大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)764号 判決 1979年11月13日

上告人

田中英教

右訴訟代理人

伊神喜弘

稲垣清

被上告人

住友化学工業株式会社

右代表者

土方武

右訴訟代理人

松本正一

外二名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊神喜弘、同稲垣清の上告理由第一点及び第二点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

同第三点について

所論の点に関する原審の判断は、原審の確定した事実関係のもとにおける民事上の損害賠償請求に関する判断として是認するに足るものであり、原判決に所論の違法はない。論旨は、これと異なる見地に立つて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

同第四点について

所論の点に関する原審の判断は、本件の事実関係のもとにおいては、いずれも正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 江里口清雄 高辻正己 環昌一)

上告代理人伊神喜弘、同稲垣清の上告理由

第一点〜第二点<省略>

第三点

一、さて原判決は、前記判示の「労務指揮のもとに身体・自由を半ば拘束された状態」であるところの「不完全な休憩時間」において、上告人は完全に会社の労務に服したというものでもないのであるから、上告人の「労務指揮の下に身体・自由を拘束されたことによる身体上・精神上の不利益は、勤務一時間あたりの労働の対価相当額に換算あるいは見積ることはできない」旨判示したが、次の諸点で理由不備及び法令の違反がある。

二、しかしながら、右判示はすでに第一点、第二点で指摘した理由齟齬及び法令違反の判断(「労務指揮により半ば身体・自由を拘束された状態」「不完全な休憩時間」「不完全履行」)を前提とするものであるから法令の違反がある。

即ち、原判決も認める通り、会社が上告人ら操炉班員に「休憩時間」として与えたとするいわゆる非実働時間は「手待時間」であつて「労働時間」(使用者の労務指揮の下にある以上実働時間である)なのであるから、上告人は権利として与えられるべき一時間の「休憩時間」に相当する時間は全て「労働時間」として消化されたと解すべきである。従つて、原判決とは逆に、会社のいわゆる非実働時間においても、上告人ら操炉班員は完全に会社の労働に服したというべきなのである。

したがつて、勤務一時間当りの労働の対価相当額に換算或は見積ることができないということはありえない。

三、ところで上告人の主張する会社の負担する債務の内容は、単に休憩時間を与えなければならないというだけではなく、休憩時間に労働させてはならないという点も含む。この点は訴状、請求の原因四、②の項に主張したとおりである。

休憩時間を与える債務と休憩時間に労働させてはならないという債務は、労働時間と観念される限り休憩時間は存在しない点においては表裏一体をなすものであるが、仮に労働させなくとも休憩時間の自由利用を施設管理権等で認められる合理的制限を超え制限する場合休憩時間を与える債務の不履行若しくは不完全履行が生ずるのであり、あくまでも別の二つの内容の債務である。

休憩時間に労働させた揚合は、労働という一つの事実により労働させてはならぬという債務と、休憩を与えなければならぬという二つの債務の不履行という事実が発生するのである。

しかして、前記のとおり会社は上告人に権利として与えるべき一時間の休憩時間に相当する時間を全て「労働時間」として消化したのであるから、労働させてはならない債務に違反して労働させ、一時間に相当する労働力を不法に奪取したものとして少くとも賃金相当額について賠償の責に負うのである。

この点、昭和二三年四月七日基収一一九六号では休憩時間中、来客当番として労働に従事させた時間を他の労働時間と通算して八時間を超える場合に於て、法律上割増賃金の支払義務が生ずるとしているのが参考にされるべきである。

第四点<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例