用の意図を推測させる資料となりうるものであるとしても、被上告人の営業に関する行為とみるべきかどうかが前に述べたとおり当該行為を客観的・抽象的に観察して決すべきものである以上、右振出しが被上告人の営業に関する行為として奥本の権限の範囲内のものであるとすることを妨げるものではないというべきである。もつとも、原判決は、更に、最初に本件小切手の交付を受けた原田において奥本が専ら自己の利益を図る目的で本件小切手を振り出したものであることを知つていたとの事実をも認定しているのであるが、このような奥本の背任的意図についての知情が民法九三条但書の類推適用により右原田に対する関係において被上告人をして本件小切手についての責めを免れさせることがありうること(最高裁昭和四二年(オ)第六〇二号同四四年四月三日第一小法廷判決・民集二三巻四号七三七頁参照)は格別、右知情と奥本が商法四二条一項によつて有するものとみなされる代理権そのものの欠如についての同条二項の定める悪意とは、それぞれ対象とするところを異にする問題である。そして、以上に説示したところによれば、被上告人は、原田から本件小切手の交付を受けた上告人に対する関係では、小切手法二二条但書により、上告人が原田の右知情につき悪意の取得者であることを主張立証した場合にはじめて本件小切手上の責任を免れることができることとなる筋合いである(前記第一小法廷判決参照)。

そうすると、本件小切手の振出行為が被上告人の営業に関する行為にあたるものではなく奥本の権限を超えた行為であるとした原審の判断は、前記商法の規定の解釈適用を誤つたものであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は理由があり、原判決中主位的請求(本件小切手金請求)に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるためこれを原審に差し戻すのが相当である。そして、主位的請求である本件小切手金請求について原判決が破棄差戻を免れない以上、予備的請求である損害賠償請求についても当然に原判決は破棄差戻を免れない。

よつて、その他の上告理由に論及するまでもなく、原判決を全部破棄し、これを原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 環 昌一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕 裁判官 横井大三)

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